世界金融危機後の緩慢な回復について—その要因・背景と政策含意—

  • 陣内 了
  • 一橋大学経済研究所准教授
  • 聞き手:経済社会総合研究所景気統計部長 澤井景子

2008年のリーマン・ブラザーズ証券の破綻をきっかけとした世界金融危機後、我が国を含む世界各国の景気動向について、これまでとは異なる動きがみられることが指摘されています。具体的には、経済停滞からの回復が弱く、我が国においては「回復が実感できない」との指摘がなされることもあります。今回は、これらの経済の動きを解明する研究を行っている、一橋大学の陣内准教授に、その研究の内容と、そこから得られる政策含意についてお話を伺いました。

世界金融危機以後の緩慢な景気回復

画像:一橋大学経済研究所准教授 陣内了

—リーマンショック以降、景気回復が非常に緩慢であり、回復しているという実感がないと言われるようなことがあります。その背景をどうお考えでしょうか。—

(陣内氏)今までよく信じられていたのは、経済の成長のトレンドは安定的であるということでした。一般的な大学院のテキストだと、トレンドというのはそもそもコンスタントだ、というような書かれ方をしていました。しかし、世界金融危機後は、それに対して大きな疑義が持ち上がっており、私はそれについて研究をしています。

具体的に言うと、トレンドが一定であれば、リーマンショックのような大きな不況があった後の回復はものすごく強いはず、ということになります。大きくマイナス成長となった分を取り戻さなければいけないので、回復期には通常のトレンドよりも強い回復が期待されるはずで、それによりもとのトレンドのラインまで戻されるのだというのが事前の期待だったのですが、今回のリーマンショック後はそうはなっていない。回復が弱いというのはそういうことを言っているのだと思います。

また、今回の場合、回復パターンは一様ではなくて、日本やアメリカでは落ちた後に回復しているものの、その回復が弱く、元のトレンドまで十分に戻りきらず、下方シフトして元のトレンドと並行に動いている。一方で、ヨーロッパ、特に南欧を見ると、むしろ成長率自体が弱くなってしまって、もとのトレンドのラインからどんどん下方に乖離しているように見えます。

いずれのパターンでも、トレンドは非常に安定している、極端なケースだと一定である、という今まで信じられてきたようなことに疑問が出てきています。

—その疑問を解くカギとして、陣内准教授が現在取り組んでおられる研究が注目されていると伺いました。—

(陣内氏)最近は、同じ考え方で研究する人が増えていると思うのですが、それはトレンドもモデルの中で変わる、というものです。具体的に言うと、今年のノーベル経済学賞受賞者のポール・ローマーがやっていた内生的成長理論の考え方を、リアル・ビジネス・サイクル・モデルのフレームワークに取り入れて、トレンド自体がモデルの中で変わり得るというモデルをつくっています。すると、大きな不況があった後に例えばトレンドがシフトしてしまうファクトや、回復してくれないファクト等が説明できます。

—トレンドが固定ではなく、変動しうるということですが、その場合は、供給側の要因が重要となるのでしょうか。—

(陣内氏)いいえ、両方重要となります。使われている経済モデルは一般均衡モデルなので、需要要因と供給要因の両方が入っており、その両方が同時に双方に影響を与えているというモデルになっているのです。したがって、需要側の要因でトレンド自体がシフトしてしまうという現象もモデルで表現することができます。

具体的に研究のモデルに即して言うと、何らかの要因によって需要が急激に落ち込んでしまうと、それにより企業の利潤が減ってしまって研究開発活動が停滞し、それがトレンド自体に悪い影響を与えてしまうので、元のトレンドに戻ってこない、と説明できます。

—内生的成長理論では、イノベーションが重要になります。内生的成長理論を組み込んだモデルを構築されたとのことでしたが、大きなショックが起きたときに、どのようなメカニズムが働くのでしょうか。—

(陣内氏)今回の経済危機の大きな特徴と考えられるのは、金融セクターのショックだったということで、これが我々のモデルでも大きな影響を与えています。我々のモデルでは、「アイデアを生み出す」という意味で生産的な人たちに資金が滞りなく回っている、ということが経済の成長のエンジンになるのですが、経済危機により金融市場に悪いことが起こってしまったために、彼らに資金が流れなくなってしまい、それが成長をぐっと押し下げた。その後金融市場は回復したが、経済成長は、今までのアイデアの蓄積の上にまたアイデアを蓄積してと、積み上げていくものなので、一度大きく失われてしまったアイデアの蓄積は回復していない。その結果、大きな金融市場のショックがあった後に、それをはね返すだけの大きな反動というのは見られていません。その後に政策的に大きな景気への刺激があったら話が違ったかもしれないが、そういうのもなかったので、一気に全要素生産性が落ち込んでしまって、その後は平常に戻ったものの、従来のトレンドに引き戻すだけの回復はなかったというのが我々の研究のシナリオです。

つまり、ショックがあまりにも大きくて、イノベーティブなことをする企業の研究活動が滞ってしまった。ショックがなかった場合に生まれていただろう研究の成果は、まだ取り返せていないということです。

—過去にも、大きく景気が落ち込むことはありましたが、その後は元のトレンドに戻っています。過去のショックと今回のリーマンショックで一番違うのはどこでしょうか。—

(陣内氏)我々の分析によると、二つ要因があります。ここまで大きな金融面のショックはこれまではなかった、というのが一つ目の理由です。今回のリーマンショックというのは、ネガティブなショックが非常に大きく、このような大きなショックというのは過去にはなかったというものです。

二つ目の理由については、過去の不況の後には、それをはね返すだけのポジティブなショックというのが、その後に運よく起こっていたが、今回はあまり起こっていなかったというものです。

経済フレームワークの変化

画像:経済社会総合研究所景気統計部長 澤井景子

—ポジティブなショックとは、例えば、大恐慌時にはニューディール政策などがあったということでしょうか。—

(陣内氏)その点は、まだきちんと分析していないので直感ですが、そのとおりだと思います。例えば、1920-30年代の世界大恐慌の話をすると、ニューディール政策に代表されるように政府の介入を非常に沢山やったのです。我々のモデルを含めた最近の研究では、市場というのは自由に取引ができるとしているのですけれども、当時はそういう世界ではありませんでした。賃金のコントロールなど、政府がいろいろなことをやったので、現在とは経済のフレームワーク自体が違うということはあります。

また、内生的成長理論の大きな柱の一つなのですが、研究開発が成長のエンジンだと我々は考えており、それに即して言っても、世界大恐慌後の研究開発は政府のトップダウンで一気に進めたという歴史があると考えています。戦争という特殊要因もあるのですが、一つ例を挙げると、オペレーションズ・リサーチという研究分野です。これは数学と工学の中間のような分野なのですが、その名前のとおりで、戦争の時に、例えば前線に物資を送りたいが、どのようにしたら一番効率的に滞りなく送れるのか、あるいは目標にミサイルを飛ばしたいのだが、どうしたら燃料を一番安くできるかというもので、数学者や経済学者が数多く動員され、研究したのです。そこで得られた知見というのが学問分野として残っているのがオペレーションズ・リサーチで、今でもやられている。例えば典型的な問題だと、在庫の管理などはオペレーションズ・リサーチの問題です。金融工学という分野がありますが、これも、オペレーションズ・リサーチの派生分野です。

このようにドラスティックな、政府が引っ張るような介入が世界大恐慌後に行われたと私は考えています。うまくいくケースと悪くなるケースがあるのですが、当時はかなり成功したのではないかというのが私の今の一つの仮説です。

—そうすると、今回の経済危機において、大規模な研究開発が行われていないというのは、昔はある程度、大規模な研究開発を政府が主導でできたのが、今はAmazonなどのIT企業に代表される民間の企業が主導であり、そこにお金が回らなかったという面があるのでしょうか。—

(陣内氏)最近は研究開発の主体というのが民間企業になっているので、そういう面はあると思います。昔は様々な研究開発を、政府が音頭をとって、その後に民間に転用されるという事例がたくさんありました。例えば、各国が軍関係の開発や宇宙開発を競い合う中で、そのような研究の方針も主に政府が決めていて、それが経済成長の源泉になっていったという歴史があります。

もちろん、それがうまくいくこともあるし、うまくいかないこともあるのだけれども、過去のショック時には、概ねうまくいっていた。一方、最近、そのような研究開発活動がかなり民間主導になっているので、リーマンショックのような金融ショックがあると企業が困ってしまって研究が停滞する。ショックが終わりしばらく経つと、民間企業は研究開発を再開するが、政府による逆の良いショックは、今回はなかなか見られないという印象を持っています。

短期と長期の融合

—経済学の教科書では短期と長期の動きを分けて考えますが、陣内准教授の研究だと短期分析と長期分析が融合しているように感じます。—

(陣内氏)私は、短期と長期を分ける理由というのはないと思っています。これまでの経済学の研究において、短期と長期を分けていたこと自体がある意味で不自然なことをやっている、というように私は思っています。なぜ、そのように研究が進んだのかというのは、はっきりした説明を私もまだ聞いたことがないのですが、何らかの歴史的な理由によって短期と長期を分けて研究する伝統はかなり昔からあります。

古くは、サミュエルソンまでさかのぼります。当時の経済学における課題として、ケインズ経済学という新しい経済学が出てきたが、一方でアダム・スミス以来の古典派経済学というのが昔からあったのです。その二つをどう考えたらいいのかというときに、サミュエルソンが教科書で提示したのが新古典派統合というもので、長期の世界というのが古典派の考え方で、短期の世界というのがケインズの経済の世界なのだといった。何が違うかというと、価格がうまく動くか動かないかというところが違うという考え方を提示したわけです。古典派の世界というのは、価格が十分に伸縮的に動くということを考えていて、すべてのものはマーケットで調整されるというように考える。一方、短期では価格は動かないというように考えるので、ケインズが言ったような現象が見られるのだという考え方があったわけです。そこに多分ルーツがあって、それで短期と長期というのがリサーチのアプローチなり、研究者なりが分かれてきたというのがあると思います。

ただ、その後、短期のことをやっていたケインズ経済学というもの自体だんだん変わっていって、ニュー・ケインジアンという人たちがあらわれてきて、彼らのとるアプローチ自体段々と古典派の手法を取り入れる方向で進んできたのです。今やニュー・ケインジアンと呼ばれる人たちが使っているモデルというのは、古典派の人たちが開発してきたリアル・ビジネス・サイクル・モデルなどと全く同じと言っても構わないくらい似ていて、それに価格の硬直性等を同じフレームワークの中で入れるというようなことをやっていたわけです。

昨今よく使われているマクロ経済モデルを考えると、私の考えでは、もはや短期と長期を分けて考えること自体が不自然であって、両方一緒に見るというほうがアプローチとしては自然だし、両方一緒にすると新しく見えてくる現象があると思います。

今までは、長期のことをやりますという人は、そもそも価格の硬直性は考えない。確率的に何かイベントがあって景気が変動するとか、そういう現象というのは考えない、というすごくシンプルなモデルで話を進めていく。一方、短期のことをやりますという人は、長期はとりあえず一定の直線で、何でそうなのかというのは置いておく。その間の振れているものを説明したい、そのために私はショックを入れます、私はそのために価格の硬直性を入れますというようなことをやる。これまでは、短期と長期の研究は、お互い交わることはなかったのですが、アプローチが一緒になってきたこともあり、短期の世界でイノベーションが成長率に影響を与えていて、結果として大きな不況があったときにトレンドのライン自体がずれてしまったとか、リアル・ビジネス・サイクル・モデルの中で、例えば税制が変わったら、ビジネス・サイクルに短期にはどういう影響があって、長期にはどういう影響がありますかということを同じフレームワークの中で話せるようになった。そういうような形で両方を合わせるということが進んでいます。

—研究では、流動性制約、技術革新的な投資をする人たちの資金制約と、内生的成長と二つを組み合わせています。—

(陣内氏)我々の研究のストーリーというのは、次のようなものです。あまりにも悪いことが金融市場で起きて、それが研究開発を遅らせたというのが出発点です。そのときに人々が、これはとんでもないことが起こった、長期的にもトレンド自体がシフトしてしまうようなショックなのではないか、と思った。この期待、具体的には、長期にも悪い影響が残りそうなぐらいの大変なことが起こったぞという、この将来に対する弱い見方が、今の行動にも影響を与えてしまったということなのです。このあたりが長期と短期を組み合わせることのおもしろい点だと我々は思っています。

今回のようなリーマンショックみたいなイベントがあった後には、人々が長期的な予測というのを悪い方向に改定してしまった。トレンド自体も変わってしまうかもしれなくて、今までの不況とは一味違うぞと思った、ということなのです。そうすると、ここからリアル・ビジネス・サイクル的な考え方になるのですが、そのときに人々はどういう行動をするのかというと、典型的には消費水準をぐっと下げるということをやるわけです。これはフリードマンが言った恒常所得仮説そのものなのですが、個人は毎期の消費をなるべく生涯にわたってスムーズにしたいと思っているので、何かすごく悪いことが起こり、今後にも影響を与えそうだと思うと、消費の水準というものを今からならしておこうと思ってしまうのです。そうして、その消費の落ち込み自体が景気に悪い影響を与えます。

また、我々のモデルの中で起こっていることとしては、トレンド自体が変わってしまうかもしれないと予測すると、資産価格にも悪い影響が、今の時点でも起こります。それは企業の利潤というのがトレンドとして下がってしまうので、今まで考えていたようなほどの勢いでは企業の利潤というのは伸びないぞ、と思ってしまうので、その期待から資産価格が下がってしまいます。そうすると、それもまた景気に悪い影響を与えてしまうという効果があります。

—それが流動性制約につながるのでしょうか。—

(陣内氏)流動性制約にも悪い影響を与えてしまうと思います。何がおもしろいかというと、長期に悪く影響があるかもしれないという、その予測が今の行動に影響を与えて、リーマンショックのような大きな、一気に落ち込んでいるということの説明になるということです。

リーマンショックのようなイベントがあって、それが研究開発を遅らせてしまって、長期にも目で見てわかるぐらいトレンドが変わってしまったというのが我々の研究のストーリーの出発点だったのです。でも、今の説明だけだと足りない点があって、それはリーマンショックや世界大恐慌のときは、不況が一気に起こって、その落ち込みの深さというのがすごかったという点の説明ができないという点です。GDPの落ち込みも激しいし、日本の話だと鉱工業生産の落ち込みは、マイナス30%とか、そういうレベルで落ち込むわけです。このように短期に何で落ちたのかというのは、研究開発活動が落ちたというだけでは説明できない現象です。ここで短期のメカニズムがまさに効いてくる。長期の見通しが悪くなると、恒常所得仮説により一気に人々が消費をアジャストしてしまう。また、成長の見通しが悪くなると配当の伸びが落ちてしまうので、資産価格が下がって、それが不況を深化させてしまうというようなメカニズムがまさに働いてくる。こういう視点が、長期と短期にどういう影響があるのかというのを両方一緒に考えるということのメリットであり、我々のモデルはそういうメカニズムを提示しています。

研究成果から導かれる政策含意

—短期的に大きく実物面で落ち込んだことと、トレンドが下がったということ、それぞれに対して行うべき政策が異なるのでしょうか。—

(陣内氏)短期の痛み止めみたいなものを得意とする政策手段というのがあると思います。財政政策などもそうなのかもしれないです。一時的な補助金を配るというような、そのようなものは短期的にはきくかもしれない。でも長期に影響を与えるのはもっと地道な研究開発への補助だったり、あるいは教育への補助だったり、そのようなことなのかもしれない。しかし、それらの政策を完全に分けるというのは恐らく間違っているし、必ずしも完全に分けることはできないのではないかというのが、私が取り組んでいるリサーチからの含意です。つまり、短期の景気対策による長期的なインプリケーションというのは必ずあり、また、長期的な研究開発の補助のような、長期にむしろ影響を与える、それを得意とするような政策も、短期的なインプリケーションが強くあるのではないかというのが私の考えです。

例えば、日本の景気がなかなか回復しないというときに、よく言われるストーリーとしては、「みんなが将来に対して不安に思っていて、例えば、安心して将来設計が立てられないから消費に対して弱気になっている。だから、もっと社会保障等をこれなら大丈夫だというものにできれば、みんなもっとお金を使うのではないか」ということが語られます。それはまさに私が考えているようなフレームワークからは自然に出てきます。一方、長期のトレンドはコンスタントだと仮定してしまうと、先ほどの話はマクロ経済学で真面目に考えようとすると少し不思議なところがあって、理屈を付けようと思えば出来ないことはないけれど少し窮屈にならざるを得ない気がします。

—具体的な政策としては、今回については流動性制約が非常にキーポイントの政策となるのでしょうか。—

(陣内氏)抽象的にはそのとおりです。神様みたいな目線で見ると、世の中の経済成長率を上げるためには、例えばApple創業者のスティーブ・ジョブズだったり、Amazon創業者のジェフ・ベゾスだったり、すごくいいアイデアを持っている人たちをうまいこと見つけてやって、彼らに潤沢なお金を流してやればいいということになります。ただ、現実にはそれは難しいことなので、長期に影響を与えるような効果的な政策とは地道なものにならざるを得なくて、今の世の中で生産のエンジンになっているような人たちというのは、すぐにはわからないけれども、その人たちを助けるような政策をやっていく、というのが正しい方向だと思います。

—流動性制約への対策として、各国とも世界金融危機の後に大規模な金融緩和をしましたし、金利だけではなくて中央銀行もあらゆる手段を使ってお金を流そうとしました。—

(陣内氏)多くの人たちは、アメリカは世界金融危機後の対応はうまくやったと思っているのではないかと思います。それは金融市場が機能不全に陥った際、動かなくなった資産を中央銀行が買い取ることによって銀行や企業にお金が回るようにするということをやりました。そのような政策は非常に効果的だったと思います。

それを研究したのがプリンストン大学の清滝先生たちが書かれた"The Great Escape?"という論文で、2017年にAmerican Economic Reviewに載っています。その論文では、今言ったようなストーリーをモデルの中に取り込んでおり、米国の中央銀行があのときに何をやったのかというと、流動性が下がったとき、市場で売れなくなった資産をみんなが抱え込んでしまって、それで困っていたときに、中央銀行を統合した中央政府が買い取ってやって、代わりに国債を売った。そうすると資産の構成が変わって、彼らはそれで助かり、それによってお金が回るようになった。これらの対策は、Googleなどの生産的な人たちを助けたし、生産的でない企業も助けたのだと思うのですが、全体としてはよく機能したということだと思います。

—我が国で指摘されている企業の内部留保について何か含意はあるでしょうか。—

(陣内氏)内部留保については、いいのか悪いのかというのは、私はいずれかの立場をとるほどしっかりと整理ができていなくて、企業が内部留保を抱えるのは別におかしくないのではないかという気持ちもあります。

何であのように積み上げているのかということに対しては、リスクに備えて抱えているというのも一つあり得る説明です。また、最近は成長の源泉として知的財産生産物が大事になっていて、例えばGoogleや、日本でいうとソフトバンクやZOZOTOWNなどはほとんどアイデアだけでやっているのであって、いわゆる固定資産はほとんど持っていないのです。そのような企業がすごくいいアイデアがあったときに、スピード感を持って投資を行うためには、恐らく銀行の借り入れではなくて自分の自己資金でやってしまう、そのくらいのスピード感がないとやっていけないのかもしれなくて、だから積んでいるだけなのではないかという気もしているのです。

—金融危機によりトレンド自体が変わることを防ぐためには、どのような政策が考えられますか。—

(陣内氏)非常に難しいですね。一つの考え方としては、ああいう危機の芽というものをそもそも最初から摘んでやろうという考え方です。こういう研究というのはありますし、実際に、アメリカの前の政権のときには、それはかなり具体的な形で法律にもなったと思います。

しかし、それがいいのかについて、私は非常に疑問を持っています。私は専門家ではないので自分の研究に基づいて言うのではないのですが、やはり事前に規制をするということが危機の芽を摘むかもしれないけれども、それによって成長の芽も摘んでしまうかもしれないため、そのバランスというのは非常に難しく、どちらがいいのかというのはわからないのです。

現在、私は別の課題として資産価格のバブルを研究しています。その分野でも、今言った議論は中心的なテーマであって、lean vs. cleanといいます。leanというのはバブルというのが発生しそうなときに、初めから摘んでしまうということです。cleanというのは、バブルというのは発生させてしまってはじけた後にさっさと片づけてやるという政策がいいということです。これは今まさに研究されていて、どちらがいいのか、決着はついていません。

では、リーマンショックみたいなものを防ぐために何をしたらいいのか。危機の芽をそもそも起こらないように動いたほうがいいのか、あるいは市場の自由にある程度任せて、悪いことが起こったときにはさっと後で介入して、なるべく早く平常時に戻すというのがいいのか。これはどちらがいいのかというのは非常に難しい問題で、正直、自分の中でもどちらがいいか分かりません。

—先生の研究は主にアメリカを対象としたものですが、日本に対する政策的含意としては、どのようなことが考えられるでしょうか。—

(陣内氏)日本の政策に関しては、長期的な成長というものに働きかける政策を地道にやっていくことがすごく大事なのではないかと思います。研究開発や、高等教育や高等研究、基礎研究などにお金をきちんと出すということや、社会保障を安定させるということ等の長期に働きかけるような政策を地道にやっていくことが大事だと私は思っています。

特に大事な視点としては、実は短期と長期というのはそんなに簡単に分けられるものではないので、長期に働きかける政策を地道にやるということは、短期的な政策にもなっているということです。その効果は、補助金をばらまくということほどにはすぐには見えないかもしれないのですが、そういうことを地道にやるというのが大事だと思っています。起業家やその卵の人たちにちゃんとお金が流れるようなことを制度の面から一つ一つ作ったり、税制を変えて企業が知的な生産活動を地道にやっていくことができるような環境を整えたり、それらは短期にも長期にもいい影響がある。長期を措いて短期にというふうに偏ってくると、私は非常に危険だと思っています。ある意味でカンフル剤を打って一時的に元気になっているような状態です。でも、そのようなことを続けていき、長期の足腰が弱っていくとだんだんカンフル剤も効かなくなってくるのではないかという危惧を持っています。だから、長期にヘルシーに影響があるような体力づくりみたいなことをやることが多分、今日も元気に生きるということにつながるのではないかと思っています。

参考文献

Guerron-Quintana, Pablo, and Ryo Jinnai. Forthcoming.“Financial Frictions, Trends, and the Great Recession,”Quantitative Economics.

(本インタビューは、平成30年10月12日(金)に行いました。)

画像:インタビューの様子