豊かさを実感できる経済社会へ ~ビジョンを通じて対話する~

画像:政策インタビュー集合写真
右から
藤波 匠 上席主任研究員/「経済財政検討ユニット」サブリーダー、
神田 玲子 理事/「経済財政検討ユニット」リーダー、
内閣府政策統括官(経済社会システム担当)付 参事官(総括担当)佐藤 鐘太、
同付 北島 大地
(本インタビューは、令和6年2月1日(木)に行いました。所属・役職はインタビュー当時のものです。)

神田 玲子
公益財団法人NIRA総合研究開発機構理事・研究調査部長
「経済財政検討ユニット」リーダー
藤波 匠
株式会社日本総合研究所調査部上席主任研究員
「経済財政検討ユニット」サブリーダー


2023年10月に中長期の課題に関して必要な対応の方向性などについて、広く有識者の知見を集めながら検討を進めるため、新藤大臣の下に「経済財政検討ユニット」が立ち上がりました。

今回は同ユニットのリーダー、サブリーダーを務めている神田玲子理事、藤波匠上席主任研究員に日本の経済社会のビジョンについてお話を伺いました。

日本が抱える中長期の重点課題

(佐藤参事官)日本では少子高齢化・人口減少、地方の衰退、国際的なプレゼンス低下といった危機意識の中で、これまで政府も様々な取組を行ってきましたが、多くの課題がまだ残されているかと思います。課題の解決に向けて何がネックなのか、何を変えれば効果が出るのか、お考えをお聞かせください。

(神田理事)最も大きな課題は、人の投入が全体最適になっていないことだと思います。失われた20年、30年などと言われますが、その間、必ずしも日本は停滞していたわけではありません。例えば、2000年代には四半期ごとに新たな携帯電話が販売され、機種変更で猛烈な競争が展開されていました。ただ、必ずしもイノベーションにはつながらなかったです。人の投入がマーケットを確保するための短視眼的なものになっていました。人的な配置がネックになっているというのは、今でも続いている問題だと思います。

(藤波研究員)私の専門分野である少子化や地方活性化からいうと、特に賃金配分などのアンバランスさが際立っていたと思います。統計的に見ると、この約20年間は、若い世代ほど賃金上昇が低く、実質賃金が下がっていくような状況でした。結果、彼らの結婚・出産への意欲が低下し、大都市と地方の所得格差が広がり、地方からの人口流出が起こりました。その格差は地方自治体などによる移住促進等の取組ではカバーし切れないほどです。また、大学進学率が上がってきた現在、高度人材が求めるような職を地方で生み出せなかったという問題も、とても大きかったのではないかと思います。

ジェンダーギャップも、喫緊の課題だと思います。女性の大学進学率が男性とほとんど変わらない中で、依然として多くの女性が男性のサポート役の仕事に就いていたり、非正規雇用の方が多かったりするなど、女性の能力を浪費してきた側面があったのではないでしょうか。この辺りをしっかりと見直していかなければ、日本の課題は解決できないと思います。

意識の共有・社会への浸透のために

(佐藤参事官)言及いただいた課題を国民に共有し、社会に浸透させるにはどのような取組・工夫が必要でしょうか。

(神田理事)例えば、政府はマイナンバーカード保険証の普及に精力的に取り組みましたが、利用率は5%以下の状況が続いています。もちろんセキュリティー上の問題はありますが、デジタル社会に移行するためのシンボリックな取組であり、私たちの社会を変えていく一つの試金石だということが十分に理解がされていないからだと思います。いくら政府が素晴らしいビジョンを策定したとしても、現場で働く人あるいは国民一般には共有されていないのが現状です。政府と対話をしながら議論を深めていくような仕組みを内閣府が主体的に作ることができると、日本の社会全体の動きが変わると思います。

(藤波研究員)将来の日本に対する危機意識は、それぞれの価値観で国民、あるいは国・地方自治体も含めて皆さんお持ちだと思います。ただ、それを国の政策や地方自治体の取組に反映する際、短視眼的になり、表面的な数字を追ってしまうことが多過ぎたのだと思います。地方自治体による人口問題対策で言うと、長期的視点に立てばその地域で生まれた人たちが豊かに暮らせる地域をつくることが何より重要なはずですが、移住促進政策に傾注し、これが隣の町から人を引っ張ってくる力となり、結果として地域間での人口の奪い合いとなってしまっています。やはり地方自治体であっても長期的視点に立って取組や計画をつくっていくことが、これから必要になってくると思います。

中長期ビジョンを策定する上でのポイント

画像:政策インタビューの様子1

(佐藤参事官)社会情勢の変化もあり、日本のあるべき姿、ありたい姿は、以前に比べて描きにくくなっています。内外の環境を踏まえつつ、中長期ビジョンを策定する際に押さえておくべきポイントについて、何かお考えはありますか。また、日本が引き続き国際的にも信頼され、リードできる国であるために、特に重点を置くべき分野はありますか。

(神田理事)もちろん人口減少はとても重要ですが、それに併せて外国人労働者をどの程度受け入れるのかということも基本ですね。さらには、デジタル産業の巨大化により産業構造の急激な変化が起きているので、それに対する科学的な分析も必要です。まさにアメリカで起こっているようなジェントリフィケーション(都市の富裕化現象)にみられる、極端に所得差が生じる分配問題に対して、皆さんが感じている不安感をどう捉えて、分析していくかが、重要な論点だと思います。

(藤波研究員)日本はこの20年、バブル崩壊以降から見れば30年ほどずっと低成長にあって、所得も下がり、国際的なプレゼンスも下がってきています。日本はこれまで中小企業が持つ技術が強みとされてきましたが、それらを発揮することは、世界経済の中で難しくなってきています。たとえ中小企業であっても、これまで培ってきた技術や強みを、どのように世界に向けて発信していくのかという発想が必要です。中小企業に限ったことではありませんが、わが国の技術を、いかに成長産業に育てていくのかという観点から、国の産業戦略はとても重要だと思っています。例えば、日本は高齢社会の先進国なのに、医療や介護、あるいは製薬関係の企業が世界に飛び立てていません。それは単純に薬価や介護費用を安価に抑えることが優先されてきたからであって、成長戦略として長期ビジョンを立てた上で、強みとなるように国が支援をしていく、産業を支える視点が必要だと思います。

中長期な視座で人口動態を考える

(佐藤参事官)日本では、人口動態の変化を前提とした社会づくりや人口トレンド自体を変えていくような政策も大事かと思われますが、何かお考えはありますか。

(神田理事)個々の活躍する場をもっと増やしていくことが重要だと思います。一人が働く場所が一生に1社である必要はないので、副業や土日・平日の空き時間を他の活動に費やすことで、活動場所を複数持つような工夫が必要だと思います。異業種含め、様々な人とのネットワークを構築することは、課題解決につながるだけでなく、自身の発想力も高まり、様々な仕事に生かすことができます。現役の若い人から高齢者まで、自分の活躍できる場を細分化していくことで、様々な社会の変化につながるのではないかと思います。交流・活動を増やし、一人一人の厚みを増していくことを意識的に実践していくことがとても重要だと思います。実は、仕事の成果や人生の成果は、ネットワークに比例して拡大していくことが多いです。

(佐藤参事官)身近なところにロールモデルがあれば刺激を受ける機会が多くなりますね。

(神田理事)今の日本の働き方(1つの会社に勤め続ける)では、関係が年功序列で、出会いも固定化されてしまいます。だからこそ地道にネットワークを拡げていくことは、自分の生き方や行動を変えていくうえでも重要です。

(藤波研究員)今の時代は、結婚してもほとんどの女性が働き続けます。データで見ると、結婚している25~39歳の女性の9割は働いていることになります。しかし、その中に占める非正規雇用の方も多いことから、人手不足という割には、能力の高い人材が埋もれてしまっています。人材の活用がうまくいっていないという認識が必要です。

私は、そろそろ日本は配偶者の扶養という概念を考え直さなくてはいけない時期に来ていると思います。日本は扶養を促す制度が幾つもあって、扶養に入ったほうが得だと考える方が多いです。扶養手当・扶養控除とか、あるいは第3号被保険者制度とか、そういった様々な制度を抜本的にトータルで見直していくことで、働いた人がその働きに応じて所得を得て、豊かな生活を送っていくことができる国にすることが経済的にもメリットが大きいと考えています。

ちなみに北島さんは何年生まれですか。

(北島係員)1997年生まれです。

(藤波研究員)人口動態的にみると、1990年代生まれの方は、実は出生数が大体120万人でずっと安定して推移していた時代です。今、その方々がちょうど結婚・出産のタイミングに入ってきています。さらには出産期にある女性のうち、20~30代の人口比を見ると、相対的に少しずつ増えてきています。そのため今こそ少子化対策や子育て支援を行う絶好のタイミングだと思っています。今、手厚い少子化対策や子育て支援政策を行うことによって、将来生まれてくる子どもを少しでも増やしていくことができると考えています。

(佐藤参事官)なるほど。北島さんの世代が結婚や出産の希望をかなえられることがポイントになるのですね。

(北島係員)私の周りにも最近出産した知人・友人がいます。ただ、皆さんが口をそろえて言うことは、子育てにかかる費用の高さのことです。若い人には出産に対して抱く否定的なイメージが少なからずあるため、それらを払拭していくことが大切だと思います。

日本らしさ、日本の良さとは

画像:政策インタビューの様子2

(佐藤参事官)ビジョンを考える上で日本が変わるべきポイントを中心にお話しいただきましたが、一方で、守っていくべき日本らしさや日本の良さはありますか。

(藤波研究員)日本には「子宝」という表現があります。いまの時代にあっても、この発想自体はとても重要です。子どもは大切な存在で、国もサポート体制の強化を図っています。しかし、残念ながら今の日本は、格差社会になってきていて、低所得の世帯に生まれた子どもは様々なデメリットに直面します。子どもは平等に生まれてきているはずなのに、いきなり格差社会の中に放り込まれるわけです。またデータからも、少子化の流れの中で、中高所得層に子どもが偏ってきていることは明らかで、低所得層はなかなか子どもを持てない、結婚もできない状態になっています。少子化対策や子育て支援の観点からも、経済の底上げが必要になっています。

(神田理事)子育てにも関連しますが、支え合いができる社会は大事ですね。支え合えるということは、お互いに信頼や期待が、ある程度存在する状態のことです。社会の根底に規範のようなものがあり、ルールで縛らなくても円滑に事が進むような社会ができています。この規範を維持していく必要はあると思います。ただ、男性は仕事が忙し過ぎて地域活動にあまり注力できず、コミュニティは崩れつつあります。子どもを育てる仲間でもいいし、趣味でもいいので、つながりを築き、互いに信頼関係を構築することで、いざ何かあったときにお互いに助け合うような行動が生まれやすくなります。そのため、意識的にある一定の規律を持った市民社会を維持していく必要があると思います。

(藤波研究員)神田さんが言われた市民社会というコミュニティの話の中で、特に男性が参加していないという話がありましたけれども、そこは残業の問題がとても大きいです。例えば、毎日家に18時に帰ることができると、その後のライフスタイルが大きく変わってくるので、一部の人は前述のようなコミュニティで様々な活動をする時間が十分に取れるはずです。

(佐藤参事官)特に東京では、コミュニティは衰退していて、そもそもそれがあることに気づく機会が少ないです。また、コミュニティに入っていく手段が分からないということもあるかと思います。

(神田理事)身近な例だと、図書館のスペースやコンサートなどの機会を活用して、コミュニティ活動を行うこともあり得ます。異業種の人が同じ場所に集まって共通の話をし、意見交換する機会があると、一人ひとりの世界も広がるし、イノベーションの切っ掛けになるのかと思います。特に、地域では、多様な人々が集まる場があるかどうかが、生き残るうえで重要だと思います。伝統工芸が進歩している例も、やはり地域の人のつながりが影響していると思います。

(北島係員)若い世代は休日や平日の夜に時間があると、オンラインで動画を視聴しながら、家でゆっくりする人が多いと思います。一方で、SNSやオンラインサロンで、現実では距離のある人と、ネット上でコミュニティを形成されている例もあります。このような新しいコミュニティはどのように捉えていくべきですか。

(神田理事)コミュニティは対面とネットの両方があるといいですね。例えば、山古志村では、他地域の方が山古志村のデジタル村民として登録をし、Nishikigoi NFT (Non-Fungible Token)を電子住民票として保有することができます。集まったお金は、ネット上の投票で採択されたプロジェクトに充てられます。このように対面とネット、両方のコミュニティの形成を後押しするような仕組みを作ることができれば、少子化問題も変わってくるような気がします。

(藤波研究員)今は結婚相手もオンラインで見つける方がかなり増えてきています。また、災害時にもネット上で距離を問わずにサポートしてくれる方々が出てくることもあり、オンラインはすごく役に立ちます。ですから、コミュニティには多種多様な形があっていいと思います。

(佐藤参事官)そうですね。そういう新しい変化を取り入れてビジョンをつくっていくことが大事ですね。

ビジョン策定の際に政府に求められること

(佐藤参事官)中長期のビジョンを策定する際に、政府に求められる役割はどのようなものですか。

(藤波研究員)政府の役割は多岐にわたりますが、理念的な発想で言わせて貰えれば、今の世代より次の世代のほうが少しずつでもいいから豊かになっていくこと、豊かになっていることを実感できる社会をつくっていくことだと思います。

ただ今の日本では、賃金水準に限ってみれば、若い人ほど貧しくなっています。戦争をしているような国は別として、先進国として、こうしたことはあってはいけない状況だと思います。次世代を豊かにすることにはこだわりを持って、政策設計をしていってほしいと思うのですが、まずは実質賃金をいかに引き上げていくかがポイントになります。当然、賃金を払っている産業界、企業の役割がすごく重要になります。どれだけコストカットしたかが経営者の評価につながっていた時代は終わり、新たな富を生み出し、国を富ませ、社員を豊かにできるような企業、社長、リーダーを育てていくことも、政府の役割になるのかもしれません。

(神田理事)今の政府の状況を見ていると、国民の意識との間に少し乖離が生まれているように見えます。政策当局は国民が政権に何を望んでいるのか、もう少し把握できるといいかと思います。自身の損得だけではなく、社会全体のことも考えて練られた国民の意見を、意識しながら政策のかじ取りをしていくと、国民との間の乖離も狭まっていくのではないかと思います。

(佐藤参事官)社会課題に関心のある方へアプローチする方策は考え得るかと思いますが、無関心な方へ危機意識を持っていただいたり、問題に気づいて振り向いてもらえるようにするには、どのようなアプローチの仕方があると思いますか。

(神田理事)私は市民会議や様々なコミュニティなど身近なところで政策やビジョンづくりの議論をしていく、そういう地道な市民活動やボトムアップのビジョンづくりに期待しています。

(藤波研究員)市民の意見を反映させることはとても重要なポイントだと思います。政治への満足度が低い、支持率が低いのも、結局自分たちの考えが反映されていないと感じているからです。そこで一つの方策として、私は地方議会がもっと開かれたものにするべきだと思っています。参加のハードルを下げるために、北欧のように議会の開会を夜間や週末にするのも一案です。

(神田理事)そうですね。今後、過疎化で地方自治が維持できずに形骸化してしまうので、それなら地方議会に気軽に参加できるようにするなど、政治の根幹から、問い直していく必要があると思います。

未来の若者へのメッセージ

(佐藤参事官)では、最後になりますが、未来の若者に対してどのようなメッセージを伝えたいかをそれぞれ伺ってもよろしいでしょうか。

(藤波研究員)私は特にありません。私は自分の子どもに対しても好き勝手に生きればいいと言っています。

(佐藤参事官)それこそが強いメッセージですね。

(藤波研究員)若者が好きに生きる土俵をつくることこそが上の世代の責務だと思っていますので、若い人には自由に生きてほしいです。

(神田理事)私も似たようなことを考えていて、人生のあり方が前の世代と大きく変わったと思います。今の技術をもってすれば世界の誰とでもつながることができます。人生そのもののモデルケースがない時代なので、横並びや自分の経験で見聞きしたものに縛られず、DXや様々な支援を活用することで状況を変えていき、ぜひ自分のモデルケースを作っていってほしいと思います。