コロナ危機と日本経済の課題

  • 小寺 信也
  • みずほ総合研究所 経済調査部 主任エコノミスト
  • 遠藤 裕基
  • 浜銀総合研究所 主任研究員
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官補佐(総括担当) 坂井 潤子

2020年11月、政府は「令和2年度年次経済財政報告」、いわゆる経済財政白書を公表しました。白書では、新型コロナウイルス感染症(以下、感染症)の影響により、急速な景気の悪化を経験した日本経済の動きを振り返った上で、感染症拡大の下で進んだ柔軟な働き方・働き方改革や女性の就業と出生を巡る課題と対応について分析しています。さらに「新たな日常」に関連して、デジタル化による消費の変化や投資の課題についても取り上げています。

今回は、小寺主任エコノミストと遠藤主任研究員に、白書で取り上げた日本経済の課題についてお話を伺いました。

新型コロナウイルス感染症の影響と日本経済の課題

画像:みずほ総合研究所 経済調査部 主任エコノミスト 小寺 信也
(小寺主任エコノミスト)

—日本経済は感染症の影響を受けて大変厳しい状況に陥りましたが、持ち直しの動きもみられます。足元では感染者数の増加もみられ楽観視はできませんが、そのような中で日本経済の回復に向けたリスクとしてどのようなものがあるとお考えですか。—

(遠藤氏)感染の再拡大による海外のロックダウンや、国内では、経済活動が大幅に制限される緊急事態宣言といった事態が再び起こることが最大のリスクだと思います。特に、これまで輸出が持ち直してきていましたが、海外で再度ロックダウンとなると、製造業も再びダメージを負います。企業も、不安心理が高まれば、雇用や設備投資を抑制する可能性があります。

そういったリスクが顕在化した場合、特に雇用・所得情勢の悪化が懸念されます。現在、人件費調整の大部分は非正規雇用、残業代、ボーナスの減少で行われていますが、不安心理が高まると、賃上げや新卒採用に悪影響を及ぼし、今後の緩やかな経済回復の重荷になります。

中長期的な目線では、新卒採用の抑制は特定の世代を苦境に陥らせ、格差の問題につながりかねません。日本の労働市場は、高校や大学の卒業年の景気次第でその後の労働条件・就業状態が変化する面があるので、そうした点にも注意が必要です。

(小寺氏)感染再拡大となれば、不確実性や不安心理が高まり、設備投資が一層抑制されてしまいます。また、対面の制限等により、学校・大学の教育や新入社員の研修等が効果的に実施できず、人的資本の毀損につながる可能性もあります。これらの要因は、生産性・潜在成長率を低下させるリスクがあるため、注意が必要です。

海外から受ける影響もポイントです。例えば、新興国や途上国でも景気が悪化しており、積極的な財政出動や金融緩和が行われていますが、こうした国での政策の持続可能性に対する懸念が強まると、財政・金融危機につながることも考えられます。海外で感染が収まらず、企業倒産の増加による不良債権が積み上がることで、通貨安やそれに伴うデフォルトが起これば、日本を含めた世界経済全体に影響を与えます。コロナ危機は、リーマンショックと異なり金融危機ではないですが、財政・金融危機に波及するリスクがあるため、国際協調も非常に重要になってくると思います。

また、特に低所得者や社会的立場が弱い人がコロナ危機の影響を受けているという意味では、格差拡大につながるおそれがあり、社会不安の広がりを通して、成長率が思うように回復しない不安定な状況に陥るリスクもあると思います。

—感染拡大防止と経済活動の両立を図っていく中で留意すべき点について教えて下さい。—

(遠藤氏)感染拡大防止と経済活動では、バランスが一番大事であり、どちらかに極端に振れることの危険性を認識しておかなければなりません。経済活動の過度な抑制は、倒産や失業者の増加にもつながりますが、過去を見ても失業率と経済・生活問題での自殺には高い相関があると言われています。失業者を増やさないためにも、感染拡大の状況に合わせて少しずつ経済の制限や政策の変更などを行っていくことが大事だと思います。

ただ、感染拡大の状況によっては、経済活動を再度制限せざるを得ませんが、その際には思い切った経済対策を改めて打つ必要があると考えます。その場合、4、5月の緊急事態宣言時の特別定額給付金といった一律給付ではなく、特にダメージを受けている企業や個人に重点的に手を差し伸べる必要があると思います。感染症の影響に関する分析は増えて来ており、どういった属性の企業や個人にダメージが集中しているのか、ある程度見えるようになってきています。例えば、労働政策研究・研修機構(JILPT)が公表している「若年者に厳しい新型コロナの雇用・収入面への影響」という分析では、若者ほど自粛などに伴う経済面での悪影響を受けており、それを取り戻すために経済活動をせざるを得なかった側面もあるとの見解が示されています。これまで積み重ねられてきた研究や分析に基づき、ピンポイントでの対策が重要ではないでしょうか。

(小寺氏)両立は難しい課題ですが、早期の感染拡大防止がその後の経済の落込みの縮小にもつながるため、感染拡大への早期の対処が重要です。また、経済への悪影響を最小限にとどめつつ、感染拡大を防止するには、テレワーク等のIT技術が効果的であったことが実証研究でも示されており、IT技術の活用も重要と考えます。

必要以上に消費者心理を冷え込ませないこともポイントです。人々が必要以上に感染症を恐れると、消費者マインドが下押しされ、一層の消費低迷につながります。不安感の軽減に向けては、政府による信頼性のある情報発信や対応も大事です。政府が国民に対して、対策を進めていることを明確かつ透明性のある形で示すことが、感染症拡大下での恐怖意識の低下につながることを示唆する研究もあります。日銀が市場に対して行うコミュニケーション政策と同様に、政府が消費者マインドに働きかけることも重要ではないでしょうか。

デジタル化による消費の変化とIT投資の課題

画像:浜銀総合研究所 主任研究員 遠藤 裕基
(遠藤主任研究員)

—感染症拡大によりこれまで以上にEC(電子商取引)消費が活性化していますが、注目すべき動向やデジタル化の進展に伴う課題などについてお聞かせ下さい。また、日本のIT化の遅れやIT人材の不足について、有効な方策や諸外国に学ぶ点等があれば教えて下さい。—

(小寺氏)デジタル化で注目すべき動向としては、利用者が増える中で、高齢者の利用が進んでいる点が指摘できます。また、これまでIT化があまり進んでいなかった日本で、営業や打合せでITを使わないといけないという意識が高まることで、IT投資が進み、生産性向上が期待できるというポジティブな面があると思います。

一方、デジタル化が急速に進むと、セキュリティ対策などで見落としや不備が出てくることは課題として挙げられます。また、情報技術に弱い高齢者が、自身の意思とは違うことをインターネット上で行い、不利益を受けてしまう可能性にも注意が必要でしょう。さらに、デジタル化により雇用の二極化が進む可能性があることも課題です。定型業務がITに置き換わる一方、人々のスキルが向上しなければ、格差拡大の懸念が高まります。

(遠藤氏)デジタル化が進むと失われる可能性がある仕事としては、例えば、対面での販売の仕事があります。雇用の流動性が高い経済であれば、その職種がなくなっても、別の職種に移って仕事をすることができますが、日本の労働市場は外部労働市場が未成熟なところがあり、労働移動が簡単ではありません。

さらに、違う職種に就くにはその職種に必要な能力も身に付ける必要があり、そのために社会人になってからも勉強をする、いわゆるリカレント教育の普及が必要ですが、日本では普及しているのか疑問です。リカレント教育に関する問題は、例えば、雇用保険の被保険者で一定の要件を満たす人に給付金が出ることや、2019年10月からITスキルなどキャリアアップ効果の高い講座を対象とした給付金の給付率が2割から4割へ引上げられたことを知らない人が多い点です。こうした給付のサポート体制について、政府はきちんと発信し、周知していくことが大切だと思います。例えばアメリカでは、社会に出た後も含め、大学院に通い自分の能力を高め、より高い位置の職種に移ることが当たり前です。それに対して日本は雇用の流動性が低く、そうした動きが広がりません。難しい課題ですが、生産性上昇のためにもリカレント教育は重要ですので、そうしたことが企業の中で評価される仕組づくりは必要だと思います。

(小寺氏)IT人材の関連では、プログラミングの重要性がよく指摘されています。IT人材に必要な事項にプログラミングは含まれますが、プログラミングはツールでしかありません。問題解決やコミュニケーション能力、論理的な読み書き能力等のスキルとセットでなければ役立ちません。データ処理や分析も、プログラミングだけですぐにできるわけではなく、データの特性やバイアス、分析手法の適切性を考慮して行う必要があり、非常に複合的な能力が必要とされます。組織として、トップも含めてITを正しく理解することが重要だと思います。

(遠藤氏)目的が明確化されていない状態でIT人材だけ採用するというのでは意味がありません。IoTやDXなども真新しい概念ではなく、ITの有効活用は長年指摘されています。人材や機器の導入が目的ではなく、それらの導入でどのように生産性を上げたいのかといった点をしっかり考えることが大事だと思います。

働き方改革や女性の就業

—政府も、女性や高齢者の就業促進や働き方改革を進めていますが、男性の長時間労働や有給休暇取得率の低さは依然として課題です。感染症拡大を契機に、テレワークの促進や男性の家事・育児への参画がみられますが、こうした動きが一層浸透し、個人・経済全体双方にプラスになるためには、どのような取組が必要でしょうか。—

(遠藤氏)残業時間の少なさを積極的に評価している企業の方が、実際の残業時間が短くなるという白書で示された分析は興味深かったです。日本企業は、残業をプラスに評価する風潮があり、労働者側も残業により高い評価や残業代を得ることができるため、残業を止めるインセンティブがありません。「残業=高い評価」ではないと、企業のトップが示すことが、残業を減らす上で非常に重要なのだと思います。

日本的雇用慣行は、年齢とともに能力が上がることを前提とした給与体系や、残業の多さで頑張りを示すなど、評価の基準が曖昧と言われています。この問題への対応は一朝一夕ではできないですが、今回のように残業時間を強制的に短くする方針を法律などで打ち出せば、企業もそれに合わせて行動します。実際に残業の長さを評価しない取組を行う企業が出てきているので、こうした取組をさらに進めていくことは重要だと感じます。

労働時間と生産性の関係ですが、今回の白書の分析では、残業時間は減少しても生産性への影響はみられなかったということだと思います。こうした分析を基にさらに政策を推進するのであれば、もう一段残業時間の上限規制を引き下げるなど、さらに残業をさせない形にしていくことも有効ではないでしょうか。ただし、その際には、生産性への影響など、政策の効果の検証をしっかりと行いながら進めていくことが求められます。

また、サービス残業の増加という問題は考えなければなりません。連合の「テレワークに関する調査2020」によると、テレワークを行った人のうち50%程度が出勤してオフィスにいる時よりも長時間労働になったと答えています。テレワーク環境が整わない中で急にテレワークを始めたため長時間労働になったという、やむを得ない部分もあったと思いますが、一方で、プライベートと仕事の境の曖昧さが長時間労働につながっている側面も見られます。さらに、テレワークでの残業や休日出勤の実施について、6割程度の人が会社には申請していないと答えており、サービス残業の増加はテレワークを行う際には考えなければならない課題だと思います。

働き方改革により、労働時間の客観的かつ厳密な管理が進んだと思いますが、それを一段と強化する必要があるのかもしれません。特に中小企業は、労働時間の客観的管理が不十分なところが多いので、客観的な把握が可能となる機器の導入を促すために補助金を交付したり、監督・取締機能を強化したりして、サービス残業が増えないようしていくことが大事です。

(小寺氏)遠藤さんも指摘されたように、職場の評価と意識はつながっていると思います。男性が育児休暇を取得すると頑張っていないと見られ、評価にマイナスだとすると、育児休暇を取得するインセンティブは減ります。女性の場合も、育児休業の取得が昇進にマイナスになるのであれば、子供を産むことを選択しない人もいると思いますし、女性活躍の面から社会と企業両方にとって非常にもったいないと思います。制度の活用が不利になるということをなくす必要があります。

子供が生まれた際に離職し、その後再び労働市場に戻ろうとする時に、労働市場の流動性が低く、戻った場合は新卒と同様の扱いであれば、戻るインセンティブはなくなります。子供を産んで一旦離職しても、戻ればまたかつてと同様のキャリアが積めることが分かれば、女性もより活躍しやすくなります。意識、雇用、待遇といったことを全てセットで変えていかなくてはいけません。

(遠藤氏)子育てや不妊治療などを考えると、働き方改革による働きやすさの実現も大きなポイントになってきます。厚生労働省の「就労条件総合調査」(平成29年)を見ると、年次休暇の時間単位取得制度がある企業は全体の2割程度であり、不妊治療を受ける女性にとっては、治療の頻度などを考えるともう少し柔軟に休暇をとれた方が良いという話をよく聞きます。

家族とのプライベートな時間は、ワーク・ライフ・バランスの中でも重要なポイントです。働き方改革や長時間労働の是正を通じてプライベートの満足度を引き上げることが重要ではないかと思います。

—感染症の影響で来年の出生数は相当程度減少すると見込まれています。もともと未婚率の上昇や晩婚化、出産年齢の高齢化などが出生率の低下に大きな影響を与えていると考えられてきましたが、少子化対策についてどういった点に力を入れていけば良いと思われますか。—

(遠藤氏)結婚は強制するものではないですが、本当は結婚したいけれどもできないという人たちは助けるべきではないでしょうか。そのためには、若年層の所得水準の引上げが大きなポイントです。今後も所得が増えないと、家族を養えないと考え、結婚を躊躇してしまう人は、男性でも女性でもいると思います。

日本は、40~50代で住宅ローンや教育費の負担が非常に重くなっていると思います。一方、年功賃金により、40~50代で賃金のピークがくるように設計されており、これが日本型雇用慣行の最大のメリットといえます。しかし、近年は、年功賃金が揺らぎ、なかなか賃金が上昇しにくい状況となっており、先々のライフイベントでお金が足りないという問題に直面する人が増えています。

他方、例えば欧州では、高等教育が無償又は極めて低額であることや、中古住宅の活用などにより日本と比較してお金がかかりません。そのため基本的に賃金が30代でフラットになっても生活していけます。日本において年功賃金が形骸化すると、若者にとっては結婚がさらに難しくなると思います。日本で政策としてできることは、教育費を下げることです。高等教育の無償化を大胆に行うことで、40~50代の負担は重くないという方向性を若者に示すことが重要と思います。

今後の経済分析の課題

—今後、経済分析を行うにあたって、政府に対応してほしい点などがあれば教えて下さい。—

(小寺氏)政府には、統計調査の個票データの利用性を上げて欲しいと思います。民間は使える個票データがほぼありません。特に今回のコロナ危機では、各経済主体間で受けた影響の「異質性」が高いことが特徴です。例えば、家計間の消費に異質性があったとしても、GDPの個人消費では属性別の消費は分かりません。多くの統計調査でも、集計されたもののみが利用可能であり、どういった方が特に困っているのか知ることができません。

そこで個票データが非常に役に立ちます。個票データ等で異質性を考慮した分析を行うことで、今回の危機下で特に援助が必要な経済主体の把握に寄与すると思います。政府内でこうした分析が難しければ、個票データの利便性を高めることで、大学や民間企業が積極的に分析を行うようになると思います。コロナ危機では、個票データ活用の余地は非常に大きいと思います。

内閣府でもビッグデータを活用されていますが、政府の強みの一つは、民間ではなかなか担えないビッグデータに対するR&Dを実行できる点です。例えば、ビッグデータを活用した景気判断は、民間では収益性の点から困難ですが、政府なら一定の予算を投入して研究することができるため、積極的な関与が重要だと思います。

(遠藤氏)財政の問題も気になっています。今は緊急の状況なので一定程度の財政拡大はやむを得ないと思いますが、一方でいつか金利が急騰する場面が来るかもしれません。金利の急騰は、一旦発生すると国民生活に非常に大きなダメージを与えます。警戒の意味も込めて、分析を進めておくことは大事ではないかと思います。

世界銀行の松岡氏が今年6月に、国債の海外保有比率が20%を超えると金利が急上昇するリスクが高まるとするレポートを発表されました。日本の国債海外保有比率は9%程度ですのでまだ距離がありますが、今後少子高齢化が進行する中では海外保有比率が高まる可能性もあります。金利の急上昇など財政が危機的な状況に陥るまでの距離感といった分析は、将来のリスクに備える上で、特にこの時期だからこそ重要だと思います。

(本インタビューは、令和2年12月4日(金)に行いました。)

画像:インタビューの様子