骨太方針2022 新しい資本主義へ
~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~

  • 中空 麻奈
  • 経済財政諮問会議議員
    BNPパリバ証券株式会社
    グローバルマーケット総括本部副会長
  • 聞き手:内閣府大臣官房審議官 野村 裕

2022年6月、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2022」(以下「骨太方針2022」)を閣議決定しました。

骨太方針2022の策定に向けては、経済財政諮問会議で活発な議論がなされました。今回は、経済財政諮問会議の民間議員のお一人である、BNPパリバ証券株式会社グローバルマーケット総括本部副会長 中空麻奈氏にお話を伺いました。

骨太方針2022について

画像:経済財政諮問会議議員 BNPパリバ証券株式会社 グローバルマーケット総括本部副会長 中空 麻奈
(中空氏)

―骨太方針2022では、機動的なマクロ経済運営によって経済回復を実現しながら、「新しい資本主義」の実現に向けた計画的で重点的な投資や規制・制度改革を行い、成長と分配の好循環を実現する、岸田内閣の経済財政政策の全体像が示されています。本年の骨太方針2022について、どのように評価されていますか。―

(中空氏)たくさんの方のご苦労の下、多くの人たちの願望が詰まった36頁だと思います。きちんと方向性を書き込んでいて、これから必要なことを全部網羅してポイントアウトされていると思っています。その意味では自信作だと思っていて、その一部に携わらせていただいたという自負の気持ちがあります。

その一方で、金融市場で批判されている点は2点あって、「新しい資本主義」とは何なのかということをクローズアップする力が弱く、これまでとそう大きく違っていないように見えた点や、財政健全化について少し後戻りしたように見える点があります。特に後者については、プライマリーバランスの2025年度黒字化について、たとえ形骸化していたとしても目標を骨太方針で明記すべきという声が非常に多く、金融市場が望む日本国債の信用や安定のためにそれが必要だったのに、後退しているように見えてしまったと思います。

こうした悪い点の評価はありますが、ここから新しい資本主義をどれだけ実効性の高いものとして見せていけるかというところが勝負と思っています。金融市場の人たちに受け止めを聞いてみると、すごく悪いとは誰も思っていないけれども、どこにウェイトがあるのかわからなく、これまでとどれだけ違いが見せられるかや、その実効性というのはここからなのだと思っています。例えば、私がよく話しているサステナブルファイナンスにしても、GX移行債にしても、もっと大胆に打ち上げてほしいという熱望があります。それによって、日本に対する関心とか期待が再度生まれてくると思っているからです。

マクロ経済政策

―世界経済の不確実性が大きく増す中、当面は、総合緊急対策を講ずることにより、国民生活や経済への更なる打撃を抑制し、コロナ禍からの回復を確かなものとする、その上で、ジャンプスタートのための総合的な方策を早急に具体化し、実行に移すこととしています。加えて、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を一体的に進める経済財政運営の枠組みを堅持し、民需主導の自律的な成長とデフレからの脱却に向け、躊躇なく機動的なマクロ経済運営を行うこととしています。こうしたマクロ経済政策の方向性について、受け止めをお聞かせ下さい。―

(中空氏)グローバルに大きな変化の局面を迎えています。世界が金融の転換点を迎える中、日本が一緒に行けなければ置いてきぼりになり、金利差がつきすぎると為替が円安になり、円安が続けば輸入物価があがり、家計がどこまで耐えられるかという話になる。こういう流れが起きているのは、金融政策と財政政策のやり方の自由度が落ちているからだと思っています。普通であれば、金融引き締めのタイミングを模索していくところだと思いますが、「大胆な金融政策・機動的な財政政策」という言葉は残っているわけです。マクロ経済運営に対する政策の自由度が低下していることについては、みんな心配しているのではないでしょうか。もう少し自由度をもって、余裕を持った政策がとれるようになっていくことが本来の姿だと思います。

ただ、政策を急に変えれば、誰かしら損をする、打撃を受けることもあるので、ある程度時間をかけてちょっとずつコントロールしていく、そういういうタイミングにもう来ているのではないかと思います。徐々に金融政策の転換点を迎えることの地ならしはしていかなければならない。それに対して、ポリシーミックスはどうあるべきか、金融政策が変わった時に財政はどうあるべきかを考えないと、マクロ経済は運営しにくくなってきたのではないかと思います。

グリーントランスフォーメーション(GX)への投資

―中空議員は、これまで経済財政諮問会議において、グリーントランスフォーメーション(GX)について、今後の日本における重要性やサステナブルファイナンス市場を構築することの必要性についてご発言されております。どのあたりから手を付けていくのが有望か、お考えはありますか。―

(中空氏)私は金融業界にいるので、サステナブルファイナンス市場の創設をしつこく言っています。最初は炭素に値段を付けて、コストだと認識してもらう。コストだと認識したら、「ESG(環境E、社会S、ガバナンスG)なんて」と言っている人も本腰を入れることになります。欧州には、EU-ETSという排出権取引市場がありますが、彼らがあんなに成長したのは先物取引があるからですので、先物取引をできるようにするなど、いろいろなやり方があると思っています。

また、個人が地方自治体の発行するグリーン債を買った場合は、遺産相続の時の相続税はなしにするというのも一つのやり方だと思います。地方にお金を残すという観点でも、地方自治体が出したグリーン債は地方で消化するという仕組みを作る必要があると思っています。機関投資家に持たせたいのであれば、リスク管理の仕方を簡単にするという方法もあります。アメリカでは、地方債を発行するときに、アメリカ人が買うと免税対象です。日本も、グリーン債を買った日本人だけ免税措置を取るなど、次々工夫をして、お金をいかに日本に残すのかということをやるべきだと私は思っています。

では何に投資させるかというと、例えば、CO2を吸収できる技術を持っているとか、小さくてもサーキュラーエコノミーに寄与する技術を持つようなケースを20、30集めてファンドにすることが考えられます。ジャパンESFファンドなどと名乗って、国が幾ばくか資金を入れることで、レバレッジがかかって大きくなると思います。そうするとお金は回っていきます。今やっているグリーンイノベーション基金は、大企業のプロジェクトに資金を出しているケースも散見されます。一つ一つのプロジェクトを承認している方がいて、大変な労力でやっていると思うのですが、大きくするためには、やはりレバレッジをかけて、いかにお金を大きく見せて回していくかが重要です。GXリーグを使って海外の投資家にアピールするような開示の仕方を徹底して、外国人が買いたいと思うように仕向ける方が、いち早くお金が入ってくるのかもしれないですし、何が一番早いのかはわからないのですけれども、やり方は結構あると思っています。

人への投資と分配

―本年の骨太方針では、「新しい資本主義に向けた改革」として、5つの分野に対し、重点投資することが盛り込まれました。特に、全体を通底する「人」への投資が強調されています。中空議員は、日本系、アメリカ系、欧州系の金融機関で仕事をされてきたご経験がおありです。日本で「人材育成」というときにどういうことを考えられますか。―

(中空氏)正直言うと、海外がいいと思ったことも、日本がダメと思ったこともありません。あえて違うことがあるとすると、外国の企業は金銭解雇ができるということが大きいと思います。解雇ができるので、従業員もパフォーマンスをあげなければ解雇される。

私は、日本の評価はステレオタイプになりすぎていると思っています。例えば、終身雇用や年功序列は本当に悪かったのか。終身雇用は今まではうまくいっていたと思うのですが、今の状態はその時とは変わってきたので、今に合う制度を考えましょうというのがあるべき姿で、終身雇用や年功序列を全否定することはないと思っています。終身雇用や年功序列があったから、OJTなどで先輩が後輩に一生懸命教えて、高いプライドを持ってやっていたと思うのです。それである程度の性能を維持できていて、不正や事故が回避されてきた面もあると思います。日本の悪いところと良いところをきちんと分けて考えないと、なんでもかんでも悪かったと思うのは間違っていて、良いところを活かし、悪いところを変えていく。今、合わなくなったことに対して、ちょっと制度を変えていきましょうとか、少なくとも選択ができるとか、そういう自由度を高めていくことが重要だと思います。全否定ではなく、日本に合う形をつくることが大事だと思います。

また、人への投資は、労働市場の流動性や労働移動が重要だと思います。「正しい働きに正しい報酬を」ということですが、完璧に評価することは難しいので、自由度を増して、雇用者が自由に選択できるということをもうちょっと徹底すれば、労働市場は良くなると思います。雇用市場については、高い確率で、流動性の高い市場を作ることが、賃金を上げることや柔軟性、働き方の自由度を上げることにつながると思っています。いいパフォーマンスを見せようと思ったら自分で努力することも必要になりますが、例えば学校に行きたいという人に対して半分くらい援助してくれるなどがあれば、動きも出てきます。

―学校教育についてはいかがですか。初等教育が特に課題だという指摘をしばしば受けます。―

(中空氏)教育の在り方が重要です。日本には、様々な子供に対してフレキシブルに対応していくという教育制度が必要なのでしょう。たとえば、日本の教育はすごくできる子、天才にはあまり配慮がなされていません。競争して勝つということをもう一回徹底すべきではないでしょうか。そうでないと、突然企業に入ってアニマルスピリッツが出てくるわけがないです。子供の適正・能力に見合う教育を徹底していないことが、日本にとってはリスクだと思います。個人の個性を活かしていく、個人の個性にあった進路を選べるような、自由度の高い日本であるべきだ、ということだと思います。

財政健全化

―今後の経済財政運営について、今回の骨太方針では、財政健全化の「旗」を下ろさず、これまでの財政健全化目標に取り組むとの方針が維持されました。このことについて、受け止めをお願いします。―

(中空氏)金融市場での受け止めは、少し後戻りしたように見えるという点でやはり問題だったと思われています。これまでの財政健全化目標に取り組むとされ、2025年度PB黒字化目標は、変わっていない、というのが公式な説明であることは承知していますが、骨太方針を読むだけではそこまで読み切れる人は少ないので、トーンが控えめになったといわれても仕方ないのだろうと思います。日本国債の格付が維持されている理由は、定性的に日本国に対する信用があるからだと思いますので、やはり財政健全化をきちんと目指していく必要がある。かつ、ベンチマークの無い目標というのは無いので、2025年度PB黒字化というのはこだわって持ち続けることが大事だと思っています。

ただ、中長期試算のベースラインケースだと、達成ができない。どこかで成長できないのであれば、やはり2025年という御旗を下ろさないと無理になってきます。2025年の御旗を下ろすとなると、もうお金を返す気がないとか、財政規律を緩めかねない、と不安につながりかねません。コロナ対応は致し方なかったでしょうが、馴れてしまうといろいろな規律が緩んでいくことになってしまうので、たがをはめた方がいい。世界でそういう規律を持っていない国の方が珍しくなってしまうので、日本国債の格付の維持のために粛々とそれを達成していく必要があると思っています。そのため、現政権には日本の財政健全化についての意識を意図して言って頂きたいと思います。それは、日本国の意志になり、定性分析としての評価になり、格付の維持につながるものと思っています。

―財政もそうですし、政策全般に対してデータの重要性ということが強調されています。例えば北欧諸国では個人勘定でデータ管理が出来ています。日本では、政府に対する信頼感の弱さというのが根っこの部分にあり、マイナンバー推進などのネックになっているのかなと思います。デジタルの力を使えば制度をきめ細かく作れるなど、みんなの合意ができれば、もっと違うことができるような気がします。―

(中空氏)合意ではなく、強制なのかもしれないです。アメリカや中国は強制的にデータをとっています。合意形成ですと徹底するのに何十年もかかります。そして、メリットをもっと付与しなくてはいけません。マイナンバーは強制力とメリットの供与の工夫が鍵だと思っています。

たとえばですが、日本はやり方が下手だなと思うのは、世代間ギャップを世代間の敵対のように使ってしまう結果、嫌な印象になってくることがあります。ノルウェーでは、「私もしてもらったから、あなた達もされて当たり前、そのための手当はしていく」、ということをやった上で、ちょっとずつ変えていきました。このノルウェー型の合意形成だとしかしながら、長い時間がかかることになります。何十年もかけないとすると、私はある程度強制したら良いと思います。無駄をなくすよう徹底するためにはデータを出し、チェックをすることが必要です。日本は強制力を発揮するべき時に発揮していないから、やんわり横を見て、みんなの行動によって判断をするようになっている面が否めないと思うのです。みんなに必要なことであるなら、政府が、マイナンバーへの代替を、たとえ反発が出たとしても進めるべきではないでしょうか。いろいろなものを皆さんの合理性のために優遇します、ということで良いのではないでしょうか。利用したときのメリットを説明することも忘れてはなりません。

―今年は、厳しい国際情勢を受けて外交・防衛分野も大きな論点になりました。―

(中空氏)グリーン、防衛費などで債務を膨張させない形にするには、ワイズスペンディングにより入れ替えるしかないと思います。債務負担を必要としたとき、例えば防衛費用というのは必要だけれど、今使っている5兆円というのはどのくらいの防衛力になっているのか。では、倍にしたときに、何が出来るのかなどを知りたいと思います。その上でそれが必要だとなったときに、どうやって対応していくのか、です。

日本はまず無駄を削減していくしかないと思っています。そのときにデータが必要になってくるわけで、本当に有効活用されているのかとか全部チェックしなければいけません。ワイズスペンディングというのは、無駄を見直して、正しいところにお金を使うことだと思っています。防衛やグリーンもワイズスペンディングの上でやっていくべきです。規律を失って財政を拡大させれば、ホームバイアスが崩れ、キャピタルフライトが起き、大変なことになってしまいます。ワイズスペンディングがどうしても作文のようになってしまっているので、そこは内容を詰めていく必要があるのかなと思っています。日本の現状は無駄が多いと思っているので、まずは無駄を見直すことから財源についても考えられるのではと思います。

政策形成プロセス

―昨秋に経済財政諮問会議の民間議員に御就任いただき、半年間議論を重ね、各省の反応、いわゆる与党プロセスなどの様子も間近で見ていただきながら、骨太方針の決定プロセスに関わっていただきました。このプロセスについて、いろいろと感じられたこともあったのではないかと思いますが、受け止めをお聞かせください。―

(中空氏)初めて政策を決めることをそばで見た感じであり、新鮮でした。骨太は36頁ですが、その裏にはたくさんのバックデータや要求があり、取捨選択を重ねてこの形になっていることを見せて頂きました。

一方で、若干のセクショナリズムを感じました。合議制で決めていける面白さを見た一方で、縦割り行政がなくなっていけば、これらの政策はもっと相乗効果が出るものが現れるのでは、という期待感もあります。合議制の良さはあると思っていて、私自身、得意、不得意もありますが、民間議員が4人いることで、互いに補い、フォローし合うということなのかなと考えています。

もう一つ言えるのは、それぞれが頑張ってしまうから真に重要な政策がどれか、優先順位がつきにくいとも思いました。「今年はこれで行こう」みたいなことがはっきりすると良いのですが、結果、毎年同じようなことが議論されます。そのため、何が論点なのかわかり難いという印象になってしまうので、今年はこれ、というように優先順位がはっきり見える形になると伝わりやすいと思いました。

(本インタビューは、令和4年6月10日(金)に行いました。)