コロナの下での我が国の課題とその解決に向けて

  • 森脇 大輔
  • 株式会社サイバーエージェントAILab リサーチ・サイエンティスト
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官補佐(総括担当) 坂井 潤子

2021年10月、政府は「令和3年度年次経済財政報告」、いわゆる経済財政白書を公表しました。白書では、新型コロナウイルス感染症(以下、感染症)を経験したことによって浮き彫りになった我が国の構造的な弱点やその後の経済社会の展望について分析しています。さらに、感染拡大をきっかけとして広がったテレワークの実施状況や実施により明らかになった課題についても取り上げています。

今回は、IT企業内で研究活動をされている森脇氏に、白書で指摘された我が国のデジタル化の現状と課題等を中心にお話を伺いました。

新型コロナウイルス感染症の影響と日本経済の課題

画像:株式会社サイバーエージェントAILab リサーチ・サイエンティスト 森脇 大輔
(森脇氏)

―緊急事態宣言は9月末で解除されたものの、まだまだ楽観視できる状況には無く、感染対策と日常生活の回復の両立を図り、消費の回復を促すことが必要です。こうした状況下で、我が国経済の回復に向けてリスクとなる事項について、どのようなものがあるとお考えですか。―

(森脇氏)今回の景気後退は、サービス消費というそれまでほとんど動かなかったものが急激に落ち込みました。これは戻りつつあると思いますがリスクがあるとすれば、多くの国民がワクチン接種によって消費活動が元の水準に戻るなかワクチンを打てない子供が取り残され、その親も取り残されるというところではないでしょうか。長期的な観点では高齢化が進む日本経済において、そもそも給与所得メインで生活する人が減り、年金等で生活する人が増えるに従い、景気の変動がだんだん小さくなり、経済政策のアジェンダから勤労世代や現役世代が消えてしまうことを危惧しています。

―細かいデータの動きに一喜一憂するのではなく、もう少し日本経済の根深いところや、根本的な原因に注目したほうが今後のためにもなるということですね。―

(森脇氏)そうですね。私が常日頃扱っているデータは非常に高頻度なのですが、逆にそういうデータは本質が見えづらい面があり、公的統計のように全体を捕捉している保証はありません。例えば、人流データなどの例をみても、特定のサービスのユーザーのデータでしかなく、このデータが真実をそのまま映しているかというと、それはまた違うと思います。

やはり構造的な変化が消費には重要なのかなと思います。感染症によって資本が毀損された、労働が毀損されたということであれば長期的な影響が出てきますが、金融ショックによって投資が減少し生産能力が低下するというような話ではないため、今回の景気後退は短期ショックなのではないかと考えています。ただし、白書で触れられているように教育を通じた長期的な影響は注意する必要があります。

感染拡大下における働き方の変化

画像:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官補佐(総括担当) 坂井 潤子
(坂井参事官補佐)

―政府としても、感染拡大を受けて、初めて本格的にテレワークやオンライン会議などに取り組み、試行錯誤しながら進めているところです。多くの企業においても、段々とテレワークを取り入れていったというのが実情だと思います。こうした中、御社における働き方について教えてください。―

(森脇氏)元々弊社は基本的に仕事さえしていれば出勤の有無や出勤する時間帯について何も言及されることはなかったのですが、最近はそれがさらに加速しつつあり、ほとんど対面で話したことのない同僚や新人が社内に多数います。それでも仕事はきちんと回っていくということが分かったのはかなり大きいかなと思っています。また、これを機に2地域居住やワーケーションとして地方に長期滞在する若者も徐々に増えてきており、とても良い風潮だと感じています。

―白書ではテレワークについても取り上げています。コミュニケーションが困難であることを理由に、テレワークは生産性を低下させたといった分析も数多くみられますが、ご自身・御社で工夫されている点や改善に向けたポイントなどがあれば、ご意見をいただけますでしょうか。―

(森脇氏)テレワークに関しては、個人的にはやはり近くに人がいて、視線がある中で仕事をすることによってモチベーションが維持されると思う一方で、例えば分析や開発などの独りでできる仕事をする際は、家でやらせてもらったほうがはかどると感じます。ただ、自らモチベーションを維持できない人にとってテレワークはちょっと大変かもしれないなと考えており、実際に、モチベーションが維持できないから毎日出勤するという人もいます。子供が小さい人は、家にずっといることがかなりのメリットになりますし、それぞれのライフステージによって使い分けるのがいいかなと思います。

完全にテレワークだと、やはりサボる人なども出てきますので、そういう人たちをどうするかという議論は昔からあり、カメラで監視するなんていう方法も提案されていましたが、結局上司の力量が試されると思っています。また、新人や私のような転職組にとって、ITの世界はかなりカルチャーが違うため、最初は当然戸惑いもあると思います。そういう人たちをどうやってオンボーディングするか、コミュニケーションを図っていくかには気を遣っています。

テレワークは感染症予防に関しては有効だと思うので、コロナ後にテレワークを継続すべきかどうかは結局前述の通りライフステージやその人の性格によって柔軟に対応すればよいと考えています。弊社も近日中に週2日テレワーク、出勤は週3日となる見込みですが、久しぶり人に会えばいろいろ話も弾みますし、アイデアやイノベーションも生まれるのではないかなと考えています。

デジタル化の加速に向けた課題

―今回の白書ではデジタル化についても取り上げており、我が国のデジタル化の遅れやICT人材の不足が指摘されています。企業自身の取組として、デジタル投資や人材育成も必要ですが、それに加えて、政府としても、成長産業への労働移動を促す環境整備などが必要だと思われます。そのために有効な方策や諸外国に学ぶ点、御社での具体的取組、個人的なご経験等があればご意見をいただけますでしょうか。また、具体的に、どのような人材が必要だと考えておられますか。―

(森脇氏)恐らくICT人材は放っておいても育つと考えています。GAFA等の企業に行けば、年齢に関係なくスキルさえあればかなり稼げると多くの人が理解しつつあり、トップ層や若い人材は勉強して、そういった企業を目指すと思います。日本には、すでに奈良先端科学技術大学院大学(以下、NAIST)など、優れた研究教育機関が多数あります。弊社のAI Labという研究所でも、30名ほどの研究者のうち、5人はNAIST出身ですし、様々な学術分野でトップクラスの実績を出しています。当然若い人たちはそういう人たちの背中を見ているので、恐らく理系、特に情報系の学部に人が集まるようになり、トップ層は勝手に育つのではないでしょうか。日本人は元々高校まできちんとした数学教育を受けているため、優秀な人材はこれからもどんどん生まれてくると思っています。

どちらかと言えば、ミドルシニア層が若手の邪魔をするなということですね。せっかく若い人が頑張っているのに、例えば自分がテレビ会議システムをつなげられないから、会社に来てつなげろとか、そういう「介護」をさせる人が多過ぎるせいで、力を発揮できない人がいるということが問題だと思います。さらに言えば、若い人こそがスキルがあり生産性が高いわけなので、我々以上の世代の人たちというのは、基本的に彼らの邪魔をしないようにすることが最も大事であると考えています。

もちろんICT人材が足りず、普通の企業がデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)できないという話もあると思います。一方で、例えば、デジタル化が遅れていた群馬県は民間出身のDX推進監の岡田亜衣子さんを中心に群馬県のDXを急速に推進しています。彼女のようなトップの信頼のもとに組織を動かせる優秀な人材がいればデジタル化は確実に進んでいきますので、そのような人たちにきちんと権限移譲していくということが大事だと思います。

米国と比べて日本はIT投資が少ないという話がありますが、それは当たり前で、米国のIT企業は日本企業と比べ物にならないくらい稼いでいることが理由です。莫大なカネを稼ぎ、稼いだ資金をITに投資することで、さらにITが膨れ上がっていきます。例えば、ホールフーズ・マーケットというスーパーマーケットをアマゾンが買収しましたが、IT企業が全てを飲み込むような形でIT化が進んでいくのかなという気はしています。弊社も含め日本でもIT企業がリアルに進出しようとする動きは加速していくように思います。

日本のIT化の遅れに関してですが、システム開発の経験が少ない人間が開発を主導している大きな原因だと思っています。Minimum Viable Product(以下、MVP)という考え方があります。プロダクトをつくるときは、最低限のものをつくるということが大事であり、要は最低限何が欲しいのかというのを突き詰めて、必要な部分だけつくるべきだということです。システム開発の経験の少ない人は、システム開発の困難さを理解せず、MVPのような発想が少ないため、過剰な機能を持つシステムを構築しようとして、うまく進まない。進まないから成果が出ない。成果が出ないから、やはりデジタル化は駄目だねという話になっているのかなと思います。

霞が関のIT化については、昔から言われているように発注能力の低さが問題です。きちんとしたシステムをつくるには、自分でしっかり考えて、欲しいものを提示する必要がありますが、その発注能力を身に付けるためには、自分でコードを書いてみるなど、システムの中身に対してある程度興味を持つことが重要です。最近デジタル庁が設立されましたが、デジタル監の石倉さん、あの方は70代なのですが、Pythonやウェブ制作を自分でやってみたとおっしゃっていて、本当にすごいなと思います。やはり自分自身でまずやってみることが大事であり、システムをつくることがどんなに大変であるかは自分でやってみて初めて分かるのです。この部分は難しい、逆にこういうことならばできるということが感覚として分かるようになります。プログラミングは、自分はプログラマーではないからやらなくていいということではなく、教養としてやらなければいけないものなのではないかと感じています。

―基本的に日本の企業は未経験の人材を採用して、企業の中で人材育成を行う文化がありますが、それでは遅く、世界に太刀打ちできないという意見もあると思います。子供の頃からの人材育成として、小学校からのプログラミング教育などが広まりつつありますが、このような積み重ねだけで太刀打ちできるようになっていけるのでしょうか。―

(森脇氏)そもそも、企業の人事戦略がメンバーシップ型からジョブ型に変わっていく中で必要な人材は外部からとるという風潮が強まっていくのではないでしょうか。そうした中で若い人は高給を得るために勉強していくようになると思います。インターネットからスタンフォードやMITで使われているような教材がすぐに手に入るので、最低限度の英語の読解力があればそれで十分知識は得られます。私自身もYoutubeで解説動画を見たり、本を読んで勉強しています。結局必要に迫られたらやるようになるのではないかなと思います。一方で、メンバーシップ型を維持する企業や官公庁では、ミドル層のリスキリングが非常に重要になってくると思います。どうやってお尻に火をつけるかがポイントになるのではないでしょうか。

繰り返しになりますが、基本的に優秀な若い人たちは勝手に育つため、その人たちをうまく使うということがとにかく大事で、そういう人たちの邪魔をしない、自分の介護をさせないということだと思います。

―デジタル化と関連して、これまで以上にEC(電子商取引)消費が活性化し、マーケットも拡大しています。注目すべき動向や、デジタル化の進展に伴う課題などがあれば、ご意見をいただけますでしょうか。―

(森脇氏)グローバルで通用するようなサービスを作る余地というのは徐々になくなりつつあると感じており、むしろ日本の人たちが持っている独自の課題を解決できる、小さなプロダクトが今後も出てくるのではないかなと考えています。例えば、医療のオンライン化などは制度的な問題があるためなかなか広がるのが難しいですが、まだまだ余地はあると思います。恋愛・結婚もマッチングアプリがメインになりつつあり、恐らく離婚や相続、葬式など、ライフイベントに関することはいずれ全てデジタル化していくのではないでしょうか。日本独自の特殊な事情はいろいろとあると思うので、そういうものに対応するプロダクトができれば、成長の余地はまだあるのかなと思います。

また、多くの方が言及されているように、D2Cのような、小売を介さないコンシューマーにダイレクトにつながる商売は今後ますます多くなると思います。ローカルな話としては日本から海外へというのも十分ありえると思うので、日本でしかつくれないようなものやサービスを取り扱う企業は強くなってくるかもしれないですね。

―企業のEC消費の拡大に向けた取り組みについて教えてください。―

(森脇氏)最近はYoutubeやInstagramなどを見て、よさそうだなと納得できたものをECで買う人がかなり多いのではないでしょうか。これにより、実店舗が徐々に少なくなっていますが、その一方で小売店の媒体化、すなわちこれまでは何か物を買うところだった店舗が、物を見に行く、触りに行く、体験しに行くような場所になりつつあると思っています。まずは広告として商品を店舗に陳列し、人に見てもらうことで購買意欲を高める、いわゆるショーケース化がEC消費の補完として進むのではないでしょうか。

デジタル化で商品の購入が簡単になったことにより、商品を買って家でどんどん消費するというイメージがあると思いますが、YoutubeやInstagramでキャンプや釣りなどのアウトドアの動画を見た人が、自分もやりたいと実際にアウトドアに行くことも多くなっています。デジタル化は必ずしも巣籠もり消費だけではなく、アウトドアや地方の需要増などにつながるのではと考えています。

―白書におけるデジタル化に関する記載で興味を持たれた点があれば教えてください。―

(森脇氏)ICT人材に関する調査において、エンジニアなどのICT人材は必要ないとか、足りていると回答した企業が多数存在するという点です。基本的に企業はつくりたいものはたくさんあるはずなので、つくりたくてもエンジニアが足りないというのは当たり前の話であり、弊社も同様です。常にエンジニアが足りないという状況、それが正常なのです。足りているとか必要ないと回答している企業は、恐らくデジタル化が分かってないというか、何が起こるか分からない、デジタル化することでどういうメリットがあるかどうかを全く考えていないということだと思います。そういう企業が多いのは危険だなと感じますね。

その他

―最後に年次経済財政報告への期待、内閣府経済財政分析担当に対する御要望などがあれば、ご経験も踏まえてご意見をいただけますでしょうか。―

(森脇氏)ICT人材をもっと増やすべきだと言うのであれば、自分たちも機械学習や自然言語処理を使う分析をやったほうがいいと思います。今、計算社会科学というビッグデータを使った社会科学研究が隆盛しています。計算社会科学はSNSデータなど従来経済学が手を付けなかったデータによって様々な成果を生み出しています。公的統計にこだわらず、どんどんいろいろなデータを使っていくべきだと考えています。

データという点では、研究者の議論のとっかかりにするためにも、グラフを再現するためのバックデータのみならず、オープンにできるものは、推計に使ったコードやデータも公表し、外部の専門家に追試してもらったり、新たな研究をしてもらって議論を深めてもらうことも大切だと思います。

また、内閣府には、いろいろな企業から人が来ています。例えば、金融業界から来た人は金融のことをよく知っているはずであり、そういった専門的な知見を持つ人にしか分からないような話を白書に書ければ良いのではないでしょうか。公的統計ではこうなっているが、より突っ込んで考えてみると実はこうである、といったことを発信できれば面白いと思います。

(本インタビューは、令和3年10月6日(水)に行いました。)