骨太方針2024 ~賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現~
中空 麻奈
経済財政諮問会議議員
BNPパリバ証券株式会社
グローバルマーケット総括本部副会長
2024年6月、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2024」(以下「骨太方針2024」)を閣議決定しました。骨太方針2024は「賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現」を掲げるとともに、経済・財政新生計画を盛り込みました。
今回、経済財政諮問会議の民間議員として骨太方針策定に至る議論に御参画いただいた、BNPパリバ証券株式会社グローバルマーケット統括本部副会長の中空麻奈氏に、賃上げ、投資、財政といった観点を中心にお話を伺いました。
日本経済の現状と骨太方針のポイント
(中澤審議官)骨太方針2024の策定時期を振り返ると、今年の春闘の賃上げは昨年以上の高い水準であり、そうした中で日銀の金融政策が変更される、といった環境変化がありました。まず、経済の認識と骨太方針2024のポイントについてお伺いできればと思います。
(中空議員)日本経済は、本当に様変わりしていく最中に来た、言うなれば転換点にきた、と思っています。今後、実質GDP 1%成長を恒常的に上回るような世界に行けるのか、それとも、やはりもう1回スローダウンしてしまうのか、その境目までは来ていると思います。こうした経済状況になるのは、ここ数十年なかったことだと思います。そういう意味で、非常に重要な節目での骨太方針だったと考えています。
骨太方針2024は、このように経済が節目を迎える中で、未来に向けて「実質GDP 1%成長を恒常的に果たしていくんだ」という宣言になっており、その実現に向けて「競争力」に関する要素をふんだんに入れることができたのが、大きな特徴ではないかと思っています。
(中澤審議官)ありがとうございます。おっしゃった実質1%成長が実現する経済に移行するためには、物価や名目値の賃金があがるだけでなく、実体経済の変化が重要だと思います。現在、賃金や物価が動き出していることが、実体経済の変化に、どういう経路で影響するとお考えですか。
(中空議員)日本経済が停滞した背景として、我が国の構造問題や閉塞感がありましたが、その中の一つが「日本の賃金が上がらなかった」ということだったと思います。そもそも日本人の賃金が他の国に比べて低いなかで、ようやく、賃金が上がらなかった状況から、賃金が上がる状況まで持ってこられたことが重要だと思っています。これまで私達が抱えていた構造問題、閉塞感に対して、改善の大きな方向性を示すという意味で、物価や賃金上昇の好循環を作ることが必要だったと思います。
(中澤審議官)そうした意味で、物価と賃金の上昇は、大きな経済状況の変化、マクロ経済運営の成果だと言えるかもしれませんね。
(中空議員)はい。ただ、物価と賃金は上昇していますが、政府としては、まだデフレ脱却宣言をしていない状況です。その背景として、デフレから抜け出して、インフレに移行する中で「物価高は良いことだと思えない」と感じている方が多いということも、指摘しておきたいと思います。テレビ番組では「何百種類もの製品の値段が上がりました」と言う情報が、ネガティブな情報として溢れています。こうした中で、デフレ脱却宣言をした場合に、それが、国民にどうとらえられるかということも意識せざるをえないと思います。
(中澤審議官)物価上昇は、消費者の暮らしにネガティブな影響があるのは確かですね。
賃金・所得の上昇に向けて
(中空議員)そこで重要なのが、賃金・所得です。物価が上がるだけではなく、ずっと何十年間も上げられなかった賃金について、ようやく上げられる目処がつき、賃金と物価の好循環により経済にプラスの影響がでてきていることです。これをさらに、可処分所得の上昇が物価上昇よりも上がるようにできるかがポイントです。実質可処分所得が増えれば消費行動は変わっていくであろうと思います。可処分所得が増加することで消費も増加する、という姿を目指すのが、基本的な方向性であるべきだと思います。
その際、留意すべきなのが消費性向です。米国等の海外勢と比べて、日本人には「あるだけお金を使おう」という傾向が少ないと思います。だからこそ、国民が「十分な報酬をもらい、十分な余裕がでてきた」と感じるところまで、所得を増加させることが重要だと思います。
(中澤審議官)「消費を増やすには」というお話を頂きました。今、実質賃金が27か月ぶりにプラスという統計が出てきて、先行きはまだ分かりませんが、これから賃金や可処分所得がある程度持続的に上がっていって、国民の意識が「生活がよくなった」「経済がよくなった」という自信に繋がると、消費や経済全体がよくなっていく、ということですね。
(中空議員)実質賃金は、すぐに持続的にプラスということにはならず、プラスになったりマイナスになったり、ボラティリティはあるかもしれませんが、それでも、徐々に実質賃金プラスが定着し、期待感が醸成されることが重要であり、そうした期待感がないと、消費は増やせないということだと思います。
投資の拡大に向けて
(中澤審議官)岸田内閣においては、賃金が大きく上昇したことに加えて、官民連携で投資を拡大していくための政策に継続的に取り組んできた中で、投資も拡大し、過去最高水準と言われるようなところまできました。今回の骨太でも、GXなどの投資を促進するという方向を盛り込んでいますが、こうした点への評価を伺いたいと思います。
(中空議員)投資拡大に向けた動きはかなり進んでいると思います。GXでいえば、GX経済移行債を発行し、GX推進機構を設置しました。経団連は115兆円の設備投資にコミットされました。箱は用意されて、本格的な投資拡大に向けて“READY GO”の状態にあるとみています。ただ、投資が実際に拡大方向に動いているか、効果的なものなっているか、という点は、私はそこまで自信が持てていません。例えば、日本はGX関連の特許を数多く保有しています。しかし、特許をマネタイズする、つまり収益をあげるところまでもっていけていません。
(中澤審議官)今後に向けて、どういった点が課題になるでしょうか。

(中空議員)やはり、「日本の強みとなる分野を特定し、そこにお金を集めていく」ことが大事だと思います。
例えば、今、GXという大きな流れがあり、GXに向けた投資拡大は大変重要な課題です。その際、多くの方から、水素が強い、ペロブスカイト太陽電池も強い、あれこれも強い、といった説明をよく聞きます。同様に「ブルーエコノミー」や「サーキュラーエコノミー」をうたって様々な検討がなされています。しかし、このような分野が本当に稼げる産業になるのか、具体的にどのように稼いでいくのかという深掘りした検討は、まだまだ不十分であり、大いに研究の余地があると思っています。EVは非常に注目される分野ですが、そのEV業界についても将来の見通しはかなり不透明ですし、今後の新たな競争環境、競争ルールは何なのかを見定めていくことが必要だと思います。
もちろん、利益が上がる分野は何かというのは、民間がうまく動くべき分野です。本当の意味で官民連携が果たされることが重要だと思います。官民が連携し、日本がどのような分野で稼ぐのか、プレゼンスを高めるのかという戦略、そして絞り込みが必要です。こうした戦略によって成長力を強化し、実質GDP 1%成長を恒常的に果たせる形にもっていくことが重要で、EBPMの観点も欠かせないのではないでしょうか。
(中澤審議官)投資拡大施策のEBPMに関しては、例えば経済産業省では詳細なロジックモデルを組んだ評価を行おうとしています。内閣府の経済財政分析担当でも、半導体関連の投資拡大による地域経済への効果を分析しようと作業を進めています。
(中空議員)様々な分析を行いつつ、海外の投資家が見て「ここは投資価値がある」と思わせる状況を作り出すことができると良いと思います。海外投資家が、投資をしたくなるようになってきているかというと、必ずしもまだそこまできていません。これから金利が上昇することを前提にすれば、設備投資にネガティブとなる可能性もあります。ですので、やはり「強い経済成長」をどれだけしっかりと打ち出せるかが重要だと思います。
日本は海外から一定の信頼を勝ち取っています。いい企業やいい技術がたくさんあるということは、海外でも知られている。こうした信頼、日本ブランドを活かすことができれば、日本は本当に変われるのではないでしょうか。日本経済が大きく変化しつつある中で、この1年間が勝負ですので、その間にしっかり頑張ることが大事だと思います。
財政健全化に向けて
(中澤審議官)今回の骨太方針では、2025年度のPB黒字化や、その先の財政健全化の在り方が大きな論点になりました。この間の財政健全化の議論について、どのようにご覧になってらっしゃいますか。
(中空議員)今回、骨太方針の財政健全化の議論を見ていて、緊縮財政と拡張財政との対立軸を超えた「財政健全化」の重要性がもっと理解されることが重要だと改めて思いました。
私は財政健全化がとても重要だと考えていますが、財政健全化を主張すると緊縮財政を主張しているという誤解を受けたり、財政健全化の必要性について疑問視されることがあります。財政健全化を目指す上で、緊縮財政で景気を悪くすることは当初から前提にないのです。財政健全化を緊縮財政と考える単純なロジックは間違っています。その意味では、私は緊縮財政を推進していないので、財政を適度に適切に使うべきだと思っています。
財政健全化は日本国のサステナビリティのために必要なものであり、緊縮財政や拡張財政という話とは別次元のものだと思います。まず、ここをきちんと分けて議論することが重要だと思います。

(中澤審議官)全くおっしゃるとおりですが、どのように説明していけば、そうした理解が深まっていくでしょうか。
(中空議員)GDPと同程度の債務はあっても良いので、2040年ごろに名目GDP 1000兆円のGDPになるのであれば、現時点の1000兆円の債務も大丈夫ということになるわけです。つまり、債務のサステナビリティが重要であり、緊縮財政ではなく成長実現によってこそ債務のサステナビリティを担保することが可能になる、と考えられます。
財政再建に関する議論が、緊縮財政か拡張財政か、という二元論に収束するのは、恥ずかしい状況だと思います。どちらか、という話ではないと考えるからです。財政健全化は債務のサステナビリティを確かなものにするものであり、成長と同時に果たせるものです。こういう考え方を広めていく必要もあると思います。
物価高対策
(中澤審議官)財政健全化に関連して、今回の骨太方針では、物価高対策についても論点の1つになりました。
(中空議員)物価高対策などの政策については、ダラダラとやるのではなくて、出口戦略をしっかりと持つ、予定どおりに終わらせる、ということが重要です。海外の政策では、期限を定めたプログラムとなっていて、いついつまでと期限を区切れば、予定通りその期日でやめることが多いです。しかし、日本は期限が曖昧で、名目上の期限を設定していても「延長ありき」としているように感じました。仮に期限通りに終了できなかったならば、なぜできなかったのかを、数字を用いて明確に説明していただくことが必要だと思います。もちろん、コロナや物価高など全ての国民・企業が何らかの困難に直面している中であっても、一部の方の生活や企業経営がより大変になることもあります。それはまた別途対応すべきことであり、期日のある支援策をダラダラと長期化するのは効果が薄いのではないでしょうか。全体を見据えた長期的な戦略が必要だと思います。
特に、国民からの人気を取ろうという観点でバラマキになることが起こりがちですので、そうしたことを防ぐことも重要です。関係者が予算制約をもう少し意識し、何にお金を使うのかの優先順位づけを考えるべきだと思います。もっとも、将来的な課題としては、選挙の回数を減らすといった構造的な対応こそが重要であることは言うまでもありません。
経済財政諮問会議の役割
(中澤審議官)中空先生の経済財政諮問会議におけるこれまでの3年間の活動を振り返り、経済財政諮問会議の果たす役割や、次の政権に期待することなどをお聞かせいただけますか。
(中空議員)通常の審議会では有識者が受け身的なこともありますが、経済財政諮問会議の場合は民間議員の自由度が高く、プロアクティブに動けるのが大きな特徴だと思いました。諮問会議は、そうした民間議員の意見を踏まえつつ、総理、主要経済閣僚、日銀総裁が一堂に会して、マクロ経済政策について議論する貴重な機会だと思います。
担うべき役割が大変重いため、自分自身がどの程度貢献できたのか分かりませんが、財政政策と金融政策の責任者が、諮問会議でマクロ経済政策を議論して決定していくというプロセスを踏むことが、両者の連携の場としての機能を果たしていると思いますし、今後も果たし続けるべきだと思います。
また、私自身、経済財政諮問会議に参加し、非常に勉強になりました。例えば、先ほど申し上げたように私は財政健全化が非常に重要だと考えていますが、以前の純粋に民間の立場だった頃は、もっぱら政府の歳出拡大を厳しく指摘してばかりだったことを思い出します。しかし、経済財政諮問会議に参画して議論する中で、既存の政策を全否定するのではなく「いかに変えるのか」「この政策を変えれば、こういう見通しが立つ」といったスタンスを示すことで、経済財政政策の枠組みや考え方を構築していくことが重要ではないか、と言うことに気づかせてもらったと思います。
(中澤審議官)長時間ありがとうございました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
(聞き手:内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当):中澤信吾)
(本インタビューは、令和6年9月4日(水)に行いました。所属・役職はインタビュー当時のものです。)
https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/seisaku_interview/seisaku_interview2012.html