四半期別GDP暫定値の推計手法の確立とその作成にむけて

-GDP速報化検討委員会報告書(要約)-

第1章 暫定値の作成に向けての提言等

第1節 本委員会の目的

 現行の四半期別国民所得統計速報値(いわゆる、QE)は、当該四半期が終了した後、2カ月+10日程度遅れて公表されている。そのため、公表時には既に「過去の統計」となっており、短期的な政策判断や経済変動分析に利用するには遅過ぎるとの指摘を受けてきた。

 諸外国の状況をみても、アメリカでは当該四半期の終了後4週間程度、イギリスでも3週間程度で、暫定値という形で、基礎情報が全て揃っていないにも係わらず四半期GDPが公表されている。EUでも、40日前後を目途に今後、「ユーロランド」全体のGDPの暫定値を公表することが検討されている。

 こうした流れの中で、昨年7月に、四半期別GDPの更なる速報化の可能性について検討を行うために、経済研究所長の私的研究会として、GDP速報化検討委員会が設置された。以来、本年5月まで、本委員会は、主として、速報値の早期化、具体的には、1カ月程度の早期化を念頭に置き、各需要項目毎に早期化に資する推計手法の開発を中心に精力的に検討を行ってきた。ただし、公的部門の支出状況の把握のための基礎資料は概して速報性の点で大きな制約があることから、民間需要項目を中心とした検討とならざるを得なかった。

 いうまでもなく、統計の早期化と推計精度とはトレード・オフの関係にある。いくつかのケースに関して推計方法と推計精度についてチェックを行い、それぞれのメリット・デメリット、公表形式について、慎重に検討を行った。その結果、新たに、暫定値(仮称)を作成する等の6つの提言をとりまとめた。なお、諸外国との比較から分かるように、速報値推計で利用される基礎統計の公表の早期化なしには、現行の速報値自身を更に早期化することは困難であるとの結論に達した。

第2節 6つの提言

提言1:1カ月と10日程度を目処に暫定値(仮称)の作成

 迅速かつ的確な景気判断に資するために、現行の速報値に先駆けて、当該四半期終了後1カ月と10日程度を目処に、新たに暫定値を作成することが可能である。これにより、ほぼアメリカ並の早期化が実現される。また、暫定値はその推計手法や利用する基礎統計が速報値と異なることから、その名称に「QE」或いは「速報値」といった名称を用いることは適切ではない。なお、暫定値の具体的な推計手法については、第2章以降で示していくこととするが、民間住宅、民間企業設備及び公的固定資本形成については、主体別の基礎情報に大きな制約があることから、総固定資本形成として、一括して代替的な手法により推計せざるを得ない。

提言2:1次速報値早期化のために基礎統計の更なる早期化の必要性

 現行の1次速報値の公表時期は、関連基礎統計や公的部門の基礎資料の入手状況との関係から、現行通りとする。1次速報値の更なる早期化の実現は、関連基礎統計等の公表時期の早期化の動きに大きく依存している。本委員会としては、関係省庁等に対し関連基礎統計等の更なる早期化を強く望む。また、加工統計である速報値の公表スケジュールの事前公表を実現するためには、関連基礎統計等の公表スケジュールの事前公表が必要不可欠であることから、関係省庁等に対しては、公表スケジュールの事前公表を強く望む。

提言3:1カ月程度の2次速報値の早期化

 暫定値の公表と同時に、従来、1次速報値と併せて公表されてきた2次速報値(1次速報値の改訂値)についても公表することが望ましい。これによって、2次速報値は、従来の5カ月+10日程度の遅れから、4カ月+10日程度の遅れへと約1カ月程度早期化される。

提言4:推計方法の公開と改訂理由の説明責任

 GDPをはじめとする経済統計は公共財である。したがって、GDPの推計方法について、可能な限り公表する必要がある。また、暫定値、1次速報値、2次速報値の公表の際には、推計担当部局は単に数字を公表するだけにとどまらず、必ず改訂理由を説明し、GDP統計に対する信頼性を確保するように努めることが望ましい。

提言5:推計手法の更なる改善への取組みと推計体制の充実

 推計担当部局は、統計を推計するに当たっては、問題のない完全な方法というものは存在しないということを肝に命じる必要がある。特に、総固定資本形成関係は、暫定値と速報値では、使用する基礎統計も推計方法も異なっている。このため、推計担当部局に対しては、今後も引続き、暫定値の推計方法に改良を加え、統計精度を向上させるための最大限の努力を払うことを強く求める。

 また、一般に、GDP四半期統計の推計体制は我が国よりも諸外国の方が人員面で充実している。このため、人員面での拡充を含め、暫定値推計のための体制を整備していくことが重要である。

提言6:残された中長期的課題への取組み

 本委員会は、速報値自体の早期化については断念せざるを得なかったが、提言2で示したとおり、中長期的には、関係省庁等の協力を得つつ、その実現に向けて最大限の努力を払っていくことが重要である。また、本委員会は、速報値の早期化を中心に議論を行ったため、直接の課題として取り上げて議論することはなかったが、①生産アプローチによる四半期GDP、②月別GDPの開発については、担当部局である国民経済計算部が中長期的な課題としてとらえ、積極的に取り組む必要があると考える。すなわち、両者ともその実現には解決しなければならない様々な問題があるため、早期実現は困難であるものの、利用者にとっては様々なメリットをもたらすものと考えられる。例えば、前者については先進諸国でも既に公表が行われており、利用者は支出、生産、分配面の3面から我が国経済の動向を多面的に分析することが可能となる他、後者については既にカナダが行っており、「GDPの早期化」の1つの解答であると考えられる。

 これによって、四半期GDP推計は、推計に利用する基礎統計の入手状況によって、1)暫定値、2)1次速報値、3)2次速報値、4)確報値、5)確々報値、6)基準改訂と順次改訂されていくこととなる。

第3節 暫定値の公表に際しての留意事項

 本委員会としては、暫定値の公表に際して、暫定値の適切な利用に資するため、統計作成部局である経済企画庁が、以下の2点について一般に周知徹底する必要があると考える。

第1の留意事項:基礎統計のカバレッジの相違と暫定値の位置付け

 国民経済計算は、各種の基礎統計を加工して推計する2次統計である。したがって、一般的に、基礎統計のカバレッジが高い程、推計精度は高まり、それに伴って「統計としての実績値」の性格が強くなる。一方、基礎統計のカバレッジが低い程、推計精度は低下し、「1次速報値が公表されるまでの暫定的な数値」であるという性格が強くなる。

 本委員会は、各需要項目毎に推計手法を検討した結果、1カ月程度早期化した場合、一部の需要項目で代替的な手法を用いざるを得ないことから、集計値としてのGDPの暫定値は「統計としての実績値」であるが、「1次速報値が公表されるまでの暫定的な数値」であるという性格を併せ持っていると言える。また、需要項目別には、総固定資本形成や民間在庫品増加については、基礎統計の欠落から、代替的な手法で推計せざるを得ないため、「暫定的な数値」としての性格が極めて強くなり、その後の改訂幅が相対的に大きくなる傾向がある。一方、民間最終消費支出や財貨・サービスの輸出入については、概ね主要な基礎統計を全て取り込んで推計していることから、その後の改訂幅は比較的小さく、「統計としての実績値」の性格が極めて強くなる。したがって、後者の需要項目に限って言えば、速報値自体を早期化したものとして位置付けることも可能である。

 したがって、統計利用者は、各需要項目の統計としての性格の違いを認識して、暫定値を利用することが望ましく、統計作成部局も、この点について周知徹底する必要がある。

第2の留意事項:統計の精度と公表形式の工夫

 トレード・オフの関係にある、統計の早期化と正確性は、統計作成部局が常に追求すべき課題である。これは、経済主体が迅速に意思決定を行うには、常に新たな情報が必要である一方、間違った情報を流すと、市場参加者に誤った行動を取らせることになるためである。両者のどちらにウェイトをより置くかは、各国でも異なっているが、大まかに言えば、アメリカ、イギリスはより統計の早期化にウェイトを置く一方、カナダ、フランス、ドイツはより統計の正確性にウェイトを置いていると言える。

 本委員会では、第1の提言で述べているように、暫定値の推計誤差が大きいと認めつつも、現在の経済情勢を鑑みると何らかの形でGDPの公表を早期化する意義は充分あるものと考える。

 ただし、その際には、この暫定値が単なる「統計として実績値」ではなく、「1次速報値が公表されるまでの暫定的な数値」であるという性格を有している点を、公表形式を工夫すること等で、明確にアナウンスする必要があると考える。こうした趣旨を周知徹底するため、一定の試行期間を設けることも考えられる。

 具体的には、以下の2つの公表方法が考えられよう(図表1)。

(1)各需要項目の実質季節調整済前期比のみ示す。実額等は示さない。

 また、特定の四半期において暫定推計段階と速報値推計段階とで、使用される季節指数が異なっている。こうした季節指数の違いによる影響を排除するため、原系列ベースでの前年比を示すといった公表方法が考えられる。

(2)各需要項目の実質前年同期比のみ示す。GDPについてはあわせて季節調整済前期比を参考として表示する。

 また、表章項目については、需要項目毎に個別推計しているものは、基本的に個別に表章していくといった姿勢が必要である。その際、どの需要項目が「1次速報値が公表されるまでの暫定的な数値」としての性格が強い項目であるか、明確に表示する必要がある。ただし、国内総資本形成は、固定資本形成、民間在庫品増加、公的在庫品増加のレベルで推計しているが、①いずれの内訳も「1次速報値が公表されるまでの暫定的な数値」としての性格が強いこと、②固定資本形成のウェイトが圧倒的に高いことから、表章上は国内総資本形成の内訳を示す必要はないものと考える。なお、今後、暫定値の推計方法の更なる改善がみられた場合には、それに伴って表章項目の細分化等を図るなど表章形式を見直していくことが重要である。

 なお、推計担当部局において、本報告の提言を受けて暫定値を公表していくに当たっては、それが経済指標として適切かつ有効に活用されるよう上記に掲げた留意事項について十分に配慮することが肝要である。