日本の挑戦を起動するために
~「責任ある積極財政」の下での経済財政政策の形~
末吉 孝行
株式会社大和総研 経済調査部長
2026年7月、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2026」(以下「骨太方針2026」)の閣議決定を行いました。今回は、大和総研経済調査部長の末吉孝行氏に、骨太方針2026で掲げられた経済・財政政策への評価や提言、内閣府の果たすべき今後の役割についてお話を伺いました。
いま求められる産業政策の在り方
(佐藤審議官)今回、高市内閣で初めてとなる骨太方針を策定し、副題に「責任ある積極財政元年」と位置付けました。まず、「骨太方針2026」について、全体的な評価をお聞かせいただけますでしょうか。
(大和総研 末吉部長)これまでとはだいぶ変わったなと思います。強い経済を取り戻して、投資不足の解消をやらないといけないというメッセージが随所にあり、前向きな骨太方針だなというのが、第一印象です。
骨太方針の中身をよく読むと、財政に関する分析を一層しっかりやって、政策運営していこうという政府の意識も感じられました。「財政健全化」という言葉が消えたことに対してショッキングだという見方もありましたが、私自身は、今回の骨太方針はこの点をもう少し評価されても良いと感じています。マーケット関係者は、実際に骨太方針を読んでいない人もいるし、骨太方針を読んだとしても大きなところしか読まない人も多いのですが、今回、産業政策を大きく打ち出した点や、新たな財政運営の下で財政を分析し市場との対話を図ろうとしている点は評価されるべきだと思います。
(佐藤審議官)産業政策について言えば、近年は主要国の多くが、官と民が連携して投資を引き出し、強い経済を作っていくという時代に移行していますね。末吉部長は、そうした潮流を踏まえ政府としてどのように対応すべきと考えますか。
(大和総研 末吉部長)私もそうした観点で最近レポートをまとめましたが、2010年頃から、マリアナ・マッツカート等のように、政府がもっとリスクをとって投資すべきだと言う人たちが現れています。私自身も一理あると受け止めています。
政府が投資するとなると、採算性の観点を始め、色々な面での批判に直面します。しかし、基本的に産業政策としての政府による投資は、採算性を度外視して良い訳ではありませんが、採算性よりもむしろ、将来の成長力の向上という投資効果の観点から判断されるべきなのではないかと思います。資本ストックや全要素生産性(TFP)、労働投入を押し上げるような政策であれば、それらを判断材料として議論されるべきです。
例えば、1920年代、ケインズはアメリカの公共投資に関して、中には採算の取れない投資も含まれていましたが、最終的にはこの投資のおかげで世界全体が豊かになったと評価しました。あるいは明治時代には、殖産興業の下、うまくいかなかった時期もあったと思いますが、それでも政府による投資が日本の近代工業化に寄与したと思います。現在も同様に、民間に任せるだけでは社会的に最適な水準と比べて過少投資になる恐れがありますので、官民で連携して将来の経済成長に対して必要な水準の投資を引き出していくことが重要だと思います。
(佐藤審議官)特にこれから市場が確立していく産業において、民間だけでは先が見通せず、リスクを背負い切れない部分がある分野で、国が一歩前に出て促進していくことも必要ですね。
(大和総研 末吉部長)そういった政府の役割も、産業政策に含まれると思います。ただやりすぎれば財源の問題が出てきますので、十分に効果を見極めながら進めることが重要だと思います。
民間投資を引き出していくために
(佐藤審議官)今回の成長戦略では、17の戦略分野への官民投資を通じた「強い経済」の実現を打ち出しましたが、末吉部長はどのように受け止めていますか。
(大和総研 末吉部長)随分デジタルに振り向けられているという印象です。AI・半導体が中心ですが、サイバーセキュリティや量子まで含めると、全体の半分以上、2040年までに実現する官民投資370兆円超のうち200兆円くらいはデジタル系が占めているという感触を持っています。日本に足りないのは、まさにデジタル投資だと考えています。今後、日本経済の生産性を高め、成長の源泉にしていく基盤をつくっていくという意味で、成長戦略には結構期待しています。
今後は、17分野の官民ロードマップが想定どおりに進捗しているかについて、半年あるいは一年ごとにチェックしていく必要があります。上手くいっているところには、さらに投資を増やしてもいいかもしれないし、想定通りの効果が得られないのであれば、逆に投資を引くべきです。今後それぞれの情勢は動いていくので、現実的に軌道修正しながら、成長につなげていくことが重要だと思います。
心配な点としては、企業横断的な分野が挙げられます。その観点からは造船やAI・半導体、防衛といった分野は比較的対応しやすいかもしれませんが、企業横断的な分野では、ひとつの企業に補助金等の手当てをして済む問題ではありませんので、政府の方針に対して企業全体が付いてくるのかという点は気がかりです。また、AIに関しては、特に上の世代は、比較的使う頻度が少ない人が多い。若い人はプログラミングとかも日常的に出来て、AIを活用したりしていますが、40代、50代の人たちが、今後同じようにAIを使って、業務フローやビジネスタイルをどんどん変えていくことができるのかという点も、少し不安です。
(佐藤審議官)新しい分野に、社会をどう適合させていくのかという点も課題かもしれませんね。民間投資を引きつけるうえで、今回の成長戦略では、「予見可能性」を高めるための予算編成上の改革を行うこととしました。補正予算依存からの脱却や複数年度の計画に基づく予算措置等がそれに当たりますが、末吉部長は、どのように評価されていますか。
(大和総研 末吉部長)これは評価されるべきだと思います。民間からの投資は単年度限りで終わるわけではないので、複数年度で組まれる「投資枠」のようなものを創設することで、民間がジョインして、前向きに投資をしやすくなると思います。
量子とかフュージョンは、数十年単位の話だと思いますので、年単位で進めていくのは大変です。新規の「投資枠」がどれくらいの時間軸になっていくのかは分かりませんが、特に新規分野や、造船や宇宙分野などは、できるだけ長い期間で投資を管理していくべきだと思います。
また、補正予算依存からの脱却は、ずっとやるべきだと思っていたので、歓迎しています。毎年恒常的に補正予算を組むということが無くなれば、中長期試算等を活用した財政状況の点検作業についても、もう少し簡素に分かりやすくなるのではないかと思います。
(佐藤審議官)末吉部長は先月発表されたレポート『先進国の産業政策の新潮流~問われる政府の役割と高市政権の成長戦略への示唆~』の中で、無形資産投資の重要性も説かれていました。今回の成長戦略では、8つの分野横断的課題を特定し、そのための取組を打ち出していますが、どのように評価されていますか。
(大和総研 末吉部長)まず、8つの分野横断的課題は、もっと国民にアピールした方が良いと思います。どうしても17の戦略分野に注目が集まってしまいますが、分野横断的課題も中長期的にも非常に重要です。特に、労働市場改革と、これは個人も考えてやっていかなくてはいけないことですが、人への投資を通じた個人のスキルアップは、無形資産の蓄積につながるということを私どものレポートでも紹介しています。
また、無形資産と呼ばれるものにはソフトウェア投資も含まれます。補助金等の制度・政策は色々ありますが、あまり企業に認知されていないような気がします。その辺りの広報についても、力を入れていいただいた方がいいかもしれません。
骨太方針の広報や市場との対話はどうあるべきか
(佐藤審議官)広報の話が出ましたが、今後骨太方針の広報や市場との対話について、どのように進めていくことが重要だと思いますか。
(大和総研 末吉部長)YouTubeチャンネルの「ReHacQ」に城内大臣が出演されて、分かりやすく解説されていました。大臣の露出が増えれば、我々としては、親しみやすさも感じますし、大臣ご自身の言葉で仰っていただいたことで、納得のいく感じも得られました。個別的に、アナリストやエコノミストとコミュニケーションを取られてもいいですし、テレビ番組に出演して、政府がしっかりと分析・検証を進めながら経済財政政策を運営しているというメッセージを発することも良いと思います。
金利がこれだけ上がるというのは、我々も想定していませんでした。そもそも、数年前にほとんどゼロだったものが、3%近くに上っているというのは、個人的にはやや急激過ぎるような感じがして、驚いています。骨太方針に関しては、一部の内容が過度に強調されて報道されてしまったようなところがありましたが、今後の広報において、経済・財政については様々な角度から分析・検証を進めていくことにしている点はもっと強調されてもいいと思います。
加えて、勿論のことですが、内閣府のホームページなどで、色々な分析結果を発信していただけると市場や民間の人からすればありがたいと思います。
(佐藤審議官)具体的にありがとうございます。特にマーケットとの対話については、私どもも非常に大事だと考え、力を入れているところです。マーケットとの対話では、何を重視して進めていくのがよろしいでしょうか。
(大和総研 末吉部長)ニュートラルな経済・財政の分析を出していただきたいというのが、我々が内閣府に期待しているところです。経済・財政の分析は、政府がやると、少しポジショントーク的な感じになりがちだと思います。例えば財務省は、国債利払い費が高すぎたり、税収も想定が低すぎたりするなど、慎重に見過ぎているところがあります。かつて私も内閣府に出向した際に中長期試算を担当しました、その際は経済成長率の将来推計値が高過ぎると指摘する人もいましたが、最近の中長期試算はニュートラルなものに近づいてきたと評価しています。国債発行限度額や利払い費等、検証していただきたい項目は沢山あるのですが、大切なことは、政府も財政についてきちんと検証しながら政策を進めているということが市場に伝わることだと思います。
我々民間も、自分たちで頑張って分析しようとしていますが、なかなか手が回らなかったりしますので、色々な分析を発信していただけると非常にありがたいという面もあります。
内閣府に求められる経済分析の役割
(佐藤審議官)末吉部長のように内閣府での出向経験のある民間のエコノミストから見て、内閣府ならではの分析として期待するものは何でしょうか。
(大和総研 末吉部長)民間のエコノミストにとって、財政の分析にはなかなか難易度が高い部分があります。政府内の情報へのアクセス制限の問題など、例えば政府であれば個票を使った分析がたくさん出来ますが、民間だとその可能性がぐっと限られてしまいます。私が内閣府にいたときには、他の省庁に頼めば色々データを貰えたのですが、民間の立場では、やはり貰えないデータが多く、やりづらさを感じるときもあります。政府内の情報にアクセスした財政分析などは、内閣府にぜひやっていただきたいと思います。
(佐藤審議官)末吉部長が内閣府の計量分析室におられたときの話も出ましたが、内閣府で得られた経験として、民間のエコノミストになって役に立ったことはなんでしょうか。
(大和総研 末吉部長)内閣府にいるときに、その時の上司から「頭の中で経済モデルを回せるようになりなさい」と言われました。今も出来るだけその言葉を意識しながら、仕事に当たっています。マクロモデルの構造や作り方をたくさん学んできたことで、結果として、理論的な考え方とか、制度面がどうなっているのかというのも、モデルを通じて考え、勉強することができるようになりましたので、大変ありがたかったと思っています。
私が大和総研という職場にいて、今、個人的にやりたいことは、内閣府の中長期試算レベルのものを、何とか自力で出したいということです。国の一般会計だけでなく、特に地方まで含めると、すごく難しくなるので、結構苦労していて、人手も足りないのですが、将来的に近しいレベルのものを作り上げて、政策議論ができるようなものができればいいな、というふうに考えています。内閣府で得られた考え方を、ゆくゆくはそういうところに生かせればいいなと思います。
(佐藤審議官)今、様々なシンクタンクから内閣府に出向されている方も多いですが、経済分析を担う政策人材を日本全体で分厚くすることは、非常に大事だと考えています。そうした人材を育成していく観点から、末吉部長が内閣府に期待している役割はありますか。
(大和総研 末吉部長)内閣府は政策の意思決定に非常に近いので、政策の意図や効果を分析し、あるいはその知見を政策に反映できるというのは大きな強みだと思います。そういった働き方ができるということは日本のためにもなっていると思います。
私が在籍している大和総研の経済調査部でも、若い人が増えてきたので、政府への出向ももっと重視していきたいと思っています。経済分析を志望される学生は、そんなに減っていないと感じています。もっと人材交流しながら色々勉強させていただければと思います。
(聞き手:内閣府大臣官房審議官(経済財政運営担当)佐藤鐘太)
(本インタビューは、令和8年8月26日(水)に行いました。所属・役所はインタビュー当時のものです。)