経済分析第195号経済分析第195号(特別編集号)
研究報告会と経済社会総合研究所の概要
(要旨)
(論文)
労働分配率の低下と企業財務
労働分配率は、短期的な景気循環過程において上下することに大きな問題はないが、長期的に低下することについては経済政策的にも、経済学的にも解明しなければならない問題である。実際、労働分配率は世界的に見ても長期的な低下傾向にあり、わが国でも2000年台にはほとんどの指標で低下傾向にあった。この労働分配率の動きには、賃金が伸び悩む一方で株主への配当や内部留保が増加傾向にあることから、企業の付加価値の配分方法が変化していることが影響していると考えられる。我々は、雇用量や一人あたり労務費と企業財務との関係を分析し、いくつかの定量的な結論を得た。すなわち、内部留保が増加するとともに労働分配率が低下する傾向が見られたが、メインバンクを有する企業は雇用を維持すると同時に予備的な貯蓄を行う傾向にあった。逆に、メインバンクを有しない企業は雇用とは関係なく過剰に現金を保有する傾向にあった。こうしたことが労働分配率の低下に寄与していたと考えられる。
JEL Classification Codes:G3, J4
Keywords:労働分配率、企業財務、メインバンク
景気変動と賃金格差
本稿では、1989~2013年の賃金構造基本統計調査データを使って、景気変動と被雇用者の年収格差について分析を行った。全サンプルによる実質年収に関しては、ジニ係数、変動係数(Coefficient of Variation: CV)共に経年的に上昇してきたが、景気変動との関連では、1990年代には、景気拡張期か景気縮小期かに関わらず、ジニ係数も、CVもあまり変化していない。2000年~2010年にかけては、景気拡張期も景気縮小期も格差は拡大しているが、どちらかと言うと、景気拡張期の方が格差がより拡大している。2010年以降は、再び、ジニ係数もCVも景気変動と関わりなく安定して推移している。男性フルタイム労働者サンプルの実質賃金のジニ係数やCVからは、1990年代前半までは男性フルタイム労働者間の年収格差は縮小し、その後、徐々に格差は拡大、2007~08年をピークに格差が縮小している様子がうかがえる。以上のことは、長期トレンドとして年収格差は広がっているが、その景気変動との関連ははっきりしないことを示している。
景気拡張期と景気後退期が残業手当に与える影響は非対称である。景気が悪くて残業手当が減るという効果の方が、好況で残業手当が増えるという効果よりも大きい。また、景気変動と残業の関係について、1997年以降、労働市場の構造変化が起こったことを利用した分析によると、1997年以降、残業時間の失業率に対する感応度が全ての四分位で落ちている。つまり、1997年以降、労働市場の構造変化が起こり、雇用調整による業務量の調整が行いやすくなったために、景気後退期に、残業時間でなく雇用で調整するようになったと考えられる。その傾向は年収の低い四分位でより強いことが示された。景気循環が労働時間格差を通じて賃金に影響を与え、景気停滞期に低所得者の間で労働時間、残業手当の減少が大きい。労働時間調整が企業活動の繁閑の調整弁として使われていること、またその機能が近年弱まっていることがうかがえる。
JEL Classification Codes:D31, J31, J81
Keywords:景気変動、賃金、格差
所得格差と教育投資の経済学
本稿は、教育格差が生み出す所得格差の世代間連鎖メカニズムに着目し、現在の所得格差が経済成長と将来の所得格差に及ぼす影響について考察する。昨今の所得格差と経済成長の関係に関する実証分析を概観した後に、所得格差が教育投資を通じてどのように次世代の所得格差へと継承されて行くかを描写した様々なモデルを紹介する。特に、資本市場の不完全性に着目し、教育投資が私的にのみ行われる場合や、公教育と私教育が選択できる場合、さらに公教育が政治的プロセスにより内生的に選択される場合には、所得格差がどのように世代間で連鎖し、長期的な格差に結びつくのかについて見る。その中で、グローバル化やマクロ経済全体の生産構造が、世代間の所得連鎖や親による教育投資の意思決定に与える影響についても触れ、所得格差を縮小し、経済成長を促進するという観点から望ましい教育システムはどのようなものかについても考察する。最後に、経済成長を促進する上で効果的な政策についても議論する。
JEL Classification Codes:D31, D72, H42, I22, O15
Keywords:教育投資、所得格差、経済成長
通勤時間が夫婦の時間配分に与える影響
本研究では、通勤時間の変化が夫婦の市場労働および家事労働の供給に与える影響を分析する。分析には、公益財団法人家計経済研究所による「消費生活に関するパネル調査」の1995年から2015年までのデータを使用する。この調査では、妻だけでなく夫の時間配分がわかる。また、市場労働時間を推定する際に重要となる勤務先の状況と、家事労働の決定を考える上で必要不可欠となる家計や世帯員の属性の双方を同時に把握できる。さらに、同一家計を追跡したパネル調査であることを利用して、観察されない個人や家族の異質性の存在を考慮できる。これらにより、通勤時間が時間配分の決定に与える純粋な影響を明らかにする。共働き世帯を対象とした分析の結果、夫と妻ともに、本人の通勤時間が長くなれば自身の市場労働時間が長くなり、家事労働時間は短くなることが示される。加えて、配偶者の通勤時間が長くなれば自分の市場労働時間を減らし、家事時間を増やすことがわかる。推計値の詳細を見ると、通勤時間の増加による配偶者の労働供給抑制効果だけでなく、妻の家事労働供給は彼女の市場労働供給と比べて非弾力的であることや、通勤時間に対する家事時間の弾力性は夫で大きいことが示される。また、夫が配偶者の通勤時間に反応して家事労働時間を変化させることは1990年代には見られておらず、2000年代に変化した日本家計の特徴であることがわかる。
JEL Classification Codes:D13, J22, R41
Keywords:家計生産、夫婦内時間配分、市場労働時間、家事労働時間、通勤時間
若年者の東京移動に関する分析
進学や就職という人生の大きなステップにおいて、若者が地方を出て東京に向かうという選択をするのはなぜなのだろうか。これを明らかにすべく、個票データを用いてその選択を左右する要因を分析したところ、以下のような結果が得られた。第一に、高学歴化が東京移動を後押しする要因になっていたが、若者の中でも若い世代ほど東京へ向かう傾向が低下していた。第二に、ライフステージごとに調べると、はじめて仕事をもつ段階では出身地の賃金の低さが東京行きを選択する要因であるとの結果が得られた。しかし、東京圏の大学等に既に進学している者に対象を絞ると、地方の就業機会の乏しさが東京で職を得て東京に残るという選択につながっていることがわかった。他方、地方で初職に就いたのに、現在は東京圏に居住している要因を分析すると、賃金格差や就業機会格差は統計的に有意な結果を示さなかった。第三に、近年関心を集めている若年女性の東京移動に関する分析を行い、男性対比の特徴を調べると、はじめて就職する時点では東京圏へ転出する傾向は弱いが、東京圏の大学等に進学した者に限ると女性は東京圏に留まる傾向が強かった。さらに、地方で初職を得た人の中では、女性の方がその後東京圏に移動する傾向が顕著であった。結論としては、東京一極集中是正という政策的視点に立つならば、若者がはじめて就職する時点での賃金格差や就業機会格差を縮め、若者の人的資本形成が地方において的確に評価され、若者の努力と期待が現実に実を結ぶことが望まれる。
JEL Classification Codes:R23, J61, J11
Keywords:人口移動、東京集中、居住地選択
研究報告会と経済社会総合研究所の概要
本号は、政府刊行物センター、官報販売所等にて刊行しております。
全文の構成
(エディトリアル)
日本の労働市場の変質と労働分配率・賃金格差・労働時間(PDF形式 509 KB)
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1樋口 美雄
(論文)
第1章 労働分配率の低下と企業財務(PDF形式 1.30 MB)
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111.はじめに
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122.労働分配率の推移
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193.企業財務と雇用
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314.結びにかえて
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32参考文献
第2章 景気変動と賃金格差(PDF形式 774 KB)
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361.はじめに
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372.景気変動と賃金/所得格差の既存研究
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393.データと方法
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424.結果
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585.結論
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59参考文献
第3章 所得格差と教育投資の経済学(PDF形式 961 KB)
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641.はじめに
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652.所得格差と経済成長の関係
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713.所得格差と教育格差の世代間伝播モデル
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754.国際化と教育格差および経済成長
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785.所得格差と教育制度の政治経済学
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846.生産構造と教育投資
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877.おわりに
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88参考文献
第4章 通勤時間が夫婦の時間配分に与える影響(PDF形式 723 KB)
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931.はじめに
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962.理論モデルの枠組みと推定モデル
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993.使用データ
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1034.推定結果
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1145.おわりに
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115参考文献
第5章 若年者の東京移動に関する分析(PDF形式 898 KB)
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1191.はじめに
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1212.先行研究と本研究のねらい
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1233.分析手法
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1304.分析結果
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1415.結論
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142参考文献
研究報告会と経済社会総合研究所の概要(PDF形式 333 KB)
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