2.93SNA移行による 主な変更内容

 日本の93SNAは、国連の93SNAにおける勧告に沿って、表章形式、項目の名称・概念、主要集計量である国内総生産(GDP)等について、経済の分析可能性を高める等の観点から、いくつかの変更を施しています。
 そのうち、主要なものとしては以下のものが挙げられます。

(1)SNA上分類される5つの制度部門(「非金融法人企業」「金融機関」「一般政府」「家計」「対家計民間非営利団体」)における、所得の分配と使用のフローを記録する勘定である「所得支出勘定」を取引の段階に応じて、以下の4段階に分割し、詳細に記録する。

1)第1次所得の配分勘定

 この勘定は、第1次所得がどのように各制度部門に配分されるかを示すものです。
 ここで第1次所得とは、「生産過程への参加または生産に必要な資産の所有の結果として発生する所得」と定義され、雇用者報酬(→従業員の所得)、営業余剰(→企業の営業活動に伴う利益の余剰分/個人企業の持ち家分)、混合所得(→個人企業の営業活動に伴う利益の余剰分)、補助金を控除したうえでの生産・輸入品に課される税(→間接税)、財産所得(金融資産または土地の貸借に関する利子)の受払いから構成されます。
 なお、第1次所得の受取と支払の差額を「第1次所得バランス」といいます。こうして導き出された第1次所得バランスをもとに、所得の第2次分配勘定での受払を導きます。

2)所得の第 2次分配勘定

 第1次所得バランスをもとに現物社会移転(→現金と対比される、現物の社会保障関係の移転。医療費の保険負担分や教科書代等が含まれる。)を除く経常移転の受取及び支払が、どのようにその制度部門の可処分所得に変換されているかを示す勘定です。この勘定に受払いが記録される経常移転は、所得・富等に課される経常税(→直接税)、社会負担及び給付(→社会保障負担・給付と年金基金による社会負担・給付から構成される)及びその他の経常移転(→税や社会負担・給付以外の受払)です。
 これら経常移転からバランス項目として「可処分所得」が導出されます。こうして導き出された可処分所得をもとに、以下の現物所得の再分配勘定や所得の使用勘定を導きます。

3)現物所得の再分配勘定

 可処分所得をもとに、現物社会移転の受払を記録する勘定で、「調整可処分所得」を導きます。

4)所得の使用勘定

 この勘定は、所得の第2次分配勘定から導出される可処分所得をもとに貯蓄を導き出す「可処分所得の使用勘定」と上記「現物所得の再分配勘定」から導出される調整可処分所得をもとに貯蓄を導き出す「調整可処分所得の使用勘定」の2とおりがあります。これらは、消費の概念の2元化に対応(後述)しており、前者は実際の支出負担である「最終消費支出」を、後者は実際の便益の享受である「現実最終消費」(最終消費支出に現物社会移転を加算)を記録します。こうした消費概念の2元化により、これまで以上に、一国経済の分配の仕組み、なかんずく政府と他主体とのやりとりの関係が明らかになるわけです。

図5

(2)資産(ストック)変動のうち資本取引以外の要因による分を示す「調整勘定」を、「その他の資産量変動勘定」、「再評価勘定」(この勘定はさらに「中立保有利得及び損失」と「実質保有利得及び損失」に細分化)、「その他」(固定資本減耗の会計上の評価方法の差)に分割する。

 国連の93SNAにおいて示されている資産(ストック)の変動に関する勘定には、会計期間内に発生した資産、負債及び正味資産の価値の変動が記録されています。具体的には、「資本勘定」(非金融の資産の取得や資本の移転に結びつく取引を記録)及び「金融勘定」(各金融手段についての取引を記録)からなる第一グループと、資本・金融取引以外の要因による資産変動をカバーする「その他の資産量変動勘定」(災害等予期せぬ損失を記録)と「再評価勘定」(物価変動による資産価値の変化を記録)からなる第2グループから構成されています。そのうち、日本の93SNAにおいては、前者を「資本調達勘定」、後者を「調整勘定」と位置付けています。
 日本の93SNAのフロー編「資本調達勘定」は、国連の93SNAの資本勘定に相当する「実物取引表」と国連の93SNAの金融勘定に相当する「金融取引表」とを記録しています。また、ストック編「調整勘定」には、国連の勧告に従い、資産の実物取引あるいは金融取引以外の要因による資産の変動を記録する調整勘定について、従来の表章形式を大きく改定し、以下のとおり3つの勘定に細分化しています。

(1)その他の資産量変動勘定
:資本調達勘定で記録されない資産の「量的」な変化分を記録する勘定。具体的には、金融機関による不良債権の償却、災害等による予想しえない規模の資産の損失等を記録しています。なお、日本の93SNAでは、「債権者による不良債権資産の抹消」についても、特に情報価値が高いということで独立して新たに項目を設けて記録しています。
(2)再評価勘定
:資産価格の変化に伴う価格の再評価分を記録しています。具体的には、物価変動に伴う資産価値の変化を記録しています。
(3)その他
:国連の93SNA勧告にはありませんが、日本では、固定資本減耗の推計について、フロー面では企業会計をベースにした簿価ベース、ストック面では時価(再調達価格)ベースに基づいて行われることから、この「その他」勘定で、こうしたフローとストック推計における評価方法の違いによる固定資本減耗の計数の差額を記録しています。

 さらに、(2)再評価勘定については、国連の93SNAの勧告に従い、以下の2つに分割しています。この再評価勘定を設けることで、土地資産や株式資産といった資産項目毎のキャピタルゲイン/ロスを、一般の物価水準の変動分を除いて、他の一般的なものより相対的にどのぐらい価格が変化したかを捉えることが可能となります。

(1)中立保有利得及び損失勘定
:資産価格の再評価分としての物価変動に伴う資産価値の変化のうち、一般的な物価水準の変動に伴う資産価格の変化分を記録しています。
(2)実質保有利得及び損失勘定
:資産価格の再評価としての資産価値の変化のうち、財貨・サービス一般の価格に対して相対的な当該資産の価格変化分を記録しています。
図6

(3)SNA上、「消費」の概念を2元化する。

 「消費」については、費用負担の観点からの「最終消費支出」と、便益享受の観点からの「現実最終消費」に2元化し、同じ消費について異なる見方を提供します。
 具体的には、

(1)家計の最終消費支出のうち、実際に政府が支出を負担している分としての移転的支出「現物社会給付(→医療費のうち社会保障基金からの給付分及び教科書購入費)等」を政府の最終消費支出に移し替えることで、家計が実際に支払っている消費分を捉え、費用負担の観点からの「最終消費支出」とする
(2)家計の最終消費支出に加え、家計が便益を享受する対家計非営利団体の最終消費支出、一般政府の最終消費支出の2つの支出のうち、家計が便益を享受する支出分である「現物社会給付」及び「政府の個別的サービス活動(→教育や保健衛生等に関する消費支出分)」を加えた分を、便益享受主体としての家計の消費とし、「現実最終消費」とする

ことになります。
 なお、この変更により、支出面からは、医療費などこれまで家計最終消費支出に含まれていた分が政府最終消費支出に移し替えとなりますが、GDP全体の水準には影響を及ぼしません。

図7

(4)企業による受注型のコンピューター・ソフトウェアの購入分を総固定資本形成(いわゆる投資)として新たに記録する。

 国連が示した93SNAでは、「コンピューター・ソフトウェアが市場において、個別にあるいはハードウェアとともに、それが購入されたものであるか、あるいは自社で開発されたものであるかを問わず、生産者が1年を超えて生産において使用するコンピューターのシステムソフトウェア及び標準的アプリケーション・ソフトウェアを無形固定資産として取り扱う」とされています。
 これまでの日本の68SNAでは、コンピューター本体と一体不可分のソフトウェアについては、本体と切り離して推計することができないという理由で総固定資本形成(投資・在庫)に含めてきました。一方、それ以外の、企業が受注するタイプのソフトウェアについては、生産活動の段階で消費されるもの(中間消費)として扱い、最終消費、投資等からなる国内総生産(GDP)には含めてきませんでした。
 今回の国連93SNA上の取扱いの変更を受け、日本の93SNAでも、これまで企業の生産活動の段階で消費される「中間消費」として扱ってきた受注型のコンピューター・ソフトウェア購入を、生産活動に必要な機械などと同様に考え、そのものを、総固定資本形成(投資・在庫)と見なすこととし、そのうちの「無形固定資産」へと分類しています。
 一方、企業の購入とは別に、これまで政府の購入していたソフトウェアについては、政府の最終消費支出としてGDPに加算されてきましたが、93SNA移行によるソフトウェアの取扱いの変更により、当該購入を公的投資とみなすこととしています。
 こうしたSNA上の取扱いの変更により、企業購入のソフトウェア分(4.を除くもの)がGDPの水準を増加させる要因となるとともに、現在注目を浴びているIT(情報通信技術)産業が日本のマクロ経済に与える影響を、SNA上からもより明確に理解することができるようになりました。

図8

(5)一般政府の所有する社会資本に係る固定資本の減耗分を、その社会資本のサービスの対価と見なし、新たに政府最終消費支出 に計上する。

 道路、ダム等、一般政府が所有する資産、いわゆる「社会資本」については、旧68SNA上、その計測が困難であるという理由で、これまで減耗しないものとして扱ってきました。
 しかしながら、93SNA移行に伴い、社会全体で相当程度整備されてきた社会資本についても、民間の建物等と同様に、有限の耐用年数を有し、毎年減耗するものとして、新たに固定資本減耗を計測することとなりました。
 この社会資本の固定資本減耗を計上する意味は、減耗して磨り減った社会資本の部分を、単に消えて処分されるものとして扱うのではなく、政府が行うサービスの対価である、とみなすことにあります。
 この社会資本の固定資本の減耗分は、政府サービスの対価をサービス生産に要する費用(公務員給与、固定資本減耗等)から計測している「政府最終消費支出」に計上することとしています。このため、この変更は、国内総生産(GDP)の水準を増加させる要因となります。
※これまで説明した
(3)(消費の2元化)
(4)(コンピューター・ソフトウェアの総固定資本形成への計上)
(5)(社会資本に係る固定資本減耗の計上)
の変更について、支出面から見たGDPに与える影響を概念的に示すと、図10のとおりとなります。

図9 図10

(6)国民概念の測度を国民総生産(GNP)から 国民総所得(GNI)へと変更する。

 93SNAでは、これまでの68SNAで利用されていたGNP(国民総生産)の概念がなくなり、同様の概念として、GNI(国民総所得)が新たに導入されました。
 従来の68SNA上で使用されてきたGNPは、国内で生み出された付加価値(GDP)から海外へ支払う所得を除き、代りに海外から受取る所得を加えて定義されます。すなわち、GDP+海外からの純所得=GNPとして得られます。しかしながら、この式から分かるとおり、GNPは生産測度というよりも、もともと所得測度として捉えられるべき性格のものでした。
 一方、93SNAでは、68SNAにおけるGNPが所得測度である点を明確にするために、GNI(国民総所得)と定義し直し、GNIは各経済主体が(海外からも含めた)受取った所得の総計としました。
 したがって、名目GNP(68SNAベース)は名目GNI(93SNAベース)と同一となりますが、実質化にあたり、従来の実質GNPには輸出入の実質的な数量差による純輸出は含まれるものの、輸出入価格(デフレーター)の差によって生じる所得の実質額(=交易利得)はカウントされていないという問題があります。そのため、93SNAでは、所得を実質化する際に、「交易利得」を加えることで新たな調整を行い、国民が受取った実質的な所得をより的確に表すこととしました。

定義式
(名目)
●名目GNP(68SNA)=名目GDP+海外からの所得の純受取=名目GNI(93SNA)
(実質)
●実質GNP(68SNA)=実質GDP+海外からの所得の純受取(実質)
●実質GNI(93SNA)=実質GDP+交易利得+海外からの所得の純受取(実質)
実質GDI