生活満足度の観点からの経済社会構造の「見える化」・政策運営への活用

  • 小塩 隆士
  • 一橋大学経済研究所 教授
  • 聞き手:内閣府経済社会総合研究所上席主任研究官(前政策統括官(経済社会システム担当)付参事官(総括担当)) 西崎 寿美

近年、国際機関等において、GDP等の経済指標で捉えられない人々の幸福や満足を描き出す試みが活発化しています。内閣府では、「満足度・生活の質に関する調査」を実施し、「満足度・生活の質を表す指標群(ダッシュボード)」を作成しています。その暫定試案が2019年7月に公表されていますが、本年9月にその改定を行いました。withコロナの暮らしについて、満足度の観点からの分析も行っています。

今回は「満足度・生活の質指標群に関する研究会」においてダッシュボードの策定に携わられました、小塩隆士 一橋大学経済研究所教授にお話を伺いしました。

生活満足度の重要性と政策への活用

画像:一橋大学経済研究所 教授 小塩 隆士
(小塩教授)

—満足度、well-beingという観点から経済社会を把握し、政策運営に活かしていくことの重要性について、先生のお考えをお聞かせください。—

(小塩氏)生活満足度(以下「満足度」)やwell-beingは非常に重要な指標ですが、マクロ経済運営の基本になるのはGDP、失業率、CPIといったマクロの経済指標であるという点に変わりはありません。満足度やwell-beingの指標があるからGDPや失業率を見なくて良いということでは決してありません。満足度の指標により、マクロの経済指標では抜け落ちてしまうものを丁寧に拾っていくことが重要だと思います。マクロの経済指標を見る際には、各自の効用関数が一定で、効用が比較可能であり、加えて誰の効用も一律に扱うという、かなり厳しい想定が必要になります。その想定は計算をする上では良いですが、抜け落ちてしまう要素もあり、そこを満足度やwell-beingで見られれば良いと思います。

同じ経済状況や経済政策の下でも、日常で起きる問題点、未解決のまま残っている問題点がありますが、満足度指標により、そうした点を抽出することが期待できます。一例として、非正規労働者の人たちの満足度は、所得要因をコントロールしても低くなります。その要因を考えると、例えばセーフティネットから抜け落ちるのではという心配や、将来不安といった問題点が浮かび上がります。そうした問題点を抽出するためにも、満足度指標は非常に重要だと思います。幸福度を比較したり合計したりすることには無理がありますので、マクロの経済指標を補完する役割を満足度指標が担うということです。

—満足度・生活の質を表す指標群(ダッシュボード)を政策運営や政策評価に活かしていくためにはどうすれば良いでしょうか。—

(小塩氏)今回、総合的な満足度を分野別の主観的満足度に分解し、さらにそれに関係する客観的な指標をリンクするという工夫をしています。これには3つのメリットがあると考えています。

1つは、どの分野に問題があるのかが分かることです。2つ目は、総合的な満足度に対するそれぞれの分野のウェイト付けができることです。最後に、分野別の満足度の下に具体的な指標を設定しているので、ある分野で人々の満足度が低い場合、具体的な指標を動かすような政策により分野別の満足度を変化させ、全体の満足度に影響を及ぼすことができます。政策変更の方針や評価が行いやすくなるという点は、一番重要と思います。

満足度に関する指標は都道府県のランク付けに使われることも多いですが、満足度はそれぞれの都道府県の他と比べての問題点の抽出や、その解決のための政策立案に使うべきであり、ランキングはあまり意味がありません。今回の指標では、総合満足度、次に分野別の主観があって、さらに都道府県レベルで見ており、構造として非常にすっきりしていると思います。ただ、全ての具体的な指標をタイムリーに収集できるわけではなく、昔のデータを使わないといけない部分がありました。ぜひタイムリーに統計を整備していただきたいと思います。

作業の単位は都道府県ではなく市町村の方が良いのではないかという議論もあります。私は市町村レベルの方が良いのではないかと思いますが、スタートラインとして都道府県中心に行うことは良いと思っています。

—経済財政一体改革を進める上で、歳出削減・効率化だけでなく、国民の満足度・well-beingを高めることもワイズスペンディングの大きな要素だと考えますが、ダッシュボードを経済財政一体改革を進める上でどのように活かしていくべきでしょうか。—

(小塩氏)経済財政一体改革は、経済成長と両立する財政健全化を目指すという非常に重要な政策課題ですが、プライマリーバランスを2020年代に黒字にすることの国民生活にとっての意味は、人々はよく分からないと思います。そのため、財政健全化を目指す政策によって国民生活がどのように変化するのかをきめ細かく見るためにも、満足度の指標は非常に重要になってきます。満足度指標の上下に一喜一憂するのではなく、問題点を探る上で重要だということです。

最近はEBPM、つまり、エビデンスに基づく政策立案も言われており、経済・財政一体改革推進委員会の下に置かれたEBPMアドバイザリーボードのメンバーに私もなっています。EBPMではRCT(ランダム化比較実験)の利用可能性がよく注目されますが、日本で本格的に行うのは非常に難しいと思います。しかし、今回のように都道府県別の主観やその下にある指標を見れば、都道府県による政策の違いが人々の満足度に及ぼす影響が見えてきます。そうすると、EBPM的な観点からも政策の効果が評価しやすくなります。また、この満足度調査を今後パネル調査として続ければ、満足度の変化をデータとして取れることになり、政府が今進めているEBPMにも一定の役割を果たすのではないかと自負しております。

ダッシュボードの特長や今後の課題

画像:内閣府経済社会総合研究所上席主任研究官(前政策統括官(経済社会システム担当)付参事官(総括担当) 西崎 寿美
(西崎上席主任研究官)

—今回の分析で面白いと思われた点を教えて下さい。—

(小塩氏)都道府県ごとに満足度や関連指標を数値化し、それを地図に示すという視覚的に分かりやすい工夫がされたことは、まさしく「見える化」であり、非常に面白いと思います。これにより、主観的な指標と客観的な関連指標に基づく都道府県の属性がかなり相関していることが分かりました。満足度は主観的なものですが、客観的な裏付けがあると思いました。

満足度の有意確率を出し、全体から有意に上下に離れているところを見せているのも面白い点です。特に地図上で青い(平均と比較して有意に低い)都道府県に対しては「アラーム」になっています。しかも、統計的に見て有意な客観的な指標に基づきますので、政策に対する非常に重要なインプリケーションを持っています。

また、満足度と具体的指標の間の相関関係を示した図もあり、非常に分かりやすいです。クロスセクションですので因果関係は分からないのですが、直感的にも理解しやすい形で示されています。

健康満足度と平均寿命やスポーツ行動者率との相関を示した図で少し気になる点があります。満足度は個人の平均、平均寿命やスポーツ行動者率は地域の平均で示され、そこにプラスの相関があることは直感的にはよく分かりますが、それをどのように解釈すべきだろうかと思いました。「スポーツ行動者率が高い県に住む回答者ほど、スポーツ行動を行っている可能性が高いはずなので、スポーツ行動と健康満足度のプラスの関係を反映している」のか、「スポーツをする・しないに関係なく、スポーツ行動者率が高い県に住むことで健康満足度が高まる」のかという区別が必要です。個人の行動の影響を除いて、なおかつ地域の属性がその人の満足度に影響を及ぼすのかというのは非常に興味深いテーマです。

また、テクニカルですが、地域の属性を一つの指標にまとめるときに、主成分分析の第1主成分でまとめても、z値の単純足し上げでも。満足度との相関がほとんど変わらないというのは面白い知見だと思います。

—現在のダッシュボードについて、足りない視点についてもご指摘下さい。—

(小塩氏)今回含まれていない点の中では、格差や貧困の問題に対する人々の受け止めは重要と思います。今回分析している11分野は、自分自身と社会の関わりと、世の中の在り様に関するものとの2つに分けられると思います。健康は自分自身の問題ですが、格差や貧困は世の中の「在り様」(ありよう)です。みなさんは平等な社会や貧困者がいない社会が良いと考えますが、それは他人と比べた自分の所得や自分が貧困に陥っているかということとは次元が違う話です。

不平等な社会を放置して良いと考える人も是正すべきと考える人もいますが、そういった思いは、自分自身の経済状態の影響をコントロールしてもまだ残るものです。そういった点からいえば、格差・貧困は満足度に影響を与えているのではないかと思います。

また、「生活の楽しさ・面白さ」は全体の満足度と区別がしにくいかもしれませんが、面白いテーマではないでしょうか。人々が楽しく暮らしている場所に住むと自分も楽しく満足度が上昇するということはあると思います。概念を整理して、ダッシュボードとは別立てで「楽しさ」を分析することも面白いと思います。

withコロナの暮らしと満足度

—新型コロナ感染症拡大の中で、今回、5~6月に緊急調査を実施しました。調査結果を見ると、全体で感染拡大前と感染拡大後では満足度が大きく低下しているだけでなく、年代や性別、働き方によって満足度の変化も大いに異なっていることがみてとれました。先生が今回の調査で面白いと思われた点を教えて下さい。—

(小塩氏)個人的に最も興味深かったのは、家族と過ごした時間の増加と子育て満足度の関係です。男性は、家族と過ごす時間が増加した方が子育て満足度の低下幅が小さい。一方、女性は、家族と過ごす時間が増えた方が満足度の低下幅が大きくなっています。また、夫の子育てにおける役割が増加すると、満足度の低下幅は男女ともに大きく縮小します。これは男女共同参画の在り方にも大きな示唆があるのではないでしょうか。クロスセクションでも、夫が子育てに参加すると妻の満足度が高まることは予想できますが、今回のようにショックを与えて人々の行動が変化した結果をみるというのは一種の「社会実験」ともいえます。今回の分析で見られた男女間の差は、国民がそうではないかと思っていたことを、一種の社会実験ではっきり見せており、非常に面白いと感じました。

政策との関係では、テレワークを実施している人の方が仕事満足度の低下が限定的であるという点も重要です。自宅で仕事ができるのなら、通勤時間を短縮でき、子供の面倒もみやすいということで、テレワークの重要性が改めて確認されました。これは政府が進めている働き方改革にとって、テレワークが重要であることを示唆していると考えます。

また、日英間の比較で、世代間の満足度の変化が全く逆になっている点も興味深いです。英国では高齢者の感染拡大後の満足度の低下幅が小さいですが、日本では逆になっています。

—来年2月にも満足度調査を実施する予定ですが、withコロナに関連した継続調査も含め、特に質問すべき事項として、何があげられるでしょうか。—

(小塩氏)継続調査は、withコロナの時代の人々の行動変容や、ショックが発生した時の心理的なアダプテーション(適応)を見る上で重要です。例えば病気でも診断された際にはショックを受けますが、治療を受けながらその状況に慣れていくプロセスがあり、それがアダプテーションです。同様に、心理的なショックを受けた場合も、そのショックが徐々に軽減(場合によっては悪化)していくプロセスは、みなさんも感じたことがあると思います。そういった変容を調べることは重要と思います。

そのため、あまり質問項目を変えずに同じ項目で継続して調査すべきです。継続調査であれば、アダプテーションのペースの個人間の違いについての分析もできるでしょう。最近、研究者の間でも、コロナによる人々の行動変化をクロスセクションで見る調査が次々実施されていますが、長期的な行動変容を見ていくことが重要だと思います。

もう一つは、人々の受診行動がどうなっているかという点です。小児科と耳鼻科が外来の人が減って、収益が悪化しているとよく言われます。その背景として、コロナを警戒し、やむを得ず医者にいくことを控えたという方もいると思います。一方で、自分の病気は市販の薬で対応すれば十分であり、医者に行く必要はないと思われて行かなかった方もいると思います。この違いは、医療政策を考える上で非常に重要だと思いますので、可能であれば受診に関する質問があると良いと思います。

今回の調査データを活用した研究

—報告書の中では「満足度・生活の質に関する調査」のデータを活用した分析を紹介しております。先生に分析いただいた調査も2つございますが、今回の調査データを活用した際のデータの面白さ、足りない点について教えて下さい。—

(小塩氏)今回の調査データを活用して2本論文を書いています。一つはSNSの利用に関するもので、SNSを通じた人々のつながりが満足度に与える影響についての分析です。このタイプの分析はこれまでもあるのですが、研究者が自分の教えている学生をサンプルにしているといったことが多く、全国レベルの大きいサンプルは非常に珍しいと思います。SNSの利用は基本的に満足度を高めますが、その高まりは頭打ちになることや、SNSでのつながりにより、何かあったら助けてもらえるという気持ちの広がりといった社会的サポートの媒介効果が満足度につながることが確認できた点は面白いと思います。

もう一つは、地域レベルの属性と健康意識の関係に関するものです。それほど大きな影響ではありませんが、個人の属性をコントロールしても、地域属性が個人の健康意識に影響を及ぼしています。

今後さらに進めるべきテーマとしては、「他人との比較」の満足度への影響があると考えます。その地域に住んでいる平均的な人と比べて劣っていると考えると、主観的なwell-beingに影響を及ぼす可能性もあります。

もう一つ取り組みたいと思っているのは、地域の具体的な属性とは別に、その属性に関する主観的な評価が生活満足度に影響するかという問題です。例えば、治安の悪いところに住んでいればwell-beingが悪くなるでしょう。人々が治安の悪さを例えば犯罪件数といった形で客観的に把握し、それがwell-beingにマイナスの影響を与えているというのが一般的な説明です。しかし、そういった客観的な属性の影響をコントロールした上でも、治安が悪いと感じることが満足度を押し下げるのかという点を研究することは面白いと思います。環境心理学という分野があり、そうしたテーマを扱っています。治安についてのいろいろな質問もしているので、今申し上げたような分析もできるのではと考えています。

調査継続の意義・積極的な発信

—内閣府では定点的に毎年、満足度調査を継続して実施したいと考えております。内閣府が調査を継続する意義や調査方法等について改善点などについて、お考えをお聞かせください。さらに、地方自治体や国際機関に向け、積極的に発信すべきだとお考えでしょうか。—

(小塩氏)満足度調査のデータベースをホームページ上でオープンにし、簡単な申請書を書けば、一般の方もアクセスできるようにしたというのは、重要な仕組です。しかもそれを迅速に行っていただいたことは、ありがたいです。これは非常に重要な公共財だと思います。政府が税金を使って集めたデータをオープンにすることで、政策担当者や研究者が独自に研究できる環境が整いました。政府と違うアプローチで分析し、政府の見方と比べることもできます。他の調査でもぜひ推進していただきたいです。

また、この調査をぜひ縦断調査にしていただきたいと思います。コロナの前と比べていかがでしたかという聞き方をするとバイアスがかかります。そうではなく、同じ質問を何回も繰り返して聞いていくことの意味は大きいと思います。パネルにすると、いろいろな属性の影響をコントロールした分析を行うことができます。

地方自治体の方もデータを使えるので、今回の報告書をみて、自分の自治体がどうなっているのか調べることもできるようになっています。データの収集・使用は、自治体レベル、特に市町村レベルでは予算面などから制限があると思います。今回のようにデータがオープンになることで、自治体の方が自分の地域の政策と主観を絡めて評価し、問題点を探し出すことができれば、それは大きな意味があります。

政策立案や評価をつねにデータにも基づいて行うというのは一つの文化だと思います。EBPMが文化としてしっかり定着していれば、安易な都道府県別ランキングに走ったりすることはなくなるでしょう。この満足度調査はその限界を破る一つのきっかけになるかもしれません。

OECDのダッシュボードは、スタートラインとして私たちも参考にしていますが、主観と客観が入り交じっている点で内閣府のものと異なります。全体の主観があり、次に分野別の主観、さらに客観指標につながっているというアプローチの仕方は、内閣府の方が一歩進んでいます。内閣府のダッシュボードは各国で利用できる共通の「テンプレート」として利用可能であり、内閣府の国際貢献の一つとして国際的にアピールできると思います。

(本インタビューは、令和2年11月9日(月)に行いました。)

画像:インタビューの様子