骨太方針2023
加速する新しい資本主義
~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~

  • 中空 麻奈
  • 経済財政諮問会議議員
    BNPパリバ証券株式会社
    グローバルマーケット総括本部副会長
  • 聞き手:内閣府大臣官房審議官(経済財政運営担当) 茂呂 賢吾

2023年6月、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2023」(以下「骨太方針2023」)を閣議決定しました。経済財政諮問会議の民間議員として骨太方針策定に至る議論に御参画いただいたBNPパリバ証券株式会社グローバルマーケット総括本部副会長の中空麻奈氏にお話を伺いました。

経済財政諮問会議の役割とマクロ経済運営

画像:経済財政諮問会議議員 BNPパリバ証券株式会社 グローバルマーケット総括本部副会長 中空 麻奈

(茂呂審議官)本日はお忙しい中お時間をいただきありがとうございます。今年の骨太方針策定に当たっては、コロナ禍や国際情勢の変化を経て世界の経済構造が大きく変わる中で、我が国のマクロ経済・財政運営はどうあるべきか、といった大きな考え方について、中空議員を始めとする4人の民間有識者議員とともに、各専門分野の特別有識者を交えて議論を行ってきました。

こうした議論を経たうえで、今年の骨太方針について、中空議員は大きく3つポイントがあると言われています。一つ目は、これからのマクロ経済政策の基本的な方針についてです。特に賃金と物価の好循環を維持するための方針が書かれていることです。二つ目は、労働市場改革、GX投資を始めとする「新しい資本主義」をどのように進め、加速化していくかについての方針です。そして三つ目が、財政政策の改革です。特に、平時化、見える化、多年度化といったキーワードをもとにした改革の方針です。

いずれも日本経済の今後にとって大変重要な課題ですが、これらの課題を経済財政政策という統一的な視点で整合的に議論する場が経済財政諮問会議であって、それこそが諮問会議の重要な役割だと言われています。本日は民間議員あるいは個人としての率直な御意見をお伺いできればと思います。

まずは、マクロ経済運営についてですが、今年は30年ぶりの高い賃上げの実現など、これまでとは違うマクロ経済環境になりつつあるという認識が広がっています。マーケットに携わる立場での実感も含め、今後のマクロ経済運営の課題と方向性について率直な御意見をお伺いしたいと思います。

(中空氏)マーケットにいる感覚としては、日銀総裁が代わり、かつ今年の春闘が高い賃上げ率を実現したという成功体験を得て、変わることへの期待感があります。

「正常化」ということ自体に曖昧模糊とした部分があって、何をもって正常化とするかは思いつつも、その方向に向かったスタートをするだろうとマーケットは考えていました。ところが、現在(7月時点)では、物価の先行きについて、日銀は私たちが思っているほど強い見方をしていないということが分かってきたわけです。そこにマーケットとの意識の差があるため、どういう考えで今のスタンスがあるのかということをマーケットの立場からも紐解いていきたいと思います。

今後の課題は、日銀の独立性をいかに担保し、かつ、ポリシーミックスも上手く働かせ、柔軟にマーケットが望んでいる正常化をどうやって見付けていくかということになってきたと思っています。経済財政諮問会議のメンバーとしてポリシーミックスが本当に上手くできているのかということをもっと検証していかなければ、10年前の政府・日銀の共同声明を達成したことにはならないと思っています。今回の日銀総裁の代替わりでは、共同声明は変更しませんでしたが、その分、チェック機能を果たしていく必要があると改めて自覚しました。

賃金の上昇に最も必要なもの

(茂呂審議官)その意味では、財政と金融のポリシーミックスとして、日本がデフレ経済から本当に脱却するためには賃金の持続的な上昇が鍵になると諮問会議で議論されてきました。構造的な賃金上昇の実現に向けた政策の優先順位をどのようにお考えですか。

(中空氏)賃金上昇に向けては、労働市場改革が重要です。労働市場改革の中でも、どれかと言われたら、雇用の流動化だと思います。雇用の流動化とは、正しい働きに正しい報酬を付けることにつながります。働いた分の成果に応じた賃金を付ける仕組みができなければいけません。エンゼルスの大谷翔平選手が何百億円もらおうと誰も驚かないわけです。何に対していくら払っているのか。互いの許容範囲を増やさなければいけない。雇用の流動化も、今の職を辞めることができるためには、次の働き場所があるということが必要になるため、そういったことを全て正当化できるように、長く働いた方が年金や退職金も有利といった今までの制度で紐付けている仕組みを変えていかないといけないと思います。ただ、終身雇用の全てが駄目なわけではなく、日本社会では終身雇用は労使双方に効力を発揮してきたのだと思うのです。企業で蓄積してきた知識や経験が無駄になるわけではない。その上で、もっと高い給料を求める人がもっとチャレンジできるようにする。そのためには、結局、失敗した人に対して許容を広げないと無理でしょう。このように考えていくと、最初にやるべきことは適材適所が可能となる雇用の流動化であり、その環境整備なのだろうと思います。

賃金を上げることになると、当然、収益を上げなければいけないという話になってきます。収益を上げるためには、経済成長をしなければいけない。経済成長にできるものは何ですかと言われたら、私はGXの技術をおいて他にないと思っています。

賃金上昇の持続性を担保するためという話に戻ると、私は雇用の流動化をどう徹底させるかの本源的な目標は、働きに応じた収益・利益・所得をどうやって決めていくかということだと思います。

日本では、何かを変えようというとき、今まであったものを悪者扱いとしてしまうことがありますが、そうではなくて、固定観念を持たずにより良いものに変えていくことが大切だと思っています。

未来への投資としてのこども・子育て支援策

(茂呂審議官)次に、こども・子育て政策についてお伺いします。今年の骨太方針では、未来への投資の大きな柱として、こども・子育て政策を位置付けました。とりわけ、若い世代の所得向上に重点を置いた政策体系になっていると思います。若い世代―このインタビューの読者も多くが若い世代です―の所得向上や将来不安の解消に向けて、中空議員は、個人的な思いで結構ですので、どのような点がポイントとお考えですか。

(中空氏)最終的には教育制度だと思いますが、その前に考えることは数多くあります。

若い人たちの意見を聞くと、例えば、出生率の向上に向けて、様々な公的制度があっても、使い勝手が必ずしも良くない。そこをもう少し若い世代の立場に立って作るだけで違ってくると思います。赤ちゃん用品の補助があっても、その対象商品のセンス、例えば、色がグレーとかベージュだったりして今一つだったりする。また、周りの友人・知人に聞くと、無痛分娩を保険対象にしてくれたら、それだけで産むという人が大勢います。そういった現場の意見を聞くことで、的確なお金の出し方をしてほしいと思います。単にお金を配れば良いというものではありません。

児童手当についても、毎月一定額を払うのではなく、将来分をまとめて一括支給する工夫、例えば、シンガポールにはベイビーボーナスと言う制度がありますが、同額のお金で効果が出そうな政策に見直しすることは可能と思っています。

子育て世代への住宅費サポートは、例えば、多摩ニュータウンは、かつての若者が高齢化して高齢者ばかりになっていますが、様々な世代の方が住むようになれば高齢者に生きる喜びを与えます。子供の笑い声とか、遊んでいる声は活気につながります。そういうことも併せて、セットでパッケージできないでしょうか。子供が1人も住んでいないような棟もあるので、そこを全部国が買い上げて、リノベして、要は安く貸し出すのです。

もう一つ肝があって、その地域に優秀な公立の小・中学校をつくる。教育費で負担になっているのは、塾代です。そうすれば、子育て世代は、喜んでその街へ住むと思います。お金を掛けず優秀な子供たちが育つ環境ができたら、人口も増えます。モデルケースが増えれば、同時に過疎化も止められるのではないでしょうか。

若い世代への様々なアンケートでは、「将来に不安がある」と出ていますが、彼らが本当に将来に不安があるのかと言われたら、私たちの子育て世代だった時と何がそんなに違うのでしょう。結婚することによって今の幸せを失うくらいなら、結婚しないで自由を謳歌する方が良いという人もいます。結婚しなくても子供を産んで良いとした方が、効果があるのかもしれません。個々人にとって幸せなことをやれている社会にすることが重要だと思います。

若い世代の所得を増やすことは大切です。そのためには、先ほど言った雇用の流動化と年功序列などの古い慣行の打破が必要です。例えば、役所の人でも民間に転職し、その後、もう一度役所に戻ってくるような流動化ができると意識も随分変わると思います。民間においても、今後は金銭解雇を可能とするような仕組みが必要かもしれませんし、とにかく、たとえ失敗したとしても復活できるような仕組みが必要です。

今後の財政政策について

(茂呂審議官)最後に、財政政策についてお伺います。私たちはコロナ禍という緊急事態を経験し、様々な課題、例えば「必要なところに届いているか」「費用と効果が見合っているか」「長期化による副作用が出ていないか」といった課題について、リアルタイムで現状を把握し、対応する難しさを実感しました。

こうした経験も踏まえ、今年の骨太方針では、「経済あっての財政」という大方針の下、短期的には「歳出構造を平時に戻す」、中長期的には「財政政策は主として潜在成長率の引上げと社会課題の解決に重点を置く」という基本的な考え方を示しています。あわせて、データや証拠に基づく政策立案、すなわちEBPMを可能とする基盤整備も本当に重要だと感じています。今後の財政政策の方向性について、率直な御意見をいただければと思います。

(中空氏)歳出構造を平時に戻すことも重要ですし、財政政策は主として潜在成長率の引上げと社会課題の解決に重点を置いてほしいと思います。金融市場から見ると、とにかく経済成長率が上がらない、競争力が上がらないことが問題です。競争力が上がらないということは、貿易黒字を稼ぐことができず、経常収支も黒字にならなくなります。その時、為替は、日本円が相対的に見てすごく安価になっています。日本の先進自動車メーカーであっても、アジアで人材を採用しようとすると、日本メーカーは賃金が安いからと断られてしまうそうです。

そうであれば、どの分野で強いかを見ることで優先順位を付けて、徹底的に勝つ戦略を取らなければいけないのだと思います。中国は、EVなどを造る時に必要な部品の7割・8割といった結構な割合を押さえています。他の国はEVを造る時に、その7割・8割の部品を中国から買うことになるのです。それによって、中国には収益が上がっていく仕組みができている。これを戦略的にやっているわけです。日本としても、お金が入ってくる戦略を作ることを本当に考えなければいけないと思います。

そういう意味で、社会問題の解決でいくと、気候変動とか、生物多様性とか、様々なポイントがありますが、まだ取り組めていません。ESG投資にしても、世界が欧州に従わなければいけないのは、ルールがあるからです。ルールを設定する方が勝ちなのです。だから、日本は負けてしまう。排出権取引市場もできていないし、GX経済移行債は何時になれば具体的に完備されるのかが見えていないと思います。

また、歳出構造を平時に戻すことは本当に必要ですが、その際に、問題を深掘りできるかということがポイントです。例えば、コロナ禍は、様々な問題を明らかにしました。どこに無駄があって、どこにお金が行って、どういう問題があったのかということを、もう少しきちんと考えないと、次にパンデミックが起きた時のお金の使い方が分からなくなってしまいます。

マイナンバーカードの問題が指摘されていますが、これでDXにしていこうという流れが閉ざされてしまってはいけません。私は、自分に紐付ける情報は全部一気通貫で取りたいと思っています。全ての人にデータを完備することで、パンデミックが起きたとき、本当に大変な人に急減した所得分だけを補填することができます。次からもっと公平にできるよう、どういう工夫ができるか考えておくべきです。また、EBPMとかPDCAという言葉だけが出ている反面、検証に使えるデータが無いことが多いと感じています。歳出の無駄をなくし、こども・子育て政策の財源や防衛費を捻出するからには、EBPMやPDCAを完全に回せるためのデータを公共部門で率先して完備してほしいと思います。それからEBPMができるものだと思っています。

「経済あっての財政」とは言いますが、そもそも経済成長が物足りず、成長するためには、構造的な制度転換が必要です。成長が足りないから財政に頼るということが増えてはいけません。私は、「経済も財政も」二兎を追うべきだと考えます。財政規律をしっかり守って、必要なものにはお金を充てる。あるいは、人口が減っていくことを前提に、私たちが取り得る戦略を徹底的に練ることが必要です。その戦略に即した財政政策なのかということを問うていきます。できているかどうかを経済財政諮問会議がチェックするということだと思っています。経済財政諮問会議が様々な方向に向かっているベクトルをちゃんと調整できるよう取り組んでいきたい、役目を果たしていきたいと思っています。

(茂呂審議官)ぜひその方向に向かって努力していきたいと思います。本日は貴重なお話を大変ありがとうございました。

(本インタビューは、令和5年7月3日(月)に行いました。)

画像:インタビューの様子