経済分析第189号経済分析第189号 (ジャーナル版)
経済社会総合研究所の概要と実績
(要旨)
(論文)
「失職経験が所得低下に及ぼす影響」
本稿の目的は、『慶應義塾家計パネル調査』を用い、非自発的理由による失職経験が所得に及ぼす影響を検証することである。我が国ではバブル崩壊以降、「失われた10年」と言われるほどの長期不況を経験し、多くの非自発的な理由による失職者を生み出した。この失職が所得をどの程度低下させるのか、そして、その低下がどの程度持続するのかといった点に関して海外では数多くの研究があるものの、国内ではあまり研究がない。他の先進国と比較して、転職市場の規模が小さく、長期雇用の傾向が強い我が国の場合、この失職による所得低下の影響が大きいと考えられるが、その実態は明らかになっていない。そこで、本稿ではPropensity Score Matching法を用い、男女別、年齢別に失職経験が所得に及ぼす影響を検証した。この分析の結果、次の3点が明らかになった。
1点目は、男女別に失職が所得に及ぼす影響の違いを検証した結果、いずれの年齢層でも男性の所得低下額の方が女性よりも大きい傾向にあった。しかし、所得低下率(%)はほとんどの場合、女性の方が男性よりも若干大きかった。2点目は、男性について分析した結果、全年齢層では失職時から失職3年後まで持続的に継続就業者よりも所得が低く、失職3年後時点でも60万円以上所得が低かった。年齢別にみると、所得低下幅が最も大きいのは41歳以上の中高齢層であり、この背景には失職による就業率の低下とそれまで蓄積した人的資本の喪失が大きな影響を及ぼすと考えられる。3点目は、女性について分析した結果、全年齢層では男性と同様に失職時から失職3年後まで持続的に継続就業者よりも所得が低く、失職3年後時点でも30万円以上所得が低かった。年齢別にみると、40歳以下の場合、少なくとも失職1年後までは所得低下が確認されるが、41歳以降の中高齢層になると失職3年目まで持続的に所得が低下する傾向にあった。
JEL Classification Number:J31,J63,J64
Key Word:失職、所得低下、Propensity Score Matching法
混合寡占市場における供給区域規制と消費者余剰
—日本のガス市場データに基づく定量的分析—
本稿は、混合寡占市場の一例として考えられる日本のガス市場を対象として、供給区域規制による消費者余剰への効果を定量的に分析した。日本の家庭用ガス供給は主に都市ガスとLPガスの2種類に分類されるが、都市ガスに対してのみ価格と供給区域が規制されておりLPガスに対しては価格と供給区域の規制がない。そのため消費者の都市ガス需要変化に応じて政府は都市ガス供給区域を調整する必要がある。しかし、都市化により都市ガス供給が比較的容易となった大都市近郊に対して都市ガス供給区域は見直されておらず依然としてLPガスを使用せざるを得ない状況が続いている。都市ガス供給が比較的容易な地域において都市ガス需要を満たさないことは消費者余剰を損ねることになりうる。
そこで、1998年から2005年までのガス市場に関するデータを用いて、以下の2段階の分析を行った。まず、LPガスと都市ガスとの代替性を考慮したガス需要関数を推定した。その結果、都市ガスとLPガスとの間の需要の代替性が存在しガスのサービス特性がガス需要に対して重要なことがわかった。また、需要の弾力性を計算すると都市ガス供給区域内外でLPガスの自己価格弾力性に大きな違いが生じていた。次に、推定されたガス需要関数のパラメータを用いて、都市ガス供給区域外地域へ都市ガスを供給させるシミュレーションを行った。仮想的な都市ガス供給によって、都市ガス供給区域外地域世帯の38.9%はLPガスから都市ガスへ移行した。さらに、LPガス事業者間でクールノー競争を仮定すると、LPガス価格は5.8%減少し、消費者余剰は13.8%改善した。この結果は,都市ガス未供給地域に対する都市ガス供給を容易にすべきであることを示唆している。
JEL Classification: L43, L95
キーワード:供給区域規制,シミュレーション分析,消費者余剰
海外事業活動の国内雇用への影響とその経年変化:
大阪府本社中堅・中小製造企業のアンケート調査データを用いた実証分析
本稿では、日本の製造企業の海外直接投資が深化するなか、海外現地の事業活動と国内の自社雇用の長期的な関係について実証分析を行う。データは、大阪府本社の中堅・中小製造企業を対象にしたアンケート調査(平成24年10月実施)の結果である。分析手法は、被説明変数になる国内雇用の状況を順序のある選択方式で企業に尋ねているため、順序プロビットモデルおよび順序ロジットモデルを採用する。
分析結果として、まず、海外拠点の雇用の拡大が自社の国内雇用の増加につながる傾向がみられたが、この傾向は、初の海外直接投資後からの年数が経過するにつれて弱まることも確認された。そして、このような経年変化は、企業の創業からの経過年数(企業年齢)を説明変数に加えても存在しつづけることが確認された。この結果より、中堅・中小製造企業において、海外拠点を初めて設置してから海外展開の経験年数を重ねるにつれて、海外と国内の雇用の補完的関係は弱まっていくことが推測される。
次に、この経年的変化がどの程度であるかを定量的に確かめるため、平均的な企業を想定した限界効果のシミュレーション分析を行った。結果として、海外雇用が増加したことによる「国内雇用の増加」を選択する確率の上昇幅は、初の海外直接投資後から10年が経った場合は25%ポイントほどになるのに対し、20年が経った場合は4~5%ポイントほどに縮小することが確認され、さらに20年を超えるとその上昇がみられなくなることが推測された。
JEL Classification Number: F14 F16 F21
Key Words: 海外直接投資 国内雇用 中堅・中小製造企業
(資 料)
『家計調査』個票をベースとした世帯保有資産額の推計
— 推計手順と例示的図表によるデータ紹介 —
人口・世帯構造が急変し、経済社会の高齢化が進展する下で、世帯間のバラつき、またそれが世帯の経済行動に与える影響を検討することの重要性が高まっている。本稿では、そうした検討作業の基礎とすべく、我々「個票データ分析による家計行動の研究」ユニットが整備(推計)を進めてきた我が国世帯の資産保有状況に関するデータ・セットについて、その推計の概略を示すとともに、推計データが描き出した世帯資産保有の姿の一端を紹介している。
高山他(1989)が『全国消費実態調査』に用いた推計手法を『家計調査』個票に適用することで構築した世帯資産データからは、①我が国家計の保有資産価値の大きな部分を住宅・宅地資産が占めており、過去四半世紀における世帯保有資産価値の変動の大半は住宅・宅地資産価値(地価)の変動に由来していたこと、②こうした変動は特にバブル期前後の首都圏世帯において顕著(バブル期の首都圏持ち家世帯のキャピタル・ゲインは千万単位)で、バブル期には資産保有の世帯間のバラつきも最大化していたこと、③土地バブルの影響は世帯(主)の生涯を通じた資産蓄積パターンにも及んでおり、多くのコホートでバブル崩壊期に保有正味資産の目減りが見られたこと、等が読み取れた。
JEL Classification Number: D31、E21
Key Words: 家計調査、個票、住宅・宅地資産、資産分布、バブル、日本
本号は、政府刊行物センター、官報販売所等にて刊行しております。
全文の構成
(論文)
失職経験が所得低下に及ぼす影響(PDF形式 884 KB)
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3ページ1.問題意識
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4ページ2.先行研究
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6ページ3.データ
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7ページ4.推計方法
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14ページ5.推計結果
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19ページ6.結論
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20ページ参考文献
混合寡占市場における供給区域規制と消費者余剰
—日本のガス市場データに基づく定量的分析—(PDF形式 1.05 MB)
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25ページ1.はじめに
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26ページ2.ガス市場の概観
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29ページ3.需要関数の推定
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36ページ4.都市ガス供給区域の仮想的拡張
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41ページ5.おわりに
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42ページ参考文献
海外事業活動の国内雇用への影響とその経年変化:
大阪府本社中堅・中小製造企業のアンケート調査データを用いた実証分析(PDF形式 1.05 MB)
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46ページ1.はじめに
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47ページ2.データと仮説提起
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50ページ3.推計モデル
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55ページ4.推計結果
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59ページ5.おわりに
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62ページ参考文献
『家計調査』個票をベースとした世帯保有資産額の推計
— 推計手順と例示的図表によるデータ紹介 —(PDF形式 1.74 MB)
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65ページ1.はじめに
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68ページ2.推計方法
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75ページ3.推計データが描き出した我が国世帯の資産保有状況
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89ページ4.おわりに
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90ページ参考文献
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91ページ補論1 「地下公示」調査地点数の変化がもたらす影響及び対処法-
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94ページ補論2 共同住宅に関する敷地面積の推定
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96ページ