骨太方針2019 —「令和」の新時代:「Society5.0」への挑戦—

  • 齋藤 潤
  • 国際基督教大学 教養学部 客員教授
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(総括担当) 川さき

2018年7月、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2019」(骨太方針2019)の閣議決定を行いました。令和最初となる骨太方針2019では、我が国が直面する短期・中長期の政策課題を整理した上で、新たな時代への挑戦として、「Society5.0」実現の加速を前面に打ち出しています。

本日は、マクロ経済学、経済政策がご専門で、これまで行政官として骨太方針の策定に携わってもこられた、齋藤潤客員教授にお話をお伺いしました。

我が国が直面する短期・中長期の政策課題

画像:国際基督教大学 教養学部 客員教授 齋藤 潤

—骨太方針2019では、はじめに、短期及び中長期の我が国が直面する課題を整理しています。—

(齋藤氏)私は、中長期的に見て日本が直面する一番重要な課題は、少子高齢化・人口減少の問題だと思います。それは社会的な面でも大きな影響を及ぼしますけれども、経済的な面でも、潜在成長率の低下という大きな問題をもたらします。

現在の内閣府の試算では、足元の潜在成長率は1%程度ですが、これは出来過ぎのところがあります。今後、高齢化・人口減少が進展するとさらに低く、場合によってはマイナスになる可能性もあると思います。

もちろんこれに対しては、マクロで成長する必要はなく、一人当たりのGDPやGNIが成長すればいいのではないかという考え方もあると思います。例えば世界銀行などは、いろいろな国を、一人当たりGNIで、低所得国とか中所得国、高所得国に分類しているわけです。これは、一国の生活水準の目安としては適当だと思います。

しかし、日本は、残念ながら一人当たりGDPだけで成長するのでは足りない。というのも、他の国に比べて、財政・社会保障の持続可能性という面で大きな重しを抱えており、そのため、マクロで成長する必要があるからです。今後とも持続的に経済成長を遂げていくためには、少子高齢化・人口減少について、手を打たねばなりません。

—少子高齢化・人口減少対策として、どういう点を重点的に進めていくべきでしょうか。—

(齋藤氏)私は、大きく4つの取組があると思っています。1つは、生産性を上げることです。これについては、幾つかの側面があります。例えば、これまで日本が築き上げてきた経済システムが、今、時代に合わなくなってきており、そのために、さまざまな資源が有効に活用されてはいないのではないかと思っています。また、いろいろな政策の中で、生産性が低い部門を温存するようになっているのではないかと思います。それにはもちろん低所得者への配慮という面もあると思いますが、その結果、低生産性部門が維持されてきたという面もあるように思います。

ただ、生産性を引き上げる上で最も重要なのは、いかにイノベーションを継続的につくり出していくかということです。そのためにはベンチャーをもっと活性化する必要があります。日本は、世界の中でも開業率が非常に低いわけですが、今、ベンチャーこそがイノベーションの最先端にあるわけで、そこをもっと活性化しないと、日本ではイノベーションは出てこないと思うのです。

しかし、残念ながら、私は、長期的に見た時、日本におけるイノベーションの可能性については楽観的ではありません。なぜなら、人口減少が続く限りは、そのイノベーションを担うべき科学者・技術者の数が減っていかざるを得ないからです。

そこで、2つ目の取組ですが、女性あるいは高齢者の労働参加率を引き上げることです。つまり人口が減っている中でも働く人を増やすということです。

今、女性の労働参加率は非常に上がっています。これが足元の潜在成長率を実力以上に引き上げているわけです。これはすごく評価できることだと思いますし、まだ余地があると思います。また、高齢者についても、働きたいと思っていながら、働けていない人がいます。女性の場合でも、高齢者の場合でも、働きたくない人を働かせる必要はないのですけれども、働きたいと思っているにもかかわらず、働けていない人が数多くいるわけですから、そこにはもっと政策努力を傾注する必要があります。

難しいのは、日本の場合は、女性の労働参加率の上昇を出生率の上昇と並行して進めなければいけないことです。結局、いかに生活と仕事を両立できるようにするかということだと思います。保育所の整備も必要だと思いますけれども、企業が柔軟な働き方を保証することも必要だと思います。それから、男性が育児・家事などをちゃんと責任を持って分担することも必要だと思います。

働き方の柔軟さということでいうと、イギリスでは、柔軟な働き方を求める権利を労働者に与えています。企業にはそれぞれ事情がありますから、必ずそれを受け入れる必要はないのですけれども、受け入れない場合には、その理由の説明責任を負う仕組みになっています。

その結果、例えば学期間就業といって、学期の間は子どもが学校にいるので親は普通に働くが、休暇に入ると子どもが家にいるので、親が家にいることを認めるような働き方など、柔軟な働き方が可能になっています。我が国でもこうした取組を進める必要があります。

今まで女性が育児を担ってきた結果、雇う側は、女性がいずれ職場からいなくなると考えて採用活動をする。したがって、男性か女性かという選択があった場合には、男性を採用するバイアスが生じてしまう。こういうことを改善するためにも、男性の育休は義務化すべきです。男性と女性をイコールフッティングにすることが大事です。そういうことも含めて、女性の労働参加率を引き上げるための努力をすべきだと思います。

ただ、こうした取組にも限界があり、100%まで労働参加率が上がったら、もうそれ以上に働き手は出てきません。つまり、最終的な解決にはならないのです。そこで、3つ目の取組は、出生率を引き上げることです。

日本の場合、夫婦間に生まれる子供は2人ぐらいいるにもかかわらず、合計特殊出生率が1.4程度しかありません。それは、晩婚化・非婚化が進んでいるからです。

これは難しい課題です。個人の選択であるので、結婚してほしいといっても、簡単にできることではない。ただ、結婚するに当たっての障害は何かを聞いた調査結果では、結婚資金の問題だと答える人が多い。これは、非正規化の動き、そして非正規労働者の処遇の問題に関連していますので、その点は労働市場改革などで対応すべきだと思います。日本の場合には、正式に結婚した夫婦の間に生まれる子供が95%以上なので、婚姻率を上げることは、すごく大事です。

しかし、仮に婚姻率を上げることができ、出生率の引上げに成功したとしても、現在の親世代の数が既に少ないので、その世代の子どもの数が増えたとしても、それが直ちに人口全体に及ぼす影響は大きくありません。ようやく60年から70年して初めて出生数が死亡数を超えるようになるのです。それまでは人口減少が続かざるを得ません。

そこで4つ目の取組として、外国人労働者を入れていくことが必要なのではないかと思います。去年の骨太での新しい方針を受けて、この4月から外国人労働者の受入れを拡充するようになったのは、すごく大きな進展です。ただ、短期的な視点からのみ受入れを決めているようだと、いずれ問題を生じかねません。今後は、少子高齢化・人口減少という問題に対する対策として、中長期的な観点から受け入れることを考えるべきだと思います。

就職氷河期世代支援策の打ち出し、最低賃金の引上げ

画像:内閣府政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(総括担当) 川﨑 暁

—経済を支える人材をいかに確保していくかということは、我が国経済の将来の姿にとって、死活問題になっていると思います。今年の骨太方針については、就職氷河期世代支援策を打ち出しています。—

(齋藤氏)今回、就職氷河期世代の問題を取り上げたのは、すごく大事なことだと思います。同時にもう一つ大切なのは、同じことを繰り返さないということです。後者の観点からは、課題が2つあります。

1つは、新卒一括採用で、これが大きな制約条件になっているのではないかということです。これまでは、学校を卒業した時に就職ができないと、正規の仕事は得られなかった。そういう状況の中で、バブル崩壊後の1990年代後半に、金融システム不安から企業はリストラを本格化させ、たまたまその時に卒業した世代、すなわち就職氷河期世代の新卒採用を絞ったわけです。それが今日の問題をもたらしています。

新卒一括採用は、先ほど言ったベンチャーなどにも影響していると思います。例えば在学中にベンチャーをやるか、就職を遅らせるかを考えた時、新卒時に就職しないと後戻りができなくなってしまう制度なので、起業を諦めてしまうことが多い。そこをいかに柔軟化するかということが重要です。最近、通年採用も増えてきていますが、それはすごく大事なことだと思っています。

2つ目は、日本のシステムは、終身雇用の下に正規雇用として働くと、いろんな企業内教育を受けられ、それによって人的資本が蓄積されるわけですけれども、非正規に対しては、そういう訓練は限定的で、人的資本が蓄積されないままになってしまうということです。

この教育訓練の問題は、今後、正規雇用者にとっても大きな問題になってくると思います。ロボット、AIなどイノベーションが進んでいって、今働いている人たちが技能をどんどん高度化していかないと、仕事がなくなる状況になる。いかに自分の技能を高めていくかが課題になります。そこで、企業の中でも外でも、既に学校を卒業して働いている人が、その技能や知識を高める機会をいかに作っていくかが、重要になってきます。

—そうすると、賃金や雇用システムについて、今後どう変わっていくのか、あるいはどう改革していくのかが重要ですね。—

(齋藤氏)日本の経済システムが時代に合わなくなってきていると話しましたが、その典型的な例は、雇用システムです。日本型雇用システムと言われますけれども、今の雇用システムは、戦後、高度成長期に確立されたもので、日本に普遍的なものではありません。その構成要素としては、終身雇用と年功賃金体系と企業内訓練という三本柱が挙げられます。

高度成長期は、競争相手は国内の同業他社や先進国企業で、価格だけでなく品質や性能で勝負することもできたわけです。ところが、今は、新興国や発展途上国と競争しなければならず、価格競争が一番大事になっています。そうなると、生産性に比して高い人件費を取る高齢者を、企業は負担できなくなってきます。だからこそ、非正規雇用が増えているし、賃金カーブもフラット化していると考えられます。また、イノベーションについても、従来のような、現場の生産ラインで改善を提案するといったプロセスイノベーションだけでは済まなくなっており、新しいプロダクトをいかに創り出していくかが重要になってきます。そうなると、企業の中だけではなく、ベンチャーも活用するような形にならざるを得ません。

こうしたことを踏まえると、今までの雇用システムは、維持できなくなっていると思います。

—今年の骨太方針では、所得向上策の推進として、最低賃金の問題を取り上げ、注目を集めました。—

(齋藤氏)最低賃金は、すごく大事だと思います。格差の拡大を緩和するためにも最低賃金は引き上げていくべきだと思います。しかし、そのためには、最低賃金を上げてもやっていけるような企業でないといけない。これまでは、生産性が低い、採算が取れないような企業がいっぱいあるということが、日本全体の生産性を引き下げる大きな要因になっていました。そこが退出をして、一方で新たな開業があるということになれば、全体としては生産性が上がっていくはずです。もちろん退出した結果、事業者や雇用者が生活できなくなるようでは問題なので、転業を支援するとか、セーフティーネットを十分整備する必要があります。しかし、大事なことは、企業の新陳代謝をいかに良くするかということだと思います。

イノベーション、Society5.0の実現

—ここまで、ベンチャーやイノベーションの話が出てきました。改めて、イノベーションによる生産性の向上について、ご意見をお願いいたします。—

(齋藤氏)イノベーションを創出するに当たって、1つだけ重要なものを言えと言われたら、やはりベンチャーをいかに育成するかだと思います。イノベーションの源泉となるR&Dは、今、ベンチャーが牽引しているわけで、そのベンチャーをもっと育成していかなければいけない。ところが、日本はすごくスタートアップが少ないのです。

どうして少ないかというと、雇用システムの問題があって、万が一失敗したら、後戻りができないような、単線型の就業経路になっているので、みんなリスクを取れないという問題があるからです。

もう一つは、ベンチャーをやろうとしても、お金が回るような形にはなっていない。これは金融システムの問題になるわけですが、日本の家計は金融資産の過半を銀行預金の形で持っていますが、大企業は銀行離れしているため銀行は貸出先がない。要するにリスクを取ってもいいお金が生み出されないようなシステムになってしまっている。いかに家計の金融資産をリスクマネーに向けていくのかが、重要な課題になっていると思います。

さらに言うと、新しいイノベーションが起こっても、それを企業がビジネスに取り込んで、生産性の引上げにつなげていくインセンティブが弱いところもあるように思います。それは競争を促すようなベンチャーの起業が少ないこと、あるいは対内直接投資によって参入してくる海外企業が少ないことにも関係しているように思います。

—今年の骨太方針では、Society5.0を実現することを前面に打ち出しました。—

(齋藤氏)Society5.0というのは、デジタルデータを利用した新しい技術を社会の課題解決に結び付けようという問題意識から来ていることだと思います。そういう意味でいうと、Society5.0の実現のためには、何よりもまず、今、日本の経済・社会が直面している少子高齢化・人口減少問題とか経済システムの改革という課題の解決に、デジタルデータを生かしていくことが大事ではないかと思います。例えば、AIとかロボットなどを使うことによって、長時間労働を減らす、あるいはリモートワークを拡大するといったことができないか、などを検討することが必要だと思います。

グローバル化の推進

—グローバル化の推進をどのように進めていくべきか、御示唆があれば、教えていただければと思います。—

(齋藤氏)G20でも、日本政府として、いかにグローバル化の推進に向けリーダーシップを取るかということに腐心したと思いますし、グローバル化の旗手としての日本の役割は大きい。しかし一方で、日本は、自身についてもまだやることが残っているのではないかと思っています。

今まで日本がやってきたのは、輸出を促進する、海外直接投資を行う、海外に人を出すといった「外向き」のグローバル化でした。そのおかげで、日本の経済力も、プレゼンスも高まったと思います。しかし、この先問われるのは、いかに「内向き」のグローバル化を進めるかということだと思います。

例えば、TPP11発効後の関税撤廃率がどうなるかという数字を見ると、ほとんどの国では100%とか99%ですが、日本だけ95%となっています。これは農業保護の影響です。また、対日直接投資は、OECDの加盟国中でも、一番少ない。この要因としては、規制があるわけではなく、経済システムと関係があると思います。例えば海外から入ってきた企業は、終身雇用を前提に雇用しなければならない。また、低生産性部門が赤字覚悟で商売をやっている中に参入して競争しなければならない。こうしたことは、大きな障害になっているのだろうと思います。なお、国内で商売がやりにくいというのは、実は海外の企業だけではありません。日本の企業にとっても、やりにくい。だからこそ、開業率は低いわけですし、世銀のEase of Doing Business Rankingなどを見ても、ランキングは低いわけです。

最後に、外国人の受入れも、これまで基本的にずっとしてこなかった。それが高齢化・人口減少の影響をそれだけ深刻なものにしているし、イノベーションにとって重要なアイディアの多様性にも制約をもたらしているのではないかと思います。

そういう点を見ると、グローバル化を進めてきたといっても、内向きのグローバル化という面では、大きな欠落があったと思います。今後日本が成長していく、生産性を上げていくためには、内向きのグローバル化を進めることができるか否かが、鍵を握っていると思います。

財政健全化

—経済再生と財政健全化は車の両輪です。これまで経済再生の話が中心となりましたが、財政健全化の取組について、お感じになることはありますでしょうか。—

(齋藤氏)ギリシャの例などを見ると、財政状況が悪化すると、金利が上がり、財政再建のための努力を行うと、金利が下がる。このように、通常は、財政状況に対する警告とか、努力に対する報酬が金融市場から与えられるわけです。しかし、日本の場合は、長期金利がゼロに抑えられており、どちらもない。そのために、財政再建に対する緊張感がなく、先送りされがちになります。

先送りができているのは、国内投資家が国債の9割を保有しており、それも金融機関が中心で、長期保有だからです。ここが変わってくると今まで通りにはいかなくなります。例えば日本の経常収支が赤字に転じた時、海外から貯蓄が入ってくる。そうなると、日本の財政事情に対して、より厳しい目を持っている外国人投資家が増えてくることになります。いつそれが起きるのかを予測することは困難ですが、そうなる前に、早く財政再建をやるべきだと思います。

成長は財政再建にとって、必要条件ではあっても十分条件ではないので、いかに歳出を抑制し、税収を増やすかが重要です。歳出を抑える中で一番大事なのは、社会保障制度の改革をどのように進めるかだと思います。

今後の骨太方針のあり方

—先生はかつて内閣府の幹部として、骨太方針の取りまとめの責任者として、采配を振るわれていたわけですが、今の政府の骨太方針への評価をお聞かせいただければと思います。—

(齋藤氏)骨太の方針の「骨太」という意味は、骨格がしっかりしていて、ぜい肉が付いていないということだと思います。政府がやらなければいけない政策というのは、数多くあるわけですけれども、その中で、今、政府として何に優先順位を与えて、何を中心に取り組んでいくのかを明確に示す文章が、骨太の方針です。

あまりにいろんな政策が入ってくると、「メタボ」だと揶揄されたりするわけですが、骨太の方針が重要であり予算編成の基礎になるが故に、みんなが政策を骨太に入れようとする。しかし、政府が自由にできる資源には限りがある。したがって、政府として、何に資源を集中的に投下するのか、を明確に示す必要があると思います。

昔は、経済財政諮問会議が策定する骨太の方針を中心にして政策が回っていたところがあったので、分かり易かったのですが、今は、そういう場が経済財政諮問会議だけでなく、いろんなところにあり、骨太の方針は、それらを網羅するようなものになってきた。それが骨太の方針の意義を分かりにくいものにしていると思います。

経済財政諮問会議そして骨太の方針も、できてからそろそろ20年が経ちます。一つのいい機会ですので、経済財政諮問会議の役割とは何か、骨太の方針はどうあるべきなのかを、もう一度振り返り、創り直すことを考えてみてもよいのではないでしょうか。

(本インタビューは、令和元年7月4日(木)に行いました。)