無償労働の貨幣評価について

平成9年5月15日
経済企画庁経済研究所
国民経済計算部

1.はじめに

 人間の営みは多岐にわたり、睡眠や食事、趣味やスポーツといった活動もあるが、市場で労働力を提供して対価を得る有償労働に加えて、家庭内での家事や社会的活動といった家計の構成員や他人に対して行う対価を要求しない無償労働も含まれている。社会は有償労働のみならず、無償労働によっても支えられている。そして、無償労働については女性の果たす役割が大きいとされている。
 国民経済計算(SNA)は、基本的には市場を介した経済取引を記録する体系であるため、有償労働はその対象に含まれているが、無償労働は経済取引と認められていないことからその対象には含まれていない。
 しかしながら家計は、市場で購入した財・サービスと自らの無償労働とを組み合わせることにより、自らが消費する財・サービスを自らが生産しており、こうした家計による非市場生産を無視することができないことから、欧米諸国では、国民経済計算とは別に無償労働を貨幣評価し、国内総生産(GDP)と比較する等の試みがすでに実施されている。
 わが国でも、少子化、高齢化といった経済社会の環境変化が生じているが、育児、介護は無償労働として家計の担っている役割が大きな分野と考えられるため、その貨幣評価額を推計する意味は大きいと考えられる。
 また、1995年北京で開催された世界女性会議で様々な問題提起がなされたが、その中の1つとして、女性が無償労働の大部分を担っているにもかかわらず、それが貨幣的に評価されていないとの問題が指摘され、無償労働の貨幣評価に関する研究及び経験についての情報交換を促進すべきことが「行動綱領」に盛り込まれた。
 こうしたことから、経済研究所国民経済計算部では、無償労働の規模や経年変化を把握するため、無償労働の範囲、評価方法等について検討を行うとともに、推計作業* を進めてきた。無償労働の貨幣評価の検討、推計作業を行うに際し、昨年7月「無償労働に関する研究会」(座長 鵜野公郎慶応義塾大学教授)( 研究会メンバーは別紙の通り)を設置し、研究会委員より専門的立場から有益な意見をいただいた。

*推計にあたっての計算業務は(株)住友生命総合研究所に委託した。

2.無償労働の範囲及び貨幣評価の方法について

  • 無償労働の範囲
    家計が行う活動のうち無償労働と考えられる活動は、サービスを提供する主体とそのサービスを享受する主体が分離可能(すなわち、そのサービスの提供を第3者に代わってらうことができる)で、かつ市場でそのサービスが提供されうる活動とした。これは、第3者基準といい、国際的に用いられている基準である。
     本推計においては、「社会生活基本調査」(総務庁統計局)に分類されている家計の活動の種類のうち、以下の活動を無償労働の範囲注1)とした。
     家事(炊事、掃除、洗濯、縫物・編物、家庭雑事)、介護・看護、育児、買物、社会的活動注2)
  • �貨幣評価の方法
    無償労働の貨幣評価額を推計するにあたっては、家計が行う家事や社会的活動が産み出すサービスの価値を直接把握し、評価することが困難なことから、家計がそれらの活動に費やしている時間をベースにし、これを賃金で評価することとした。
     総無償労働の評価額=1人当たりの無償労働時間×時間当り賃金×人口注3)

具体的には、無償労働を以下の3つの方法で貨幣評価し、それぞれについて推計を行った。

  • a. 機会費用法
  • b. 代替費用法・・・b-1 スペシャリスト・アプローチ
                b-2 ジェネラリスト・アプローチ
  • a.機会費用法(以下略称はOC法)
     家計が無償労働を行うことにより、市場に労働を提供することを見合わせたことによって失った賃金(逸失利益)で評価する方法である。この方法については、無償労働の内容ではなく、誰が無償労働を行ったかによって評価が変わるという問題が指摘されている。
     (利用統計・・「賃金構造基本調査」(労働省)の産業計(性別、年代別)の平均賃金)
  • b.代替費用法
     無償労働によって家計が自己生産しているサービスと類似のサービスを市場で生産している者の賃金で評価する方法である。
  • b- 1 代替費用法スペシャリスト・アプローチ注4)(以下略称はRC-S法)
     家計が行う無償労働を、市場で類似のサービスの生産に従事している専門職種の賃金で評価する方法である。この方法については、家計と専門職種とでは規模の経済性や資本装備率の違いによる生産性の格差が存在するとの問題が指摘されている。
    (利用統計・・「賃金構造基本調査」(労働省)の職種別の男女平均賃金)
  • b- 2 代替費用法ジェネラリスト・アプローチ(以下略称はRC-G法)
     家計が行う無償労働を家事使用人の賃金で評価する方法である。この評価方法については、家事使用人は家計における無償労働のすべてを行うわけではないこと、および社会的活動を評価するのに適した方法かという問題が指摘されている。
     (利用統計--(財)日本臨床看護家政協会が実施した「一般在宅勤務者の賃金実態調査」)

3.推計結果について

  1. 無償労働の貨幣評価額
     1991年における無償労働の評価額は、67兆円~99兆円でGDPの14.6%~21.6%の規模となった。賃金俸給と比較してみると31.4%~46.6%の規模である。なお、時間でみると、無償労働に費やされる時間は仕事時間の5割前後である。
  2. 無償労働の男女別の比較
     無償労働の評価額を男女別にみると、総額のうち女性が9割前後となっている。なお、経年比較では男性の構成比は高まっている。  1991年について、活動毎に男女別の構成比をみると、全般的に女性の構成比が圧倒的に高くなっている。なお、家庭雑事、介護看護、買物、社会的活動については、男性の構成比高くなっている。  一人当たり無償労働評価額を男女別にみると、女性が男性の5~9倍と圧倒的に高い。特に女性の無償労働評価額は平均市場賃金の70%弱の水準にある。
  3. 無償労働の属性別の比較
     一人当たり無償労働評価額を男女別にみると、女性が男性に比べて圧倒的に高いが、このことは有配偶・有業での男女別比較でも同様である。女性についてみると有配偶・無業(いわゆる専業主婦)において、約276万円と女性の平均市場賃金約235万円を上回っている。有配偶・有業においても約177万円と市場賃金の約75%となっている。
  4. 有介護者の無償労働
     普段家族の介護看護をしているか否かで有介護者か無介護者を区分してみる。
     有介護者の一人当たり無償労働評価額をみると、男性、女性ともに無介護者の一人当たり評価額を大きく上回っている。これは、「介護・看護」に係る評価額のみならず、「家事」に係る評価額についても同様である。
     なお、男性については、60歳以上において約154万円と、無介護者の5倍以上の高い評価額となっている。女性については、30代以上の年齢階層において、女性の平均市場賃金(約235万円)を上回る評価額となっている。
  5. 家計におけるサービス生産と市場活動の比較
     家計におけるサービスの産出額を直接把握し、評価することが困難なことから、家計による無償労働の貨幣評価額を用いてサービスの産出額を間接的に推計し、同種のサービスを産出している産業の規模との比較を試みた。
     本試算によると、家計は「炊事」では「外食産業」の約7倍、「洗濯」では「洗濯業」の約31倍の生産を行っている。「育児・介護看護」についても「非営利団体」と比べて約9倍の活動を行っている。
  6. 地域(ブロック)別の無償労働
     地域(ブロック)別にみると、無償労働時間は西高東低型となっている。一方有償労働時間では、東高西低型となっており、これを反映して一人当たり無償労働評価額の一人当たり県民所得比率も西高東低の傾向を示している。
  7. 国際比較
     諸外国と比較すると、わが国の無償労働の貨幣評価額のGDP比は、いずれの評価方法でもかなり低い値となっている。
     この理由として、わが国は有償労働時間に対して無償労働時間の比率が低いことがあげられるほか、無償労働の範囲として諸外国が「移動」、「住宅のメンテナンス」及び「園芸」を含めているのに対して、わが国では含めていないこと及び調査年齢が諸外国では、10歳または12歳以上の国がある等の違いがあげられる。
     なお、総使用時間の特徴を男女別でみると、わが国の男性は有償労働時間が長く、無償労働時間は大幅に短い(1日30分)。
     一方、女性について、諸外国との概念を合わせるため、無償労働時間から「移動」、「住宅のメンテナンス」及び「園芸」を除き、有償労働時間を加えた総使用時間で比較すると、我が国の女性の総使用時間は、諸外国の女性とほぼ同水準となることが分かる。
     次に、無償労働時間の特徴をみると、男性は家事・ショッピングに比較的時間を割いているのに対して、女性は洗濯・縫物や家事・ショッピングに多くの時間を割き、調理や清掃が少なくなっている。  注1) 「社会生活基本調査」に分類されている活動の種類及び活動別の生活時間の使用状況は以下の通りである。
  1. 「移動」は「無償労働のために付随する移動」と「それ以外の移動」が考えられるが、概念的には前者は「無償労働」に、後者は「無償労働以外」に含めるという形で整理した(カナダ、オーストラリアの事例では「移動」は付随する活動として整理されている)。
    しかしながら、本推計を行う際に使用した「社会生活基本調査」では「移動」の内訳が把握できないことから、「移動」全体を「無償労働」の範囲に含めないこととした。このことによって、わが国の無償労働の評価額は欧米諸外国に比して過小推計となっている。
    なお、「通勤・通学」については、「仕事」、「学業」が第3者に代わってもらううことのできない活動であるため、それに付随する移動である「通勤・通学」も推計対象外としている。
  2. 諸外国の事例では「住宅のメンテナンス」、「園芸」等を無償労働として推計しているが、「社会生活基本調査」ではこれらは独立した活動項目として調査されていないため推計対象に含めていない。このことから、�の「移動」と同様にわが国の無償労働の評価額は過小推計となっている。
    注2)
    1. 「社会生活基本調査」では「家事」の内訳が把握できないことから、「国民生活間調査」(NHK)の「家事(炊事、掃除、洗濯、縫物・編物、家庭雑事)」の内訳を用いて按分した。
    2. 社会的活動の内訳は地域の道路清掃、施設の慰問、災害地等への援助物資の調達、献血、点訳、婦人活動、消費者活動、住民運動等である。
    注3)
    利用統計
    無償労働時間 「社会生活基本調査」(総務庁統計局)
    時間当たり賃金 「賃金構造基本調査」(労働省)
    「(財)日本臨床看護家政協会資料」
    人口 「社会生活基本調査」(総務庁統計局)
    「人口統計月報」(総務庁統計局)
    注4)
     代替費用法スペシャリスト・アプローチにおける活動内訳と貨幣評価において採用した対応職種は以下の通りである。本評価方法は、家計が行う無償労働を活動別に専門職種の賃金と対応させて評価する方法であるが、家計が行う無償労働と類似のサービスの生産に従事する職種の対応付けに一意的な基準を設けることは困難なことから、本推計では、利用可能な統計の範囲で対応付けを行った。
    • 炊事:家計と専門職種との間には生産性格差が存在するとの「代替費用法スペシャリスト・アプローチ」の問題点を考慮し、「調理師見習い」とした。
    • 介護・看護:家計における「介護・看護」はベッドメーキング、検温、食事の世話等が中心で、医療行為の周辺部分のみと考えられるために「看護補助者」とした。
    • 「社会的活動」については対応職種が把握できないことから、「個人サービス業」、協同組合」、「社会保険社会福祉」、「政治経済文化団体」の産業別賃金の加重平均を用いた。
    注5)
     機会費用法で推計した場合は性別年代別の平均賃金を使用するため男女間の賃金格差が反映することになる。

(別紙)

無償労働に関する研究会委員

座長 鵜野公郎 慶応義塾大学教授
  北沢洋子 国際問題評論家
  久場嬉子 東京学芸大学教授
  作間逸雄 専修大学教授
  林 英機 新潟大学教授
  藤原房子 ジャーナリスト
  松原 望 東京大学教授
  目黒依子 上智大学教授
  矢澤澄子 東京女子大学教授
  山下正毅 横浜国立大学教授

無償労働に関する研究会開催日程

  会期 議題
第1回 平成8年7月23日(火)10~12時 無償労働について
第2回 平成8年10月24日(木)10~12時 無償労働の定義、範囲及び貨幣評価について
第3回 平成9年5月15日(木) 12時~14時 無償労働の貨幣評価についての報告
内閣府 Cabinet Office, Governmentof Japan経済社会総合研究所
〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館