インバウンド観光の最新の動向と課題

  • 清水 哲夫
  • 首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 観光科学域 教授
  • 聞き手:内閣府経済社会総合研究所次長 籠宮 信雄

訪日外国人旅行者が2018年には3,000万人を突破し、その消費額は約4.5兆円と我が国の経済に与える影響が大きくなっています。政府としても2030年までに訪日外国人旅行者数を6,000万人まで増加させる目標を掲げており、今後インバウンド需要を地域経済に取り込むとともに、生産性の向上などを通じて地域経済の活性化を図ることが重要です。

今回は、観光政策・計画学の研究をご専門とされる首都大学東京 清水哲夫教授に、インバウンド観光の最新の動向と課題についてお話を伺いました。

インバウンド観光の増加の背景

画像:首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 観光科学域 教授 清水 哲夫

—訪日外国人旅行者数がここ10年で4倍近くにまで増加しました。訪日旅行者の国内消費額も増え、日本経済に大きなインパクトを与えるようになりました。この背景について先生の捉え方を教えてください。—

(清水氏)前提として、統計的に厳密な増加要因の検証は難しいことはご理解いただければと思います。

まず、日本に限らず世界的に旅行需要が大きく伸びています。世界観光機関(UNWTO)の報告でも、毎年5~6%ずつ着実に伸びています。10年程前は、アジア太平洋地域の伸びが突出していたのですが、今は全世界的に増えていることが大前提としてあります。

その上で、日本で増加した要因は複数あると思います。1つ目は、周辺の中国や東南アジア諸国の経済が大きく成長したことです。2つ目は、台湾では長期間にわたり日本への興味や日本に好感を抱いていることを背景に、堅調に需要が伸びています。また、様々な地域に最も展開しているのも台湾だと思っています。3つ目は、韓国について、地方空港への直行便、特にLCCの就航がこの1~2年増えていることがあります。残念ながら最近は減便措置が取られていますが、この数年、地方空港にLCCが多く就航しました。いわゆるフルサービスキャリアからLCCへ移行し、特に九州で韓国の訪日需要が増大しました。これらに加えて、特に中国はビザ緩和が大きく効いていることもあると思います。

現状では、東アジアと東南アジアで85%程度のシェアを占めています。残りの部分の多くが欧米豪で、シェアとしては大きくないのですが、日本政府観光局(JNTO)を中心とするプロモーション活動が効いている可能性があり、日本の魅力をよく理解いただけるようになったように思います。また、全体的な傾向として、長期に渡った円安傾向が貢献した可能性も考えられます。今まで申し上げたようなことが複合的に絡み、量としては4倍になったと理解しています。

インバウンド観光の見通し

画像:内閣府経済社会総合研究所次長 籠宮 信雄

—政府は2030年までに訪日外国人旅行者数を6,000万人まで増加させる目標を掲げており、今後も訪日外国人旅行者の増加が予想されますが、インバウンドの今後の見通しについてどのようにお考えでしょうか。—

(清水氏)日本の全体的な観光資源のポテンシャル以上に来日している可能性は、一方で考えておく必要があると思います。その意味では、あまり楽観視していません。

加えて、キャパシティの制約があります。航空便は、観光だけではなく、ビジネスなどの多様な地域間交流がないと就航しません。東アジア以外の東南アジアや欧米豪のキャリアが、地方に直行便を就航させることが難しいという現実は直視しなければなりません。

宿泊施設は、大都市圏を中心に足りない状態が続いています。その中で、6,000万人という数字を達成するには、どの程度地方で受け入れられるかが、根本的な課題になってきます。

また、現在は、国際間の緊張関係の発生もあります。新型コロナウィルス問題の拡大も世界の旅行需要を冷えさせるだろうと思います。そういった受け入れ側がコントロールできない要因もあります。以上のことを考えると、6,000万人の達成は簡単ではないと思っています。

現在のインバウンドの70%程度は東アジアですので、そこにより特化するという考えもあります。例えば、週末に気軽に来られれば、国内旅行のように訪日していただける可能性があります。入国審査を条件付きで大幅に簡素化できれば、6,000万人は十分にクリアできると思われます。ただし、もう一方の目標である15兆円の消費額は、それではおそらく達成できません。消費額の増加には、長期滞在が必要になるからです。

量的に大きい中国については、海外旅行をある程度自由化し、まず手軽に行ける海外として日本が選ばれている可能性は否定できません。1週間以上2週間以内の滞在が一番多いので、今後は欧米豪と競合することになります。欧米豪と日本を比べたときに、中国から見れば日本は似たグループになります。観光は非日常の追及が本質だと考えると、欧米豪との闘いは厳しいものとなり、日本はより実力をつける必要があります。6,000万人と15兆円の2つを同時に達成するには、これは不可欠です。

インバウンド観光における課題

—宿泊業などのインバウンド観光産業における低い生産性やインバウンド観光客の地方間の偏り、一部地域への集中によるオーバーツーリズムなど様々な課題が生じていますが、受け入れる地域側の課題についての先生の考えをお聞かせ下さい。—

(清水氏)5つの観点があると思っています。1つ目は、世界的な課題ですが、いわゆる環境に優しい観光の実現です。航空機はCO2を多く排出する交通手段ですが、島国である日本には、ほとんどの訪日客が空から入ってきます。現状では航空機以外の部分で削減するしかなく、国内移動や滞在に係る環境負荷を徹底的に削減する努力が産業全体として求められます。例えばフードマイレージを下げる、つまり地産地消を徹底する必要があります。環境に優しくかつ楽しいといった、魅力的な資源を地域で取り入れていかなければいけません。また、宿泊施設や観光施設は、自然由来のエネルギーの利用率を高めていくしかなく、それを公表することを進めていくべきと思っています。この課題への対処は、環境への意識が高い人や若い世代に訴求するために不可欠です。

2つ目は生産性です。一律のサービスではなく、観光客の個々のニーズや好みに合ったサービスが鍵であり、そうしなければ、満足度や消費額は上がらないと思います。そのためにはIoTの活用が必須ですが、その進捗が遅いところがあります。地域の担い手の方々は頭の中ではこのことが分かっていても、なかなか変われない実態をどうするのかが大きな課題です。他の業界でもそうだと思いますが、フロントランナーとその次のクラスの実力差が大きいことも課題です。今後数年間で、国や専門家がフロントランナー以外の方々のボトムアップやスキルアップを意図的に行っていく必要があるのではないかと思っています。

3つ目は、オーバーツーリズムの問題です。結局は、観光客は行きたいところに行くので、他に行きたいところをつくらないと本質的には集中の問題は解消しません。仮説として申し上げれば、おそらく依然としてファーストカマーが多いことが原因だと思います。中国でもファーストカマーがまだ半分以上を占めています。これが真であれば、リピーターが増えれば自ずと解消する可能性もあります。

そのため、今は一部の深刻な地域を除き静観するしかないのかもしれませんが、同時に次の訪問の候補地をつくっていかなくてはいけません。例えば、メジャーな宿泊拠点の周囲に新しい施設や地区などを様々に打ち出していくことが求められます。

4つ目は、都会と地方の集客の差です。仮説になりますが、アジアの方は、地方に行ってもその中の都会に留まる傾向がありますが、欧米豪の方は本当の田舎のようなところにより展開しているように思います。その背景として、欧米豪の方が積極的にコミュニケーションを取るということが、地域の方の話を聞くとあるようです。欧米豪の方は、言葉が通じなくても、ハグなどで分かり合ってしまう面がありますが、対アジアにはそれがありません。また、欧米豪では秘境感や素朴さに価値を見出す人が一定数います。欧米豪は、来訪者数としては少ないのですが、そういった方に上手に訴求して単価を上げる努力をすべきだと思います。

最後に、自然災害などが頻発し、国際的な緊張関係の高まりや疫病の発生もある現在では、インバウンドは変動が大きく、それに著しく地域経済が依存することは大きなリスクであると思います。

インバウンド観光を通じた地域活性化

—日本の労働力人口が減少していく中で、先ほどお話のあったIoTなどによる生産性向上が非常に重要だと思いますが、先生はどのようにお考えでしょうか。—

(清水氏)生産性を上げるためには、インプットの削減とアウトプットの増大が必要です。インプットでは、人件費が一番大きいと思います。旅館では宿泊管理の台帳自体、紙のところもまだあり、それを電子化するだけで業務を減らすことができそうです。そうすれば、宿泊客の満足度を高めるための取組に人的リソースをもっと割くことができます。また、1つの旅館で様々なサービスを提供すると、人を多く投入することになります。そのため、宿泊部門と食事部門と明確に分ける泊食分離も有効だと思います。例えば、地域内では特産品は共通しますが、旅館ごとに出す料理を変えて、お客様が宿泊する旅館以外の食事も利用できるようにするなど、地域全体でリソースを分散させることも必要でしょう。

一方で、アウトプットの増加には売上の上昇が必要だとすると、1泊当たりの単価、1人当たりの支払額が重要になります。例えば、おもてなしにより顧客の満足度が上がれば、1泊当たりの単価を上げても来ていただけるかもしれません。また、デジタルマーケティング等を使って顧客のニーズを正確に読み取り、個々人に合ったサービスを提供し、1泊当たりの単価を上げることも考えられます。

—どういった方が地域で旅館といった事業を継承していくと、地域がより良くなっていくと思われますか。—

(清水氏)地域の人で対応できない場合は、外から人を入れることになります。それが旅館再生事業者でも個人でも、やる気のある方が入ってくることが必要です。また、ある程度の再設備投資、リノベーションを行う必要が生じるので、それが可能な人に限られます。

地域で元気のある施設にとっては、周囲も栄えてもらう必要があり、地域内で支え合うための基金なども有用だと思います。ただし、現状では、積極的に大手の事業再生のフレームに入るのが一番効果的かもしれません。

外国の方が進出することも考えられます。例えばニセコや白馬ではそういったことが起きています。ただ、その場合も利益がなくなった瞬間に逃げられないよう、地域への愛情を持った外国の方に入っていただく必要がありますね。

—インバウンド観光客の訪日目的が様々ある中で、地方へ観光客を呼び込むための方策としては、どういったことが考えられるでしょうか。—

(清水氏)魅力があれば、アクセシビリティーの制約はある程度乗り越えられると思います。例えば、ヨーロッパの方では秘境感を求め、不便だからこそ良いという方もいます。ただ、アクセスが悪いだけではなく、魅力があるからこそ行っているわけです。魅力を生み出してそれを維持できれば、あとはマーケティングやプロモーションの問題であり、明確な誘客戦略をつくることができるはずです。こういった地域では人数を増やすことは難しいかもしれないですが、心に刺さった人に来てもらい、今まで以上にお金を使ってもらうことができれば十分だと思います。

これも仮説になりますが、今は、対欧米豪、対中国、対東南アジアといった国籍で市場を見ています。しかし、もっと世界で人の流動が増えると、その地方の歴史、文化、景観、農水産物が一体となって生み出すストーリーを重視する方とそうでない方に分かれてくるのではないかと思います。都会だけではなく、地方でそういう方をもっと増やしていくことができれば、各地域でもっとお金も使ってもらえるのではないかと考えます。

また、支払額を増やすには、泊まってもらう必要があるので、宿泊拠点の充実は必須です。そのためには、アクティビティーの導入や充実も重要です。地方では、飲食店が早く閉まることがよくありますが、これは地元の人が夜に飲食店に行かないためです。前述のストーリーを重視する方は、地元の人と同じことをしたいという傾向があるので、まず、地元の方がアクティブになる必要があると思っています。

また、今後は、地域全体で環境に優しいことを実践しているところにインバウンドが集まるかもしれません。

—首都大学東京の矢部先生の研究では、日本人スタッフの情報や地域からの情報発信など、日本で得た情報がリピーターに効果があったということですが、その点について先生はどんな考えをお持ちでしょうか。—

(清水氏)SNSだけではなく、滞在先で関わった人との関わりの中で、誘客できる可能性はあります。自分が信頼できる人、好感を持っている人からの情報は、重視する傾向があるのではないかと思います。

—その他にインバウンドを通じた地域活性化を図っていくために必要な取組について、先生のお考えをお聞かせください。—

(清水氏)1つ目は、人材です。教育が必要であり、インバウンドに対応できる専門家を業界として育て、地域のアドバイザー的な役割を強化しなくてはいけません。大学や観光系の団体が思い思いに様々な教育プログラムを提供していますが、その効果検証を業界全体で考える時期に来ていると思います。

2つ目は、地域のライフスタイルです。これは、重要な観光資源の1つです。地域住民がアクティブに自分たちの生活を楽しんでいなければ、観光客をリピーターとして再度呼び込むことは難しいと思います。

また、日本人観光客が訪問することの延長にインバウンドがあると考えるのが自然ですが、現在様々な観光施策はインバウンド向けのものになっています。日本人の旅行も活性化した上で、外国人観光客数を伸ばしていくという発想も必要ではないかと思っています。

3つ目は、モビリティーです。今、多くの観光地で二次交通(観光地内で動くための交通)の不足に悩んでいるのです。二次交通が充実しなければ、いくら資源が優れていてもそこを容易に訪問できません。日本の多くの地方観光地は、自家用車での移動が前提となっており、観光客が公共交通で自力で動ける環境づくりが根本的に重要です。ライドシェアなども積極的に取り入れていくことが必要だと思います。なるべくタクシー事業者やバスの運行に支障を来さないように、地域の人がタクシードライバーのようになる世界は、観光地には必要だろうと思います。ただし、観光客の動線と地域住民の生活動線がそれほど一致していない可能性があります。そうすると、地域住民がタクシードライバーのように機能する必要があり、タクシー事業者との軋轢を調整する必要が出てきそうです。

MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)のように、ICTを活用して交通サービスを統合化する取組を進め、アトラクションやコンテンツも含めて一体のパッケージとすることも重要です。公共交通的なサービスを使って訪問すれば、交通に係る支出が減りますので、減った分の一部を地域産品の購入に回すといったことにつながるかもしれません。

—顧客に合ったサービスを提供し、高付加価値化を図ることが重要とのご指摘ですが、そのためにはデータ分析が必要と思います。地域でデータ分析を行う担い手や方法についてどのようにお考えでしょうか。—

(清水氏)高度な分析になると専門家やコンサルトが入らないとできないと思います。観光に詳しいデータサイエンティストはほとんどいないと思いますが、データサイエンティストと、観光に詳しい人材をどうやって組み合わせるのかが課題です。そのために、データサイエンティストと地域の間を適切につなげる人材を、業界として育てていかないといけないのではないかと考えています。

加えて、日本の観光学は、多くの大学では文系の扱いになっています。そういう環境では、観光に興味のあるデータサイエンティストに、もっと観光の分析をやってもらうということが必要だと思っています。

—地域全体でデータ蓄積することが有用であっても、現実には個々の旅館の電子化も十分ではありません。例えば地域の中で旗振り役を決めて、ITの専門家とつながるといった形をとることは効果的でしょうか。—

(清水氏)効果的だと思います。実際に、地域の中でそのような意識を持った旅館の方が、旅館組合をリードして地域の旅館のデータを集めて、数日後に統計として公開している地域もあります。そのため、地域の観光地域づくり法人(DMO)が大幅にスキルアップし、そうした機能を担えるようになることが重要です。

—人材育成の主体としては、大学、国や地方自治体などがありますが、どこが努力していくべきでしょうか。—

(清水氏)産官学が一致団結して人材育成を行うべきだと思います。一番の問題は、カリキュラムがしっかり整備されていないことです。何を最低限教えれば良いのかという点が、業界としてしっかりと固まっていないと感じています。また、社会人教育については、現在の担い手がそもそもどんなスキルや知識を持っているのかも分かっていません。

大学は、今の学生が業界の最前線に立つのは10年後位になるので、今の教育内容が10年後の需要に合っていない可能性は否定できません。また、海外と比較して、経営系教育組織の定員比率が低いようです。欧米豪や中国、韓国では、観光学教育組織は6割程度経済や経営系に入っていますが、日本では2~3割のようです。また、地域づくりも経営に関わる重要な課題ですが、地域づくりの理念や手法の教育を受けた学生が少ないことも問題だと思っています。

(本インタビューは、令和2年1月31日(金)に行いました。)

画像:インタビューの様子