満足度・生活の質を表す指標群(ダッシュボード)の活用に向けて

  • 大守 隆
  • 科学技術振興機構 社会技術研究開発センター 領域総括(多世代領域)
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済社会システム担当)付参事官(総括担当)西崎 寿美

内閣府では、我が国の経済社会の状況を人々の満足度(Well-being)の観点から多面的に把握し、政策運営に活かしていくことを目的に、「満足度・生活の質に関する調査」を実施し、2019年7月に「満足度・生活の質を表す指標群(ダッシュボード)の試案を公表しました。

今回は、「満足度・生活の質指標群に関する研究会」の座長としてダッシュボードの策定に携わられた、大守隆 科学技術振興機構社会技術研究開発センター領域総括にお話を伺いました。

「満足度・生活の質に関する調査」の目的・意義

画像:科学技術振興機構 社会技術研究開発センター 領域総括(多世代領域) 大守 隆

—近年、国連やOECDといった国際機関において、幸福度・満足度といった質的・主観的観点を取り入れ、より多面的に経済社会の状況を把握しようとする試みが行われています。我が国でも骨太方針2019で、満足度・生活の質をあらわす指標群(ダッシュボード)の構築を進め、関連する指標を各分野のKPIに盛り込むと記載されています。政府がこうした取組を行う意義について、まずお伺いしたいと思います。—

(大守氏)大きな枠組みとして、幸福や満足というのは、潜在的には経済よりも上位の政策目標であると思います。ただし、満足度や幸福度をそのままの形で使って政策を進めれば良いということではありません。

経済学では昔からこのテーマに取り組んできました。ベンサムは「最大多数の最大幸福」を提唱しましたし、効用についても長い議論の結果個人間比較はできないというところに収束して、その延長線上に今のGDP統計があるわけです。もちろんGDPにも改善の余地はありますが、GDPは幸福や満足の指標として適切でないので、GDPから満足度指標に移行すべき、という単純な話ではなく、以下の二つの理由から、GDPに加えて、幸福や満足についても把握していく必要が高まったと考えています。

まず、先進国では、経済以外の要因が重要になってきました。例えば1人当たりGDPが1万ドルを超えてくると、必ずしも所得の増加と幸福度の増進が対応しなくなってきました。人間をホモ・エコノミクスと表現することがありますが、ホモ・エコノミクスである度合いが徐々に薄れてきて、環境、生きがい、他人とのつながりといったものの重要性が高まってきたという流れがあると思います。

もう一つ、あまり言われていない重要な要因があると思います。効用の個人間比較ができないという経済学の収束点から出発すると、今の一般的な経済学では、効率性の理論と公平性の理論を厳しく分けなければなりません。そうすると、極端な例でいえば、ある国で大変な大金持ちがいて、その周りには非常に貧しい人たちが住んでいる場合、一般常識からすれば所得の再分配をすべきとなりますが、経済学では、所得再分配をすべきとは必ずしも言えないということになります。また、経済学では、部分均衡分析がよく使われますが、これは相当特殊な場合にしか使えないということが理論的に分かっています。もう少し現実的な処方箋を書くためには、効用の個人間比較はできないという制約を、何とかすることができないかという需要がだんだん増えてきているということだと思います。

環境経済学では、環境の経済価値を評価するための手法として、人々に直接評価を聞く表明選好法という方法があります。聞けば何らかの答えがあるのでこれはある意味でパワフルである一方、様々なバイアスやリスクも指摘されており、より良い方法があるのではないかという模索が続いています。主観的満足度や主観的幸福度も、様々なバイアスがあり得るため、そこからどのように情報を引き出すかは、慎重に考える必要がありますが、こうした情報をより活用できるのではないかという期待があると思います。

幸福度や満足度の分野は、まだまだ発展途上の分野ですので、私どもとしては国際機関などの先行研究の真似をするのではなく、もっと良いものを作ることを目指しています。そこで調査票を丁寧に設計した上で2019年の初めにWEB調査ではありますが満足度に関する全国調査を実施しました。なお、こういった取組は、GDPを補完するものと位置付けることが多いですが、それに留まらず、GDPの概念を拡張していく際にも役立つ可能性を秘めていると考えています。

政府がこうした取組を実施する意義を考える際には、次の3点が大事であると思います。1つは、恣意性を最小限にし、徹底的に客観的・科学的なアプローチで進めていくことです。かつて経済企画庁では、社会指標という、先進的な取組を実施しましたが、非常に注目を集めた一方で、指標採用の基準がはっきりしないといった批判も多く、長続きしませんでした。有用なものとして定着させるためには、徹底的に科学的なアプローチを採ることが大事だと思います。

2点目として、政策との関係がはっきりしていることが重要です。税金を使い、調査の回答者の協力を仰ぎながら行うわけですから、それがどういった形で政策、ひいては国民生活に役立つかということが分かるようなはっきりした枠組みの中で実施すべきと考えています。

3点目として、個人的な要因が満足度や幸福度にかなり影響していることを、明示的に意識すべきだと思います。個人的な要因というのは、例えば家族との関係や、精神的・内面的な充実などですが、こうしたところに政府が土足で入り込むようなことは控えるべきだと思います。

ダッシュボード暫定試案

画像:内閣府政策統括官(経済社会システム担当)付参事官(総括担当)西崎 寿美

—OECDのダッシュボードとは異なり、内閣府のダッシュボードは、分野ごとの主観的な質問を重視し、それと相関が高い客観指標をダッシュボードに採用しています。この方法はどういった点で優れているでしょうか。—

(大守氏)ダッシュボードを政策の効果のチェックに活かすというのは、客観的な情報をもとに政策を進めるという、大きな流れの中で意味のあることだと思います。

OECDの取組と比較すると、重要な違いが3つあると考えています。1つは、OECDは主観指標と客観指標を並列的に取り上げていますが、内閣府では、分野別の主観満足度という指標を導入し、それと客観指標との対応づけを試みています。つまり、主観指標と客観指標を垂直的に区別した上で対応関係をみるという点が、異なります。こういった形で、分野別の主観指標を聞いておくと、総合主観満足度にとって何が重要であるかを推計することができます。OECDは、それぞれの人がそれぞれの価値観でウェイト付けするというアプローチをとっていますが、メディアなどが単純合計によるランキングを示すといったことが起きています。

2点目は、性別、年代別、ライフステージ別に捉えていることです。もちろん地域別にも分析可能です。こうした属性に応じて人々の生活の状況をきめ細かく観察することができる枠組みになっている点です。

3点目ですが、内閣府では、採用した分野別主観満足度では説明できない部分もあることを明示的に示し、そこに個人的な要因も含まれるとしており、この部分と関連が深い指標を探す余地も残しています。OECDは、採用した11分野が全てであるという印象を与えかねないような形になっています。

「満足度・生活の質に関する調査」の主要な結果

—今回の調査結果で非常に重要とお考えの点を、何点かお聞かせ下さい。—

(大守氏)まだ分析を開始したばかりですので、分かっていない点も多々ありますが、いくつか見えてきたことがあります。

まず、所得や資産といった経済変数が満足度に与えるプラスの影響は、所得や資産の水準が高くなると徐々に小さくなることが改めて確認されました。また、こうした逓減効果は、二段階にわたって現れることも分かりました。第一段階では、所得や資産が増えても、「所得や資産に関する満足度」は、一定のところで頭打ち傾向になります。第二段階では、「所得や資産に関する満足度」が高まっても、そのことの全体的な満足度への影響がだんだんと頭打ち傾向になります。

また、非常に不満な分野があったときに、そのことが、単純な重回帰モデルで説明される以上に、総合的な主観満足度を引き下げているのではないかという仮説を検証したところ、意外にもそのような傾向は認められませんでした。逆に、非常に満足している分野があると、他に多少悪い分野があったとしても、全体的な幸福度の水準は良い分野により引き上げられる傾向が有意にみられました。

—今回、所得、健康などの10分野に、独自の3分野として「子育てのしやすさ」、「介護のしやすさ・されやすさ」、「生活の楽しみ・おもしろさ」を加え、合計13分野の分野別主観満足度で、どの程度総合満足度を説明できるかを検証しました。「生活の楽しさ・おもしろさ」が、非常に大きな説明力を持つという結果でしたが、この結果について、どう見ていらっしゃるでしょうか。—

(大守氏)分野別の主観満足度という新しい試みで、総合的な満足度・主観満足度をどの程度説明できるのかを検証しましたが、単純な重回帰モデルで、個人間の差の6割強が説明できるという結果でした。これに所得効果の逓減といった非線形要因や、性別や結婚しているかどうかといった個人属性を加味すると、もう少し説明力は高くなります。

今回、日本の状況を踏まえて独自に追加した子育てと介護については、性別、年齢階層別で見ても、事前の予想と比べて、それほど重要な要因とはなっておらず、少し意外感を持っています。一方で、「生活の楽しさ・おもしろさ」は、非常に重要な要因となっています。

この点については、先行研究ではほとんど触れられていなかったように思います。例えば、日本の高齢者には、茶道や書道といった「道(どう)」がつくものや、俳句といった日本の伝統的な趣味に生きがいを見出しておられる方も多くいらっしゃいます。人々の生活の満足度は、単に何かに不満がないというだけではなく、もう少し前向きな要素の影響が強いことが示唆されました。

ただ、「生活の楽しさ・おもしろさ」は、満足度と相当近い概念ではないかという点も考えなくてはいけません。そのために、「生活の楽しさ・おもしろさ」を他の12分野でどれだけ説明できるのかを検証したところ、相関はかなり高いものの、相関しない部分も相当ありました。相関しない残りの部分を、我々は純変数と呼んでいますが、この純変数がほとんどの性別、年齢階級別で一番重要な要因になっています。この中には、個人的な要因も相当程度含まれていますので、政策との関係性をどう考えるかという点も含めて分析や将来の調査設計を行うことが必要です。例えば、公民館を整備すれば、趣味を楽しむ場が十分提供できるなど、政策と関連づけられる面もあると思います。

また、性別、年齢階層別の分析で、分野別満足度を重要度の順に並べると、3つ目ぐらいからはっきり差が出てきます。その解釈については、比較的容易なものと、より詳細な分析が必要なものとがあります。例えば子育てをしている母親では、健康が3位に出てきますが、お母さんが病気になると、その家庭は非常に困りますのでこれは理解できます。一方で、男性高齢者でワーク・ライフ・バランスが比較的重要という結果については、どのように解釈すべきか、もう少し分析が必要ではないかと思っています。

また、年齢別、世代別、ライフステージ別に区分していくと、様々な要因で主観満足度を説明したときの説明力が、全サンプルでみた場合と比べて相当高まるのではないかと考えていましたが、そのような結果にならなかったので、理由の解明が必要だと考えています。

—今回の調査で、我が国の満足度・幸福度の分布の特徴として、10点中、5点と7点にピークがあるという、双山型が確認されました。この要因について、どのようにお考えですか。—

(大守氏)これはあまり外国に見られない性質です。今回、分野別の主観満足度を調べることで、理由が見えてくるのではないかと思ったのですが、残念ながら、明らかにすることはできていません。

主観満足度は、0点から10点までの中でどのぐらい満足しているか、数字を選んでもらう方式で聞いていますが、ほとんどの分野で5点を中心として両側に下がっていく分布になりました。総合主観満足度を聞いた時だけ、5点と7点という2つの山があります。

当初考えた仮説の一つとして、総合主観満足度を聞かれた時に、様々な分野の平均のイメージで答える人々と、人生に満足しているかといった全体的な印象に関する問と捉えて答える人々とがあって、その結果、5点と7点の山が出来るのではないかというものがありました。しかし、回帰モデルの残差の分布を見ても、2つの山にはなっておらず、この仮説でも説明できません。

私の現時点での暫定的な仮説は、日本人は、数字を選ぶ際に、偶数を嫌う傾向があるのではないかということです。この仮説に基づけば、6や4という数字は選びにくく、実際、3のところにも小さな山ができています。分野別に聞かれれば、具体的なイメージが湧きやすいので、偶数を嫌うという傾向の影響をあまり受けないのではないかというものです。この仮説をどのようにして検証すべきか、考えてみたいと思っています。

今後の検討の方向性

—今後どういった点を深掘りしていくべきか、またダッシュボードを活用した多面的な政策評価に向けて、地方自治体との連携や国際機関との意見交換なども考えられますが、今後進むべき方向性についてどのようにお考えですか。—

(大守氏)全体的な印象としては、今まで進んできた方向をさらに深めていくことで、様々な可能性が開けてくるのではないかと思っています。

これまでの取組の延長線上としては、客観指標との対応づけがまだ十分にできていないと思っています。もともとは、分野別の主観的満足度を、その分野に関係のありそうな客観指標である程度説明できるのではないかという期待がありましたが、まだ都道府県別のデータしか試みていないということもあり、あまりうまくはいっていません。市町村別をはじめ、もう少し細かい単位のデータにより、主観的満足度との対応関係を示すことができれば、もう一段階先に進めるのではないかと思っています。

ダッシュボードは、マクロベースのものしか作成していませんが、性別、世代別、ライフステージ別ものを作成できれば、よりきめの細かい議論ができると思います。また、信頼度の低いデータが入っている可能性もありますので、データの質を確認する作業も必要です。

今回はウェブ調査ですので、データの信頼性には限界がありますが、こうした調査で何ができるかを明らかにする意味はあると思います。満足度に関する今回のような調査がある程度活用できそうであるとなれば、もう少し信頼性の高い形のデータ収集が必要になると思いますが、最初から全国規模で行うと、多額の予算が必要になります。一方で、やってみたいという自治体も出てくる可能性がありますので、そういったところの協力を得ながら、より深い、正確な分析ができればと思っています。国際的な情報発信ももちろん重要です。

一方で、やや超越的な課題もいくつかあります。1つは、今の満足度に関する枠組みの中に持続可能性という概念があまり取り入れられていないことです。現在の生活への満足度は、将来世代の生活の犠牲の上に成り立っている可能性もありますが、一方で人々がそういった点も踏まえた上での満足度を回答しているかもしれません。持続可能な開発目標(SDGs)が、国際社会で合意された目標になった中で、満足度の枠組みに持続可能性を取り込むことは、非常に意義のある課題です。

別の超越的な課題としては、格差の問題があります。現在の枠組みの中では、格差という概念はほとんど入っておらず、「平均」をイメージした捉え方になっていますが、格差という観点からの集計や分析も重要だと思います。

また、「満足」と「幸福」の違いについても、議論を深める余地があります。一般的には、満足が必要条件で、満足が満たされた後に幸福があると考えられていますが、様々な人に聞くと、全く違う観点から考えている人もいらっしゃるのです。したがって、似たような概念として片付けることは適切ではないのではないかと思っています。

—SDGsの観点から持続可能性を取り入れていくことに関して、今回の調査でも「環境」が分野の一つとして入っていますが、これをSDGsの観点も踏まえてより広く捉えていくことが必要になってくるのでしょうか。—

(大守氏)単に項目を追加するということではなく、もう少し大きな設計が必要なのではないかと思います。持続可能性の問題は、環境に限らず、社会、経済、文化などに関わる非常に幅の広い問題です。各分野での現状についての満足度だけでなく、将来についての見方などを、どのように体系に取り込んでいくかを、丁寧に検討する必要があると思います。

(本インタビューは、令和元年10月28日(月)に行いました。)

画像:インタビューの様子