経済分析第196号経済分析第196号(特別編集号)
研究報告会と経済社会総合研究所の概要
(要旨)
(論文)
日本の高齢者世帯の貯蓄行動に関する実証分析
本稿では、日本において、人口高齢化が家計貯蓄率にどのような影響をおよぼしうるのかを検証するため、日本の高齢者世帯の貯蓄行動を分析する。分析には、総務省統計局が実施している「家計調査」およびゆうちょ財団が実施している「家計と貯蓄に関する調査」からのデータを用いる。分析結果により、以下のことが示される。すなわち、(1)日本では、働いている高齢者世帯は正の貯蓄をしているものの、彼らの貯蓄率は若い世帯よりも低い。一方、退職後の高齢者世帯の貯蓄率は大きく負である、(2)退職後の高齢者世帯が資産を取り崩す傾向は年々緩やかに強まっており、この傾向は主に社会保障給付の削減によるものである、(3)退職後の高齢者世帯は、資産を取り崩してはいるが、取り崩し率は最も単純なライフ・サイクル仮説が予測しているほど高くはなく、これは主に予備的貯蓄と遺産動機の存在によるものであることが示唆される。
JEL Classification Codes:D14, D15, E21
Keywords:高齢者、貯蓄、ライフ・サイクル仮説
リカレント教育を通じた人的資本の蓄積
急速に少子高齢化が進行する日本において、いかにして経済成長を維持・促進していくかが大きな課題となっている。少子高齢社会で労働力を量的に拡大することは困難であり、長期的には、労働力の質的向上、すなわち人的資本の蓄積を促進することが望まれる。しかし、人的資本は時間の経過と共に減耗するため、高齢化が進行する中で、若年世代を対象とした教育だけでは、経済成長の維持・促進のために必要とされる人的資本の水準を実現できないかもしれない。このため、現在の日本のような超少子高齢社会では、中年・高年世代や離職した女性を対象としたリカレント教育(再教育)が重要になると考えられる。そこで、本研究では、少子高齢化が進行する経済において、リカレント教育への参加を民間の自発的な選択に委ねた場合、社会にとって最適な人的資本の水準が達成されるか否かを考察する。
この問いに答えるために、本研究では、初等教育や高等教育だけではなく、リカレント教育を通じて人的資本が蓄積される世代重複(OLG)モデルを分析する。分析の結果、死亡率のリカレント教育に及ぼす影響が高等教育とリカレント教育との間の関係によって決まることが示される。すなわち、両者に補完性がある(高等教育の水準が高いほどリカレント教育の効果が大きい)ならば死亡率の低下がリカレント教育を促進し、人的資本を向上させる。一方、両者が代替的である(高等教育の水準が高いほどリカレント教育の効果が小さい)ならば死亡率の低下がリカレント教育を抑制し、人的資本を低下させる。後者の場合、民間の自発的な選択だけでは、少子高齢社会での経済成長を維持するために十分なリカレント教育の水準を達成できない可能性があり、リカレント教育を積極的にサポートする政策が必要になるといえる。
JEL Classification Codes:J10, I25, O15
Keywords:少子高齢化、人的資本の蓄積、リカレント教育
景気指標における人口動態の影響
本論では人口動態(人口減少や高齢化)の変化が景気指標に与える影響を検討する。人口減少・高齢化は、日本が先進地域で最も深刻な状況と指摘されているが、国全体の景気指標ではその影響を確認するのは難しい。都道府県ベースでみれば、秋田県や高知県のように既に20年近く前から人口の自然減が始まり、かつ高齢化が進展している地域がある一方で、大都市圏を含む地域では若年人口の流入などにより人口増を維持し高齢化率も低いところがみられる。さらに、将来推計人口(国立社会保障・人口問題研究所(2013))によれば、このような二極化の傾向はより明確に進展することが見込まれている。
ここでは、包括的な景気指標として都道府県別の県民経済計算(公表値)に加え、2種類の景気動向指数(試算値)をもとに、景気の変動性(ボラティリティ)、
景気の趨勢的な動き(趨勢要因)、
景気の変化の大きさ(循環要因、経済成長率)、の3つの面から人口動態の変化における景気指標への影響について検証する。
人口動態の変化がマクロ経済に与える影響ではプラスとマイナス要因に区分できる。地域別の景気指標をパネル分析したところ、多くの先行研究により示されている通り、人口動態(人口減少や高齢化)の変化が経済活動にマイナスの影響を与えることが改めて確認できる。他方、地域における人口動態や経済構造の違いを考慮すると、若年層を中心とする人口流入が続く大都市圏を含む地域では、人口動態のプラスの効果がより顕在化しやすい状況にある。つまり、現在の人口減少・高齢化先進地域と大都市圏を含む地域との格差がさらに広がる可能性を示していると考える。
このことは、景気判断においてマクロ的な平均値の議論で適切行えるのかを示唆している。地域の景気変動を把握する上で、どの景気指標が的確なのかを地域の社会・経済情勢から検討する必要がある。ただし、地域の社会・経済構造を表現する統計は一定程度整備されているものの、カレントな経済動向を示す信頼性の高い統計は極めて少ない。人口減少・高齢化の影響を把握する上でも、地域に関するカレントな経済統計の整備が必要である。
JEL Classification Codes:E0, E3, J10
Keywords:景気循環、人口減少、高齢化
高齢化とマクロ投資比率–国際パネルデータを用いた分析–
近年、我が国では、比較的好調な企業収益との対比で国内向け投資の緩慢さが指摘されている。また、景気回復局面における設備投資の伸び悩みは世界金融危機後の回復過程にある他の先進各国でも同様に観察されている。マクロ経済動向と投資の関係の変化には様々な要因が考え得るが、世界全体で、取分け我が国において顕著に、進行している高齢化が、そうした変化の重要な背景とは考えられないだろうか。本稿では、高齢化が一国の投資率に与えている影響を分析するため、世界約160ヵ国をカバーした国際パネルデータによる回帰を行った。高齢化が投資率に作用する経路としては、貯蓄率の低下を通じる経路と
期待成長率の低下を通じる経路の2つに注目した。結果は、高齢化の進行が2つの経路を通じて世界各国の投資率を低下させる方向に作用している、というものである。近年、我が国を含む少なからぬ国々で見られる投資の伸び悩みの背景の一つとして、世界的に進行する高齢化があることを示唆する結果と言えよう。
JEL Classification Codes:E21, E22, J11
Keywords:高齢化、設備投資、貯蓄率、期待成長率、国際パネルデータ
企業内部の高齢化が設備投資に与える影響–日本企業の財務パネルデータを用いた分析–
近年、我が国では、企業収益の好調が伝えられる一方、設備投資は伸び悩みが目立っている。投資が伸び悩む要因としては、国際競争の激化や産業構造のサービス化等も考え得るが、我が国で(世界に先駆けて)急速に進行している高齢化の影響も無視できないのではないだろうか。本稿では、高齢化が企業の設備投資に与えている影響を探るため、我が国企業の財務データ(上場+一部未上場)を活用した実証分析(企業内の年齢構成を考慮した設備投資関数の推計)を行った。
高齢化が企業行動に与える影響については、企業をとりまく環境の高齢化、と
企業内部の高齢化、に分けて考えることができるが、本稿ではそのうちの後者、すなわち経営者や従業員の高齢化が進むことが企業の設備投資行動に与える影響に注目している。企業内部の高齢化については、企業活力の低下や意思決定の保守化等を通じた負の影響が想起されやすいが、経験やスキルの向上等を通じた正の効果が存在するかもしれない。
分析の結果、経営者の高齢化は、経営の安定等を通じある程度投資を促す面もあり、想像されるほど単純に投資を抑制するものではないことが分かったが、特に上場企業で経営者の高齢化が70歳代を超えて進む場合に投資抑制が顕著になることが確認できた。一方、従業員の高齢化については、上場企業において、人件費を増加させて収益性を悪化させる経路等で投資を抑制している可能性が高いことが分かった。
JEL Classification Codes:E22, G31, J11
Keywords:高齢化、設備投資、企業財務データ、トービンのq
人口高齢化と経済成長への影響–韓国へのインプリケーション–
本論文では、成長率の国際比較に新たに利用可能となったPenn World Table 9.0’sを用い、人口高齢化の経済成長への影響を検証している。実証モデルとして、短期及び長期における人口構成の変化の影響が推定可能となる拡張された部分調整モデルを用いている。また、データについては、1960年から2014年の期間について、5年及び10年のインターバルを設けている。ここでの分析結果は、人口高齢化は短期及び長期の双方において経済成長を妨げること、また、高齢者の労働参加は経済成長にプラスの影響を有し、これは高齢化のマイナスの効果が、高齢者のより積極的な労働参加によって軽減されうることを示唆している。興味深いことに、過去の水準だけではなく、将来における人口高齢化の水準も経済成長にマイナスの影響を持つことが明らかとなった。将来の高齢化は、将来の成長見通しへの懸念を高め、その結果、現在の経済活動にマイナスの影響を与える可能性がある。
加えて、本論文では、どの程度高齢化が韓国の将来の成長見通しに影響を与えるかを予測している。予測された成長率は、予測最終年である2034年には継続的にマイナス2.7%まで低下し、これは、日本において推計される直近のマイナス1.6%を下回っている。日本に比べ、韓国での高齢化の影響が大きくなる1つの要因として、韓国での高齢化の進展が日本に比べより急速である可能性が挙げられる。人口構成に関する見通しはより厳しく、韓国経済の将来は、日本の現在の状況よりもより悲観的かもしれない。
最後に、韓国について、人口高齢化の経済成長への顕著な影響を軽減するための、いくつかの政策オプションを提案している。韓国政府は、すでに積極的に高齢化に対応するための幅広い施策を行っている。そうした施策は、出生率を引き上げるための努力が中心となっているが、高齢者のための支援も含まれる。しかしながら、引き続き人口高齢化が急速に進展していることにみられるように、これまでのところ、こうした政策は効果的ではない。今後について、実証結果に基づくと、政府による介入が特に期待できる分野として、よりよいワークライフバランスを可能とする総合的な政策パッケージを通じて、女性の労働参加を高めることが挙げられる。
JEL Classification Codes: J10, O10, O40
Keywords:人口高齢化、人口構成の変化、経済成長、韓国
人口移動、人的資本、頭脳流出と頭脳流入–EUの経験を踏まえた展望–
本論文では、EUの経験を踏まえ、頭脳流出・頭脳流入の効果を通じた人口移動、人的資本形成、そして一国の経済厚生の相互関係を検証し、鍵となる特徴を示している。初めに、日本や米国を含む他の主要先進国におけるパターンとの比較を通じ、EU諸国について、1980年以降の国際的人口移動の傾向を実証的に概観した。シェンゲン(Schengen)協定のもとで促進されたEU域内における労働移動を背景とした構造的な変化に加え、エラスムス(Erasmus)プログラムによる学生の移動の重要性が示された。
次に、最近の大卒のフランス人労働者による地域間の労働移動に関する調査に基づく実証結果と方法論的な視点についても報告している。この分析には、プロビットモデルを用い、選択バイアスを修正した上で、フランス国内の最近の大卒による地域間の移動の決定要因を検証している。分析結果によれば、教育水準は、直接的に、また地域間移動の高まりを通じて間接的に就職に影響を及ぼすことが示唆されるとともに、教育と労働移動の間の強固で、非線形な関係が確認された。経済厚生分析をもとに、人的資本の質が、どのように人口移動の評価に影響を与えるかを示すとともに、地域間労働移動に係る厚生効果を計算するためのアプローチを提案している。
最後に、個々に異なる能力、教育水準に関する初期レベル、また、高等教育システムの質やアクセス環境の違いが、どのように個人の国際的な教育選択やその後の職業選択を決定するかについての理論的な枠組みを提示し、国レベルの経済厚生へのインプリケーションを導いている。国内または海外で訓練を受ける、あるいは働くといった学生の決定に潜在的に影響を与える要因には、教育の質や価格、大学システムの開放性、特殊性、選択性、国際的な給与差、そして海外の労働市場へのアクセス環境などが含まれる。また、異質な個人における自己選択(self-selection)は、国の教育政策の相対的な効果とともに、頭脳流出・頭脳流入の間のバランスを決定する重要な要素となっていることが示される。
JEL Classification Codes:F22, D82, I25, I28, J24
Keywords:人的資本、頭脳流出、頭脳流入、国際的人口移動、労働市場、EU、国際的な教育選択と政策、異質な個人、自己選択
住宅価格が銀行部門のパフォーマンスに与える影響–米国におけるMSAデータから得られる証拠–
本論文では、2007年の危機前後における銀行の行動に影響を与えた要因を検証している。2001~2014年にわたる米国のMSAs(Metropolitan Statistical Areas)における銀行部門のデータを用いることで、銀行部門の信用供給(credit supply)やパフォーマンスは、他の要因をコントロールした場合、各地区レベルでの経済状況に依存することを発見した。危機以前、不動産価格指数がより高い地区の銀行では、より多くの貸出とより高い企業業績を示していた。しかし、危機以降、貸付の合計は不動産価格指数に依存しなくなる一方、不動産価格指数がより高い地区の銀行では、家計に対してより多くの貸付を行い、商業・産業部門に対してはより少ない貸付を行っていた。家計への貸付がより多い地区では、より高い不良債権比率が見られている。対照的に、商業・産業部門への貸付がより多い地区では、より低い不良債権比率が見られている。その結果、不動産価格指数がより低い地区における銀行部門では、より高いROA(総資本利益率)となっている。こうした結果は、不動産市場の回復は、必ずしも存続している銀行のパフォーマンの改善に結びついていないことを示唆している。
JEL Classification Codes: G01, G20, G21
Keywords: 信用供給、銀行パフォーマンス、不動産市場、不良債権
研究報告会と経済社会総合研究所の概要
本号は、政府刊行物センター、官報販売所等にて刊行しております。
全文の構成
(はじめに)(PDF形式 337 KB)
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1福田 慎一
(序論)
人口減少がマクロ経済成長に与える影響–経済成長理論からの視点–(PDF形式 1.38 MB)
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9福田 慎一
(論文)
第1部 マクロ経済成長への影響
第1章 日本の高齢者世帯の貯蓄行動に関する実証分析(PDF形式 1.27 MB)
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311.はじめに
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312.先行研究のサーベイ
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333.日本の高齢者世帯の貯蓄率・資産の取り崩し率
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394.高齢者世帯の貯蓄行動の決定要因
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455.要約と結論
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46参考文献
第2章 リカレント教育を通じた人的資本の蓄積(PDF形式 1.88 MB)
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511.はじめに
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532.リカレント教育の現状
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593.モデルの概要
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614.モデル
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675.定常均衡の均衡条件
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686.死亡率の低下がリカレント教育に与える影響
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717.死亡率の低下が人的資本の蓄積に与える影響
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798.結論
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81参考文献
第3章 景気指標における人口動態の影響 (PDF形式 2.59 MB)
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851.はじめに
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862.人口動態と経済変動の現状
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913.人口動態が景気に及ぼす影響
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964.分析方法
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1025.推計結果
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1096.まとめ
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112参考文献
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113データ補論
第4章 高齢化とマクロ投資比率–国際パネルデータを用いた分析–(PDF形式 1.94 MB)
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1171.はじめに
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1202.データと分析の枠組み
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1263.回帰結果
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1324.結論
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133参考文献
企業内部の高齢化が設備投資に与える影響
–日本企業の財務パネルデータを用いた分析–(PDF形式 2.8 MB)
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1371.はじめに
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1392.データ
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1473.実証分析
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1554.結論
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156参考文献
第2部 海外における変化の影響
第1章 人口高齢化と経済成長への影響–韓国へのインプリケーション–(*)(PDF形式 3.34 MB)
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1621.はじめに
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1632.データと記述統計
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1683.実証上のスペシフィケーション
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1714.実証結果
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1785.韓国の将来成長率の予測
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181
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1857.要約と結論
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186参考文献
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188付録
第2章 人口移動、人的資本、頭脳流出と頭脳流入–EUの経験を踏まえた展望–(*)(PDF形式 1.42 MB)
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2001.はじめに
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2052.EUにおける人口移動,学生の移動,人的資本形成に関する実証上の展望
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2213.国際的な教育選択と雇用の関係を検証するための一般概念上の枠組
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2314.結論
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233参考文献
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236付録
第3章 住宅価格が銀行部門のパフォーマンスに与える影響
–米国におけるMSAデータから得られる証拠–(*)(PDF形式 2.19 MB)
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2411.はじめに
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2432.関連する研究
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2443.米国と日本の銀行部門に関する背景
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2504.仮説
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2515.データと方法論
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2556.実証結果
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2627.結論
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263参考文献
研究報告会と経済社会総合研究所の概要(PDF形式 162 KB)
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265
(*)がついている論文の本文は英語。