日本におけるEBPMへの意識の高まりと、今後の課題

  • 大橋 弘
  • 東京大学公共政策大学院 院長 大学院経済学研究科 教授
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済社会システム担当)付参事官(総括担当) 中澤 信吾

経済・財政一体改革では、効果的な支出により、経済成長を促し、歳入面へもプラスの効果を期待する好循環を求めています。それには、「証拠に基づく政策立案」(EBPM)により、政策の効果を見据えた対応が必要です。

今回は、EBPMの現状と課題について、経済・財政一体改革推進委員会委員である大橋 弘 東京大学公共政策大学院院長にお話を伺いました。

EBPMを取り巻く状況変化について

画像:東京大学公共政策大学院 院長 大学院経済学研究科 教授 大橋 弘
(大橋教授)

―EBPMについて、大橋先生は、長らくその重要性を訴えてこられました。近年、政府部内でEBPMについての重要性が認識されてきたと考えられます。この認識が高まってきたのは、なぜだと考えられますか。―

(大橋氏)いくつか理由がありそうに思いますが、足元では、新型コロナウイルス感染状況が日々刻々と変化するなかで、感染状況を的確に把握して政策のうち手を考える必要性が社会全体に浸透し始めたことが挙げられるのではないでしょうか。

少し目線を過去に向けると、5年ほど前に起きた統計の誤りが見つかった件も認識が高まるきっかけとして挙げられそうに思います。政策立案の前提としてもつべき現状把握に基礎となるデータに無視しえない問題が見つかりました。こうした状況では、立案されるべき政策にもゆがみが生じるのではないか。こうした状況を放置すると、政治的な声の大きさで、政策が作られることにもなりかねないのではないかとの危機意識が芽生えました。

統計改革が求められる理由として、統計の最大のユーザーと考えられる政策立案の部局がしっかり使うことで政策立案の過程を透明化し、説明責任を高めることを目指すことがあります。統計改革の意義もその点において正当化されてきたのではないかと思います。

思えば、統計改革が叫ばれたのは、この時が初めてではありません。60年ぶりの統計法改正と現在の統計委員会創設のきっかけとなった2006年の統計制度改革検討委員会の最終報告書を見ると、「EBPM」とは言われていませんが、国民に対する説明責任と政策決定過程の透明化の要請のなかで、「証拠に基づく政策立案」が重要との指摘がなされています。2006年の統計改革では、統計作成という供給側のアプローチから改革を目指していましたが、EBPMは政策の企画立案・調整という統計の需要側からの統計改革を目指すものと捉えることもできるのではないでしょうか。

2006年の最終報告では、社会が求める統計ニーズと現行の統計との間に乖離が生じた最大の原因をわが国の分権型統計機構にあるとしました。各府省がそれぞれ分権的に統計部局を設置する状況が長く続いた結果、政策の企画立案・調整機能と統計整備の緊張関係が崩れ、統計に関わる人材の質が劣化したということです。

現在は、政策立案に量的・質的の両方のエビデンスに対する重要性について、国民・社会からの一定の共感も得られていると思いますので、こうした後押しを現存する分権型統計機構の枠組みを超えて、どのように改革をしていくのか、考える必要があるでしょう。

もちろん、エビデンスは何かというのはかなり難しい話です。まず、「数字」で示すと言ったときに、では、その「数字」はどうやってつくられたのか。手法としてのRCT(ランダム化比較試験)も対象とする時期や地理的な範囲に応じて結論が変わる可能性はあり、エビデンスの鮮度も求められます。そうしたエビデンスを、おおよそ5,000以上ある施策全てに一律に同じレベルを求めるのかは議論を尽くす必要があります。エビデンスの重要性に対して合意が取れたことを大きな一歩と評価すべきでしょう。

冒頭で触れた、コロナ禍においてデータのリアルタイム性に対するニーズが高まったことも大きいと思います。これまでの政府統計のように、四半期ごとにデータを見ていたのでは、とても間に合わないわけです。一部の政策の現場ではデータと対策をものすごい勢いでPDCAを回しています。これはまさにデータに基づく政策立案をアジャイルにやっている例だと考えられます。

更に明らかになったのは、デジタルによるシステムの重要性です。システムの調達や発注が適正にできているのか。特にシステム調達は物品調達とは違って、一度調達すると容易に変更が利かず、システム更改において受注者にホールドアップ(お手上げ)になってしまい、競争的な調達ができない状況も生じます。まさにデジタル庁ができたのはいいタイミングであり、そうした知見をもって、しっかりデジタル庁でシステム調達を中央・地方政府の区別なく、横串を刺してみてもらうのは重要なことですね。

―コロナにより多くの人のデータに関する意識が高まりつつあり、また、リアルタイムデータが重視される。これによりEBPMの重要性はこれからも加速的に変わっていくと考えられますか。―

(大橋氏)加速度的に変えていかないといけないですね。例えば今の給付金事業一つ取り上げても、デジタル化がされていないが故の問題は明らかです。結局、生活者にしても事業者にしても、コロナ禍で困っている人が誰かが分からないから、取りあえずみんなに薄く広く配ろうといったやり方を繰り返す現状になっているわけです。

まず、本当に困っている人を知るためのデータが、交付金の事業において使うことはできない、あるいは使われていないという点が挙げられます。例えば、事業者についていえば、会計帳簿の管理が現場で電子化され、それが繋がれば、リアルタイムに近い形で、困っている事業者を拾い出すことが可能です。そこまでリアルタイムでなくても、税務情報にアクセスできれば、現状よりは困っているだろう人をより高い精度で特定することができるでしょう。こうしたデジタル化ができていれば、コロナ禍で本当に困っている生活者や事業者に、プッシュ型で迅速にサポートをすることが可能になるのではないでしょうか。

こうしたプッシュ型支援であれば、広く薄く配布している給付金を特定の方に厚く配ることも可能になりますので、政策目的をより効率的に達成することも可能になります。プッシュ型ができないので、今は給付金や補助金の支払いは、申請する形になっているわけです。しかし給付金が必要な方がすべからく申請しているかどうか、分かりませんよね。そうすると、給付金の存在を知らない人がいるかもしれないので、広報しましょうということになる。デジタル化されていないために、いろいろな無駄なリソースを使うことを余儀なくされるわけです。

個人情報等の配慮が十分になされることが前提になりますが、この機会にデジタル化を進めるべきところはしっかり強力に進められると良いですね。

―デジタル化でうまく歯車がかみ合えば普通にできるはずのことが、なぜできないのだということですね。―

(大橋氏)コロナ対策はデジタル化により見える化されることで推進できていると思いますが、他方で、そこまでデジタル化が簡単ではない政策もたくさんあります。そうした政策群については、一定程度、何でその施策をやっていて、その施策の目的に対して手段はどうあるべきか。その手段にかなうための予算的手当てや、その意義についてどう考えるかといったロジックやデータを揃える必要があります。経済・財政一体改革推進委員会で見える化について議論を進めているお陰もあり、政策に対するこうしたEBPMの意義をしっかり考えようということについても、理解が進んできたと思います。

経済・財政一体改革委員会の活動の意義について

画像:
(中澤参事官)

―2015年に経済財政一体改革推進委員会が発足し、2020年には、EBPMアドバイザリーボードが発足しました。これらの意義を、どう考えていらっしゃいますか。これまでの活動の評価についても頂戴できますと幸いです。―

(大橋氏)行政事業レビューや政策評価は各施策一つ一つを対象としており、それぞれ独立に議論が行われています。

対して、経済・財政一体改革推進委員会は複数の施策の横串を刺す取組ができる柔軟性なスキームを持っています。例えばインフラについても、各府省が所掌するインフラを並べて、A省ではこんなに取組が進んでいるのに、なぜB省では取組が遅れているのかというような議論が可能なわけです。そういう点では、各省の取組をしっかり促す一つのドライバーになっているとともに、府省間双方にも学びがあるわけです。

また委員としても、EBPMはどういうところでは使いやすくて、使いにくいのかを学ぶ機会になりますし、政策担当部局は委員会を通じて、他の担当部局の取組と比較することができます。そういう意味で、全体の取組の底上げを図る良いスキームであると思います。

また、経済・財政一体改革推進委員会では、それぞれの施策に対してマルかバツかという二元論に陥らず、取組としてどこが良くて何が欠けているのかを指摘するようにしていると思います。そういう意味で、委員会のスキームは人を育てる一つの形にはなり得ると思いますね。全体を幅広く横で見て取組を促すという座敷を持っているのがこの委員会の特徴ではないでしょうか。

―EBPMアドバイザリーボードでは2021年にはエビデンス整備プランを策定し、エビデンスの構築を進める取組を始めました。中には、例えば雇用保険などの業務データ等を用いて示された因果関係によるエビデンスを構築するという動きがある一方で、分野によっては、性質の違う取組があります。どこまでをエビデンスと考えればよいでしょうか。―

(大橋氏)エビデンス整備プランの議論を始めるときに予めエビデンスの定義を明確にしていなかったのですが、一部の人から、統計分析や定量化の重要性、因果関係の特定により政策効果をしっかり測ることが重要であるという指摘がありました。これは重要な指摘であり、何と比較して政策を進め、効果があると言えるのかということについて、しっかり意識を置くべきだと思います。

他方で、RCTが一番エビデンスの質が高くて、それ以外を許容しないとなると、多くの施策が執行できなくなってしまいます。

もちろん一部の施策において、エビデンスを確保するために、若干の予算を用いて、そこで実験するようなことも可能とは思いますが、政策に様々な視点が求められるなか、全ての施策で実験ができるわけではありません。

本来の政策立案は、エビデンスも重要である一方で、エビデンスだけで全て決まるわけでもありません。将来はそうした方向性に戻っていくのではないでしょうか。そうでなければ、コンピューターにデータを入力して、あとは自動的にやるべき政策が決まるような仕組みにできるようになると思いますが、やはり多くのステークホルダーの納得を得ようとすると、なかなかそうはならないわけですね。

最後は、人間が民主主義の下で判断するし、その中にはステークホルダーがいて、ステークホルダーとコミュニケーションを取らなければいけません。そうした中で、全く過去の経緯やステークホルダーの思いを無視して、データだけで議論ができるわけでもなく、納得感も得られにくいように思います。

そこにはコミュニケーターとしての政策立案者がいるし、データは重要なのだけれども、データと現実とのギャップを埋めるためのトランスレーターである実践者としての政策立案者がやはり存在していて、この人たちの人材の質というものがエビデンスの質とともに問われてくるということかと思います。数字だけを見せて、はいエビデンスがこうなので政策はこうなります、という話にはなりません。統計分析ができる人たちも重要ではありますが、彼らだけで政策官庁は成り立たないのです。

その点でエビデンスづくりを統計担当やアカデミックのみに任せていてはダメです。知的欲求を満たすためのエビデンスではないのです。政策立案を担当する方々が自らの意思決定に役立つエビデンスを生み出させるよう、グリップを握る必要があります。国益にかなった納得感のある施策を立案・遂行していくため、意思決定者自らがエビデンスに求められる要件づくりに関わるべきです。

究極として、政治の場にもEBPMというのは必要だと思っています。行政側だけではなく、国会の中にEBPMをしっかり受け止める組織が何らかの形で存在し、政策立案者と決定者というそれぞれの立場が、エビデンスを評価しつつ施策の立案・遂行に努めるということが望まれると思います。

―政策立案担当者に求められる質が高まってきているというお話でしたが、具体的に、どのようなことが求められ、どのように人材育成していくのがよいでしょうか。―

(大橋氏)人格や人間性、多面的なものが求められると思いますね。そもそも、人材育成には中長期的な見通しをもつことが原則です。EBPMの観点では、政策立案のために必要な、実態把握のために求められる事実をエビデンスという形で依頼できる人材を育てる必要があります。統計分析の専門家ではなく、統計分析を政策立案に生かすために組織をコーディネートできる人材が求められます。

また、EBPMは働き方改革とも連動しなければいけないと思っています。EBPMが単に仕事を増やしている、屋上屋を架しているということであれば、EBPMは本来目指しているところとは違う方向に進んでいると思います。

そもそも、行政事業レビューも政策評価もEBPMを目指しており、PDCAにより政策の立案に返ってくることを目的としています。しかし、EBPMは政策の事前につくるものであり、政策評価は事後に行うものと捉えられている節もあります。そうではなくて、EBPMをやるということは、施策を執行した後に、またEBPMのロジックモデルにたち戻って、何が理由で成功したのか、失敗したのか、うまくいかなければ、うまくいかなかった理由をその中で考えて、次はこうしようと施策をよくするという循環でもあるのです。

5,000以上ある施策の中には、条約で規定されているといった施策もあります。そういった施策にロジックモデルを当てはめると、なぜこれをやっているのかと、一歩引いた視点で議論することが可能になります。そうすると、どうしてこの施策をやっているのか、それは目的にどう関係しているのかを考える癖がつき、政策立案の足腰が普段から鍛えられることになるでしょう。そうした訓練ができていれば、条約が前提とする条件が急に変わるといった事態にも迅速に対応できるでしょう。

このようにロジックモデルは政策立案の能力を、組織として若手を交えて訓練する良い場になると思います。ロジックモデルはきれいにつくることが目的ではなく、つくる過程が重要です。部内で議論する過程を通じて、内部のコミュニケーションも活発になります。この過程には正解はないはずで、なぜならば、議論をしている人の質以上の結論を望むべきではないからです。つまり、それぞれの人がそれぞれの考えと腹落ち感のなかで、施策が決まっていくわけです。

しかし、そこには学びのサイクルがあり、一回やってみて、もう一回戻ってきたときに学びがあるわけです。それを次の人にしっかり伝えることができれば、学びを組織の中で生かすことができます。つまりロジックモデルを政策立案における人材育成のツールとして活用できる。組織の学びと経験を固定化するツールになるのです。

経済・財政一体改革に求められる役割

―経済・財政一体改革推進会議、その事務局である内閣府は、今後どのような役割が求められていくと思われますか。―

(大橋氏)政府全体にEBPMの重要性がだんだん染み込んできていますが、これはすぐに広がるわけではなく、施策を担当する人が替わっていく中で継続して行われながら、数代たってようやく一定の閾値を超えることになると思います。

もっとも組織も生き物ですので、このスキームはずっと続くかどうかは分かりません。そのため、EBPMへの取り組みの中で、内閣府としては、EBPMを行う頭脳やコンサルタントとしての機能と役割が、これまで以上に求められるのではないでしょうか。

内閣府は、他府省における政策の企画・立案を主導する庁として、中立的な立場からのアドバイスや、あるいはもう少し高い視点で国の経済や財政のあるべき姿を論じられる立場にあるのではないでしょうか。内閣府としてしっかり各省庁にEBPMの重要性を伝え、取組を促す上で、橋渡しなり、コンサル的な機能を持ち得るべきであり、まさにそれが日本の国のかじ取りにもなると思います。

(本インタビューは、令和3年12月10日(金)に行いました。)