令和7年度年次経済財政報告から 家計消費の回復に向けた諸課題

中園 善行
横浜市立大学大学院国際マネジメント研究科教授


2025年7月、内閣府は「令和7年度年次経済財政報告」を公表しました。そこで、今回の報告のテーマの一つである家計消費の回復に向けた諸課題について、家計行動や予想物価がご専門の、横浜市立大学の中園善行教授にお話を伺いました。


(武藤)今年の白書では、足元の所得の伸びに比して消費が伸びない理由について、様々な経済理論等を基にしながら独自のアンケート調査を行い、その結果により様々な分析を行っています。最初に、マクロの消費が伸び悩んでいる背景として大きくどのようなことがあるか、先生の御見解をお聞かせいただけますか。

(中園教授)大きく分けて3つの要因があると思います。1つ目は、フロー面では所得が今後も恒常的に伸びていくという見通しに確信が持てないという点です。2つ目に、ストック面では物価が上昇して、利用可能な資源、金融資産等の価値が目減りした可能性です。3点目は、家計環境を取り巻く複数の不確実性が昔より高まったことです。

国際的に見た日本の消費の特徴

(武藤)ありがとうございます。国際的にみても、日本の消費の回復は遅れているようで、世帯構造の変化等構造的な要因もあると思いますが、どのような視点で見ていくことが重要でしょうか。

(中園教授)海外と比べた日本の特徴は、何と言っても少子高齢化です。少子高齢化が進む日本では、マクロの消費の4割弱が高齢者であるとうかがえます。このため、マクロの消費を考えるに当たっては、高齢者の消費とコインの裏表である貯蓄の動向を押さえる必要があります。

 日本の特徴は、現役引退後に利用可能な資源は、裁量的貯蓄よりも圧倒的に強制的貯蓄、つまり年金の割合が大きいことです。従って、日本のマクロの消費を左右するのは、年金をどの程度を安定的に受給できるのかどうかだという認識です。安定的な年金の受給は、年金受給世代のみならずフォワードルッキングに行動する現役世代にとっても同程度重要になります。

 仮に年金受給額が減額されると、消費は高齢者と若年者の両方で下押し要因となります。また、年金制度への不安、ないしは受給開始年齢の突発的な引上げ等の制度変更が過去に起こった、ないしは今後見込まれるという予想の醸成も消費には下押し要因となります。従って、特に海外との比較で日本の消費を考える際は、少子高齢化と強制的貯蓄である年金が重要と理解しています。

(武藤)調査では、消費を増やす環境変化として、「社会保障の充実」が重要だと答えている人が2019年と比べて少し増えています。まさに今ご指摘いただいた、年金制度の重要性を表しているのでしょうか。

(中園教授)年金に加え医療と介護も影響していると思います。これらの不確実性の高まりは高齢者層の消費も下押ししますので、社会保障に対する安心感が消費を下支えするという示唆と思います。

(武藤)海外と比較したもう一つの特徴として、やはり長く続いたデフレ的な状況、物価も賃金も上昇率がゼロで凍りついた状態から、足下で突然どちらも上がるようになったことの影響もあるでしょうか。

(中園教授)あると思います。消費を考える場合は貯蓄を考えることがコインの裏表として重要ですが、これまでは物価が上がらないことを前提とした貯蓄行動がされていたと考えています。日本は海外と比べて、株式等のリスク性資産の保有より現預金の保有が好まれることが知られています。物価だけが先に上がり、名目利子率が低く抑えられている場合、現預金の実質的な価値が目減りし、これが消費を抑制して貯蓄をより増やすという行動につながっている可能性があります。「負の資産効果」とも言えるかもしれません。

 2点目は、日本の特徴として、広義の金融資産に当たる貯蓄性の高い生命保険商品を保有する家計が多いことも知られています。今のような状況では、貯蓄性の高い生命保険商品は物価に連動しないものが多く、裁量的貯蓄の実質的な価値が目減りしてしまいます。

 最後に、いわゆる退職金の関係です。退職金の額が物価水準に連動しない場合も、強制的貯蓄の資産価値の目減りが消費の下押し要因になると考えられます。

 今挙げた3つは、物価が上がらない環境では大きな問題として顕在化しない貯蓄行動でしたが、一気に物価が上がる局面では資産価値の目減りを通して消費の下押し要因となると考えられます。

(武藤)1点目に関連して、そもそも日本ではなぜ、リスク性資産が好まれないのでしょう。

(中園教授)日本でリスク性資産が保有されない背景の一つとして、日本のリスク性資産のボラティリティがあります。アメリカ等の先進国に比べてやや高く、新興国並みだという議論もあります。あまりにも乱高下するような危険な資産は、やはりどれだけリスク許容度が高くても保有しづらいわけです。

画像:中園教授

恒常所得と不確実性の影響

(武藤)次に、賃金が恒常的に伸びる確信という点について伺います。調査では、5年後の給与所得の見通しについて、20~30代でも3割前後が「変わらない」と答えています。足下の賃上げ率を踏まえるとかなり低い割合だと思いますが、消費の下押しの主因となっていると理解して良いでしょうか。

(中園教授)白書のグラフを初めて見たとき、私も衝撃を受けましたし、同じ理解です。消費理論では、消費は恒常所得で決定されます。賃金との関係で消費が増えない主要な理由は、恒常所得が上がらない、または賃金が恒常的に上がるという見通しに確信が持てないということに尽きます。

(武藤)どうしたら賃金が上がる実感や確信を広く持ってもらえるのでしょうか。

(中園教授)労働者の交渉力を高めるということが一つ考えられます。まず、非正規雇用者は雇用者に対する交渉力、いわゆるバーゲニングパワーが弱くなることが想像できます。望まずに雇用形態が不安定化した非正規雇用者に対する施策は有効と考えています。もう一つは労働組合です。労働組合の組成率は趨勢的に低下を続けています。この点も、労働者の交渉力を弱め、労働分配率が下がっている要因と言えそうです。労働者の企業・雇用主に対する交渉力向上は、賃金が上がる確信を強める可能性があると考えています。

(武藤)1点目に関連して、足下の統計を見ると、パートタイム労働者の時給の伸びの方が高い点については、どのように解釈すればよいでしょうか。

(中園教授)もともとの水準自体が低い点に加え、非正規雇用者は、雇用量を調整しやすい代わりに賃金を上げやすい可能性が考えられます。

(武藤)白書でも扱った「下方硬直性」ですね。

 次に、冒頭の3点目に関連して、白書では、金融資産の認識について、「全く足らない」や「わからない」と答えた人が2019年と比べて増えています。やはり不確実性の高まりが影響しているのでしょうか。

(中園教授)これは「予備的貯蓄」と呼ばれる現象ですね。原因として、まず、医療・介護制度の不確実性があります。制度の不確実性は、例えば医療や介護費負担の突発的な引上げを想定する場合は、貯蓄を積み増す、すなわち消費を減らすという行動につながり、結果として財産を残して死ぬ可能性があります。

 もう一つの観点として、介護提供者への遺産動機もあります。介護サービスに不確実性があると、高齢者自身で介護提供者を確保する必要が生じます。そこで、自分の子供などの介護提供者への動機づけのために遺産を残すという動機は考えられます。

(武藤)国際的にも日本は予備的貯蓄が多いようですが、社会保障に各国がそれぞれ問題を抱える中で、日本の不確実性は他国と比べて高いのでしょうか。

(中園教授)自分で準備する裁量的貯蓄よりも、社会保険、年金等に依存している割合が他国よりも大きい点があると思います。そのため、年金支給開始年齢がまた引き上げられるのではないかといった不安が貯蓄を増やす動機となりやすいと考えられます。また、少し視点は変わりますが、東アジアでは、規範の関係で介護動機による遺産動機が強いという指摘もあります。政策的な処方箋としては、やはり年金、医療、介護制度への不確実性を減らすこと、となると思います。

(武藤)もう一つ関連として、金利上昇が消費に与える影響は、マクロではどう考えればいいでしょうか。住宅ローンなどを抱えた現役世帯と、貯蓄をしている世帯では影響が異なると思いますが。

(中園教授)ご指摘の通り世代により影響が異なり、貯蓄を持つ高齢者世帯にはプラスですが、住宅ローンなどの負債を抱える現役世代は、金利上昇の見通しもあれば特にですが、足下から消費を減らすことになります。ただ、家計全体では貯蓄超過なので、高齢者の消費性向が極端に低くなければ、家計消費全体にはややプラスと考えています。

予想物価上昇率と消費

(武藤)次に先生のご専門の一つでもある、予想物価との関連に移りたいと思います。経済理論では、予想物価上昇率の高まりは異時点間の代替性により現在の消費を増やすことになると思うのですが、白書の調査結果では、特に高齢者ほどそのメカニズムが働きづらいという結果が出ています。なぜなのでしょうか。

(中園教授)海外では複数指摘されている異時点間の代替が、日本では起こりにくい理由として、日本の家計が保有する資産が物価上昇に対して耐性が弱く、保有する資産の価値が予想ベースで目減りしている可能性が考えられます。次に、予想物価の上昇が物価に関する不確実性の高まりと認識されると、予備的貯蓄が増える可能性です。物価が上がり出すと物価上昇に対する報道が増え、ニュースのフレーミング効果などを通じて、家計が予備的貯蓄を増やす可能性が考えられます。最後に、実質賃金の低下予想が醸成されてしまう可能性です。物価上昇の方が賃上げのペースよりも速いと家計が思った場合は、そもそも異時点間の代替が顕在化しにくいということはあると思います。

 また、一般的には、高齢者の方が限界消費性向は高くなるはずですが、異時点間の代替弾力性はライフサイクルを通して安定的であると考えられています。高齢者の異時点間の代替の弾力性が高い傾向にあるという白書の結果は、新しいパズルの可能性があります。

(武藤)予想物価の高まりは、いわゆる「消費者マインド」を下押しするという議論もあります。

(中園教授)影響は小さくないと思います。1つは、報道等によるフレーミング効果で消費者が萎縮するという効果。もう一つは、予想物価の高まりが景気悪化予想を惹起するという研究があります。人々は過去の経験に依拠して将来を予想する部分があり、過去、物価が上がっていた時代に景気が悪化していた場合、物価が上がると景気が悪くなるという予想が惹起されてしまいます。その場合、いわゆるマインドの悪化を通して消費が下押しされる可能性はあると思います。

(武藤)過去の経験という話が出ましたが、調査で予想物価上昇率について聞いてみると、高齢になるほど予想物価上昇率が高い傾向がありました。

(中園教授)違いを生む理由として、3つ考えられます。まず「物価」や「インフレ」という言葉になじみがない家計が一定程度存在することが知られており、こうした世帯からは妥当な回答は期待しづらいです。若年層ほど金融知識が少なければ、年齢で予想物価の動向が違う可能性があります。

 2つ目の過去の経験は広く議論されています。激しい物価上昇を経験した世代では、予想物価上昇率が高くなる傾向があります。日本では狂乱物価の時代を経験したかどうかが影響する可能性があり、その場合、高齢層ほど予想物価上昇率が高まることになります。

 最後が、日頃買う財の差です。予想物価上昇率は、過去の経験に加え、日常的な買物経験で得た情報が影響することが知られています。若い人たちと高齢者で買う財が違う場合や、若い人たちは車で少し遠出をしてより安い店で財を買うが、高齢者は近くで買物をせざるを得ない場合などは、予想物価上昇率に差が出ると考えられます。

 実際、アメリカではガソリン価格が上がり出すと、車を日常的に使う人の予想物価上昇率が高くなることが知られています。日本ではガソリンよりも食料品価格の方が予想物価上昇率に説明力があります。いずれにせよ、高齢者層と若年層で購買行動が違うことが、予想物価上昇率の異質性を説明すると思います。

(武藤)実感する物価上昇率と予想物価上昇率が強く相関があるという結果も出ていますが、適応的期待が強いということでしょうか。

(中園教授)実感がシグナルになっているというのが今の研究の説明の仕方です。日頃利用する小売店の価格から情報を得て、それが世の中全般の物価上昇の動きを反映していると考え、このシグナルをもとに物価上昇率を予想するとすれば、物価上昇に関する認識がそのまま予想物価上昇につながるということです。

(武藤)調査でも、物価上昇を認識する経路にスーパーマーケットを挙げる人が高齢者程多かったですね。

消費や予想物価分析のフロンティア

(武藤)少し白書の内容を離れ、最近の学会では、消費のどのような側面が議論されているのでしょうか。

(中園教授)一言で言うなら「異質性」です。これまで「代表的個人」と言われる仮想的な主体を仮定して消費の分析をしてきましたが、最近はマイクロデータが使えるようになり、消費が人によって違うことを前提とした分析が進んでいます。

 まず、限界消費性向の推定です。例えば、コロナ禍で配られた特別定額給付金の効果は、給付金を使う人と使わない人で違いが生じます。政策効果の振り返りという意味でも重要です。2点目は先ほども議論した、金利上昇が各世代の消費に与える効果が異質であるという点です。最後に、広義の消費として、住宅や子供の数にも最近は注目が集まっています。住宅価格が高騰し過ぎると少子化につながるという複数の報告が出ており、直感的にもその通りかと思います。

(武藤)予想物価上昇についてはどうでしょうか。

(中園教授)こちらもやはり「異質性」ですね。まず、なぜ予想が異質的になるのかという観点で予想の形成過程を問い直す動きが進んでいます。最近は、ニュースに対して個々の経済主体は過剰に反応しているという説が注目を集めています。また、政治的党派性についても、アメリカでは、支持政党により予想物価上昇率の動きが全う違うことが知られています。日本でも同じことが言えるかもしれません。

 これらを総合して、予想が実際に個々の家計の具体的な行動にどう影響するかも議論されています。特に、アメリカによる関税の賦課で世界的に不確実性が高まりました。不確実性が高まると予想やその形成プロセスも変わってくるはずですが、これが本当に家計や企業の行動に影響を与えるのか議論されています。

(武藤)仮に予想が行動に影響を与えないという結論になった場合は、どう考えればいいのでしょうか。

(中園教授)理論的には、期待の重要性はきれいに整理されています。したがって、それが実証研究で確認されなかった場合は、一旦期待の引き出し方を工夫するところまで立ち返るということかと思います。

 期待の引き出し方は大きく分けて3つあり、選択肢を示して引き出すタイプ、パーセントを直接答えてもらうタイプに加え、最近主流になりつつあるのは、複数の物価上昇のシナリオを提示して、それぞれが起こる確率を考えてもらい、確率密度を計算するというものです。予想物価上昇率のばらつきも同時に引き出せる一方、「わからない」と答える人が増える欠点もあります。それぞれメリットとデメリットがあり、引き出し方により結果は異なり得ますが、予想が行動に影響しない結果が出た場合はまずは予想の引き出し方に知恵を絞るべき、というのが最近の議論です。

白書への期待

(武藤)最後に、今後の白書等について期待されることについて、お願いします。

(中園教授)私が特に白書を積極的に読もうと思う理由は、短期的な政策課題を分析されているからです。大学にいると中長期的な課題について研究することになりますが、やはり足元で起こっている課題を手堅く分析することは非常に重要です。それを毎期毎期、分析担当の皆様が白書としてきちんとまとめられているのは、それ自身に意義がありますし、当時の記録を残すという意味でも非常に重要だろうと思います。

 しかも、学術的に新しい分析手法が積極的に取り入れられているというのも白書の読み応えにつながっていると思います。今後も今のような形で、短期的な分析需要にぜひ応えていただきたいと思います。

 内容としては、今の分析に加えて、消費税、法人税、所得税といろいろ論点がありますので、ぜひ税と経済政策の関連について積極的に取り組んで、深堀りいただければ、さらに読み応えがあると思います。

(武藤)本日は、お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございました。

画像:中園教授と武藤参事官補佐


(左:聞き手・内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官補佐(総括担当)武藤裕雄。右:中園教授)
(本インタビューは、2025年9月24日(水)に行われました。所属・役職はインタビュー当時のものです)