グローバル化が進む中での日本経済の課題

  • 小林 俊介
  • 大和総研 経済調査部 シニアエコノミスト
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当) 堤 雅彦

2019年7月、政府は「令和元年度年次経済財政報告」、いわゆる経済財政白書を公表しました。白書では、グローバル化が進展する中での日本の貿易・投資構造の変遷を確認した上で、現在の世界貿易や海外経済の動向の日本経済への影響やグローバル化が日本経済にもたらす恩恵について分析しています。

今回は、日本及び世界の経済・金融市場の分析をご専門とされる小林シニアエコノミストに、グローバル化が進む中での日本経済の課題についてお話を伺いました。

日本経済の現状と先行き

画像:大和総研 経済調査部 シニアエコノミスト 小林 俊介

—2019年下半期又は2020年に向けて世界経済の不透明感が高まる中、何が日本経済のキーポイントになるとみていますか。—

(小林氏)日本経済の潜在成長率は0.8%程度とみていますが、そこには達しないものの、若干の低空飛行を続け、かろうじて拡大が続くとみています。

成長率が低空飛行を続ける要因として、一つは外需、輸出がマイナスではないものの、少なくとも過去に比べれば寄与が小さい点が挙げられます。これには大きく分けて要因が二つあります。マイナーポイントとしては米中貿易摩擦に伴う輸出の減退があり、これにより累積的に日本からの輸出が1兆円前後落ち込むと見ています。これは大体GDP比0.2%ポイントであり、主要な要因ではなく、あくまで頭を抑える要因です。

輸出を抑えている主な要因は、世界的な景気循環の問題です。在庫と資本ストックの両循環が、現在、成熟・調整局面を迎えつつあります。在庫循環の前回のボトムはチャイナショック後の2015年-16年でした。2017年は、中国における財政拡大、アメリカにおける減税期待などから景気が若干加熱した側面があります。この間に在庫が積み上がり、現在は世界的な在庫調整の時期にあります。そのため、今後、輸出が拡大に転じるまでには、まだしばらく時間がかかるとみています。また、資本ストックの循環で見ても、ここ10年近く拡大が続いており、成熟局面を迎えつつあります。

日本国内でも在庫調整が始まり、設備稼働率も高くありません。また、去年までは非常に強かった雇用の伸びも、今年入り後は鈍化しています。働き方改革の影響もあり、一人当たり労働時間の伸びにも鈍化がみられます。雇用者所得もそこまで強くなく、そうした中では消費も鈍化せざるを得ません。外需の足踏み、在庫調整、所得や設備投資の鈍化、消費増税といった、各々は小粒ながらも悪材料が揃っていることを考えると、2020年度にかけては力強さのない成長が続くという見通しがメインシナリオになってきます。

明るい材料としては、家計、企業ともに十分な貯蓄が残されている点が挙げられます。例えば、過去数年間、日本の家計の消費性向が下がってきていますが、これは共働き世帯が増え所得も増えた一方、消費をそこまで増やさなかった結果です。その分だけ貯蓄にバッファーができています。そうなりますと、消費増税で実質所得が多少減っても、そこまで消費を落とさない可能性があります。また、今回の消費増税の財政緊縮効果は、教育無償化等の影響を差し引けば前回の8兆円に対して今回は2兆円であり、各種対策も打っているので、そこまで悲観していません。2014年の消費増税で特に消費が落ちた低所得世帯や年金世帯は注意する必要がありますが、そういった方々向けの対策も採られており、前回ほどの打撃はないのではないかと考えています。

米中貿易摩擦については、アメリカが中国からの全輸入に対して25%の追加関税をかけた場合、1,350億ドルの追加コストとなり、決して小さな額ではないというのは事実です。ただ、これをアメリカの対GDP比でみると1%に届きません。他方でアメリカは7月にいわゆる「財政の崖」を回避しており、財政緊縮にはならないとみられます。共和党も民主党もこの裁量的支出の上限引上げでは合意しており、おそらく関税に相当する分以上の財政拡充をやってくると思います。

国内の貯蓄によるバッファー、それに加えてアメリカを中心とした財政の拡張は、日本経済をある程度下支えする要因になると期待しています。

米中貿易摩擦

画像:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当) 堤 雅彦

—米中貿易摩擦のお話がありましたが、この背景には短期では解決できない奥の深い問題があると思います。短期、中長期の米中貿易摩擦の行方について、どのようにみられていますか。—

(小林氏)米中貿易摩擦には二つの意味があると思います。一つは、覇権争い、すなわち、レジーム同士の戦い、あるいは文明の衝突ということです。もう一つは、アンチグローバリゼーションです。

まず、前者について、アメリカの対中政策は1990年代まではどちらかといえば融和的でした。中国を資本主義陣営に入れ、その恩恵を享受させることで、最終的には資本主義化、民主主義化が進むという考えが正当化されていました。この背景には、米ソ冷戦の中で味方を増やす必要があったと考えられます。しかし、強制的技術移転や知財権保護の問題は、場合によってはWTOルールに抵触し、アメリカが中国に対応を求めていたというのが、米中関係のもともとの構図です。そうした中、アメリカの世論を刺激する出来事が、共産党大会が開催された2017年に起きました。一つが「一帯一路」、もう一つは「中国製造2025」です。

「一帯一路」に関しては、発展途上国の一部に貸出を行い、返済できなくなった国から港の租借権をとっていると言われています。その港の場所が中東からの原油の輸送ルートであることから、防衛上の目的があるのではないかという批判もされています。

また、「中国製造2025」の中では、アメリカを2025年までに技術力で、2035年までに経済力で抜き、2045年に軍事力で肩を並べると謳われています。この話は、2015年にマイケル・ピルズベリーが書いた、中国が建国100周年の年に西側諸国に対して挑戦するのではないかというアイディアとオーバーラップし、アメリカ世論が反中に大きく傾いてしまいました。経済の文脈を飛び越えて中国に対峙する状況になっており、経済面での痛みが多少出ても対立が続く可能性があります。

もう一点のアンチグローバリゼーションですが、誤解を恐れず申し上げると、冷戦の終結から足元までの動きと、いわゆる一次大戦と二次大戦の戦間期である1919年から1939年の二十数年間の動きがかなり似通っています。一次大戦の後の戦間期は、一時的にグローバリゼーションが進展し、その結果、世界経済や貿易が大きく成長した時期です。そういったブライトサイドの一方で、ダークサイドとしては、『底辺への競争』(Race to the bottom)がありました。国際競争が進む中で、各国政府は企業誘致のため、法人税減税を実施し、その一方で他の税を引き上げました。また、労働規制も緩和し、労働者は底辺への競争を強いられました。結果として、格差問題が発生し、グローバリゼーションへの反動に繋がっていきます。その中で大恐慌が発生し、アメリカはスムート・ホーリー法という形でグローバリゼーションに背を向け、イギリスは金本位制から離脱し、いち早く通貨を切り下げます。

現在に目を向けると、冷戦終結以降はグローバリゼーションも進展し、軍事用であったインターネットの技術が生活の発展に相当程度寄与するなど、ブライトサイドは間違いなくありました。ただし、いわゆる底辺への競争のようなことがなかったとは、正直言いきれません。法人税の切下げ競争が行われ、欧州では付加価値税が引き上げられました。世界的に国際競争の激化や、賃金上昇率の鈍化がみられ、格差は拡大しました。また、限界消費性向が高い低所得者の賃金が上昇せず、限界消費性向が低い高所得者の利益が増えることは、世界的な貯蓄の増加、そしていわゆる「長期停滞」の議論ともリンクしてきます。

本来、これを是正するための対策について建設的な議論を行うべきですが、リーマン・ショック以降、非労働力化する人口も増加する中、そもそも国際分業、グローバリゼーションが間違いであり、それを止めるべきであるという世論が盛り上がってしまっているのも、また事実と思います。

米中間の争いは、覇権争いという側面がある一方で、平和の配当を享受した人とそれ以外の人の格差が拡大した結果、リーマン・ショックがきっかけとなり、グローバリゼーションへの反動が発生しているという、二つの側面があるのだと思います。つまり、こういった課題に対する解決策が採られない限り、現時点の追加関税の経済的影響は大きくないので大丈夫という話にはなりません。まだこの先、日本経済にとって、更にダウンサイドリスクが大きくなる可能性もあります。

グローバル化への対応

—グローバル化に関連し、白書の中でもボーダーレスに活動を行う企業の方が賃金水準が高いと論じています。企業のグローバル化が進む中で、雇用の質や安定性を確保するために政府は何を行うべきだと思われますか。—

(小林氏) 最終的な姿としては、国際課税の枠組をある程度は揃えていく必要があると思います。これを大きな目標としつつ、それが当面は大きく変わらない中で一カ国として何をしていくべきかという、二層で考えていく必要があると思います。

全ての課税システムを統一することが必要だとは思えませんが、国際企業の存在感が強まる中、一定の国際課税の枠組がないまま、ある種の底辺への競争を続けることは、世界経済全体にとっての最適解ではなくなってしまう可能性が高いと考えています。

また、近年は新たな問題も浮上しつつあります。かつては、生産立地や企業立地が基本的どこかに決まっていて、それを呼び込むための競争でした。現在は技術の発展の結果、ボーダーレス化が非常に進展しています。データや海外への投資から受け取る配当にしても、どの時点でそれを企業の利益としてカウントするかなど、非常に難しい問題が発生しています。

この問題と非常に強く結びつくのがデータの扱いです。データは21世紀の油田といわれるように、それを分析することで非常に大きな富をもたらしますが、個人のデータの利権に関し、その所有者や、利益に対する税金の負担といった課題が山積しています。おそらくここから数十年かけて対応していくという難しい時代に入っています。

さて、このように問題が残る中でも、グローバリゼーション自体は当面まだ続いていくという前提に立つのであれば、日本企業がこれに背を向けるのは得策ではないと思います。白書の中でも分析されていますが、企業の海外進出は、スケールメリットや、進出によるLearning By Doingからのフィードバック効果があり、生産性を高めます。また、世界経済の成長の恩恵を受ける上で、日本企業の海外進出は今後も推進していく必要があると思います。そのような視点に基づく政策はすでに日本政府は進めてきていると思いますので、今後も開放路線を続けることが重要です。

一方で、海外経済とのリンクを強めることは、経済構造がハイリスク、ハイリターンになることも意味します。国際化を推進する一方で、リスクをいかにして小さくしていくかについては、官民両方やれることはあると思います。

民間では、販間費と売上の通貨を合わせることで為替リスクを小さくする動きは、過去10年程度でかなり進んでいると思います。結果として、数年前にはJカーブ効果が働かないという話もありましたが、これはきちんと恩恵を享受しつつリスクを小さくする努力の結果であり、歓迎すべき動きです。

一方で、政府には今後、必要に応じて機動的な財政政策が求められる局面も増えてくると思います。例えば、不況時に雇用が失われた結果、新卒で入社できなかった人たちがそのまま非労働力化し、生産性の低い人材となり、市場に戻れないという問題があります。これは長期停滞の一つの要因になりますが、世界経済とのリンクが強まれば、不況が来たときに雇用が失われるというリスクは大きくなります。その際に、機動的に採れる政策メニューを多めに持っておくことが必要です。裏を返せば、好景気の間に、ある程度その財政のバッファーを持つことが必要なのだと思います。

—日本政府はTPP等海外との連携を進める一方で、雇用については職業訓練の充実を図ろうとしていますが、現在の政策バランスは方向性としては好ましい形になっていると思われますか。—

(小林氏)大きな方向性としては、非常に合理性の高い政策の組み合わせになってきていると思います。

1997年以降の日本の年代別フィリップスカーブをみると、40歳代のところだけ格段に失業率や非労働力化率が高く、賃金上昇率が低いという傾向がみられます。実は、アメリカでも過去10年程度同様の現象がみられます。例えば、足元で失業率は過去最低水準ですが、就業率は2008年にボトムをつけた後、上昇に転じているとは言え、未だに1980年代からリーマン・ショックまでの最低水準にあります。これは、非労働力人口が非常に増えていることを意味します。これが固定化すると、将来的にも生産性が低水準のままの人材が、言わば「負の履歴効果」として残ってしまいます。

この対応のため、非常に早い段階での財政金融政策や、各種の支援政策が必要になるというコンセンサスがアカデミックにも形成されつつあります。その中で、日本の政策も同じ方向を向いているといのは、グローバリゼーションのリスクを抑えるという意味においても、非常に整合性のとれた政策ミックスになってきていると言えます。

国際収支と為替

—経常収支をみると、日本は世界最大の債権国になっています。将来的に人口が減少する中、日本の国全体としてのアセットアロケーションについてのお考えをお聞かせ下さい。—

(小林氏)国際収支の発展段階の仮説で言えば、日本は今、未成熟な債権国から成熟した債権国への過渡期にあります。コスト面で比較優位があり、生産年齢人口比率が高まっていく局面では、貿易収支が黒字化し、そこで稼いでいくことになりますが、日本はその段階を過ぎています。生産年齢人口比率は1995年頃から低下しています。また、ユニットレーバーコストの安さを売りにして輸出をするという発展段階もすでに終わっています。ですから今後は、積み上がった対外純資産をうまく活用し、GNPベースでの成長を維持していくというのは、重要な視点になってくると考えます。

海外資産の活用について、海外での投資収益を再投資する形で、量的な拡大は続くと思います。問題は、量ではなくその収益率です。日本の海外資産の収益率がそこまで高くない理由の一つとして、国債等の安全資産のウェイトが比較的高いことが挙げられます。リスクをコントロールしながら、現在よりも高リスク・高リターンを目指すことが必要だと思います。

また、直接投資に限っても、収益率が高くないという課題は残ります。日本企業の海外売上高は、現時点で300兆円近くと小さくありません。その上で、収益率が米英と比べ改善の余地がある理由としては、これらの国は、川上のプラットフォーム部分での商売のつくり方や、新しい商慣行に対する先見の明や理解が進んでいることがあるのだろうと思います。そういう点を日本が学びとることも重要です。

また、日本の場合は、海外債券、純資産が大きい結果として、海外で不況が起こると、例えば海外のドル建て資産を売却して国内での支払いに充てるという、いわゆるリパトリエーションが起き、円高が進みやすいという構造もあるので、円高リスクに備えることも重要です。

こうした点を鑑みながら、リスクテイクの拡大と、リスクテイクをしたときの期待収益率の上昇の両面から、海外投資収益の拡大を目指していく必要があると考えています。

—日本のポートフォリオバランスで国内偏重が強いのは、為替レートのリスクを個人・個社で負うには大きすぎるという点もあるのだと思います。現在の変動為替の仕組についてのご意見をお聞かせ下さい。—

(小林氏)通貨というものは、遡れば、徴税権等によってその価値が担保された債権という見方もできます。それが金本位制やドル本位制に移行しましたが、さらにそこを飛び越えて、通貨そのものが兌換性を持つ世界になりました。つまり、通貨がなぜ価値を持つのかという点が曖昧になってきています。そうした中で為替レートが完全に変動相場制になれば、非常にボラティリティが大きくなる可能性があります。すなわち、変動相場制には、国際金融のトリレンマの解消やスムーズな為替の調整といった利点もありますが、コストもあるということです。

こうしたコストを抑制する上では、管理フロート制も検討されうると思いますが、その場合、均衡水準を決めることが非常に難しいです。そのため、セカンドベストとして変動相場制が選ばれているのだと思います。現実には、現状がある程度均衡に近いことを前提として、大幅な為替レートの振幅を抑えるような調整を各国・地域で行っていくことが対症療法になるのだと思います。

ただ、環境が変われば最適な選択肢も変わってきますので、いわゆる国際金融のトリレンマの中でどれを落とすかということは、常に虚心坦懐に考えなければいけないことだと思います。もし仮に、変動相場制よりも固定相場制の方がメリットが大きく、自由な資本移行と独立した金融政策のいずれかを落としてでも選択すべきであるという理由が生じれば、将来的には固定相場制が視野に入る可能性も、否定はできません。ただし、現時点では、固定相場制のメリットよりもコストの方が大きいということだと思います。

(本インタビューは、令和元年8月16日(金)に行いました。)