コロナショックから何を学ぶのか

  • 山本 勲
  • 慶應義塾大学商学部 教授
  • 聞き手:内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官 桑原 進

内閣府経済社会総合研究所(以下、ESRI)は、国際共同研究「コロナ危機とポストコロナの経済社会に関する研究」の一環として、現段階で得られるエビデンスの蓄積を目的としたプロジェクト「コロナショックから何を学ぶか?」(以下、コロナショック研究)を行いました。

今回は、コロナショック研究について、本プロジェクトの主査である、慶應義塾大学の山本教授にお話を伺いました。

コロナショック研究の概要

画像:慶應義塾大学商学部 教授 山本 勲
(山本教授)

―ESRIがコロナショックの研究をする意義、役割について、先生のお考えをお聞かせください。―

(山本氏)コロナ危機が起きて以降、様々な研究が経済学の中でも行われており、そうした多様な研究を集中的に議論する場、あるいは国際比較を念頭に置き政策的な知見を見据えて議論する場は意外とあまり多くないと思います。そういう場を政府の研究所がつくるということは、学術的にも非常にありがたいですし、当然ながら政策的にも様々な知見が整理され、エビデンスベーストポリシーに資するため、とても意義深いと思います。

また、研究所としてオリジナルの研究を生み出すというスタイルではなく、既存の研究成果や現在進行形の研究を持ち寄り議論するというスタイルは、コロナの影響について幅広い分野で多様な研究が進んでいる状況に適した研究プロジェクトと思います。

―本プロジェクトでは、1雇用・家計・消費、2企業、3行動変容の3つのワークショップで議論を行い、それぞれの観点からエビデンスが出てきました。これらについて、先生が興味深いと思われたものを教えてください。―

(山本氏)まず、1雇用・家計・消費に関しては、コロナの感染症対策、あるいは感染症の影響で人々の行動がどのように変わるか、特に人流やステイホームの行動がどう変わっていくかという研究が経済学でも進んでいるということは興味深いと思いました。

また、緊急事態宣言などの政策介入の行動変容への影響の大きさは限定的であり、日本だけでなく、海外でも同程度であるということが示されました。ただ、その一方で、人々は自らが得た情報を基に行動を変えているものの、そこにはやや過剰な行動変容や消費抑制も見られることも示されました。このことは、感染症を抑えるための人々の行動のマネジメントがいかに難しいかという問題提起になっていると感じました。

雇用面では、ショックの負の影響が一様ではなく、今回は女性や非正規雇用に強い影響が見られるなど、異質性が強く表れています。女性の中でも特に育児中の女性の雇用が負の影響を受けやすかったという研究報告もあり、女性活躍推進が進み、男女間格差が縮小傾向にあった日本のメガトレンドを、コロナがストップをかけた形になったといえます。これは、大きなショックが起きると、どこかにほころびが表れ、脆弱性が露呈してしまうと捉えることもできます。学校が急に休校になったことで女性の就業に影響が出たことは、育児負担がまだまだ女性に偏っていることを物語っています。また、非正規雇用やサービス・飲食といった業種での雇用に女性が多いことも浮き彫りになりました。ショックによって露呈した脆弱性は、今後の検証も踏まえて政策的・制度的に改善していく必要があるといえます。

また、新しいテクノロジーの普及や働き方改革によって働き方が変わるといったメガトレンドが、コロナによって促進された点も示されました。2020年春の緊急事態宣言下で急速に拡がったテレワークがその契機になったといえます。ただ、どの労働者層でも一様にそれが進んだわけではありません。デジタル化によってテレワークができるようになった労働者とそうではない労働者というように、ここでも異質性が現れており、これによってレジリエンス(復元力)という側面での格差が顕現化するなど、課題点も見えてきたと思います。

次に2企業に関しては、こうした危機の状況下では、助成金や給付金、あるいは金融面での支援などが過剰になり過ぎるのではないかという懸念があると思います。特に日本はバブル崩壊以降にゾンビ企業が多く残ってしまった過去の苦い経験がありますので、そういったことを繰り返してしまわないかが焦点になると思います。しかし、研究報告を見ると、今のところ深刻な懸念はなさそうであることが示されていました。一方で、今回これだけ手厚い支援が政策的になされることが分かってしまったので、将来のショックへの企業の備えが手薄になってしまうのではないか、いわゆるモラルハザードが起きるのではないかという指摘があったことも重要と感じました。

観光業への影響についても、日本の成長戦略として、インバウンドを増やし、観光立国になろうとする大きな流れがあった中で、コロナにより人の流れが途絶えてしまい、インバウンドに頼っていた旅館業ほど大きな打撃を受けたということも報告されていました。この結果は、今後コロナショックが去った後にどういう形で観光立国の姿をつくっていくのかということを検討する際に、貴重な判断材料になると思います。

3行動変容については、かつてから指摘されてきた、患者の過剰な受診行動といった日本の医療システムの問題点や財政規律の問題点などがコロナ下でさらに問題として露呈したことが示されました。これらの問題がコロナを契機に改善されるのか、結局そのまま放置されるのかという点は重要であり、そういった指摘が多く見られたことも興味深いと思いました。

―先生には国際共同研究の一環として行った「ポストコロナの経済社会に関する国際ラウンドテーブル」にもご参加いただきました。印象や記憶に残ったことなどをお聞かせください。―

(山本氏)ラウンドテーブルの議論を聞く中で、コロナショックは世界共通であり、そこから生じた課題や影響には類似性があるだけではなく、国による違いもあることが見えてきました。例えば、米国では市場メカニズムが良い意味でも悪い意味でも機能していて、失業率がポンと跳ねたり、労働供給制約が生じて、インフレ圧力が働いたり、テキストブックに書かれているような現象が生じやすいと思われます。一方で、日本は失業よりも休業が増えたり、インフレ圧力は米国ほどはみられなかったりするなど、コロナショックの影響の出方が分かりにくい特性があるように思います。こういう異質性があるからこそ、コロナショックという世界共通のショックであっても、それぞれの国の制度や市場の特性を踏まえた研究を、それぞれの国のデータを用いて進めていくことが重要であることを改めて感じました。

―ESRIでは、コロナショック下での各国の政策に関する研究を進めており、特に参考になる事例として、英国のコロナ給付金制度について深掘りをしています。

コロナ給付金制度に関しては、日本には雇用調整助成金などがありますが、英国の場合は、源泉徴収を月単位で行い、所得の状態をほぼ把握し課税ができるシステムを練り上げており、それを使って、逆に企業に対する助成もできるようになっています。

また、英国は「PAYE」というシステムを構築・活用しており、企業・事業者は給付金を申請すれば6営業日以内に助成金を受け取れます。給与はそれぞれの事業主が労働者に払いますが、口座情報など全ての情報はつながっており、給付金の流れはすぐに分かるようになっています。このシステムにより、事業主が労働者の自宅待機期間を報告すれば、その分の支給金を受け取ることが出来ます。こうした英国の仕組みや日本へのインプリケーションについて、先生のお考えをお聞かせください。―

(山本氏)日本の雇用調整助成金は、伝統的に日本が過去の不況ショックのときに使ってきた事業主に対する休業補償の制度であり、その評価や研究は既にいろいろとなされているところです。今回のコロナショックにおいても、雇用調整助成金は積極的に活用され、失業者を出さないという意味では、一定の貢献があったのは間違いないと思います。さらに、今回は、特例措置により、事業主に対しての助成だけではなく、労働者自身も申請して、休業給付金という形で助成を受けられるようにしており、かなり手厚い政策的支援が実施されたという印象です。

欧州などではドイツなどで類似の制度が活用されてきましたが、英国では事業主に対する助成金を出す政策は、比較的新しいスキームとして今回活用されたと認識しています。このため、ショックが生じたときに、失業者を出さずに休業でとどめるような事業主への助成金制度が実際にどれぐらいの効果的だったのか、将来的にどれぐらいの弊害を生み出しうるのか、というった点は、過去のリーマン・ショック時のエピソードとの比較も行いながら、研究をする価値があると思っています。

その中で、今回お示しいただいた英国のシステムの良さは、給与などの把握が既存のシステムをうまく活用している点だと思います。そのため、日本に比べれば、助成金の申請から支給までの期間が圧倒的に短く、また、不正が生じにくくなっていると思います。

コロナ下での日本の雇用調整助成金制度の課題としては、支給までの期間が遅いことや従業員が給付金の制度を知らないことがよく指摘されていました。これらの点の改善に英国のシステムは参考にできるように思います。

今後のコロナに関する研究

画像:内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官 桑原 進
(桑原総括政策研究官)

―先生ご自身はコロナというテーマでどういった研究を進められているのでしょうか。また、今後どういった視点でこのテーマを研究してみたいとお考えでしょうか。―

(山本氏)私は慶應大学でパネルデータ設計・解析センターのセンター長を務めています。センターでは、2004年から年1回のペースで全国の家計を追跡して調査する「日本家計パネル調査(JHPS)」を行って、パネルデータを収集し、そのデータを用いた研究を進めたり、データの研究者への提供を行ったりしています。そうした中でコロナショックが生じたのですが、その影響をできるだけリアルタイムで捉えるために、定例調査の回答者に対する特別調査を2020年に2回、2021年に2回実施しました。

賃金や労働時間などの客観的な情報は、事後的に回顧形式で調査することもできますが、メンタルヘルスの状態や幸福感、あるいはコロナに対する認識など、主観的な項目は過去を振り返って回答してもらうと、どうしてもバイアス(計測誤差)が大きくなってしまうため、リアルタイムで調査していくことが大事になります。

また、コロナショックの影響を捉えるには、ショックが生じた後の状態を捉えるだけでは不十分で、ショックの前の状態との比較が大事になるため、過去から継続して追跡調査しているパネル調査が有用になります。さらに、世界共通のショックであるため、国際比較を念頭に置いたパネルデータの収集や検証の必要性も高いといえます。

こうしたことを踏まえて、私どものセンターでは、コロナショックの前と後の国際比較可能なパネルデータを構築してきました。国際比較については、家計のパネル調査を行っている11か国の研究拠点と連携し、例えばコロナに対する不安や影響、政策に対する信任の度合いなど、同様の質問項目をあえてパネル調査に組み入れることで、比較可能なものにしました。現在、その結果を用いて、日本でのコロナショックの影響を検証するとともに、国際比較も進めているところです。中でも、感染症に対する様々な規制によって、人々の行動や経済活動がどのような影響を受けたのかを国際比較する研究は、オハイオ州立大学の研究グループを中心とする世界11ヶ国の国際共同研究プロジェクトとして、米国の国立衛生研究所(NIH)の助成を受けながら進めています。

他には、パネルデータを使った、格差への影響に関する研究プロジェクトを立ち上げようとしています。コロナによって中長期的に格差構造が変わってくる可能性があり、所得や資産の格差だけでなく、特にコロナ下で注目された柔軟な働き方、テレワークができるかとか、健康に生き生きと暮らしていけるかといったような幅広いものも含めて、多様な側面での格差が生じてきている可能性があり、それがどこで生じているのか、誰に影響が大きく出ているのかを研究しようとしています。

―興味深い研究に取り組まれているということで、私どもも非常に刺激を受けました。今後のコロナ研究について、先生のお考えをお聞かせください。―

(山本氏)コロナショックが起きて、かなり早いタイミングから、学界では膨大な研究がなされており、データがない段階でもシミュレーションをしたり、様々な過去のデータを使ったり、あるいはオンライン調査を迅速に行うなど、その機動性はすばらしいと思いました。

ただ、既にそういうフェーズではなくなり、しっかりと腰を据えた研究をするフェーズになってきています。これまでの研究の蓄積を踏まえて、継続していくことが大事だと思います。また、今後、コロナショックを契機に経済構造自体が変わる可能性があるため、それがどう変わっていくかを捉えるためにも、やはり継続して研究していく必要があると思います。

加えて、コロナショックは外生的にいろいろな変化をもたらしたため、それが一種の自然実験として機能する可能性もあり、そこから学術的な新たな知見や政策的な提言をまだまだ出せると思います。そういう意味では、新型コロナウイルスのパンデミックは決して望ましいものではないですが、いろんな研究の種、材料が提供された機会にもなったと解釈できますので、研究者としてはその機会を有効活用しない手はないと思います。

―コロナ下での政策提言などがあればお聞かせください。―

(山本氏)短期的には感染症をどう抑えるかが喫緊の課題であり、そこに対する政策介入効果というのは決して大きくないということ、かつそれが海外でも同じように大きくなく、強いロックダウンを実施している国でも、それほど人々のステイホーム行動が影響を受けるわけでもないということは、とても大きなインプリケーションだと思います。強いロックダウンは、必ずしも必要ではない、あるいは日本のマイルドな感染症対策が日本では功を奏してきたともいえます。

一方で、人々の行動変容をコントロールし切れていないという点も大事で、情報の出し方やコミュニケーションの方法などが課題になっていると思います。そこに対して経済学の知見、例えば、行動経済学のナッジを使ったアプローチを実践することなどが大事かと思います。

中長期的なところでは、医療に関する体制・システムの課題が浮き彫りになりました。日本の医療システムの課題がかねてから指摘されてきたと思いますが、コロナショックを契機に、制度設計の再検討が必要なのではないでしょうか。

―今回のような事態への経済学者の取り組みについて、こうしたらよかった、もしくはこれはよかったという点があれば教えてください。―

(山本氏)構図として、感染症の専門家はやはり感染予防のことを最優先に打ち出すわけで、それに対して経済学の専門家が経済のことを優先した提言を出し、それぞれの意見を踏まえて、政治が落とし所を決める、という構図がシンプルでわかりやすいと思います。ただ、日本の場合、感染症の専門家が経済のことも踏まえた議論をするなど、いい形での対立構造になっていないように感じます。そういう意味で、経済学、あるいは非感染症の専門家の政策への貢献は、必ずしも十分ではなかったのかもしれません。今回のことを総括して、今後の体制づくりにつなげる必要があると思います。

―最後に、今回の主査のご経験も踏まえて、経済社会総合研究所や国際共同研究プロジェクトに対する御要望などがあれば、ご意見をいただけますでしょうか。―

(山本氏)コロナショックが生じて以降、学際的な研究の重要性が高まったと思います。経済学についても、感染症や医療、健康など多分野の知見を生かした研究が増えてきていますし、経済学系の学術雑誌だけでなく、公衆衛生なども含めた学術雑誌での経済学者のパブリケーションも増えているように思います。

また、世界共通のショックということもあり、国際的な研究の重要性もやはり一層高まったと思います。コロナショックによって研究者にもオンライン化は普及したため、国際連携はむしろやりやすくなったと思います。

ESRIにもこれらの視点をぜひ強めていただき、引き続き、学際的・国際的な研究のオーガナイズや支援をしていただけることを期待します。

(本インタビューは、令和4年2月16日(水)に行いました。)