「白書」:今、Society 5.0の経済へ

  • 青木 大樹
  • UBS証券株式会社 ウェルス・マネジメント本部チーフエコノミスト
  • 萩原 牧子
  • リクルートワークス研究所 主任研究員
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当)茨木秀行

2018年8月、政府は「平成30年度年次経済財政報告」、いわゆる経済財政白書を公表しました。白書では、需給ギャップがプラスとなり、人手不足感が高まっている現状を分析するとともに、AIなどの技術革新や人生100年時代に対応し、人づくりや多様な働き方をいかに進めていくか、第4次産業革命が進む中で日本経済が競争力を保つための課題について議論しています。今回は、個人の就業選択や多様な働き方に関するデータに基づいた分析等をご専門とされる萩原主任研究員、我が国のマクロ経済の分析をご専門とされる青木チーフエコノミストに、我が国の働き方改革・企業の人材活用等についてお話を伺いました。

人材不足・企業の現状

画像:UBS証券株式会社 ウェルス・マネジメント本部チーフエコノミスト 青木大樹

—マクロ経済の状況について、景気回復が進む一方で、人手不足感が相当高まっているということがございます。この人手不足の現状について、また省力化投資など人手不足に対する企業の取り組みについて、ご意見をいただけますか。—

(青木氏)白書の中でも書かれていましたけれども、製造業では既にもうロボット化はかなり進めてきている一方で、サービス業でのロボット化はまだまだ進んできていない。企業はこれまで、女性、高齢者の活用で人手不足を何とか解消しようとしてきました。ただ、女性、高齢者の労働参加率の更なる拡大が難しくなる中で、企業はその次のステップへ進まなくてはいけなくなってきているのだと思います。今回の骨太の方針でも大きく取り上げられた外国人の活用は、これからどんどん進んでいくでしょう。また、省力化投資について、サービス業でいかにAI なりIoTなり、新しい技術を導入していくかも大事です。単純に自販機形式にして人を省力化するというところは多少進んでいますけれども、まだまだロボットやAIの活用が進んでいないところが多くあります。

また、これから人手不足が激しくなっていく中で、労働者を惹きつけていける企業とそうでない企業に分かれてくると考えています。惹きつけていける企業はただ単純に賃金を上げられる企業というだけではなくて、ワーク・ライフ・バランスを含めた働き方、雇用のあり方、こういったところを含めて、人を惹きつけていける。こういった企業は人手不足の中でも事業を持続してくことができるでしょうし、逆に惹きつけられない企業というのは人手不足によって事業が続けられなくなってしまうような事態もあると思います。

(萩原氏)人手不足の企業の対応としては、まず今まで十分に活用できていなかった人を新たに活用することが必要だと思います。例えば時間制約のある人、女性や高齢者、介護を担っている人を新たに雇い入れるということはもちろんで、それに加えて既にほかの会社で働いている人を副業者として受け入れるとか、フリーランサーを活用するということが考えられます。そのためには、今、社内で抱えている仕事を見直して、短時間の業務を切り出すということが必要です。その際、切り出しやすい単純な仕事がまず切り出されると思うのですけれども、それだけではなくて、専門的で難易度の高い仕事も切り出せれば、時間制約がある人や副業者、フリーランサーの高い能力やスキルを活用することができますし、自社の従業員の仕事が減らせることで、長時間労働の是正にもつながります。

これまでは例えば従業員の早期離職が起こった場合、そのかわりに外から新しい人を雇い入れればよかった。しかし、人手不足の時代には、早期離職が多くなると労働市場での会社の評価がぐっと下がり、時にはブラック企業と呼ばれてしまって欠員補充することが非常に難しくなることもある。有効な戦略としては、現在、勤務をしている従業員に投資をする。すなわち、その人たちに成長しながら長期的に継続的に働いてもらう、ということがますます不可欠になっていくと思っています。

—こういった課題に対して、政府に何かできることはあるのでしょうか。—

(青木氏)仕事柄、企業のオーナーの方々とお話しする機会が多いのですけれども、省力化投資の必要性がわかっていても、初期コストがかかるという問題や、それをどう導入していいのかわからないという声を多く聞きます。また、製造業ですとラインを自動化するなどある程度わかりやすいのですけれども、サービス業では、飲食で自動販売機ぐらいはイメージできますが、それ以外にどこまで自動化できるのかということがイメージできない。

政府としては、サービス業の分野でも事業の横展開といったような形で先例を紹介していくことがあってもよいのではないでしょうか。また、もちろん初期コストについて財政的な支援というところも必要になってくるのではないかなと思います。

(萩原氏)これからは一人の人のスキルや能力を複数の企業や、もしくは社会で活用していくという発想に変えていく必要があると思います。しかし、そうしたときに、労働時間通算の問題など、法律がついていっていないというところがあります。これまでの日本独特の、一つの企業が一人の人を囲い込むということを前提としている制度があり、現実に弊害も生じていますので、これを解決して働きやすい環境をつくっていただきたいなと思います。

—人手不足が既にもう何年か続いていますけれども、さらにこれが長期化していくと、企業の雇用慣行であるとか、労働市場全体は今後どうなっていくのでしょうか。—

(青木氏)デロイトトーマツコンサルティングの行った分析なのですが、大企業について日系企業、アジア系企業、欧州系企業、米系企業のそれぞれで社内の部門ごとに営業利益率を比べたところ、日系企業は9割の部門で営業利益率が10%未満でした。一方アジア系、欧州系は6 割程度、米系は3 割程度。日本の経営はこれまでは雇用を守っていくというところがありましたから、利益率が低くても改善意欲は弱かった。ただ、人手不足が激しくなってくると、こういった生産性の低い部門を企業として維持していく必要がなくなってくると思うのです。すると、生産性が低いところをスピンオフやM&Aをしていくというインセンティブも働くようになっていきます。こういった影響は労働市場の流動化にもつながってくるのではないかと思います。

(萩原氏)既に戦力となって経験を積んでいるような定年退職を迎える人たちを引き続き継続して65歳まで定年を延長して雇用するという企業がふえてくると思いますし、人材不足がこのまま続いていくと、代替的な手段がなくなって、外国人労働者に頼っていくという動きも加速していくのではないかと思います。

また、現在の日本企業は、一人の経験やスキルを一社で囲い込んでしまっている。そうではなくて、複数の会社で、もしくは社会で人を活用していくという発想に変わっていく必要があるし、変わっていくと思っています。これまでの自社の、主に正社員が担っていた難度も高くて専門性も高い、自社内でしかできないと思っていた仕事までも切り出して副業者やフリーランサーを活用していく方向に変わっていく。

日本企業はメンバーシップ型と呼ばれるように、職務を限定せずに人を採用して、育成しながら職務の幅を広げ、自社の人材をフル活用していくというところがあったのですが、これからは人材の活用が多様化することで、メンバーシップと言われている会社の内と外の境界が薄れていくのではないかと思っています。

進まない賃金上昇とIT投資

画像:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当)茨木秀行

—人手不足感が高い中で、本来であれば人手を確保するという意味で賃金が上がっていくところ、なかなか賃金が上がらないということがあります。—

(青木氏)賃金が上がらないという状況は、日本だけではなくてアメリカも欧州も世界的に見られる動きです。アカデミックの世界でも、ビジネスの世界でも、何でここまで賃金が上がらないのかと議論が続いています。

この点についての日本からのインプリケーションとしては、産業の構造が大きく変わってきていることがあると思います。日銀の雇用判断DIで産業ごとの人手不足感を見ることができ、賃金上昇率と比較することで産業ごとの擬似的なフィリップスカーブを見ることができます。その結果わかったことは、サービス業のフィリップスカーブは圧倒的にフラットなのです。つまり、人手不足でもなかなか賃金を上げられていない。こういったサービス業、非製造業が経済に占める割合が拡大してくる中で、なかなか人手不足感が強くても全体として賃上げが進まなかったということが背景にあると思います。

(萩原氏)一度賃上げを行うと下げられなくなるということで、多くが固定費になりにくい一時金を上げて対応するという動きがあるのですけれども、それは景気の先行きに信頼感が得られないとか、一時的なものではないかという不安を払拭できないからということがあると思います。これに対しては、経済の長期的な安定成長が望ましいわけで、イノベーションも含めて企業価値が持続的に高まっていくメカニズムをいかにつくるか、それがつくれないと安定的な賃上げはできないということがあります。

それ以外に、例えば業績に比例をして上げていく歩合給とか、インセンティブ的な支給、その支払い方に工夫をすることができるのではないかと思っています。働き方改革の中で、個人も生産性の向上の努力を進めているわけですけれども、生産性が改善をして労働時間が減り、その結果残業代が減ったら、割り戻して本人に賃金として返すといったようなメカニズムの給与とか報酬の支払い方を模索していくことができるのではないかと思っています。

—日本の企業はIT化が進んでいないとか、AIの導入で定型的な業務が代替されてしまうのではないか等、いろいろなことを言われていますが、こういった点を踏まえた上で、日本の職場の現状をどう見ておられますか。—

(萩原氏)日本の職場でIT化が進んでいないのかどうかという点に関しては、私も進んでいないなと思っています。

IT化が進まない背景としては三つ理由があると思っています。一つは、ITリテラシーの教育が進んでいない。年齢の高い人たちの中にIT に対しては苦手という意識を持った人が多いけれども、その人たちを教育するプログラムが十分に用意されていないという面があると思います。二つ目は、日本は職務が定型化、形式化されていない。つまり、ITやAIに業務を代替するにはタスクが明確化されていないと無理ですが、それが進んでいない。三つ目は、日本的雇用慣行のもとでは、たやすく人を解雇できない。そのため、IT 化したいと思っていても人を機械に代替しにくいという背景があるかなと思います。

ITやAIの導入で定型的な業務は機械に代替される可能性があると言われると、ITやAIが人の雇用を奪ってしまう脅威だと捉える人も少なくないと思います。しかし、今、日本は人手不足です。長時間労働で生産性も低いです。そういう問題を抱えている場合に、ITやAIはむしろ活用することでそれらの問題を解決する方向に持っていける、補完関係にあるのだよ、というように捉えるということが重要だと思います。

—金融業界におられる青木さんに一つお伺いしたいのですが、Fintechの影響は大きいのでしょうか。—

(青木氏)影響は大きくなってきています。これまでの高齢者の方は、店舗に行って直接人のサービスを受けたいというところがあったのですが、今は、高齢者の方のインターネットでのショッピングや取引の利用率がふえてきており、銀行が店舗を持たなくてもよくなってきている。高齢者の方もそれを受け入れつつあり、それと人手不足が相まって、特に銀行業界では今までのビジネスのあり方が大きく変わってくるかなと思っています。

Fintech については、日本の現金志向がまだ根強いと白書の中でも書かれています。それは正しいですが、私は現金志向が強いからといってFintech が進まないということは無いと思います。これについてUBS で消費者1,000 人にアンケートをとったサーベイがあるのですが、確かに自販機とか小規模の商店とか、あとタクシーなどでは現金の使用率がすごく高い。一方で、百貨店、レストラン、スーパーマーケットではクレジットカードの利用率の方が現金よりも高い。

中小企業など現金志向が強いところで電子決済が進まない理由としては、決済コストが高いというネックがあります。そこにどう新しい技術、ブロックチェーンやAIなどを使っていくのかというところも重要になってくるかなと思っています。こういった課題を解決することで、Fintech はまだまだ伸びていく余地はあるのだろうと思います。

人材をどう育成するか

画像:リクルートワークス研究所 主任研究員 萩原牧子

—先ほど言ったような技術革新とか人生100年ということを考えると、もう少し企業の外での学び直しを促進することが重要ではないでしょうか。—

(萩原氏)社会人の学び直しを考える上で、まず前提とするべきことが、テクノロジーによって学び方が大きく変わろうとしているということです。IT やAIが普及することで自分が学ぶ必要のあるところだけ学べばいいとか、自分が一から学ばなくてもAIのサポートを受けながら非常に効率的に学べるといったように、学習することがとてもコンパクトになる、さらにいつでも、どこでもできるというものに変わっていく。

ただし、気をつけなければいけないことは、そもそも日本企業に勤める多くの社会人が、これまで学校を出てから自分で学ぶという習慣をほぼ持っていないということです。既存の教育訓練とか職業訓練は、これまで学習習慣をしっかり持っていた人しかできないような、プロダクトアウトの発想で、学習コンテンツがしっかりつくられていて、重いというか、敷居が高いものが多い。これらについては、ITを使って一人一人必要なこととか、スケジュールに合わせて学べるような、もう少し敷居の低い学び環境をつくり出していくことが自己学習をふやすことにつながるのではないかと思っています。

また、教育訓練について言うと、今後は教える側、プレーヤーがとても多様化していくと思います。これまでは大学が圧倒的なプレーヤーとして期待をされてきたし、政府の施策もそこに重心があったと思うのですけれども、これからは求められるコンテンツも多様化するはずです。さらに白書の分析の通り、学ぶ側は最先端のテーマや幅広い仕事に活用できる知識や技術の習得を求めている。こうなると、教える側には民間企業も入ってくるはずです。さらに言うと、SNS上において、個人間で教え合うといったような学び方も今後ますますふえていくはずです。

これに対する政府の役割としては、教育機関の新しいプレーヤーの参入や、SNS 上の教え合うといった今の動きをどういう形で規制緩和とか支援をしていくのか、というところが大切ではないかと思います。

最後に企業の役割で言うと、個人が学ばなければならないという必要性を感じられるような機会を与えることがとても重要で、OJTやOFF-JTといった機会はもちろんなのですが、新しい仕事、難度の高い仕事をアサインすることで個人の自己学習が始まる。また、学んだことを役立てる場を企業が用意をすることで、その学び活動を継続させることができます。そういった機会の提供は企業だからこそできる役割ではないかなと思います。

(青木氏)以前、カルビーの松本晃元会長と対談をさせていただく機会があって、私は「これからはサービス産業のイノベーションが重要だと思うのです、どういった経営を経営者としては考えていくべきなのでしょうか」と聞いたところ、「イノベーションを企業家が考えてはいけないのだ」と全く意外な答えが返ってきたのです。つまり、彼がやってきたのは、考える人材をつくることだということなのです。ひたすら既得権益を排除して、ハイヤーなども全部なくて、会長自身の部屋もなくして、ダイバーシティーも取り入れて、在宅勤務も取り入れて、今、萩原さんがおっしゃったように若い方に権限をアサインしていって、とにかく考える人材をつくっていくというところに注力していった。その結果が、9 年連続の収益拡大につながった。この例からも、「考える人材をつくっていく」ということが今後の企業経営に求められていくのかもしれないです。

—学び直し、個人が自分で学ぶということを企業側が推進しているケースもあるのですが、他方で、外へ行って勉強してきても、企業にとってそれがすぐ利益につながるわけではないし、それを活かして従業員が別のところに行ってしまう確率が高まってしまう可能性もあるのではないでしょうか。—

(萩原氏)成熟社会においては、一つの企業の中だけで、従業員に試行錯誤しながら成長させる機会を与えることが難しくなっています。また、長い時間をともに過ごし、同じものをみて、同質化した従業員からは、企業に必要だと言われているイノベーションなど起こりません。そこで、従業員が組織を超えて、多様な経験や広い視野を得る機会を企業側が推進することが、個人の成長にとっても、企業にとっても重要だということになります。

もちろん、その経験を活かして、従業員が別のところにいってしまうこともあるかもしれません。しかし、だからといって、閉鎖的な人事ポリシーを貫き、企業側が学ぶ機会を広げなければ、学ぶ意欲が高い人は、いずれ見切りをつけて去っていくことになると思います。

第4次産業革命

—第4次産業革命といわれるなかで、わが国ではキャッシュレス化が進まない等の課題があります。それについてコメントをお願いします。—

(青木氏)先にもご紹介したFintechの調査の中で、個人情報を渡すことに対する懸念、抵抗というのが人々の中では意識が強いという結果が出ていました。では、誰にだったら、どの機関に対してだったら個人情報を渡してもいいかという質問の中で、低いのは例えば小売業者とかインターネットサービスとか通信などです。だから、アメリカのGoogle とか中国のAlibabaのようにインターネットとか通信業者が個人情報を持っていろいろサービスを展開していくというのは、日本では難しいと考えられます。興味深かった点は、信頼が一番高い機関が銀行でした。この質問からは、日本のFintech は、アメリカや中国アジアとは異なり、銀行が主導する方が進展が早いでしょう。

労働分配率の低下

—第4次産業革命と関連して、白書では、イノベーションが進むことで労働分配率が低下しているのではないかという分析をしております。こういった労働分配率の低下の背景はどのような要因があるのでしょうか。—

(青木氏)これはまさにアカデミックでも議論が分かれているような話です。日本はよく企業の現預金の比率がふえてきている、企業の貯蓄率が上がってきているといわれます。実は海外、欧州でも米系でもアメリカでも企業の貯蓄率は上昇傾向にあるのです。企業がお金をため込むようになってきているというのは日本だけの現象ではないのです。では、その背景にあるのがどうしてなのかというところでいきますと、今、世界で起きていることは、どんどんサービス産業化が進んでいく、要は低賃金の産業がどんどん拡大してくる中で、どうしても企業の賃金上昇率の伸びが鈍くなってきてしまっている。一方で、労働分配率である分母の企業収益のところを見ますと、ITですとか一部の企業が大きな収益を得ている。更に、タックスヘイブンでとんでもない収益をほかの国を経由して税金を払うのを免れるような形で上げている。

分子として賃金が伸びていかないサービス産業化の進展と、分母として一部の企業が大きく稼いでしまっているところが私はグローバル全体の労働生産性の労働分配率の低下につながってきているのかなと思っています。

—そうすると、今後さらに分配率は下がっていって、所得分配をどうするかという議論が出てくるのでしょうか。—

(青木氏)難しい問題ですね。ベーシックインカムは多くの国、日本でも議論が少し出てきて、アメリカでも議論が出てきて、スイスでは国民投票もやりました。昔みたいに製造業がどんどん拡大していくのであれば、賃金の上昇を通じた所得分配というのが結構広く渡りやすかったのが、サービス業が拡大してくると所得分配が機能しにくくなり、広く分配されていないように思えるのです。

だからこそ、サービス業でも賃金の上昇を通じた所得分配のためにイノベーションが必要でしょう。例えばJR九州が「ななつ星」という、3泊4日で数十万円から100万円以上もするクルーズトレインを導入した。

それでも1年以上の待ちとなっている。そこにクルーズ船をつけて120万で販売しても売れるかもしれない。これがバブルなのかイノベーションなのかという定義がサービス業の場合は難しいわけですけれども、でも、高い付加価値を高い価格で提供し、収益を賃上げにつなげていく、そういった経営がより必要になってくるのかもしれません。

こういったサービス業のイノベーションを通じて、経済が全体として成長していけるのか、それとも低賃金の産業が拡大する一方、ITなどの一部だけがどんどん収益を上げていくことで労働分配率低下が続く中で、ベーシックインカムみたいな議論がどんどん出てきてしまう世の中になってくるのかという、ちょうど分岐点にいる気がしますね。

(萩原氏)イノベーションに関していくつか意見があります。まず、日本のイノベーションの議論が余りにも技術に寄っているなと思っています。本来は技術以前の問題があるはずで、例えば日本では日本的雇用慣行の結果として、管理職として昇進していく人のほうにばかり注目を置き過ぎて、専門職やプロフェッショナルを軽んじてきた。その人たちは、給料が低くて、地位が低くても仕方ないということを、当たり前にしてきた。でも、そうではなくて、イノベーションというのはプロフェッショナリズムを持った人の信念とか利他性によって生まれてくるはずで、そのベースがないという中ではイノベーションは起こらない。こういった日本社会が行うべきプロフェッショナリズムの浸透みたいなもの、専門職やプロフェッショナル人材をどう評価していくのかという彼らのあり方の議論がまずされるべきと思っています。

もう一つは、わが国では、そういった人をうまく活かすマネジメントレベルがとても低いというところがある。今はプレーイングマネジャーがふえていますけれども、結局自分が頑張るしかないよねといった感じになっていて、人を活かすということができない人が余りにも多いというところに問題がある。マネジメントは、ダイバーシティーとかイノベーションのキーポイントであるはずなのに、そこが停滞しているということで、そこの問題が今、なかなか語られていないのではないかなと思っています。

また、最後に、わが国では起業する人が余りにも少な過ぎる。イノベーションが進むというときは大きな組織とベンチャーのオープンイノベーションが機能することが重要ですが、日本は起業家が少ない。今後、どのように起業を促していくのかというところが非常に重要ではないかと思っています。

—本日はありがとうございました。—

(本インタビューは、平成30年8月21日(火)に行いました。)