人口減少をもたらす「規範」を打ち破れるか

  • メアリー・C・ブリントン
  • ハーバード大学ライシャワー日本研究所所長
    同研究所社会学教授
  • 聞き手:経済社会総合研究所次長 林 伴子

2023年3月、経済社会総合研究所では、森まさこ総理補佐官出席のもと、「人口減少をもたらす『規範』を打ち破れるか」と題して、シリーズ:「静かなる有事」少子化と男女共同参画第4回としてESRI政策フォーラムを開催し、ハーバード大学(ライシャワー日本研究所所長)のメアリー・C・ブリントン教授より、様々なデータを用いながら、我が国の少子化対策・女性活躍の課題について、基調講演を行っていただきました。

ブリントン教授は、昨年、『縛られる日本人~人口減少をもたらす『規範』を打ち破れるか』を出版され、我が国の少子化の要因について、問題提起をされています。今回は、著書の内容を含め、我が国のジェンダーや少子化をめぐる課題について、お話を伺いました。

長時間労働がもたらすもの

画像:ハーバード大学ライシャワー日本研究所所長 同研究所社会学教授 メアリー・C・ブリントン

(林次長)我が国は、女性だけが育児休業を取得することが多く、また、育休明け後も育児負担が女性に偏っているというデータがあります。女性の育休取得は普及しましたが、出生率が上昇しない日本の現状を、先生はどのようにお考えでしょうか。

(ブリントン教授)男性の育休が出生率上昇に直結するとは限りませんが、夫婦が共に家にいて、子供を育てることができる、「共働き・共育て」の実現という点では、何らかの助けにはなるとも思います。

ヨーロッパでも女性が育休を取得しているケースが多く、男性と女性の育休取得期間は、ヨーロッパでも決して同じレベルではありません。2人目を産むかどうかは、カップルが決めることですが、男性も育休を取得できるようになれば、夫婦両方が子供の面倒を見ることができます。夫がいれば、妻である女性の負担が減るから2人目の子供が持てるのではないか、ということは言えると思います。

こうした中、長時間労働も大きな課題だと思います。韓国では、男性の育休については政府が積極的な推進政策を取っており、これに関する様々な研究があります。韓国では長時間労働の問題が日本以上にシビアです。夫が育休を取得すれば、子育てがどれだけ大変なのかを夫は理解できるようになるので、職場に復帰すると、2人目を持つことは難しいという気持ちが高まるのではないでしょうか。働き方と育児休業の相互作用があるのではないかと思います。

しかしながら、日本と韓国では違いがあります。韓国の女性はほとんどがフルタイムで働き、パートの雇用は少ないからです。労働市場が少し日本と違っていて、共働きだと2人ともフルタイム労働です。男性が育休を取得し、子育てに協力した後に、2人ともフルタイムの仕事に復帰すると非常に大変だと思います。この点が韓国の労働市場の1つの特徴であり、重要なポイントなのではないかと思います。一方、ヨーロッパでは、労働時間が短いという違いがあります。そのような環境の中で、2人とも育休を取得し、家事や育児を毎日行って、2人とも職場に復帰すれば、子育ての負担は軽減するのではないでしょうか。

(林次長)ヨーロッパでは、そもそも労働時間が短い環境なので、育休を取得して、復帰しても仕事が普通に毎日続けられるのですね。

(ブリントン教授)韓国に関する研究は発表されたばかりですし、サンプルが少数なので、不明な部分が多々あるのですが、2人ともフルタイムで働いているという環境では、父親の育児休業取得はまだまだこれから、といった研究論文が発表されており、興味深いと思っています。やはり働く環境の影響が大きく、今後、さらに研究を進めていくことが必要でしょう。ヨーロッパでは、育児休業を取得すると第2子が欲しくなるという研究結果が発表されています。

職場を取り巻く現状

(林次長)我が国では、男女雇用機会均等法、女性活躍推進法など女性の労働市場への参加を促す政策がある一方で、女性の労働参加にブレーキをかける結果になっている制度もあります。「年収の壁」がその一例で、既婚女性の就労時間の調整を結果としてもたらすような制度が残されています。こうした状況について、先生がどのように考えておられるか聞かせてください。

(ブリントン教授)税制度・社会保障制度の改革が無いと、ジェンダー不平等は続くのではないかと思います。

私の女性の友人はエコノミストが多いのですが、15年前に会った時に、日本の制度は変わるわよ、とその友人から言われました。私も変わるのを待っているのですが、15年経っても変わっていません。このような制度の改革の見本が無いということが、日本で変わらない理由の1つと言えるのではないでしょうか。

また、日本は高学歴である男女の、賃金や労働条件の差が一番大きい国です。

(林次長)長時間労働に加えて、働く環境のDXが遅れており、結果的に国際的にみて生産性が低く競争力も低下していると思います。

(ブリントン教授)日本の男性からは、「チームで働くので、育児休業が取れない」、という発言をよく聞きました。しかし、チームで働くことは、日本特有の仕組みではありません。

一方で、北ヨーロッパの例として、スウェーデン人の男性に聞いてみると、育児休業の取得は当然だ、と回答しています。

日本では、「自分の職場に迷惑がかかる」など、男性のほとんどが「自分がいないと仕事が回らない」と考えているようでした。

北ヨーロッパ諸国の生産性が低いのであれば理解できるのですが、日本よりもずっと高いことは皆さんご存知でしょう。男性が職場で育児休業を取得できない、と発言しているのは、その企業のマネジメントに問題があるからなのではないでしょうか。私は日本の大企業で働いた経験はありませんし、個別企業のワークフローマネジメントはわかりませんが、これまで続いてきた慣習を「変える」という意思があれば、育児休業取得も可能になると思います。

また、日本では、既婚女性の正社員が、1年半くらい育児休業を取得し職場に復帰する、というケースが本当に多くなりましたね。昭和の時代に比べて、日本社会は本当に大きく変わりました。母親になっても働くことを希望する人が増え、またそれを受け入れる企業が増えました。以前と比べると、本当に驚くべきスピードで意識改革が進み、広く浸透していったと感じています。

ただ、私の印象ではありますが、育児休業を取得した女性が職場に復帰した際に、マネージャー層が高学歴の正規雇用である女性をどのようにマネジメントすれば良いのか、わかっていないように思われます。時短勤務で働く正規雇用者に対し、どの程度の責任ある仕事・権限を渡せば良いのかがわからないのです。職場復帰した女性からはもっと仕事がしたいとの話を聞きましたが、マネージャー層はおそらく「母親であること」、「家庭との両立」等を配慮しすぎることによって、責任ある仕事に従事させていない、というミスマッチが起きているのではないでしょうか。

多くの企業が改革を実行されていることは嬉しいことですが、日本のマネジメントはやはりまだ柔軟性が足りないと考えています。

(林次長)いわゆる「マミートラック」と呼ばれる現象ですね。

(ブリントン教授)マミートラックは様々な矛盾があります。マミートラック自体は、悪いものとは言えないかもしれませんが、男女平等と言いつつ、日本のマネジメントがこのようになされていては、日本の企業の生産性も上がらないのではないでしょうか。働き方の中で、様々な矛盾と問題があるのではないかと思います。

今後の育児休業制度

(林次長)岸田政権では「次元の異なる少子化対策」を掲げ、政府内でも働き方改革とそれを支える制度、男性の育児休業取得促進などについて議論が行われています。

先生は「次元の異なる少子化対策」として、どのようなことをやるべきとお考えでしょうか。

(ブリントン教授)長時間労働への対策や、働き方改革はもっと進めていくべきと考えます。

(林次長)働き方改革を支える制度として、例えば育児休業制度の対象外であるフリーランスの方への育児期間中の経済的支援、時短勤務となると給与が減ることから、そうした場合の給付の創設、など様々な取組の案が出されていますが、具体的にどのように解決をしていくべきでしょうか。先生の著書では確か、男性の育児休業の取得義務化という案もありましたね。

(ブリントン教授)それも「次元の異なる少子化対策」として提案する1つですね。

私は、産休と男性の育児休業の2つの取得期間に、給与を100%支払って良いと思います。もちろんコストはかかりますが、ヨーロッパの国々でも、男性がそれほど長く育児休業を取得しない理由の1つとして、世帯収入が減少することが挙げられます。どの国でも平均的に男性の方が女性より給与が高いので、男性が育児休業を取得すると、世帯収入は減少してしまいます。経済的な課題を解決することが必要だと思います。

育児休業期間の長さは、例えば12週間など、それほど長い期間は必要ではないと思います。ただし、男性の育児休業取得が当たり前になることがベストです。期間は長くなくても良いけれども、皆が取得するということが大切であり、取得している期間は給与の支払いを100%カバーして欲しい、ということです。

また、日本の保育園などでは、年度途中での入園は難しいため、4月上旬に子どもを保育施設に預けられない場合、母親は最長で1年半以上、育児休業を延長する必要があることも課題の1つです。

さらに、私は、現金給付の効果はあまり無いのではないかと考えています。様々な国のデータを見ると、あまり効果的ではないことがわかっています。現金をもらえることはありがたいですけれども、家族によっては、新しい家電製品など実物給付の方が嬉しいかもしれません。何百ドル支給されると子供を産みたいという希望が上昇する、という考え方も難しいのではないでしょうか。

様々な不平等の解決に向けて

(林次長)育児休業取得者の仕事をどうやってカバーしていくかという課題も生じています。他の人の負担が過大になると、不満をもつ人も出てきますので、対応を考える必要がありますが、先生はどのようにお考えでしょうか。

(ブリントン教授)人として、「なぜ自分が負担しなければならないのか」という憤りはよくわかります。アメリカでも、なぜ子供がいる親だけがそのような優遇を受けるのか、子供を持っていない方々には不公平だ、という議論がよくなされています。非常に過激な提案ですが、アメリカの例を紹介すると、子供の有無にかかわらず、全員が一定期間大型の休暇を取得することができるという企業もあります。これはアメリカ独特の提案と言えるかもしれません。

(林次長)また、日本では、妻が最初に頼るのは夫ではなく、自分の母親であることも多かったですが、最近は、実家の親も夫の親も仕事や介護で忙しいことも珍しくありません。

(ブリントン教授)家事や育児という点で、父親がそれほど頼りにならなければ、母親にとっては頼る人がいないということです。子供は2人で作ったのだから、育てるには父親・母親の両方が責任を持つべきとよく言われますが、特に日本の大都市ですと、核家族化が進み孤立しがちです。ネットワークが無いことが、大きな社会問題になっていくと思っています。頼るべきネットワークの存在が非常に重要になってくるのではないでしょうか。

(林次長)男性がもっと家事や育児に参加していくことが鍵なのではないかと思いますが、それを阻害している一番の要因はどこにあるとお考えでしょう。また、どこから変えていくべきだと思われますか。

(ブリントン教授)まず長時間労働は改善していくべきものでしょう。これらは、制度として決めてもらった方が良いのではないでしょうか。義務化をしてくれれば、何かが動き出すのではないかという気がします。

(林次長)制度や政策によってということですね。

(ブリントン教授)そうですね。政策ももちろんですが、企業内でも、例えばマネージャー層が現状をしっかり把握し、マネージャー層が中心となって議論の場を提供し、社内に情報を共有する、ということがやはり必要ではないでしょうか。ポリシーというのは、まずは現状把握がなければ活かせません。これはアメリカでも同じことだと思います。

また、上の世代の人たちや上司も、自分より下の世代の人たちや部下のことについて、日常生活での問題をマイクロレベルで把握しなければならないでしょう。人間関係に加えて、他の人が別の人に与える影響、といったことにも目を向ける必要があります。

政府がもっと一般市民の目線で考えてもらえたら、と思います。

(林次長)どのような部分から取り組んでいけば良いでしょうか。

(ブリントン教授)まずは話し合う場を持つことが大切なのではないでしょうか。世代間の誤解、それが一番大きな問題だと思います。若い人も年配の人にどんどん意見を伝えられる環境にすべきです。政府は高齢化問題に取り組むことももちろん必要ですが、若い人をもっとケアして、世代を問わずにオープンにディスカッションできる場を提供してほしいと思います。私自身の経験で言えば、まだ若かった頃、話を聞いてくれて、有益なアドバイスをしてくれたのは、自分より上の世代の男性たちでした。

40代や50代の人が、20代や30代の人の話を聞いてあげたら良いのではないかと思います。若い人の働きたいという思い、会社に尽くしたいという意思、それらをきちんと伝えることができない職場環境が存在してしまっていることこそが、問題と言えるのではないでしょうか。

(林次長)本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

(本インタビューは、令和5年3月10日(金)に行いました。)

画像:インタビューの様子