進化する経済・社会をどうとらえるか ~経済学、経済統計、政策の役割~

ダイアン・コイル
ケンブリッジ大学ベネット公共政策研究所 教授

経済・社会が急速に進化する中、経済学や経済統計、政策は、どう、より良く役割を担えるか。ケンブリッジ大学ベネット公共政策研究所のダイアン・コイル教授と経済社会総合研究所(ESRI)野村裕所長が対談を行いました。

画像:野村所長
野村裕所長
画像:コイル教授
ダイアン・コイル教授
(ご本人提供)

経済を、なぜ、どのように測定するか

(野村裕所長)ESRIの重要なミッションに、GDP統計の作成や関連研究の実施があります。先生の2014年の著書『GDP: A Brief but Affectionate History』や2021年の『Cogs and Monsters』は深い洞察に満ちており、GDP統計担当者にとっても重要な文献です。

 著書では、経済学、経済政策、経済統計の改善と刷新を一層努力して加速させねばならないと示唆されています。現在のお考えをお聞かせください。

(ダイアン・コイル教授)未邦訳ですが、昨年、新著『The Measure of Progress』を上梓しました。本書では、経済を、なぜ、どのように計測するか、それがなぜ重要か、2つの著書での議論を前進させました。

 経済統計は、技術的で無味乾燥な分野と思われがちです。しかし、国民経済計算の中でのGDPの重要性や、それが経済政策や経済学者の考え方をも形成してきたことを踏まえると、経済統計は、世界の姿や、人々の経験に非常に深い影響を与えています。

 確かに、私たちは政策がうまく機能しているかの指針としてGDP成長に焦点を当て続けてきました。しかし、先進国では多くの人が、その結果に不満を感じています。もちろん、2008年からの金融危機、パンデミックやエネルギーショックへと続く、一連の大きな世界経済ショックも背景の一部です。これらは、1990年代以降の世界経済の特徴となった、非常に複雑で世界的な生産ネットワークを通じて作用しました。その中で、国境を越えた新しい生産構造、新たなビジネスモデル、新しい種類の無料デジタル財の登場、オープンソースの重要性の高まり、データの役割を目にしています。技術変化の速さが労働市場にもたらす意味、AIの大きな波を含む影響に関しても問われています。

 これらの全ては、経済学者が「生産性パズル」と呼ぶ現象と重なっています。つまり、生産構造の効率化や新技術の登場にも関わらず、人々のウェルビーイング(WB)が明確に後退するのはなぜかという問いです。安全保障やレジリエンス、経済的主権、将来に対する不確実性への懸念も強まっています。

 根底にあるのは、GDPで経済を測る従来の手法や経済政策を策定する際の経済学者の考え方が、うまく機能していないとの強い感覚です。これを、市場経済の危機と言う人もいます。40~50年間、自由市場型政策を採用してきましたが、人々は、保険や携帯電話、エネルギー、食料市場で、より高い価格と消費者ニーズに合わない選択肢に直面しています。

 私は、今、まさに懸念すべき局面と思っています。経済学者は経済を診断する手法のどこに問題があったか、統計担当者はより良い経済成長の測定指標をどう考案し公表すべきか、真剣に考えるべきと思います。

2025SNAの評価と課題

(野村)昨年採択された2025SNAでは、デジタル化、グローバル化、持続可能性やWBについて、具体的な基準や望ましい方向性が示されました。GDP統計作成機関としてこの改定に向けた大きな責任と、同時に難しさも感じています。先生は、2025SNAをどのように評価されますか。各国統計が実装を目指す2030年までにどのような取組が必要とお考えですか。

(コイル)ご指摘のとおり、2025SNAにおける改定は非常に複雑です。グローバル化、デジタル化、WBに、金融リスクや脆弱性などの分野も含まれます。全ての機関にとってその実装は厳しいものです。英国の国家統計局は2028年から2030年の間に実装を検討しており、各国ほぼ同じ状況ではないかと思います。

 SNA改定は、コンセンサスに基づくプロセスです。論点は非常に複雑で、かつ、改定は変革的というより漸進的に進みます。多くの詳細情報をもたらすものの、経済に対する見方を根本的に変えず、長い時間がかかります。統計担当者及び変更を理解し解釈する経済学者にとって大きな負担になります。

 SNA改定の複雑さと、改定は漸進的という点を踏まえると、統計専門家、政策立案者、経済学者が、経済の現状をどう伝えるかが重要になります。私たちは、人々にとって重要な事柄に関する詳細情報を既に持っています。しかしこれらは、GDP成長の四半期の変化に強く焦点が当たるために、度々無視されます。重要なのは、例えば費消を真剣に考えるなどネットの変化に注意を向けることや、既にある重要な詳細情報に人々の関心を向けることです。特に分布勘定は、家計が余剰の欠如や価格上昇という点で新たなショックに直面している時期には極めて重要です。統計機関にとっては、この膨大な詳細情報を、政策担当者の意思決定をより良く支え、人々が政府に説明責任を求めることを可能にする形で、どのように公表し伝えるか、という点が課題です。

 デジタル化分野にも多くの課題があります。重要な概念的変化の一つは、データを資本とする考え方の導入であり、AIと急速な技術変化の時代では極めて重要です。民間企業は自ら利用するデータに投資しています。私たちは英国国家統計局とともに、データ資産の生産費用の一部を資本化し、減価償却や品質変化も考慮する方法の実装の研究を進めています。

 生成AIの登場は、一定量のデータの生産費用を引き下げる技術変化を生みました。統計機関には2025SNAの実装に向け付随的な研究が必要となっており、グローバルに協力できれば負担軽減に役立つでしょう。多くの国で政府予算が厳しく、資源が限られている状況ではなおさらです。

 (野村)デジタル化で創出される価値を計測することは、困難ですが継続的に取り組む必要を認識しています。SNA改善に向けた人員や予算に制約はありますが、着実かつ継続的に努力する所存です。

 (コイル)技術が私たちを助けてくれる分野だと思います。AIによるデータの収集や質向上、非構造化データの扱い、新しい種類のデータソース活用能力は非常に有望です。私の希望は技術進歩を体現する方法論の開発が進み、統計機関の課題解決、特に予算や人員の制約という普遍的な課題への対処を支援できるようになることです。統計体制が不十分な中・低所得国ではこの制約が特に深刻です。

21世紀の経済学の姿とは

(野村)今日では、伝統的な経済学の仮定とは異なり、収益は一定ではなく逓増、非線形、人々の選好は固定せず可変的といった特徴があります。当研究所ではマクロ計量経済モデルの開発に取り組んでいるところ、収穫逓増、内生的イノベーション、内生的経済成長のメカニズムを組み込んだモデルの必要性を感じています。助言をいただけますか。

(コイル)取り組むべき課題だと思います。私はキャリアの初期を英国財務省でのマクロ経済予測業務、その後は民間セクターで過ごしました。政府と民間で用いてきた伝統的モデルは、大部分が線形であり、過去は十分に安定しており将来に何が起こるかよく示唆できるとの仮定に立っていました。通常、将来が過去とそれなりに似たものになると予測してきました。

 しかし、前述の一連のショックや、ご指摘の収穫逓増経済を通じて、非線形性や深い技術変化がある場合には、過去はもはや将来を導く良いガイドではないと我々は気づき始めました。現在、私たちは、はるかに広い範囲の不確実性と、多くの経路に直面しています。

 二つの教訓があると思います。第一は、モデリング手法をより根本的に再考する必要性です。エージェントベースモデル等は非常に複雑です。大規模言語モデルを含む生成AIは、非線形で高度に相互に影響しあい、ますます不安定化する経済を考える、有益な技術を提供する可能性があります。AI分野で「ワールドモデル」と呼ばれるモデルは、実質的にマクロ経済モデルと似ていることが多く、この二つのアプローチが収斂すると、非常に興味深いと思います。

 中央銀行や政府が、一層シナリオを重視する可能性もあります。検討の幅を広げることで、政策立案者がより適切にショックに備え、インフレや失業率等の目標を達成する対応策を検討できるようになります。

 野村所長から新しい手法に関心があると聞き嬉しいですし、非線形性や収穫逓増、非競争的市場、供給網での隘路を考慮する必要性に同意します。とはいえ、非常に複雑な課題で、マクロ経済学者も真剣に考え始めたばかりで、初期段階に我々はいると思います。

 (野村)英国財務省やイングランド銀行で使用されているモデルは、頻繁に更新されるのでしょうか。

 (コイル)個々の方程式は常に更新されています。特にイングランド銀行は、ベン・バーナンキ元FRB議長によるレビューを受けており、経済予測に対し、より幅広いアプローチを採用するよう勧告されました。

 英国には独立したマクロ経済予測を作成する予算責任局もあります。潤沢な資源を投入されたモデルがあり、民間のモデルも数多く利用されています。

 英国経済の従来型マクロ経済予測は十分にありますが、例えばどのモデルも英国の生産性成長率が約15年横ばいになるとは事前予測できず、同様の欠点があると思っています。本質的に過去の平均へと回帰するため、一貫して過大に予測してきたのです。前述の根本的に新しいモデリングは未だ主流ではないのです。

「包括的な富」の計測の重要性

(野村)2014年のご著書では、GDPは社会的厚生の改善と関連するのであり、公的統計作成の資源は幸福度指標に多く割くより、GDP等の作成と実装に注がれるべきと述べられています。一方、2021年のご著書では、GDP以外の観点でWBを測定する必要性も示唆されています。Beyond GDPの観点からWBを測定することに関し、現在はどうお考えですか。

(コイル)私が資源の使い方として適切ではないと思うのは、生活満足度や自己申告のWBを直接測定することです。もちろん、幸福やWBは人々が欲しいものですし、政府が提供を望むべきものです。WBは、実体経済や政府が直接措置可能なこと以外の多くの要素に依存します。にもかかわらず、最終的なWBの成果の計測が、過度に注目され過ぎていると思います。

 経済統計の目的は、政策の必要性の所在を明らかにし、政府を導き、人々が政府に説明責任を求められるようにすることです。GDPとその成長は、先行文献が示す人々のWBに影響を与える多くの要素、例えば寿命や健康、教育等と、非常に高く相関します。これは、経済の性質の変化の下でも、依然、当てはまります。文献には、ある点を超えるとGDPは人々のWBの有用なシグナルではなくなるというイースタリン・パラドックスという説がありますが、正しくないと思っています。GDPの増大は、今なお、人々が重要だと考える事柄と強く結び付いています。

 とは言え、GDPはあくまで一つの数字であり、捉えているのは一つの側面だけです。WB研究が明らかにしているのは、WBが多面的だという事実であり、アマルティア・センのケイパビリティ・アプローチの核心的な洞察です。彼は、WBは単一の数字に押し込められるものではなく、複数の側面を考慮する必要があると主張しています。

 最初の著書から12年経過する中で、「包括的な富」を測定することが、ケイパビリティの概念を従来の経済理論や計測に組み込む良い方法ではと思うようになりました。”Inclusive wealth”とも呼ばれる包括的富は、事実上、経済のバランスシートです。SNAやGDPを補完するものであり、現在だけでなく将来の生産に利用可能な資産を見ることで、持続可能性の感覚を与えます。また、自然資本や人的資本を経済のレジリエンスや持続可能性にとって不可欠な要素として導入し、主流化するものです。

 そのため、私の近著では、直近のSNA改定でも扱いが不十分と思うデジタル化を捉える必要性とともに、「包括的な富」の計測を加える必要性を述べています。「包括的な富」の計測は、GDP成長という単一の数字に焦点が限定されるために見えにくくなる、WBの重要な側面を考慮することを可能にします。

 (野村)幸福度の直接の計測ではなく、「人々がWBを追求できる環境を社会が提供しているかということこそ、計測可能だし計測すべきことだ。だからこそ、包括的富の計測が必要」ということでしょうか。

 (コイル)そうです。幸福やWB計測の際、通常は0~10点で回答を求めますが、時間とともに変化するし、尺度の上限以上に高い回答はできません。政策の観点で重要なのは具体的な条件です。住宅、きれいな空気、良い教育等、人々のケイパビリティ。こうしたものが究極的には幸福やWBを支える環境をつくる、政策的に重要な要素なのです。

国連におけるBeyond GDPの議論

(野村)国連でもBeyond GDPの議論が進んでいます。SNA等の枠組を補完しつつ、WB、公平、持続可能性を包括的に測定する指標群を構築する試みです。国連の動きについてお考えをお聞かせください。

(コイル)国連事務総長によるBeyond GDPに関するハイレベルグループ(HLEG)設置の発表は、国連での2025SNA承認の直後でしたので、何らかの不完全さを感じたことを示唆していると思いました。

 私は、HLEGが出す報告は、包括的富勘定のようなものを含み、SDGsの非常に幅広い指標群と並べて、2025 SNAの文脈の中に位置づけるのではないかと思います。私は包括的富のアプローチを支持しているので方向性は歓迎します。ただ、指標が多くなりすぎる危険があります。SDGsだけでも300近い指標があり、政策立案者や統計家にとって重視すべき指標の判断を難しくしています。「経済で実際に起きていることをどう伝えるか」という課題とも関係します。

 また、HLEGが注目する持続可能性、WB、レジリエンス、健康等はどれも重要です。しかし我々は未だ、デジタル技術やAIが経済に与える影響について真に理解していません。先に話したように、2025SNAではグローバル化やデジタル化に関する追加的な指標が導入されます。例えば国境を越えた拡張的な供給・使用表や、デジタルの供給・使用表が作成されることになり、これらは非常に有用です。供給網の詳細構造の把握は、今日のグローバル経済において、政策立案者の最優先課題ですが、個々の供給網やグローバル経済の隘路に関する計測は、依然欠けています。これらは近年何度も観察され、経済ショックの際に決定的に重要になっています。

 デジタル化に関しても、プラットフォーム型のビジネスモデルが一般化し、先端製造業と結び付いたサービスやAIエージェントが経済全体に広がっていくなか、データの流れを十分に捉えられていません。

 しかし、統計を開発する従来のプロセスは機敏さに欠けており、政策立案者には新たな汎用化に伴う構造変化がほぼ見えないままです。これは、経済の研究者と統計家が協力して埋めるべきギャップと考えます。

ナラティブエコノミクス

(野村)2021年の著書でも言及のある「ナラティブエコノミクス」とは、人は共感できる物語によって動かされがちで、共有された価値観や意味付けが経済行動において重要という考え方でしょうか。あるいは、SNS隆盛に伴い、単純化された物語が社会に急速に広まる現象に注目するものでしょうか。

(コイル)ナラティブエコノミクスは、二人のノーベル経済学者が最初に提唱しました。このテーマで本を著したロバート・シラーと、ジョージ・アカロフです。彼らはこの概念を用い、経済での期待の役割を説明しました。現在では、投資判断だけでなく実体経済でも期待の重要性は広く知られ、また、個人が教育や住宅等にどの程度投資するか決める際にも重要です。

 ナラティブとは、こうした期待を形成するものが何かを示す言い方で、期待が自己成就的になる仕組みを示唆しています。誰もが景気が後退すると予想すれば、人々は支出より貯蓄を選び、企業は投資しなくなり、結果、実際に景気が後退し得ます。その意味で、期待そのものが結果を生み出すのです。

 二人が提起したのは、政策立案者は、ナラティブを利用して、前向きな方向にも期待を形成できるかという問でした。英国政府の優先課題でもありますが、発展していない地域の成長を目指す政策に対し、期待を形成し行動を促し、投資促進や成長につなげるようなstory tellingの方法はあるのか、ということです。ナラティブエコノミクスは、4~5年前と異なり現在は、やや影を潜めています。しかし、先ほどの収穫逓増や、非線形、相互作用といった観点からは、依然興味深く、妥当性のあるアプローチと考えています。

 SNSとナラティブの関係の研究は、私は承知していませんが、興味深く価値ある研究テーマだと思います。

政府の役割の変化

(野村)2021年の著書で、コロナ禍の政府や経済学者の対応を高く評価されました。これは、経済社会の変化の速度と規模は、経済学、経済政策、経済統計にとって深刻な課題を突きつけたが、私たちはそれを乗り越えたというメッセージと捉えて良いでしょうか。

(コイル)当時の特定の政策について未だ議論もありますが、明らかなのは、政府や統計機関も想定外の危機に対応できたこと、人々や組織が団結し、世界が直面した緊急事態に対応する能力を示したことです。何十年にわたり、民間セクターの方が政府より物事をうまくできると考えられてきましたが、政府は経済に介入する能力があること、経済的領域を超えて人々の生活にも及ぶことが、非常に劇的に明らかになりました。

 私は時折、この経験がその後の産業政策を転換させたのではと考えます。産業政策の数は増えています。パンデミックの経験は、政府が市場を形成し、経済に介入できるという認識を新たにする基盤を築きました。継続的なショックや急速な技術変化という文脈で、これは政策にとって良い可能性があります。

 産業政策の現在の議論は興味深く、どのような介入であれば、1970年代のような産業政策の誤りを回避できるか、経済学者は良い理解を築きつつあります。

 今後5年後を見据えたとき、非線形性、デジタル化、技術変化を明示的に考慮し、市場機能を形成する上で、政府により積極的な役割を与えるような政策哲学が現れていたとしても、私は驚かないでしょう。


(本対談は、2026年3月25日(水)にオンラインで行われました。所属・役職は対談当時のものです)