環境・経済統合勘定の試算について

(環境・経済統合勘定の推計に関する研究報告書*の要点)

平成10年7月14日
経済企画庁経済研究所

1.意義と経緯

 一国の経済活動のフローとストックを体系的・統一的に記録する包括的な統計体系として「国民経済計算体系」(SNA)があり、これに基づきGDP等が算出されている。
 しかしながら、SNAでは、経済活動中の環境保護活動等の状況を詳細に把握することは困難であり、また、経済活動に伴う環境の悪化(外部不経済)を捉えることはできないため、環境と経済を統合し、「持続可能な開発」を実現する見地から、環境と経済の相互関係が把握可能な統計体系の確立が求められている。
 このため、1993年に国連がSNAを改訂した際、「環境・経済統合勘定体系」(Satellite System for Integrated Environmental and Economic Accounting;SEEA)をSNAのサテライト勘定として導入することが提唱され、その概念、構造等が改訂SNAマニュアルや別途国連が刊行した「ハンドブック環境・経済統合勘定(暫定版)」で示された。
 経済企画庁においては、1991年から中長期的課題として環境・経済統合勘定の研究開発を行っており、1995年には国連のハンドブックの考え方に沿ってそれまでの研究成果をとりまとめ、第一次の試算値を公表した。
 今回の研究成果は、第一次の試算をさらに発展させたものであり、推計精度の向上、対象とする環境項目の拡大、長期時系列推計の実施等を行っている。このような総合的な環境・経済統合勘定の試算は、世界でも類例の少ない試みである。
 しかし、環境・経済統合勘定の体系自体、理論的成熟化の必要な点が残されており、また、今回の試算でも、多くの基礎データの仮定や論理上の割り切り等を行っている。
 したがって、今回の試算値はその推計過程を十分理解した上で取り扱う必要があるとともに、今後とも、環境・経済統合勘定体系の研究を推進していくことが必要である。
*同報告書は、平成9年度地球環境研究総合推進費により経済企画庁が行った委託調査の報告書であり、平成7年度から9年度までの3カ年の研究の集大成である。

2.勘定体系

  1. 計数
     環境・経済統合勘定は、大別すると二種類の計数からなる。
     一つは、SNAのフロー、ストックの既存計数から分離される環境関連の支出額(実際環境費用)や資産額(環境関連資産額)であり、これにより、経済活動中の環境保護活動の状況等が詳細に把握できることとなる。
    もう一つは、経済活動に伴う環境の悪化を経済活動の費用として貨幣表示する「帰属環境費用」である。帰属環境費用は、環境に関する外部不経済を貨幣表示するものと言える。
  2. 勘定表
     これらの計数を、SNAの「財貨・サービスの需要と供給表」及び「非金融資産表」を統合・再整理した行列形式の勘定表にとりまとめたものが「環境・経済統合勘定表」である。
     この勘定表により、経済活動全体の中において、どの経済主体が、どのような規模の環境保護活動を行い、また、どの程度の環境悪化を引き起しているか等が、貨幣表示でわかることになる。
  3. 環境調整済国内純生産
    国内純生産(NDP)から帰属環境費用を控除した計数は「環境調整済国内純生産」(EDP;Eco Domestic Product)と呼ばれ、一般には「グリーンGDP」と呼ばれることがある。
     これは、NDPがGDPから生産活動に伴う固定資本の減耗額を控除して計算される純粋な付加価値額であるように、NDPからさらに経済活動に伴う自然資産の減耗額とも言える帰属環境費用を控除することによって、環境まで考慮に入れた付加価値額を算出していると考えることができるためである。

3.試算の対象

  1. 実際環境費用
     環境関連の経済活動に関して実際に支払われた「実際環境費用」については、産業の公害防止活動・廃棄物処理・リサイクル、政府の下水処理・廃棄物処理・環境行政(=環境保護活動)及びその他の環境関連活動を対象とし、その産出額、支出額(中間消費、最終消費)、費用構造(中間投入、固定資本減耗、間接税・補助金、雇用者所得、営業余剰)等を試算した。
  2. 環境関連資産
     環境に関連する資産である「環境関連資産」については、産業の公害防止施設・廃棄物処理施設等、政府の下水処理施設・廃棄物処理施設、森林、利用形態別の土地、地下資源等を対象とし、そのストック額、年間の資産形成額等を試算した。
  3. 帰属環境費用
     環境悪化の貨幣評価である「帰属環境費用」(=自然資産の減耗額)については、自然資産の使用形態等に応じて4つに分類し、各々について次の環境項目を試算の対象とした。対象となった環境項目は主要なものが選択されているものの、広範な環境問題のごく一部であることは否めない。
    ①廃物の排出
    • 大気汚染(硫黄酸化物;SOx、窒素酸化物;NOx)
    • 水質汚濁(生物化学的酸素要求量;BOD、化学的酸素要求量;COD、窒素;N、燐;P)
    ②土地・森林等の使用
    • 土地開発
    • 森林伐採
    ③資源の枯渇
    • 地下資源の枯渇(石炭、石灰石、亜鉛)
    ④地球環境への影響
    • 二酸化炭素の排出による地球温暖化
     さらに、自然資産の復元活動はプラスの帰属環境費用を生むと考え、次の活動を対象に試算した。
    ⑤自然資産の復元
    • 汚濁河川等のしゅんせつ、導水事業
    • 農用地土壌汚染改良事業

4.帰属環境費用の推計方法

 帰属環境費用の推計については様々な方法が提案されているが、本研究では、いわゆる「維持費用評価法」によることを基本とした。
 維持費用評価法とは、現に生じた環境の質的・量的変化を、ある水準に維持しようとしたならば必要であったと推定される費用によって間接的に評価する方法である。例えば、現に生じている大気汚染について、汚染物質を事前に除去して汚染を発生させないためにはいくらかかるか、を推計することとなる。
 すなわち、発生した環境悪化に関する仮想的な対策費用を推計するものであり、環境悪化による被害額を表すものではないことに留意する必要がある。
 個々の環境項目に関する具体的な推計方法は、次のとおりである。
①廃物の排出(大気汚染、水質汚濁)
 汚染物質等の発生源別に排出削減のための費用原単位(汚染物質を1単位排出削減するための費用)を算出し、それを排出量に乗じて帰属環境費用を推計した。
②土地・森林等の使用(土地開発、森林伐採)
 使用を断念した場合の遺失利益を帰属環境費用とした。
③資源の枯渇(地下資源の枯渇)
 ユーザー・コスト法(地下資源の採取から得られる毎期の収益の一部をその資源が枯渇した後にも同様の所得(恒常的所得)が得られるように他の資産に投資するとした場合の、毎期の収益と恒常的所得の差をもって当該期の帰属環境費用とする方法)により推計した。
④地球環境への影響(二酸化炭素の排出による地球温暖化)
 二酸化炭素に対する自然の吸収量を地球温暖化が生じない二酸化炭素排出許容水準とし、その水準を超える超過排出量を帰属環境費用の推計対象とした。この超過排出量が削減可能な最も経済合理的な対策組み合せとその対策に要する費用を国立環境研究所の協力により計算することを試みた。
⑤自然資産の復元(河川等の水質改善、農用地土壌改良)
 復元事業に要した費用をプラスの帰属環境費用とした。

5.長期時系列推計と物量表

 以上のような体系、推計方法等に基づき、1970年(昭和45年)から1995年(平成7年)までの5年毎6時点について、名目値による環境・経済統合勘定表を作成するとともに、時系列比較ができるよう1990年を基準年次とする実質値も試算した。実質値の算定は、SNAの既存デフレーター等を利用して行った。
 また、貨幣表示の環境・経済統合勘定表の裏付けとなる物量表示の統計表を併せて作成した。この物量表には、帰属環境費用の推計の基礎となった環境悪化に関する物量等が記載されている。

6.試算結果の概要

  1. 1990年の経済活動と環境に関する外部不経済 ①実際環境費用
    • GDP430兆円に対して、環境保護活動の付加価値額は、産業が 3兆円、政府が 1.5兆円の合計4.5兆円で、GDPの 1.0% であった。
    • 環境に関連する生産活動によって生産された環境関連の財貨・サービスの総産出額は6.1兆円(総産出額の0.7%)であり、 3.9兆円が中間消費(総中間消費の1.0%)され、2.2兆円が最終消費(総最終消費の0.8%)された。
    ②環境関連資産
    • 1990年中の人工資産の総資本形成額は135兆円であり、そのうち環境保護活動に使用される環境保護資産の総資本形成額は3兆円(2.2%)であった。その結果、期末ストック額は、人工資産合計1,052兆円に対して、環境保護資産は35兆円(3.3%)で、産業が2兆円、政府が33兆円となった。
     一方、森林の期末ストック額は41兆円であった。 ③帰属環境費用
    • 総額で 4.2兆円、対GDP比で1.0%(対NDP比1.1%)であった。
    • 環境悪化の原因別では、産業の生産活動が 2.4兆円 、家計の最終消費が1.8兆円 、悪化した自然資産の種類別では、大気が 2.4兆円、水が0.7兆円、土地が1.1兆円であった。
    • 二酸化炭素による地球温暖化については、帰属環境費用の推計対象となる超過排出量は1990年の総排出量の76%に達し、このような量を削減可能な技術対策は存在しないため、その費用(=帰属環境費用)は算定不能という結論になった。
    ④環境調整済国内純生産(EDP)
    • NDP(366.9兆円)から帰属環境費用を控除したEDPは 362.7兆円となった。
  2. 長期時系列比較  1970年から1995年までの5年毎6時点について、実質値による勘定表に基づき、経済と環境の長期的推移をみてみる。なお、1995年の数値は、基礎統計がまだ十分に整備されていないため、仮試算値である。
    ①実際環境費用
    • 1995年のGDPは1970年の2.5倍であるが、環境保護活動の付加価値額は5.6倍と大幅に伸び、構成比は0.5%から1.1%に増加した。特に、産業の環境保護活動の伸びが大きい。
    • 1995年の最終消費支出額は1970年の2.5倍であるが、環境関連の財貨・サービスの最終消費支出額は3.9倍となり、構成比は 0.6%から1.0%に増加した。1990年代に政府による環境関連の財貨・サービスの最終消費が急増しているのは、環境行政関連の予算額の増加によるものと考えられる。
    ②環境関連資産
    • 1995年の人工資産総額は1970年の4.5倍であるが、環境保護資産額は11.9倍と大幅に伸び、構成比は1.3%から3.4%に増加した。特に、政府の環境保護資産の伸びが大きい。
    • 1995年の森林資産額は1970年の1.7倍であり、これは主として自然成長によるものと考えられる。生産される資産全体に対する構成比は8.3%から3.3%へ低下した。
    ③帰属環境費用
    • 帰属環境費用総額は、1975年が最も高く6.2兆円、1990年が最も低く4.2兆円となり、全体的傾向としては、1970年代に高く、1980年代以降は低下して、横ばいになっている。
    • 対GDP比は、1970年が最も高く3.1%であったが、70年代に急速に低下して1980年に1.5%になり、1990年・1995年は1.0%であった。
    • 環境悪化の原因別では、1970年には産業の生産活動が帰属環境費用総額の76%を占め、家計の最終消費は21%であったが、以後、徐々に産業の生産活動の比率が低下する一方、家計の最終消費の比率は増加し、1995年には産業の生産活動が52%、家計の最終消費が48%となった。
    • 悪化した自然資産の種類別では、1970年には大気が72%を占め、土地が18%、水が6%であったが、大気は額が徐々に少なくなる一方、土地は横ばい、水は増加したため、1995年には大気55%、土地26%、水20%となった。
    ④環境調整済国内総生産
    • GDPから帰属環境費用を控除した環境調整済国内総生産は、1970年の179.7兆円から1995年の460.4兆円へ2.56倍になっており、GDPが増加する一方、帰属環境費用は減少したため、GDPの伸び(2.51倍)より大きかった。

7.今後の取組

 今回の研究報告は、環境・経済統合勘定の体系を確立するための研究過程で行った試算を公表したものであり、この試算の目的は、利用可能な基礎統計を確認し、推計方法を検討するとともに、試算された計数の利用可能性を検証することにある。
 研究過程においては、勘定体系自体がいくつかの課題を抱え、また、推計方法についても改善すべき点があることが明らかになっており、経済企画庁としては、環境・経済統合勘定体系が政策立案のための利用に耐え得るものとなるよう、国際的な研究開発動向をも踏まえつつ、今後とも研究を進めていくこととしている。

8.試算結果表

名目値、実質値による環境・経済統合勘定表と物量表(全てExcelファイル)

参考

(参考1)研究実施体制
 「環境・経済統合勘定の推計に関する研究」は、環境庁が配分する地球環境研究総合推進費を予算として、経済企画庁が(財)日本総合研究所(西藤冲所長)に委託して実施した研究であり、平成7~9年度の3カ年計画で行われた。
 同研究所においては、学識経験者からなる研究会を開催するとともに、統計実務専門家の協力を得て、本研究を実施した。
 学識経験者
 鵜野公郎(慶応義塾大学総合政策学部長;研究会座長)
 小野宏哉(麗澤大学国際経済学部教授)
 赤尾健一(早稲田大学社会科学部助教授)
  統計実務専門家
   中沢康晴・宮近秀人(株・エス・アール・シー)

(参考2)サテライト勘定としての環境・経済統合勘定
 サテライト勘定とはSNAの付属勘定であり、SNAの基本体系と整合性を保ちつつ、社会的な関心の高い特定分野について詳細な情報が提供できるよう、SNA概念の修正・拡張、物理的指標とのリンク等を行って作成される。適用分野としては、改訂SNAマニュアルの第21章において、文化、教育、保健・医療、社会的保護、旅行、環境保護等が例示されており、中でも環境保護については同章の後半で解説されている。
 環境・経済統合勘定では、生産活動の分類に環境保護活動を加える概念修正、環境悪化の貨幣評価を行う概念拡張、貨幣勘定と環境に関わる物量とのリンク等が行われる。

(参考3)環境・経済統合勘定に関する国内外の動向
 欧米諸国では、環境統計・環境勘定の開発整備が活発に行われており、特に、環境保護支出統計、自然資産統計、環境に関わる物量循環表や投入・産出表等の整備が相当進んでいるが、今回の研究成果のように、国連ハンドブックを踏まえて環境悪化の貨幣評価を含む包括的な環境・経済統合勘定を試算した例は、欧米諸国では見当たらない。
 しかし、国連ハンドブック自体について、国連統計部が中心となって見直し検討が進められており、特に政策的利用可能性の見地から、今後、勘定体系の改訂が行われる見通しである。
 我が国では、1973年の「NNW(国民福祉指標)開発委員会報告」(事務局;経済企画庁)において、環境維持経費(=実際環境費用)と環境悪化の貨幣評価(=帰属環境費用)を試算した例がある。また、環境庁においては、現在、物量表示の「環境資源勘定」の研究開発が進められている。