令和5年度年次経済財政報告から
家計の所得向上と少子化傾向の反転に向けた課題

  • 鈴木 亘
  • 学習院大学経済学部教授
  • 聞き手:内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当) 上野 有子

2023年8月、内閣府は「令和5年度年次経済財政報告」を公表しました。今回の報告のテーマの一つである少子化対策や女性活躍について、社会保障、福祉や社会問題の経済学などがご専門の学習院大学鈴木亘教授にお話を伺いました。

少子化の要因と鍵となる対応策

画像:学習院大学経済学部教授 鈴木 亘

(上野)本日は今年の白書の主要トピックである少子化や女性活躍などについて、お伺いしたいと思います。先生から御覧になって、何が少子化の一番の要因なのか。その解消に向けては何がポイントでしょうか。

(鈴木教授)白書の分解のとおりで、基本3要因ですよね。一番フォーカスされるのは合計特殊出生率ですけれども、実は出生数がどんどん減っていることのかなり大きな割合は、お母さんの年齢の人口がずっとマイナスであることによります。でも、もうこれは過去で決まったことで、先決変数だから変えようがないわけですね。

変えるとしたらまず有配偶率のところが結構大きいとされていて、ここがこれからどうするかということを考える上で一番重要なファクターです。結婚した後の希望出生率も下がってきているし、完結出生数も減ってきている。

ここまでは人口学的に見た話なのですが、経済学の立場に立つと、先決内生変数はともかくとして、結婚しないという話と子供を産まないという話はなぜなのか、住宅が狭いとか、教育費が高いとか、いろいろな理由があるわけだけれども、ベーシックスに戻るのであれば、ベッカーの言うとおり、機会費用、特に女性の機会費用が高くなっているからです。

女性の機会費用が高くなっているので、結婚についても留保賃金というか、結婚をすることの最初のコストみたいなものが高くなっていて、あまり条件の良くない男性は選びたくない。出生のほうも、晩婚化して、そもそも何人産めるかという状況です。

女性はなぜ機会費用が高くなっているかというと、就業率も高くなるし、そもそも学歴が高くなっているので、働きながら子育てをしてもらうようなことを考えざるを得ない。今から女性の機会費用を少なくするというわけにはいかないので、そのまま社会進出を続けてもらって、基本的には欧米のデュアルキャリア・カップル(DCC)のポリシー、日本だと両立化策みたいなものを基本に捉えて、子供を産んでも働き続けられて、しかもキャリアが進められるというようなところに策の中心を置かなければいけませんよというのが基本ストーリーですね。

(上野)機会費用が高くなっているのは我が国だけではないし、方向としては望ましいことですね。

(鈴木教授)ちょっと遅れていますけれども、日本もスウェーデンなど欧米が進んだ道を来ているのかなという感じですよね。

ただ、日本の場合は、後で議論になるかもしれませんが、日本的雇用慣行という岩盤みたいなものがあって、これがデュアルキャリアの最大の障壁になっている。そこが割とフラットな、雇用も流動的だし、同一賃金・同一労働とか、ジョブ型をやっている国と比べると、もう一つ大きなどかさなければいけない固まりがあるという感じではありますよね。

非婚化への対応に必要となるもの

(上野)白書では仮説として、女性は出産や育児によって将来的に所得の不確実性が高いので、パートナーには自身より所得が高い人を選ぶ傾向がある、との議論もしていますが、先生はどうお考えでしょうか。

(鈴木教授)特に低学歴、低所得で非正規に就いているような若い女性だと、出産すると所得ダウンをすることが考えられて、結構怖いですよね。だから、女性の出産後の所得をちゃんと保障しなければいけないとか、男女間賃金格差を縮める必要があるという処方箋については、私の中では、そういう人もいるよね、でも、違うストーリーもありますよねという印象を持ちました。

重要なのは、アナザーストーリーですけれども、基本的にはみんな高学歴になって機会費用は上がっています。

1人で生きていくだけの所得を持っているわけだから、交際相手の選択基準が上がっているということですね。経済学的に乾いた言い方をすると、留保賃金はうんと上がっているわけですよね。だから、条件を満たさない男性と結婚するぐらいなら、“自分と結婚する”ということなのだろうと思います。

機会費用も上がっていても、その人たちが結婚したくないわけではない。でも、気づかないうちに過ぎて非婚化になるわけですね。そこをどうするかという話は、白書ではもっとやってもよかったのではないかなという気がするのですね。

(上野)そういう人への処方箋は何でしょうか。

(鈴木教授)これはあまり経済学的でないかもしれないけれども、自分の求めている条件の人たちがどれぐらいのポピュレーションいるかということと、そのポピュレーションが自分の条件にマッチするかということは二重に考えなければいけないので、そこに錯誤があるのではないか。

私は、結婚に対する行動経済学的アプローチは意外にいいのではないかと思っていて、まずは情報提供ですね。情報提供といっても、ITの力を借りてパーソナライズした情報じゃないと意味がなくて、心に響かないので、マッチングアプリみたいなものにもっと登録してくださいと。そうすると、自分が求める条件と自分の条件を書かなければいけないので、どれぐらいの割合の人がマッチングを自分にしてくるかという情報が手に入るわけですよね。

なおかつ、成功する人、マッチングする人はどういう人かというのが分かるわけなので、マシンラーニングで分析すると、あなたはもうちょっとはきはき話したほうがいいですよとか、そういうアドバイスもあるわけですね。

(上野)昔は職場に世話焼きの上司がいて、いろいろアドバイスしていましたよね。

(鈴木教授)そういう人たちが、現代的に言うと、一種の行動経済的なナッジと、情報提供と、それから、コンサルティングみたいなもの。「鈴木君、もうちょっとやせないと駄目だよ」とかいろいろ言ってくるので、そういうのを全部含めて、単なる文化ではなくて重要な機能を果たしていたのだなという感じがしますね。

それは、今はマッチングアプリとかITです。競争があるのでそれなりに進化しているのですよ。民間だから、そこに行政がどう乗るかというのは難しいのだけれども、一種のマッチング市場の効率化策というか、質を上げる政策みたいなのはやってもいいと思っています。労働と極めて似ているので、公共職安のマッチングと同じような感覚でいいのではないかなという気はしますよね。

一番ネックなのは、うそをついてくる登録者がいるということ。重要な少子化対策で結婚マッチング政策なのだという観点に立てば、重要なマーケットに対する虚偽申告に罰則を科すのはありだと思います。

これまでの議論に加えてもう一つ考えるべきは、30代後半の人たちは、本当は非婚化までは行きたくないわけです。でも、何となくスルっと行っちゃうわけですよね。そこに何を対策するかというのは重要な話だと思うのです。第2次ベビーブーマーはこの年齢を過ぎましたが、その後もそこそこ人口はありますので、何をするかというのを考えるべきだと思うのです。

そこで私が思うのは、その年齢になると結婚に対するリスクは大きいわけですね。若いうちだと、失敗して別れましたといっても次を探しやすいので、決断が早いのだけれども、この年齢になると、失敗することの機会費用が高いということで慎重になるわけですね。

だから、ここの人たちに対しては、一つは、パートナーシップ制とか、フランスのPACSのように、一緒に住むとか、ひょっとしたら子供ができるかもしれないぐらいの軽い付き合いにしておくという制度をもうちょっと整備して、パートナーでも公営住宅みたいなものに、点数を下げてあげて、普通に結婚した人と同じように入れるようにするようにしてはどうか。パートナーシップ制を整備すると、リスクが高いとして婚活に踏み出せずにいる人たちがもうちょっとするっと実質的な結婚にたどり着けるのではないか。

女性活躍の視点からの日本型雇用慣行

(上野)ありがとうございます。次に労働市場の話題に移りたいと思いますがさきほど御指摘もありました日本的雇用慣行について、特に女性活躍という視点から、先生はどう評価していらっしゃいますか。

(鈴木教授)私は日本的雇用慣行については明らかに外部不経済だと思います。労働経済学の世界だけだと、効率性を考えるといい面がありますねというのが、割とスタイルが確立された考えなのだけれども、その時代の経済条件みたいなものが全部変わってきているので、この少子化社会で日本的雇用慣行をやっているのが、全体として本当に効率的か、環境も変わって、いろいろな制度が変わってきているのにそうなのですかというのが一つある。

もう一つは、明らかに出生率とか個人のワーク・ライフ・バランスに対してただ乗りしているのですよね。転勤は多いし、長時間労働をするし、奥さんは働けないでしょう、要するに奥さんに家事・育児を全部させるということにただ乗りした効率性なので、これは少子化が進む社会においては適切な費用を払っていませんよね。外部不経済なので、ピグー税みたいなものを課してはどうかというのが、社会保障学者としての私の基本的な考え方、スタンスです。

白書が分析したように、どんどん賃金プロファイルがフラット化しているというのは事実ですし、非正規が増えたりして変わるはずだと思うのだけれども、これは社会保障の立場から見ると、賦課方式の年金みたいなもので、時代に全然合わないし、これからやっていたら地獄になりますよという話ですが、先決変数が多過ぎてもう変えられないじゃないですか。日本的雇用慣行というのも、若い頃はただ働きというか、自分の生産性よりも低い給料で、その代わり後でもうかるという一種の賦課方式モデルで、私はそのフリクションが少子化を生んでいると思っているので、そこは政策介入をもっとしていくべきだと思います。

(上野)雇用慣行にどういう介入をするのでしょうか。

(鈴木教授)一つは、日本的雇用慣行がそんなに変わらないというのだったら家事、育児をアウトソーシングするしかないので、アウトソーシングの市場に補助金を入れるとかもっと規制緩和をする。保育園の待機児童対策はかなり成功しましたけれども、それだけでは足りなくて、保育園がこれだけ整備されても、まだ結婚して子供が一人生まれたら辞めてしまう女性が多いので、それだとまだ両立できないわけですね。

中国ではベビーシッターとかお手伝いさんがいて、一人っ子でも、奥さんはほとんど家事をやらないで子供を育てている場合があります。ただ、日本人は、他人を家に入れるなんてあり得ないという考えの人が結構いるのですよ。でも、海外で暮らしたことがある日本人は、何で使わないのかなという認識の差があるので、経験があるかないかのことだと思うのですよね。そこで、政策として経験させるのも良いと思います。

1回目は心理的な抵抗感が大きいのだけれども、一回でも汚い部屋を見せてしまうと、抵抗がなくなり、どんどん来てくださいという話になる。そこで例えば無料の10回利用券をあげてしまう。そうすると、ただなら使いたいなと思うし、部屋を見られても、子育て中はみんなこうですよと言われたりして、もう安心して、この人が来てくれるんだったらいいやと思うでしょう。つまり、1回目の利用のエクステンシブマージンを超えるような政策をもっとやってあげれば、意外に使ってくれるんじゃないかなと。

サービスのマーケットをつくるというところは、介護保険だって何もないようなところからつくり出したわけだから、最初のスタートアップのところは政策介入していいと思うのですよね。

女性の労働市場で、みんな辞めてしまうと日本経済にとっても莫大な損失なわけだから、女性労働市場の失敗を是正するための政策であるところの補助金を入れる、ベビーシッターとか家事サービスに対して政策を打つというのは全然ありだと思いますね。

(上野)行政がやることはいろいろ考えられるということですね。

(鈴木教授)もちろん、本丸は日本的雇用慣行のところでしょう。女性が一番両立できない理由は長時間労働と転勤ですよね。そこはもう企業にペナルティを科していいと思うのです。長時間労働の外部不経済はすごく重いと思うのですよね。ジョブ型まで行かなくても、少なくとも長時間労働の是正とか、そういうのに対して労基署が入るとかではなくて、具体的に罰則、罰金を科す、それぐらいあっていいのではないかと思うのですね。

それから、日本的雇用慣行を守るためのいろいろな法制とか退職金の最後のところを大きく控除するというのは止める。ただ、増税をやるのではなくて、勤続年数で変わらない控除を入れるとか、とにかくニュートラルにするということをやらなければいけない。

(上野)今回の白書では持続的な賃金上昇に向けた労働市場の流動化や、リスキリングの重要性にも焦点を当てています。

(鈴木教授)政府のリスキリングは、よく馬を川に連れていくことはできるけれども、飲ませられないと言うでしょう。川に連れてきたんだなという感じがするのです。しかし、その馬は飲む気ないでしょうと。

だって、リスキリングして何かいいことがあるんですか。企業の中で突然AI部門とかIT部門に行けますといっても、例えば40を超した人たちに勉強して、異動ですと言われても困る人も多いでしょうし、では、転職してもっと給料が高いところに移れるのかというと、そうでもないので、メリットがちゃんとありますということにしてあげないと、馬を水辺に連れていくだけの話になってしまうと思います。

学ぶことが転職につながる、どちらが先かという話になるのだけれども、とにかく見える成果がないとインセンティブにならないので、そこは難しいところだなと思うのです。

ただ、自分の学生たちの世代になると、転職して給料が上がっている人が結構出ているんですよね。半導体の部門で、半導体の営業をやっていたのだけれども、中身が分からなきゃ駄目だといって勉強して、設計ができるようになってランクアップしたとか。だから、若者と成長産業ではリスキリングはうまく機能していると思うので、あとはそれを他部門にどう広げていくかというところですよね。

そこが産業政策というか、成長産業への移行策とか流動化政策でもいいのですけれども、そういうこととセットになる。逆に言うと、日本的雇用で旧来型の産業を守っていて、既成産業を守っているというのと共存はできない話なので、リスキリングも転職支援も何でもいいのですけれども、そういう成果がある部門を増やしていって、あちらへ行けばいいことがあるのだ、勉強しようと思うことのセットでやらないとうまくいかないですよねという話ですね。

(上野)転職もリスキリングもうまくいかない中高年はどうすればよいのでしょうか。

(鈴木教授)高い給料をもらっても生産性が高くない都市部の大企業の中高年は企業にとってはコストでしかないですが、人手不足の中小企業、地方の企業やNPOでは、その人脈やスキルが役に立つ場合があります。そこで、出向という形で外に出してあげればよいのではないですか。出向先で少しでも給料が出れば、出向元のコスト削減にもなる。

転職というとお尻が切れてしまうので、それは人生をかけた勝負になってしまうのだけれども、出向であればやりやすい。実は、中高年の出向、天下りは同じ企業グループ内ではやっていることですが、それを、グループ外の企業にも広げて、マッチング・マーケットを作るイメージです。もちろん、本格的には雇用を流動化させるのがよいのですが、まずは過渡期の施策として、出向マーケットを広げてゆくということはあり得ると思います。

(上野)話は尽きませんが最後に、経済財政白書に期待することをお聞かせください。

(鈴木教授)今年は少子化に踏み込んでくれたのはよくて、ザ・マクロから離れたことをもっとやるべきだなと改めて思いました。白書にもミクロ政策をもっと入れてよくて、そうすると自動的にほかの管轄官庁とけんかすることになるのだけれども、もともとの経済白書は他人の島へ行って戦っていたわけで、原点回帰ではないですけれども、やはり全体を俯瞰できる内閣府に、もっと政策でけんかしてくださいよというのが言いたかったことです。

(上野)白書や内閣府へのエールをありがとうございます。また本日は率直なご意見をいただき、大変勉強になりました。

(本インタビューは、令和5年9月14日(木)に行いました。)

画像:インタビューの様子