骨太方針2021
日本の未来を拓く4つの原動力
~グリーン、デジタル、活力ある地方創り、少子化対策~

  • 柳川 範之
  • 経済財政諮問会議議員
    東京大学大学院 経済学研究科 教授
  • 聞き手:内閣府 大臣官房審議官 茨木 秀行

2021年6月、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2021」(以下「骨太方針2021」)を閣議決定しました。骨太方針2021の大きな特徴として、新型コロナ対策に万全を期すのはもちろんのこと、その先、ポストコロナの力強い成長に向けて、「グリーン、デジタル、地方活性化、子ども・子育て支援」の4つの分野に重点投資していくことを明確にしたことが挙げられます。

骨太方針2021の策定に向けては、経済財政諮問会議で活発な議論がなされました。今回は、経済財政諮問会議の民間議員のお一人である、東京大学大学院の柳川教授にお話を伺いました。

骨太方針2021について

画像:経済財政諮問会議議員 東京大学大学院 経済学研究科 教授 柳川 範之
(柳川教授)

―骨太方針2021について、その政策的な意義や、今後どのような政策が進んでいくことを期待されているかお考えをお聞かせください。―

(柳川氏)骨太方針2021で大事なのは、新型コロナ対策をしっかり進め、できるだけ早く収束させていく道筋をつくっていくことです。同時に、経済の大きな構造変化にどうやって対応していくかという問題意識の下で策定されたと考えています。

コロナが広がったことで経済をかなり収縮させなければならず、その結果として苦しい状況に置かれる方も増えている中で、経済の活性化は大事な課題ですが、同時に、デジタル化やグリーン化など、経済全体の仕組みや構造は大きく変わりつつあります。実はデジタル化の話は経済財政諮問会議でもコロナ前から議論しており、コロナ前から起きていた変化が、コロナをきっかけに急加速し、世界全体が非常に大きな構造変化を起こしつつある中で、どうやって前向きに、あるいは積極的に対応していくかということが問われています。

骨太方針2021は、そういう課題をしっかり見据えた上で、具体的にどう対処していくのかということが書かれていると理解しており、それが副題にもなっている4つの分野、グリーン、デジタル、地方活性化、子ども・子育て支援に具体的なフォーカスをされていると思います。

この4つの分野をさらに具体化して進めていくにはどうしたらいいかという話は個別論に入ってきますので、骨太方針2021を踏まえて、どのように政策を具体的に前へ進めていくのかが重要であり、同時に財政の問題などについてもしっかり考えなくてはならないと考えています。

グリーン

画像:内閣府 大臣官房審議官 茨木 秀行
(茨木審議官)

―4つの重点分野について個別にお話を伺いたいと思います。まず、「グリーン」については、世界的なグリーン投資ブームを呼び、大競争を生み出しています。日本も、大胆な投資戦略を進めていくこととしています。グリーン社会実現の政策的意義、私たちの生活に与える影響についてどのようにお考えでしょうか。―

(柳川氏)グリーン化の課題が出てきたのは、コロナをきっかけにして世界中で地球環境や温暖化に対する危機意識が高まったという背景があり、結果として、世界各国が非常に大きな方針転換をしつつあり、いろいろな形での基準づくりを始めています。そのため、日本は世界のルールに合わせた形で政策をつくっていかなければいけないし、できることであればより先導する形で進めていかなければいけないという大命題に対してどう対処していくかが問われています。

これまで環境問題はどうしても経済成長か環境重視かという二者択一で語られがちでしたが、骨太方針2021では、グリーン化や環境に対する積極的な投資が経済成長や経済の活性化にもつながっていくという点を大きく打ち出したところが重要なポイントだと思っています。

逆に言えば、両者が実現する方向で、規制やルールをしっかり見直していくことが鍵になります。企業が環境問題に一生懸命取り組むことで、望ましい投資を増やし、イノベーションを起こし、経済成長にもつながっていくという方向にうまく政策をつくっていかなければいけないと思います。

デジタル

―9月にはデジタル庁が発足しますが、デジタル・ガバメントの確立や民間企業のデジタル化の基礎となる基盤整備、そして全ての国民にデジタル化の恩恵が行き渡る社会をつくっていく必要があります。デジタル化が社会で効果を発揮するために必要な取り組みについてお考えをお聞かせください。―

(柳川氏)デジタル化は去年からかなり問題意識が深まってきた分野ですが、デジタル庁発足ということで具体的に仕組みが回り始めたというのが今年の大きな特徴だと思います。デジタル化が重要だという大きなメッセージにとどまるのではなく、具体的にどう進めていくのかが大きなポイントだと思います。

政策的に重要なことは、一つはデジタル化を適切に進めるためのルールづくりや規制改革を進めるということであり、デジタル庁が中心になると思いますが、個人情報保護とのバランスやデジタルで対応できる不必要な規制を改革していくことが必要です。同時に、単にデジタル技術を導入するだけではデジタル化は進まないと私は思っていて、業務の見直しや組織の見直しをしっかり進めてこそデジタル技術が生きてくると思います。

二つ目は、デジタル技術をうまく生かせるよう役割分担の再整理を含め行政の組織全体を再設計していくことがデジタル・ガバメントの非常に重要な点だと思います。当然、それは民間企業にも言えることで、民間企業もデジタル技術をうまく活用できる組織に変換していかなければいけません。これは政府が強制するわけではなくて、間接的にそういう方向へ促しつつ、官民両方で組織を変えていかなければデジタル化はうまくいかないと思います。

三つ目は、デジタルをうまく活用できる人材を社会全体で育てていくということです。これから日本を支えていく上では人材戦略、サイバーセキュリティーが分かる人材の育成も含めて、デジタル人材の育成は大きなポイントになると思います。

活力ある地方創り

―コロナを機に、地方への関心が高まっています。デジタル時代の地方への人の流れを支援することで、新たな地方創生の展開、東京一極集中の是正を図ることについて、どのようにお考えでしょうか。また、二地域居住を定着させる方策についてもお考えをお聞かせください。―

(柳川氏)コロナをきっかけにしてリモートワークやワーケーションについて割と抵抗感なく語られるようになりました。これは地域活性化にとって非常に大きなチャンスだと思っています。

各地域でもそれなりの数の人材が集まってくれば、相当活気が出てくるはずだと思います。日本が今抱えている問題は、日本全体でどんどん人口が減少する中で、地方から都市に人口が集中し、経済が徐々に活性化しなくなってしまうことです。地方に人が戻ってくれば活性化の余地は相当あるだろうと思っています。

その点では、IターンやUターンのように地域に完全に移住する人だけではなく、二地域居住という形で地方と都市を往来したり、東京で仕事をしながら地元に住んだり、もしくは、東京に住みながら地元でも仕事をしたりなど、いわゆる「関係人口」を増やしていくことが重要であり、いろいろな知恵や活力が集まることで地域は活性化していくのだろうと思います。

そうした流れを機に、地域でスタートアップをしやすい環境づくりができれば、地元のやる気のある若者に対して東京で経験を積んだ人たちがアドバイザーとして知見を補うなど、これまでにないスタートアップが立ち上がるかもしれません。また、例えば、東京の商社で働き、製品の輸出に関する知見がある人の経験談を聞くことで、自分たちの製品を輸出するなんて思いもしなかった地方の人たちが、じゃあ海外に出てみようかということを考えるようになれば、地方からの製品輸出などをより広げていく大きなきっかけにもなると思います。いろいろな形で新しい取組を進めていくことが重要でしょう。

違う面から言えば、このコロナをきっかけにeコマースなどが活性化したので、それを活用した地域活性化というチャンスも広がっているということです。デジタル化の環境変化みたいなことをうまく生かす形で地域を活性化していくということがこれからできてくると思いますし、そのための政策パッケージが織り込まれていると思います。

少子化対策

―今年の出生者数はコロナの影響もあって、80万人を下回るとの予測もありますが、子ども・子育て支援、少子化対策の必要性と今後の課題についてお考えをお聞かせください。―

(柳川氏)少子化対策が重要だということは、わざわざ骨太方針2021に書くまでもなく多くの人が認識している問題であり、そういった意味では、ほかの3つとは少し毛色が違っており、この命題は大事だということをしっかりハイライトをさせるという意味合いの柱となっています。

私は、子育て世代、これから結婚する若者を含めて、出産、子育てをする世代の人たちにいかに安心感を与えるかが決定的に重要だと思います。生活する上での安心感や将来の所得に対する明るい見通しがないと、子供を安心して産み育てるということはやはり難しいでしょう。一番の基盤は子育て世代の人たちにどれだけ明るい未来と安心感を与えていくかだと思っています。

その点では、出産や育児に対しての補助も当然重要ですが、その世代の人たちの所得が向上していくような能力開発、スキルアップをしっかりできるようにしていくことが本質的には重要だと思っています。自分たちがしっかり働いてしっかり稼いで育児に余裕をもって時間をかけられるような環境づくりが必要であり、そのためには能力開発が非常に重要ではないかと思っています。

4つの原動力を支える基盤づくり

―4つの原動力を支える基盤づくりとして、「人」への投資、チャレンジしやすい社会に必要なセーフティネットの強化などが掲げられています。柳川先生は、以前より、社会人の能力再開発、人が上手く動けるような社会、女性や若者が活性化して働けることの重要性などを指摘しておられますが、「人」への投資の重要性についてお聞かせください。―

(柳川氏)基盤づくりということで、この4つの原動力をしっかり支える上でも、それぞれ一人一人が能力を高めていくことは重要です。デジタルイノベーションを起こすのは人の知恵なので、デジタル人材をどう育てていくかが大事であり、また、地域で活躍できる人材をつくっていく必要があります。先ほどの少子化対策のところでも能力を高めていくことが少子化対策になるという話をしました。この4つ以外にも、経済が成長し活性化していくためには、非正規雇用の方が積極的に能力開発をでき、より高度な仕事に移っていけるような社会をつくる必要があると思います。中高年の人たちがセカンドキャリアをしっかり築けるという意味でも、人への投資は重要だと思います。

最終的には人が肝であり、適材適所で働けるような仕組みづくりがポイントです。しかし、非正規雇用の方が抱えている問題と、プログラミングやサイバーセキュリティーを教える高度なデジタル人材の抱えている問題では対策は全く異なります。また、中高年の人のセカンドキャリアのためのリカレント教育と、若者の失業者に対しての再就職支援も、体制や教育内容はやはり異なるだろうと思います。それぞれの立場に応じてきめの細かい政策対応をしっかり考えていかなければいけない、というところが大きなポイントであると痛感しています。

―特に若者世代、子育て世代がしっかり安心できる経済環境を作る必要性についてお聞かせください。―

(柳川氏)全体の人口バランスからすると、年配の方が多く今は若者にとってなかなか活躍の場所がないという面もあります。そのため、しっかり支援していくことが大事ですが、支援していくという見方だけでは後ろ向きだと思っています。若者のほうが力はあるし、若い人のフレッシュなアイデアが圧倒的に重要だと思っています。若者の発言を我々上の世代がしっかり聞き、取り入れていくという状況が必要であり、彼らが思い切り暴れられるような環境をつくっていくことが重要ではないか。そういうことを「若者円卓会議」の議論を通じて感じました。特に理系女子を増やすことの重要性など、若い方からフレッシュなアイデアが出てきたのは大きな気づきでしたし、非常に重要なことだと思います。

―グリーン化やデジタル化の加速とそれに対応した経済・産業構造の急速な変化、今回のコロナ危機のようなグローバルショックに対しての強靱な経済構造の追求、経済安全保障の視点を重視したサプライチェーンの見直しなどが急務となっています。戦略的な対外経済関係の構築や将来に向けた経済・産業構造の在り方についてお考えをお聞かせください。―

(柳川氏)グリーン化やデジタル化はまさにそうだと思いますが、世界で決まっていくルールが我々の経済の実態や方向性を大きく左右するということが如実に表われてきています。今、コロナで経済は比較的国内重視で動いていますが、国内の経済をうまく回していくためにも世界のルールにどのように合わせていくのか、もっと言えば、世界のルールを我々はどうやって先導していけるのかということを考えなくてはいけなくなってきていると思います。そのルールには、いろいろなレベルがあり、法律や規制のルールもありますし、例えば世界的な大企業が形成していく実質的な標準や、その中間的なものもあります。その中で、日本が世界のルールづくりにどのように関わっていくべきかを考える必要がありますが、この部分はどちらかというと日本はこれまであまり得意でなかった分野だと思います。どのように世界のルールづくりに関与していくかというある種の戦略的な対外経済関係、アライアンスの組み方、協調関係も含めていろいろ戦略性が求められると思います。

例えば、ヨーロッパの一国一国は小さな規模ですが、EUとしてまとまることにより、世界のルールづくりにどのように関与して、自分たちのルールにしていくかを相当きっちり考えています。こういった取組は日本でも今後必要になってくると思います。

また、グローバルサプライチェーンが企業活動のかなり根幹になりつつある中では、関係性の確保についてしっかり考えていく必要があります。それは必ずしも物理的な移動ルートの確保だけではなく、いろいろな政治情勢等も含んだ課題になると思いますので、これからの経済政策を考える上で非常に重要であると思います。

財政健全化

―将来世代に責任を果たすためにも、財政健全化の取組もしっかりと進めることが必要です。財政健全化に向けた取組についてお考えをお聞かせください。―

(柳川氏)財政の健全化は、将来の経済の安心を与える基盤だと思います。国民が未来に対してある程度の安心感や希望を持てないと、消費や投資は増えず、国全体の経済が縮んでいってしまいます。将来も財政が健全に機能していて、必要な財政的な支援が受けられるということが、今、あるいはこれからの経済にとって不可欠なわけです。

今回のパンデミックを経験して分かったことは、危機の際に大きな財政支出ができるということは非常に大きな安心感を国民に与えるということです。ただ、それは無尽蔵にできるわけではないので、似たような危機的状況に備え、財政的な支援ができるだけの体制をつくっておかなければいけません。

とはいえ、今かなりコロナで厳しい環境にあり、苦しい状況にいらっしゃる方々も多いことを考えると、今すぐ一挙に財政支出を減らすことは望ましいことではないだろうと思います。しかし、中長期な大きな健全化のコミットメントは重要であり、そうしたコミットメントがあってこそ、国民が将来安心できるということだと思いますので、骨太方針2021が財政健全化の旗をしっかり堅持するという形で策定されたのは重要なことだと思っております。

(本インタビューは、令和3年6月28日(月)に行いました。)