「骨太方針2018」について―新経済・財政再生計画―

  • 佐藤 主光
  • 一橋大学 国際・公共政策大学院、大学院経済学研究科 教授
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(総括担当)黒田岳士

2018年6月、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2018」(骨太方針2018)の閣議決定を行いました。骨太方針2018では、副題ともなっている「少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現」に向け、人づくり革命、生産性革命、働き方改革、新たな外国人材の受入れ、経済・財政一体改革の推進の5つの柱を掲げ、今後政府が取り組むべき施策を取りまとめています。今回は、「経済・財政一体改革」に焦点をあて、財政学・公共経済学がご専門であり、「経済・財政一体改革推進委員会」の委員として、これまでの一体改革の議論に参加してこられた佐藤教授に、「新経済・財政再生計画」に至る議論、行動経済学などの最新の経済学の研究成果の政策への活用の在り方等についてお話を伺いました。

経済財政一体改革の中間評価

画像:一橋大学 国際・公共政策大学院、大学院経済学研究科 教授 佐藤 主光

—今年の骨太方針の「経済・財政一体改革」の章の冒頭に、「経済・財政一体改革推進議員会」が今年3月に行った「経済・財政一体改革の中間評価」の内容が記されています。この中間評価についての議論を改めてお聞かせください。—

(佐藤氏)中間評価については、歳出全体のマクロの話と、個別事業ごとのミクロの話に分ける必要があります。

まずマクロの話については、当初の計画では、2018年度のプライマリーバランスの赤字GDP比▲1%程度を目安とする、としていたのですが、この目標は達成できなかった。その理由としては、消費税率引上げの先送りや、予想ほど税収が伸びなかったという側面があります。加えて大きな要因とされたのが補正予算でした。安倍政権が発足してから、毎年のように補正予算が編成されるわけですが、この補正予算で大体、GDP比▲0.4%程度、金額で言うと▲2.5兆円程度、財政状況を悪化させていました。当初予算でかなり厳しい歳出の切り込みをやったとしても、安易な補正予算の編成が財政規律を損ねて、結果的には、プライマリーバランスの悪化要因になってしまったのではないでしょうか。

続いて、ミクロの話、個別案件については、歳出の効率化を進めるために、民間委託の取組など、個別の地方自治体の取組状況を「見える化」させ、地域差を明らかにすることで、改革マインドを醸成するという、平たく言うと、取組が遅れている地方自治体のお尻をたたくといった手法を採っていました。ただ、結果については、「笛吹けど踊らず」でありまして、例えばPFI/PPPを含む民間委託が進んだかというと、そうでもないし、それから、上下水道も含めた広域化の取組が進んだかというと、そうでもありません。そもそも地方自治体に対して改革のプレッシャーを与えるべきは本来、住民なのです。例えば「水道料金が高過ぎるので、もっと広域化したらいいのではないか」、「民間委託など創意工夫があっていいのではないか」という議論が住民から出るはずなのですが、実際はそうならない。その理由は様々で、住民にはコスト意識が働かず、地方財政の現状が他人事となってしまったことがあるように思います。

新経済・財政再生計画の評価

—この中間評価を踏まえ、諮問会議での議論を経て、「新経済・財政再生計画」が策定されました。「歳出の目安の数値がなく踏み込み不足だ」という評価もありますが、諮問会議の民間議員が指摘しているように、予算の質を重視し、予算の成果を評価し、事後検証をしっかりしていくことこそが重要だと思います。先生の率直な評価は。—

(佐藤氏)今回の「新経済・財政再生計画」について、3点指摘したいと思います。1点目は、プライマリーバランスの黒字化という目標が2020年度から2025年度に5年先送りされたという点です。特に2025年というのは団塊の世代の方々が全て75歳以上になる年であり、医療・介護の分野においても大きな改革が求められている時期です。そのため、同時期を財政再建の目標の達成時期にするというのは遅過ぎるのではないかという指摘があり得るでしょう。

2点目は、前の「経済・財政再生計画」においては、国レベルで社会保障費の伸びを、3年で1.5兆円、均してみると年間5,000億円に抑えるという目安があったはずですが、新計画ではこれが消えてしまっている。毎年の予算編成において、社会保障の伸び、一般歳出の伸びを国としてはどれくらい抑えるのだ、という数字がなくなっています。もちろんこの5,000億円という金額自体が妥当かどうかという議論の余地はありますけれども、いずれにせよ増額幅について目安がないということが2点目です。

3点目は、2025年度に財政健全化と言うけれども、前提条件が甘いのではないかということです。つまり、アベノミクスが成功し、名目3%の成長率が実現するという前提になっています。足元の経済で見れば確かに景気は悪くない、だけれども、2025年度までという中長期を考えたときに、特にオリンピックの後は必ず反動減で景気の後退局面が来るだろうということも考えると、その3%という高い成長が続くということを前提に考えるのは、少し楽観が過ぎないか、というのが3点目です。

—今回の財政健全化目標は、より現実的な中長期試算の下、景気回復の鈍化等によってPB黒字化が遅れるリスクも勘案しながら、着実に財政健全化の取組を進めていく観点から設定したものです。また、社会保障関係費の伸びの抑制のための目安は、後期高齢者数が大きく変動するなど、事前に抑制幅を決めることが難しいという面があると思います。これらの点については、毎年経済財政諮問会議において明確化・具体化に取り組むこととなります。—

(佐藤氏)議論を進めていくにあたって気をつけなければいけないのは、社会保障費の伸びについては、前の「経済・財政再生計画」における社会保障の伸びを年間5,000億円に抑制するという目安が、「甘い」という意見を持つ人々と、「厳しい」という意見を持つ人々の双方が存在するということです。具体的にターゲットを定めるときに、「本当に必要な医療費はどれくらいなのか」、「本当に必要な社会保障費はどれくらいなのか」、ということについて、根拠に基づいた数字を出して、議論を進めていく必要があります。これに関連して、診療報酬改定を行う際の基礎として、厚生労働省が行っている医療経済実態調査があります。これはサンプル調査ですので、全ての病院に調査をしているわけではないし、調査結果を回収できない病院もあります。したがって、黒字の病院が報告していないケースもあり得ますし、逆に経営状況の悪い病院は回答している暇がないので回収率が低いという可能性もあるのですが、実態が良く分からないのです。そうではなくて、エビデンスに即した形で必要額を計算するというプロセスをちゃんと作っておかないと、相変わらずエピソードベースでの政治的なパワーバランスに基づいた意思決定になってしまう可能性があると思います。

財政健全化目標と国と地方の財政上の関係

画像:内閣府政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(総括担当)黒田岳士)

—今回の骨太方針を説明して回る中で、先生のご専門の地方財政についての記述に対して、「地方はPB黒字化を達成しているのに、まだまだ頑張らなければいけないのか」、とか、「何で臨時財政対策債の償還の話が出てくるのだ」、という批判を受けました。これらについてどうお考えでしょうか。—

(佐藤氏)まず、財政再建を考える上では、国と地方は一体で考えざるを得ません。なぜかというと、日本の場合は、国の財布と地方の財布がつながっているからです。アメリカやカナダのような連邦国家に関して言えば、財政再建という場合は連邦政府の財政再建であって、国と地方が一体でなどという議論にはなりません。しかし、日本の場合は、地方交付税や国庫支出金といった形で、多額の補助金、交付金が国から地方に流れています。まさに地方のPBが黒字である最大の理由はこの交付税があるからであって、どうしても国と地方は一体に考えざるを得ません。

また、歳出の中でも、大きな割合を占めているのは社会保障であり、加えて、今後社会インフラの更新投資が懸念されています。その社会保障も、インフラ投資も、それを担っているのは地方自治体なのです。国は補助金を出しているだけ、あるいは、規制をしているだけですから、歳出の効率化と言われたときには、その要になるのは市町村であり、都道府県です。したがって、地方公共団体の努力なくして財政再建はない、財政の効率化はないということになります。

一体改革でも議論になったのは、地方公共団体が効率化に向けて努力をして、歳出が抑制されたときに、それが結果的に交付税の削減につながってしまったら、意欲がそがれるのではないかという点でした。そこでこの臨時財政対策債の話が出てきていると思います。改革の成果が出て、PB黒字がさらに広がるとすれば、浮いた財源はどうしましょうという議論になります。使い方は2つ考えられ、1つ目は、子育てとか、地方再生とか、地方の新たなニーズに充当しようというもの、2つ目としては、過去から積み上がっている臨時財政対策債の償還に優先的に充てればいい、それでもって、地方財政のさらなる健全化に繋げればいいというものでした。臨時財政対策債の議論は、改革の成果を地方自治体に還元させる一環ではないかと私は解釈しています。

—関連して、地方公共団体に積み上がっている「基金」の在り方についても色々な意見があります。先生のご意見をお聞かせください。—

(佐藤氏)基金は問題の原因ではなくて、問題の結果であると考えるべきです。問題の原因は何かと言えば、それは一言で言えば地方自治体の将来不安であり、その自己防衛として、結果として基金が積み上がっているというわけです。これは、企業の内部留保、正確に言うと現金保有ですが、それがなぜ増えているか、また、家計が何で貯蓄するかということと全く同じだと思うのです。

これを解決するためには、地方自治体の将来不安を解消する必要があります。そのために、国としてやることと地方としてやることがあると思います。まず、地方としてやることは、自分たちの将来がどうなるかということについて、財政試算をすることです。漠然とした不安ではなくて、これからこの地方自治体が高齢化していく、人口が減少していく、あるいは老朽化した公共施設が更新の時期を迎えるというときに、これから支出がどれくらい増えていくのか、税収がこれからどれくらい伸びていくのかということを、機械的な試算で構わないので、向こう10年程度を目途に試算を作るべきです。その試算の結果、恐らく「足らず米」が出てきます。その「足らず米」を埋めるように基金を取り崩していくというストーリーが作れるかどうかだと思います。地方自治体は地域経済を支える経営者という顔を持っているわけです。家計のように何となく貯金をするのではなくて、目的を持って貯金をするべきです。その目的は何かと言われたときに、将来のこの支出に備える、ということになります。

次に国がやることとしては、地方交付税のあり方が問われます。今後は、手厚い社会保障や手厚い地方への財源保障という形ではなくて、続けられる社会保障であり、続けられる財源保障でなければなりません。そうしたときに、社会保障を続けるためには身の丈に合わせざるを得ないのと同じように、地方交付税だって身の丈に合わせた水準にしなければなりません。具体的に言えば、今、地方交付税は制度的には法定分といって国税の一部を原資に充てるということになっており、それでは足りない分については国の一般会計からの加算や臨時財政対策債という赤字地方債で賄っているわけです。そうではなくて、本来の地方交付税の原資の中でやりくりできる体制をつくりませんかという話があっていいと思います。けちと言われるかもしれないけれども、続けられる地方交付税の姿を見せていくことが必要なのではないかと思うのです。

財政再建というのは、要するに、財政の持続性を担保するために行うわけなので、優しいことを言って、手厚い財源保障をして、手厚い社会保障をして、とやっても、今はいいかもしれないけれども、それは続けられないわけです。皆がそれをわかっているから、不安に繋がるわけです。このように続けられる地方財政保障という形で、地方交付税のあり方も見直していくことは国ができることではないかと私は思うのです。

ナッジの活用

—地方の取組が大事だという中で、ナッジと呼ばれる手法について言及しました。閣議決定にこの言葉が盛り込まれたのはおそらく初めてのことです。ナッジとは具体的にはどういったもので、これが歳出改革にどのように役に立つのかを一般向けにわかりやすく説明して頂きたいのですが。—

(佐藤氏)ナッジが有名になったのは、アメリカの401kでした。アメリカで、老後に向けた資産形成の一環として401kと呼ばれる確定拠出年金の普及を図っていたのですが、なかなか普及しませんでした。そこで、これまではオプトインと言って、入りたい人が意思表明をする形だったものを、逆に、オプトアウトと言って、加入することをデフォルトにして、加入するのが嫌な人だけ意志表明してください、という仕組みに変えたわけです。これにより加入が劇的に増えました。この効果を専門的には「デフォルト」と言いますが、何を基準にするかによって人の行動パターンが変わるということから、ナッジはすごい威力を持つのだなというのが、世間的に知られるようになりました。

今回の歳出改革の中でナッジをどう使うかというときに、考えられるものは2つあって、1つは自治体に対する情報発信、もう1つは個人に対する情報発信です。

ナッジの効果として「デフォルト」のほかに有名なものとして、他人と比較させるというものがあります。イギリスで行われた有名な実験で、税を滞納している人に対して、ただ単に「払ってくださいね」と言うのではなくて、例えば「あなたのコミュニティーでは90%の人が真面目に払っているのですよ、だから払ってくださいね」と言うと、納税率が上がったというものがあります。世間体から私も払わなきゃ、という方向になったということです。これを「フレーミング」と言います。地方自治体にとってみても、隣の地方自治体がやっているというところを見せられると、自分もやらなきゃいけないのかなという方向になりますよね。だから、現在行っている「見える化」ポータルサイトにも既にナッジ的なものが含まれています。

「見える化」の中で重要なのは見せ方です。例えば「うちの自治体は人口規模も小さくてなかなか民間委託したくても受け皿がないのですよね」とか、「PFIをやろうと思っても事業者がいなくてね」ということがよく言われます。でも、同じような規模の自治体でも、やっているところがあるのですよ、というのを見せてもらえると、言い訳できなくなってしまいますね。

もう1つのナッジの対象として考えられるのは住民です。私は、実はこちらのほうが大事かなと思っています。先ほど申し上げたとおり、日本の場合、住民がなかなかコスト意識を持たない。公共サービスにはかなりの補助金が投入され、自分たちの受けている上下水道も含めたものは料金ではなくて、一般会計からの赤字補てんがあったりするので、自分たちの受けている受益とコストがなかなか連動していない仕組みになっています。そこで、あなたの受益はこれくらいです、あなたに払っていただいた税金はこれくらいです、つきましては、これが「足らず米」です、ということを、仮想的に将来の請求書ですといって、送ってみるというやり方はあると思うのです。

もちろん、受益は人によって属性が違うので、若い人向けの受益と高齢者向けの受益のパターンは調整したほうがいいと思います。ただ、よく言われる「税金を払っているのに何の行政サービスも受けていないではないか、だったらふるさと納税したほうがまだましだ」ということについては、このような請求書を送ることで、あなたはこれだけ受益していますということを見せるということもできるのではないでしょうか。

EBPMの推進とエビデンスの収集・公開

—そのために、受益や成果をできる限り定量的に把握していくことが非常に大事になってくるのだと思います。今、EBPMの取組が広まっていますが、そのためにも、定量的に把握することが必要になってくるのではないでしょうか。佐藤先生がセンター長を務められている一橋大学の医療政策・経済研究センターでは、この点についてどのような研究がなされているのでしょうか。—

(佐藤氏)ご紹介いただいた医療政策・経済研究センターで、先日、EBPMで考える日本の医療というテーマでシンポジウムを開催しました。その中で、いろいろな先生方が登壇して議論したのですけれども、共通して議論になったのは、我々は、医療の実態について正しい情報を持っているのかということでした。

先ほど、医療の話をしましたが、病院経営が苦しいとか、赤字病院が多いよねといった感覚論、あるいはエピソードベースで、我々は病院経営の話を聞くのですが、では、実際に全国的に見て、病院の経営状況はどうなのだろうかということについては、網羅的な調査はありません。先ほども申し上げた通り、医療経済実態調査は、サンプル調査で、回収率も高くないため、セレクションバイアス、サンプルバイアスがあり得る。わかりやすく言うと、経営状況の悪い自治体や病院が、俺のところを助けてよという意味で送ってくるのかもしれないし、本当に大変なところはむしろ、そんなことをしている暇もなくて、アンケートに答えられていないのかもしれないし、実際のところはよくわからないのです。わからないまま何となく感覚論で、今、現場は大変だとか、医療にはお金がかかるのだといった議論をしてしまっているという面があります。

また、医療費を抑制しようと言うと、医療の質が下がるではないかとか、病院が閉鎖されると地域医療の質が下がるという言い方をすることがあると思うのですが、この質というのは、感覚論なのです。医療の質って、誰かが計測して公表していますかと言われたら、そんなものはないわけです。例えば日本の医療というのはすごくいいと言うけれども、治癒率とか死亡率とかを国際比較すると、実はそうでもない分野もあったりするのです。具体的に医療の質を測りたければ、死亡率、再入院率、社会復帰率といった指標を使い、具体的にこれが質ですよというものを出す必要があるのですが、そんなことをしないままに、何となく、現場の声と感覚論と、エピソードベースで、日本の医療の議論は進んでしまっているのではないでしょうか。EBPMの大前提は、エビデンスがあることなので、そのエビデンスを集めるという取組が、少し足りないのではないかという点が議論されました。

先日、働き方改革のときに議論になった「労働時間等総合実態調査」についても、本当は厚労省があらかじめ調査内容や結果を公開すればよかったと思うのです。EBPMを進めていく上で大事なのは、エビデンスを集めるということと、それを公開することです。公開しておけば、この調査の仕方はおかしいなとか、これとこれは整合的ではないな、ということを誰かが気づいたはずです。広く公開することによって、エビデンスの質を担保していく、そういうプロセスもなくてはいけないということは、特に医療・介護の分野において、今後やっていかなければいけないことだと思います。

それから、これは私自身が最近、政府の行政事業レビューにかかわっているときの実感です。政府でいわゆる実証事業というものをやります。新しい技術の導入であるとかIT分野であるとか、あるいは子供の教育などでもタブレットなどを使ってIT教育をやりましょうといった、いろいろな実証事業をやるのですけれども、では、その実証事業の成果を後になって検証できるかというとできない。なぜなら、実証事業をやるときに、後で検証するということを前提に事業を行っていないためです。

海外だと、今、有名になってきた、ランダム化比較実験と言いますが、実証するために、介入するグループ、例えばタブレットを配ってIT教育をするグループと、介入しないグループに分けて、1年ぐらい見て、成果として、例えば学校の成績に違いがあったかといったことを検証するのです。ちゃんと検証することを前提に、最初からデザインするわけです。

医療の話に戻ると、よく健康増進と言いますけれども、どうやって健康増進したらいいかというのも、これもいろいろやってみないとわからないことです。例えば、皆さんに健康で頑張ってもらいましょう、日々ちゃんと運動してもらいましょうというときに、それがどんな成果をもたらすかということを考えるならば、やはりそういう実証事業に参加するグループと参加しないグループに分け、地域別に分けてもいいと思うのですが、実際に行ってみて、さあどうだったかということを後で検証する。うまくいくのだったら、これを全国展開するし、だめだったらまた違うやり方を考える。こういうステップがあっていいはずです。しかし、日本はそれがなくて、実行した後になってから、「先生、ちょっと検証してみてください」ということになる。そのため、比較対照が無かったり、参加者が手挙げ方式で参加していてサンプルバイアスがあるので検証しにくかったりすることになるのです。EBPMを普及させるということであれば、今言ったように、初めから検証できるように政策を組んでいく、そういう取組があってもいいかなと私は思います。

—ランダム化比較実験という概念自体が、まだ普及していないため、実験の対象となったところだけが得をして不公平ではないか、といった議論が起こりそうですが。—

(佐藤氏)その点については、3つポイントがあります。1つ目は、新しい政策の実証実験に参加するグループと参加しないグループがいるとして、参加したからいいことがあるとは限らないわけです。それがわからないから実証するわけなので、参加するほうが有利だと言われると、そうではないこともあるわけです。

2つ目は、試行錯誤です。この国の政府は試行錯誤が苦手です。それはなぜかというと、役人の辞書に誤りはない、つまり、自分たちは初めから完璧にやっているのだということを前提にするからです。行政事業レビューなどは必ずそうで、俺たちがやっていることは完璧だとして、それを前提に政策を進めてしまうので、自分たちがやっていることは違ったのではないかという、そういう自己批判的な視点がなかなか入らない。これは霞が関文化ではないかと思います。この件については国民にも責任の一旦があります。失敗すると、「何だ、おまえらはけしからん」と言うけれども、やってみなければわからないことはたくさんあるわけです。企業だって研究開発をして新製品を投入しても、売れないケースだってあるわけです。そのたびに社長を首にしていたら、誰もリスクをとらないですよね。ですから、役人も国民もいい政策というのは試行錯誤の中で初めて生まれてくるものだという理解を深めていくことが必要かと思います。

3つ目ですけれども、だからこそ地方分権が重要だということを強調したいです。地方分権の最大のメリットは何かというと、政策実験です。地方創生もそうだし、健康増進もそうだし、蓋をあけてみると、いろいろな自治体が様々な取組をしているわけです。分権化すればこそ、いろいろな取組が生まれてきて、その中には、優良事例と言われるものも出てくるし、そうでもないものも出てくるということになります。

各地方自治体の取組の違いと結果の違い、この2つを合わせれば、どれがいいパフォーマンスで、どれがそうでもなかったかということの差が出てきます。そうすると、こういうものが一番いいやり方なのだなということがわかってきて、それを全国展開していくというプロセスができると思うのです。ですから、やはり地方分権のメリットを最大限に生かしていくということがあってよいかなと私は思います。

新たな改革工程表の作成

—今後は、まさにこの改革を実行していくことが大切です。具体的には、年末に向けて新たな改革工程表を策定していくことになります。—

(佐藤氏)私は、これまでの経済・財政一体改革の中で工程表作成のプロセスにかかわったのですけれども、それぞれの省庁がつくる工程表が少し粗いと感じました。ですから、工程表についてより精緻化させていく必要があるのかなと考えます。

特に見直すというプロセスが重要です。工程表作成プロセスの中に、途中でチェックをして、だめだったら追加でこういう政策を打つのですよと確認をする内容を盛り込む必要があるということ、それから、そのプロセスの中ではKPIを必ずチェックして、実績がそのKPIに近づかないということであれば、先ほど申し上げたとおり、さらに踏み込んだ改革をしなければいけないという、そういったチェックプロセスを含めた工程表を作っていく必要があるのかなと思います。

今後、この新たな工程表をベースに予算編成していくことにもなると思うので、工程表づくりは重要です。これまで以上に、より注意深く、霞が関の皆さんにはやっていただきたいと思いますし、私たちも注意深く見守っていきたいと思います。

—本日はどうもありがとうございました。—

画像2:一橋大学 国際・公共政策大学院、大学院経済学研究科 教授 佐藤 主光

(本インタビューは、平成30年6月28日(木)に行いました。
本記述のうち、意見・解釈にわたる部分は対談者の個人的な見解であり、経済・財政一体改革推進委員会の公式の見解ではありません。)