GDPの発展とビヨンドGDP
ポール・シュライアー
英キングス・カレッジ経済統計高等研究センター所長
前OECD統計局長
3月7日、GDP推計の国際基準の改定として、2025SNAが国連統計委員会で採択されました。今回の新基準に向けた論点や、最近活発に議論されているビヨンドGDPについて、前OECD統計局長のポール・シュライアー氏に、お聞きしました。
25SNAに向けた原動力と論点
(村山所長)本日は、経済社会の計測に関して、豊富な国際的知見を有するシュライアーさんにお越しいただきました。まず、2025SNAが国連統計委員会で採択されました。今回の新基準に向けた論点をどうみていますか。
(ポール・シュライアー先生)本日はお招きありがとうございます。私は現在、OECDを離れ、英キングス・カレッジにおりますが、SNAの動向は常にフォローしており、また前回2008SNA採択の際はOECDで担当していました。
SNAの国際基準は概ね15年毎に改定してきました。これは、経済に新たな動きが進展し、それを取り込むニーズがあるためです。改定にあたっては常にOECDなど5つの国際機関が主導しています。
今回の違いの一つは、国際収支統計マニュアルの改定と並行し、十分に連携がとれた点です。これまでとは異なり、IMF内の委員会と十分にすり合わせました。
2点目は、SNAマニュアル更新の後に行われていた実装のためのパイロットスタディが、今回は更新と同時並行的に行われていることです。これでマニュアルの実現可能性を高められます。
3点目は、統計利用者との広範な協議です。過去に比べて、今回は体系的に行えたと思いますし、技術進歩の恩恵でオンラインでも行えました。
さて、今回の改定に向けた原動力ですが、過去15年間に起こったデジタル化の要素を取り入れたいというニーズがありました。また、グローバリゼーションに関する複数の課題があったと思います。さらに、統計関係者が持続可能性やウェルビーイングを把握したいと考えたことです。
いずれにせよ、重要なのは、SNAが経済、社会、環境で起こっていることに反応する存在だということを発信することです。
実装に向けた課題とは
(村山)この新しい基準の実装に関する論点をお伺いしたいと思います。今回、例えばデータ作成のコストを資産として記録することにしました。その実務上の課題について、どのようにお考えですか。
(シュライアー)デジタル化について、明らかにカギとなる事項は、今は経常支出ないし中間投入として位置づけられているデータの資本化です。
ただし、デジタル化には他の事項もあって、GDPには影響しませんが、重要です。例えば、デジタルSUT(供給使用表)は、デジタル経済の規模に関する統計情報について、整合性を持った枠組みを提供します。
データを含む無形資産は、経済学で指摘されるように、ビジネスや社会においてますます重要な役割を果たしています。OECD諸国でも他の地域でも、無形資産への投資は従来の有形資産の投資よりも速く成長しており、資本サービスの、そして競争力の源泉です。
ただし、データとは異なり、マーケティング資産の資本化は2025SNAでは見送られました。それはなぜか。正確にはわかりませんが、SNA専門家では、インピュテーション(非観察値の推計)に踏み込みすぎることに少し躊躇があります。なぜなら、何を計測するかの妥当性とそれを行う能力との間には常にトレードオフがあるからです。
さて、データもインピュテーションですが、外部に対して、マーケティングを把握するよりも、データを把握することが重要だという感覚があったと思います。
さらに、私見ですが、マーケティング資産には、企業レベルの視点とマクロ的な視点の間に若干の議論の余地があったと思います。個々の企業にとっては、マーケティングへの投資は、その資産の積上げです。しかし、マクロ的には、あなたはあなたの製品の広告費を支払い、私は私の製品に支払えば、市場シェアは変わりません。マーケティングは市場シェアを失わないように行う必要がありますが、マクロ的な観点から見ると、それほど大きなメリットはないかもしれません。
データに関しては、一般的にみれば、それが蓄積され役に立つのではないでしょうか。
実装に関しては、データについて2つの課題があると思います。1つは単純に数字をまとめることです。もう1つは、データについて、すでに資本化されている他の無形資産であるソフトウェア及びR&Dと区別することです。その境界は曖昧で、重複していたり、何らかの知的財産成果に組成されている場合もありえます。
また、データの耐用年数の把握にも課題があります。難しい問題ですが、前回改定の際は、新たに推計対象となったR&Dの耐用年数はどれくらいかという課題がありました。いくつかの研究で、実際には業種によって異なることがわかりました。化学工業は、その知的財産成果について、他の複数の業種とは異なる耐用年数を持っていることがわかりました。
(村山)ESRIはデータの耐用年数について、企業にアンケートを実施することによって把握する手法を試験的に実施しました。その成果をOECDや各国にも共有しています。
(シュライアー)そうした国際的な貢献は大変意義深いと思います。今後もぜひ様々な形での日本の役割に期待します。

公共サービスの推計手法
(シュライアー)2025SNAには、もう1つの変更がありました。これは重要だと思います。政府などの公共サービスのコストに純利回り率または純金利を帰属させ、これを含めて計上することです。これまで、SNAでは、非市場生産者にとって資本コストが固定資本減耗のみであるという仮説の下で推計が行われていたのです。
長年、学界からは異論が寄せられていました。なぜなら、同じ資産を民間企業が使用すると、資本コストは固定資本減耗だけでなく、資金調達費用も含まれる、あるいは機会コストが生じます。つまり、それを使う金利です。ただし、これについては2008SNAでは採用されませんでした。
政府などの非市場生産者は非営利だから収益率を持つべきではないという議論は妥当ではないと思います。なぜなら、資本にはコストがあるからです。つまり、政府でもそれ以外でも、ある人が使用するお金にはその人が金利を支払うし、あるいは特定の資産に資金を費やす機会コストがあるのです。こうした見方は理にかなっていると思います。また、同じ資産が民間機関でも公的機関でも少なくとも非対称的な扱いを受ける状況を回避します。
同時に、その実務に向けても重要な論点があります。どのような金利を選択するかについて、何らかの合意が必要です。金利の選択は難しい判断かもしれません。ただし、これを評価する方法についてはかなりの蓄積があります。英国、米国など多くの国が行っていますが、政府が費用便益分析に公式に使用する金利です。
家計勘定における所得分布の導入
(村山)分布統計に関して、実務作業上の課題として、どのように見ていますか。
(シュライアー)家計勘定の分布は、全体のGDPに影響するものではありませんが、その分析から得られる理解には大きな変化があると思います。
家計調査による所得や世帯収入の指標を見ると、SNAに基づく世帯所得の指標と、平均値でさえも一致しないことがよくあります。つまり、両者の変化方向が異なる場合があるということです。
こうした不十分な状況ですから、家計を社会経済階層別に分類し、所得階層別から始めるという考え方は、重要だと思います。これに関して、フランス国立統計経済研究所は、国民所得を社会経済階層や所得階層ごとに完全に分解する素晴らしい研究を行ったと思います。その際、家計収入だけでなく、利益収入などを他の部門で生じるすべての所得に配分し世帯グループにも配分しています。
出発点は、家計勘定を5分位別や10分位別に分解し、その基準は収入を用いるという判断で良いと思います。そして、SNA研究からわかるように、それは不平等について異なる理解を示す傾向があるようです。私は、こうしたものが物質的ウェルビーイング計測の中心的なものだと思います。
ビヨンドGDP
(村山)国際基準が改定される一方、いわゆるビヨンドGDPの議論が活発に行われています。これらのイニシアチブをどのように評価しますか。
(シュライアー)SNA新基準においては、GDPと、ビヨンドGDPを関連付けるいくつかの側面があります。例えば、家計による非市場生産を測定する指標が別途設けられました。これまでは、各国ごとに測定されていたため、整合性を高めた方法でこれを行うための枠組みになりました。より一般的なビヨンドGDP指標については、健康、社会、安全などの非物質的な側面を取り入れることです。これについては、各国内でも国際的にも、多くの取組があります。SDGsがありますが、国連はビヨンドGDPを独立の課題として取り上げています。こうした取組はアプローチが様々で、国際的な基準がありません。しかし、検討されている内容や進展している分野など、一定の収束も見られるでしょう。
重要なことは、ある種の概念的な枠組みが必要だということです。例えばOECDの枠組みは、実証研究を基に、人々にとって重要な複数のウェルビーイング分野を選択するものとなっています。また、指標を策定する際には、特定の基準を参照するものでもあります。
第一の基準は、ウェルビーイング指標はすべて家計部門に関連していることを踏まえ、GDPなどマクロ集計量は除外しています。
第二の基準は、アウトプットではなくアウトカム指標を採用するというものです。
第三の基準は、指標において常に分布の要素を含めることです。
これらに加え、現在のウェルビーイング、将来のウェルビーイング、持続可能性という区別を用いると、議論を整理でき、分野と指標の数を減らすのに役立ちます。いずれにせよ、議論を絞り込み、なぜ特定の指標を選んだか、選ばなかったかを説明できるような、概念的な枠組みが必要です。
各国で行われているいくつかのイニシアチブについて言及されました。実際、OECD加盟国の中でも25カ国ほどが、何らかの形でビヨンドGDPを用意していると思います。しかし、結局のところ、本当に重要なのはこれらの指標が政策立案に実際にどの程度使われているかということです。優れた指標群を持つことができたとして、本当に難しいのは、どのように政策立案プロセスとのリンクを作るのかということです。
OECDでは、これを詳細に調べました。例えば、一部の国では予算編成プロセスで使用しています。プロジェクトの環境影響の場合のように、健康に影響はあるか、安全に影響はあるか、といったチェックリストを作成できます。それが1つの方法です。この部分を体系的な政策プロセスに組み込むことです。もちろん、政策評価を行う際には、物質的な豊かさだけでなく、そこに存在する様々な側面も考慮する必要があります。とても重要な質問だと思いますし、簡単な答えはありません。

非市場的な計測へのチャレンジ
(村山)市場的、貨幣的計測であるGDPと比較すると、ビヨンドGDPは非市場的、非貨幣的な計測の傾向があります。それは計測技術における課題となるテーマだと思います。この点で、どのようなポイントが注目を集めているか、議論されているか、教えてください。
(シュライアー)これらは計測研究の中核的で最前線の論点の一つだと思います。ビヨンドGDPの論点の多くは貨幣化には適していません。しかし、それは自然です。貨幣化されることは期待できないでしょうし、多くの問題が生じて、内容の根本を見失ってしまうでしょう。
主観的な幸福で十分で、それですべてだと考えている人もいます。ある人が幸せである限り、それ以外は何も必要ない、それは一つの極端な見解です。もう一方の極端は、これはソフトな(堅実性に欠ける)統計であり、実際には役に立たない。客観指標のみを見るべきだ、という見方です。
OECDでは主観的幸福はウェルビーイング分野の一つとみなされるという意味で折り合いをつけたと思います。それは唯一の焦点ではありませんが、それでも含まれています。私も、主観的な幸福はソフトな統計だという議論には賛成できません。ノーベル賞受賞者のアマルティア・センの指摘ですが、「これらは、主観的な幸福に関する非常に良い客観的統計です」。つまり、科学的に行うことができるということです。従って、主観的な評価を反映しても、方法論的には良いと思います。
また、私たちが調査で収集する客観的なデータの一部を見ると、労働力調査は一例ですが、人々に先週働いたかどうかを尋ねており、それは主観的な回答でしょう。これは常に議論される分野ですが、特に議論が分かれたり、複雑だったことは考えられません。
統計充実への今後の課題
(村山)企業や世帯に対して、統計への協力依頼は年々難しくなっています。これについては、どのように見ていますか
(シュライアー)これは世界的な問題で、すべての国が直面しています。調査回答率は低下する傾向があります。そして、それは一様な形ではなく、対象の一部については情報が全くない、あるいはほとんどないという状況もあります。これは構造的な現象で、どの国にも特有のものではありません。おそらく日本のような国では、他の国よりも良い状況にあるでしょう。なぜなら、一般的に国民は規律正しいし、政府が調査情報を収集する際、他の国よりも回答の準備が整っています。
簡単な解決策はないと思いますが、いくつかの分野では、新しいデータソースが役立ちます。行政データは、十分に活用されないことが多いです。問題は、使い勝手の良さに向けて、統計業務に使用可能な形式であるよう確保することです。しかし、もちろん、多くの行政データが、行政の様々な部分に存在し、接続されていないこともしばしばです。アクセスも難しく、統計に使えるようにするのは難しいですが、長期的な戦略を描くべきだと思います。
例えば国勢調査は、これまで調査員が出向いて人々にインタビューして、調査結果をまとめていましたが、行政センサスに移行する国が増えているのです。その先駆者は北欧4か国です。彼らいわく、毎日、国勢調査を行うことができるというのです。少し誇張もありますが、要は行政データをまとめることです。すべての国で可能ではないと思いますが、この方向に向かっている国は増えています。この方法にも課題はありますが、それでも政府がコントロールできるものです。企業や国民の対応姿勢に頼る必要はないし、むしろ問題は、国民が自分たちのデータがリンクされることに対する許容度にあるのです。
北欧諸国では、政府への信頼が比較的高いため、国民は、社会保障、医療、税金などのデータがすべてリンクされる必要性に肯定的です。
他の国では、おそらく十分な信頼がないかも知れません。ただし、国によって異なりますが、行政のどの部分にどのようなデータが存在するかを調べることは、追求すべき道の一つだと思います。大変ですが、やる価値はあります。
私はスイス連邦統計委員会の一員です。スイスは数年かけ、メタデータ・カタログを開発しました。今では、どのようなデータが、どの省庁や地方自治体のどの部分に保存されているかを明確に把握しています。これはスイス統計局がデータ管理者として行っています。ただし、統計局が全てのデータを見られるとか、人々がすべてのデータにアクセスできるという意味ではありません。しかし、最初のステップはどのデータが存在するかを知ることです。そして2番目は、これらの行政機関が潜在的にアクセス可能で使いやすい方法でデータを管理し始めることです。私は、それが大きなプロセスで、前進への戦略だと思います。
(聞き手:内閣府 経済社会総合研究所長 村山 裕)
(本インタビューは、2025年3月19日(水)に行われました。所属・役職はインタビュー当時のものです)