技術革新と働き方改革がもたらす新たな成長

  • 山本 勲
  • 慶應義塾大学商学部教授
  • 高口 鉄平
  • 静岡大学学術院情報学領域准教授
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当)茨木秀行

2017年7月、政府は、「平成29年度年次経済財政報告」、いわゆる経済財政白書を公表しました。白書では、持続的な経済成長のためには、人手不足に直面する状況において労働生産性を高めていく必要があり、働き方改革とイノベーションへの取組を同時に進めることが鍵となることを議論しています。今回は、労働経済学をご専門とされる山本教授、また、経済学・経営戦略の観点から情報通信分野の動向をご研究されている高口准教授に、最近の労働市場の動向や今後のイノベーションの在り方等についてお話を伺いました。

人手不足への対応

画像:慶應義塾大学商学部教授 山本勲

—日本経済は、2012年末から緩やかな回復基調が続いており、雇用・所得環境が改善する中、生産年齢人口の減少もあって、労働市場の人手不足感はバブル期並みとなっています。しかし、それに見合う十分な賃金の上昇がみられず、その背景には、企業によるリスク回避的な行動などがあると考えられますが、こうした現状についてのご認識をお聞かせ下さい。

(山本氏)企業にとって、不確実性が大きいという点が、高い収益がみられるなかで十分な賃金上昇につながらない大きな要因となっていると考えています。日本国内の経済状況の不確実性に加え、例えば、対外的には自由貿易が制限され、労働の移動が制限されるといったような様々なリスクがあります。企業は現在の経済状況については良いと考えているかもしれませんが、今後もそうした状況が続くとは限らないと常に考えているのではないでしょうか。特にグローバル化が進み、日本のリスクを考えるだけでは不十分で、関係がある様々な国で起こり得るリスクを考慮しなければいけないとなると、より不確実性が高まってくるのではないでしょうか。

仮に不確実性が高い場合でも、賃金を上げた後、不況になったら、直ちに賃金を下げられるのであれば問題ありませんが、所定内給与についてみれば、日本では賃金を下げにくいという下方硬直性が存在することが研究で示されています。もともと日本では、不況になっても労働者の数を減らすことができないという傾向があったので、企業にとってみれば、労働者の数、また、労働の対価である賃金も調整しにくいという環境にあるのではないでしょうか。現状については、不確実性が高い中、一度、賃金を上げても、下げなければいけない状況がすぐに見込まれると考えたら、いわゆる不可逆性が生じてしまうので、なかなか賃金を上げることができないという状況ではないかと思っています。

(高口氏)情報通信分野の観点から申し上げると、技術面でも不確実性が高まっていると思います。実際、企業へのアンケート等を通じ、どういう技術が今後重要になってくるのかを尋ねると、必ずしも明確な答えがあるわけではありません。今後、どういう技術が必要になるかが明らかでない中で、雇用を行っていくということには、強い不確実性が伴われると考えられます。一部の産業かもしれませんが、最近では、こうした技術面での不確実性も企業の雇用計画に影響を与えている可能性を感じております。

(山本氏)高口先生の視点はすごく重要です。企業として、情報技術を活用して人手不足に対処するべきなのか、または、人材を活用するために賃上げを行い、良い人材を確保するという方法をとるべきなのか、明らかではなく、正解もない状況で、企業にとっての不確実性は確かに高まっているのだと思います。

—成長を制約する可能性がある人手不足に対する企業・政府の取組についてはどのようにお考えでしょうか。

(山本氏)一般的にも言われていますが、人が足りない分、情報技術を使って仕事をしてもらうという話や、人のサポートをしてもらって、例えば短時間労働にするなど、余りハードな仕事をしないで済むようにして人材活用を進めていくといった対処策もあるのではないでしょうか。

そうした点に加えて強調したいのは、雇用の流動性をもう少し高めたほうが、人手不足対策になるのではないかという点です。日本の企業の中には、労働者を必要以上に多く抱えている企業もあれば、もっと人手が欲しいという企業もあり、労働者の移動が進めば、適材適所が進み、それぞれの企業にとっても成長に繋がり、ひいては労働市場、日本経済全体とっても成長に繋がることが考えられます。雇用の流動性を高めることは、企業のパフォーマンスを高めるという効果に加え、労働者と企業のマッチングが広まっていくという点でも人手不足の解消に繋がることが期待できます。現在議論されている働き方改革は、どちらかと言うと長時間労働の是正や、非正規雇用労働者の待遇の改善といった点が着目されていますが、もう少し雇用の流動性に焦点を当ててもいいのではないかと個人的に考えています。

—雇用の流動性を制約している背景として、どういった点が考えられますか。

(山本氏)制度・法的に、正社員については解雇がしにくいといった説もありますし、新卒一括採用した正社員に企業内でのトレーニングを行い、そうした人的投資のリターンを回収するために長く雇用していくといったビジネスモデルが確立しているため、企業としてもそうしたモデルを手放したくないといった要因もあるのではないでしょうか。一方、最近では、人的投資の回収サイクルが短くなってきており、中途採用により、良い人材を獲得できる可能性が非常に高くなっている中で、以前の成功体験に基づく行動をとっている結果、雇用の流動性がなかなか高まらないという一面も考えられます。簡単に言えば、長く流動性の低い状況が続き、そうした環境が当たり前になってしまっているという背景があるのではないかと思っています。

(高口氏)雇用の流動性については、おそらく、日本企業であっても、産業によって、本来的に雇用が流動しやすい産業と、しにくい産業があるのではないでしょうか。それこそICT産業などでは、実際に転職を繰り返し、キャリアアップしていくケースがみられてきており、そうした動きについては今後も一層進めていかないといけません。他方で、例えばエンジニアは、本質的に流動性が高い可能性がある一方で、長時間労働に直面し、なかなか賃金が上昇しないという話もあります。本来的に流動が生じやすいスキルの分野については、働き方改革とセットで、その動きを支えていく必要があると考えています。もう一つ重要な点として、雇用の流れについては、行き元と行き先が必要になりますので、個別の企業の対応を超えて、産業全体、業界全体で一体となって動いていかないと、難しい面があると思います。

「働き方改革」と労働生産性の向上

画像:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当)茨木秀行)

—長時間労働の是正やフレックスタイムなど柔軟な働き方の導入は、労働生産性の向上に繋がるのでしょうか。仮に生産性の向上に寄与する場合、それはどのような経路によるものでしょうか。

(山本氏)今、企業の方とお話をすると、とにかく労働時間の縮減が至上命題となっており、現場では、とりあえず労働時間を減らすということに終始してしまっているという話を聞きます。時短の本来の目的は生産性の向上であり、労働時間を減らしても、アウトプットは変わらないという状況を作り出すには、単なる時短ではなく、働き方を変えることが大きいと思います。まさに白書で議論されていましたが、労働時間が減れば、プロセス・イノベーションが同時に生じ、良い製品開発が可能となったり、良いアイデアが生まれたりといったことが期待できるのではないでしょうか。良い働き方が実現されている企業では、当然良い人材が採用できますし、企業のレピュテーションも上がり、それが売上の増加に繋がるといったように、働き方改革を上手に進めることで好循環が生まれ、生産性の向上に繋がることも考えられます。

(高口氏)労働生産性と労働時間の関係については、長く働いていると生産性が下がるという状況を踏まえ、働き方改革を通じて、労働時間のうち、労働生産性が低いような時間帯を削っていくことがポイントになると思います。どの部分が非効率な労働時間帯なのかといった点については、おそらく職種、立場等によって異なると思いますが、それ故に、長時間労働の是正という目標を掲げる中、紋切り型にここまで短くしましょうということでは、必ずしも労働生産性の上昇に繋がらない可能性があると考えています。白書の中でも、ワーク・ライフ・バランスの促進に向けたテレワークの導入が議論されていましたが、テレワークについても、結論から言うと、適している職と、適していない職がある中で、統一的にテレワークを導入するよりは、個々人による裁量の下で進めていくことが重要だと考えています。その一方で、テレワークが機能するためには、一定程度、周りのメンバーがテレワークに対応できないといけないなどテレワークが機能するためのインフラも必要となります。その意味では、テレワークの導入というよりも、むしろ、テレワークができる環境を導入していくといった政策が重要になってくると考えています。

—日本企業の雇用慣行や人事評価等の労務管理の問題点やその解決策についてはどのようにお考えでしょうか。

(山本氏)雇用慣行を見直す際にも、日本の企業が強みとして持っている部分、例えば、人的投資をしっかり行い、人材育成を通じて人的資本の質を高めていくといった慣行を全部捨てていいのかと言えば、それも行き過ぎた話だと思います。残すべきところは残し、変えるべきところは変えるという考え方が、原則になると思います。その一方で、雇用慣行や労務管理については、長く続いてきたものであるため、どこを変えればいいのかわかりにくいという面もあります。これまでの雇用慣行等を変えるきっかけの一つとして、新たな技術の活用があると考えており、新しい技術を導入する、あるいはそれを活用して何か効率的な働き方をしていこうという動きをきっかけとして、今までの働き方の問題点等を洗い出していくことを、個々の企業が行えるようになるといいと思います。

第4次産業革命と日本企業

画像:静岡大学学術院情報学領域准教授 高口鉄平

—日本企業は第4次産業革命を国際的にリードできるとお考えですか。日本企業が新規技術を活用し、イノベーションや効率性向上を果たしていくためには、どのような取組が必要になるでしょうか。

(高口氏)既に、AI やIoT を一括りで見てはいけない時期に入っており、企業にとっては、AIやIoTの中でも、どういう分野に注力するのかといった視点が重要になっていると思います。例えば、私の過去の研究でも、AI やIoT を顧客向けに用いるのか、または社内の効率化のために用いるのかで、その効果も大分違い、現状だと、顧客向けの方が、生産性が高いという結果も出ています。

もう一つ重要な点として、新しい技術の導入と同時に、レガシーを捨てていくという決断を、もう少し行っていかなければならないと思っています。例えば、チケットをネットで発行できる技術を取り入れる一方で、既存のチケット発券機を店舗から取り除かないということになると、単に新しく追加投資を行って、低い生産性をそのまま残しておくことにもなりかねません。何かを捨てるという決断は、日本のこれまでの慣行では、難しい部分だったと思いますが、これだけ新しい技術が次々に出てくるのであれば、古い技術については、捨てていくことも考えないといけません。レガシーからの脱却は、競争上、非常に重要だと考えています。

—AI やロボットはどの程度ヒトによる労働を代替するとお考えですか。新規技術の活用やそれに伴うヒトと機械の分業の見直しが進む中で、どのような人材能力開発が必要となるのでしょうか。

(高口氏)確かに、AI やロボット等により代替され、なくなる仕事は出てくると思います。先ほどの関連でいうと、そういう仕事については、むしろ代替させなければいけないと思います。つまり代替できるのだけれども、いつまでも代替せずに維持しておくことは、非効率であるため、思い切って進めていかないといけないのではないでしょうか。同時に、忘れてはいけないのが、革命的な技術革新が起こると、新しく生まれてくる仕事があるので、人間による仕事の総量が必ずしも減るとはいえないのではないかと考えています。機械にとって替わられる一面が着目されますが、新しく生まれてくる仕事が何なのか、そうした分野に労働力を向けるために、今後どうすればいいのかという視点が重要になります。その上で、必要となる人材能力については、最近の調査研究などによると、論理的な思考力やコミュニケーション力が重要になってくると言われています。数理的な能力とか、あるいは英語力とか、そういった能力も重要ではありますが、行きつく先は、人間らしい考え方とか、コミュニケーションというところが、求められるのではないかと思います。

(山本氏)労働の代替については、最近、私も研究を始めており、特に日本の労働市場について言えば、代替されるべきものが代替されないということが、起きやすくなっていると言えます。日本の雇用慣行については、いわゆるメンバーシップ型と称されますが、日本型ではないジョブ型のような労働市場や働き方だと、仕事が一つひとつのタスクとして認識され、コンピューター等により代替されやすい傾向があります。日本の場合は代替が進みにくいということで、短期的には雇用が守られて良いかもしれませんが、結局は生産性が下がり、競争に勝てないという結果に繋がる可能性もあります。代替されるべき仕事については、いつまでも温存できるわけではなく、結局、仕事自体がなくなってしまったり、突然に雇用の代替が起きて、大量の失業が生じてしまったりといった反動が一気に表れるというリスクが懸念されます。また、非正規雇用に関しては、まさにジョブ型になっており、これまで正規雇用が行っていた様々な仕事・タスクが整理され、その典型的な仕事を中心に非正規雇用が増えてきたといった経緯があります。全てとは限りませんが、非正規雇用の仕事のかなりの部分が、情報技術によって代替されやすいタスクになっている可能性があり、雇用への影響は注視していかなければならないと考えています。

日本が新規技術の利活用の面で国際的にリードし、これを成長のエンジンとしていくには、こうした雇用との関係等をうまくバランスをとって進めていくことが重要でしょう。

(本インタビューは、平成29 年8月7 日(月)に行いました。)